ルイジェルド「シルフィエットはお前に好意を抱いてるけどエリスはどうする?」
ルーデウス「なんか知らん間に魔術王とか呼ばれるようになってる…」
ルイジェルド「その甲斐もあって順調だから後は独りで頑張る。また会おう」
お待たせしました。今回もルーデウス回で分岐点&布石のお話です。
5月からまた実習が待ち受けている……安息の時間はないのだろうか。結局春休みも課題と仕事で予定が埋まりました!ヤッタアアアウワァァァ!!
ルーデウスにその出来事が起きたのは、シャリーアへと向かう少し前のことだった。
ルイジェルドと別れ、ロキシーとシルフィエットの3人で旅を続けていた時のことだ。
中央大陸北部。
ラノア王国から更に東に進んだ小国のひとつ。
位置的に言えば、ビヘイリル王国の隣だろうか。
その辺りから、彼らはシャリーアを目指し旅を続けていた。
雪国であるため移動速度は遅かった。
流石のルーデウスも、魔力にものを言わせて強行することは出来ない。
天候の悪くない日を狙い、商人たちの護衛として移動していた。
といっても、全ての道を護衛として進んだわけではない。
タイミング次第では護衛の依頼がないこともあり、偶々徒歩での移動となっていた。
そんなタイミングで、彼は現れたのだ。
馬車が通るために少しだけ舗装されている街道。
その道の先から、やけに軽装な男が歩いてきた。
腰に一本の剣を差した、中年男性。
その他に持っているのは、水分補給のためと思われるやや大き目な水袋だけだ。
この過酷な環境を生き抜くための装備が出来ているとは思えない。
ましてや、見た目的に剣士である。
魔術による恩恵が受けられないとなると、厳しい旅路であっただろう。
「…………」
ルーデウスは少しだけ悩む。
デッドエンドは解散したとは言え、ルイジェルドのためにも人助けを続けていく予定だ。
彼に恩を売り、ちょっとでも汚名返上の手伝いをするのも悪くない。
しかしと、男の様子を見る。
軽装でありながら平然とした様子であり、何より服に目立つような汚れもなかった。
この辺りにいる魔物はCランクも普通に出没するため、一人旅が出来てる時点で強さの証明になるのだ。
手助けが必要なのかと言われると微妙である。
「どうしましたかルディ?」
隣を歩いていたロキシーも、ルーデウスの様子に気付き声を掛ける。
「いえ、あそこにいる人に何かしてあげようかと思いまして」
「ああ、デッドエンドとしての活動ですね? 昔に一人旅をしていた身なので分かりますが、ちょっとした気遣いをしてもらえるだけでも嬉しかったですよ」
「なるほど」
「こっちは3人だから、あんまり警戒させないようにもしないとね」
ロキシーがそう言うのであれば間違いないだろう。
シルフィエットの言葉にも同意を示す。
困りごとがあるかは分からないが、情報交換くらいするのはありだろう。
それから男の姿がハッキリと見える位置まで近付いたタイミングで、ルーデウスは声を掛ける。
「こんにちは。この辺りで一人旅しているなんて凄いですね」
「……ん? ああ、それくらい普通だろ」
男は話し掛けられると思っていなかったのか、少し驚いた様子が見えた。
その割には傲慢とも取れる発言が特徴的である。
しかし、ルーデウスも近付くにつれて気付く。
目の前にいる男の強さに。
間違いなく、自分よりも強いと直感した。
自分から話し掛けておきながら、無意識のうちに明鏡止水へと移っていた。
彼との距離も、自然と間合いの外になるであろう位置で立ち止まる。
「それで、なんか用か?」
「……いえ、ひとりだと何かと大変なことでもあると思いまして。困りごとが無いかと思い声を掛けました」
「…………」
男は頓狂な顔を浮かべた後、胡散臭そうなものを見るかのような目でルーデウスを見る。
「うさんくせぇ野郎だな」
「あ、えーと、何も騙そうとかしてる訳ではなくて」
いきなり見知らぬ人からそのような話を持ち掛けられれば当然の反応と言えよう。
己の話しかけ方のミスに気付いたルーデウスは、テンパって「あっあっあっ」と前世のようなコミュ障を発揮していた。
ロキシーも彼の様子に気付いたのか、助け舟を出す。
「不快にさせたようでしたらすみません。私たちは見ての通り魔術師しかいませんので、旅の道中では不安があります。貴方の通ってきた道のことを教えてくれませんか」
北方大陸は雪国であるため、他の大陸に比べて情報伝達に遅れが生じている。
地域によっては、訪れても中に入れないなんて場所もある。
目の前の男は手助けがなくても支障なく旅を続けられるであろうと判断したロキシーは、情報交換をメインに行うことにした。
「それくらいならいいぜ」
ということで、男から情報を得る。
話を聞く限り、特に天候的な問題や魔物に関することも問題なさそうな感じだった。
それから何度か応答を繰り返し、互いにある程度の情報を得られたところでロキシーは話を切り上げる。
「なるほど、ありがとうございました」
話が終わり、感謝の言葉を告げたロキシーは地図を広げて3人で相談し合おうとする。
しかし、目の前の男は立ち去ろうとせず、無言で彼らを眺めていた。
「あの、なにか?」
そのことを不審に思ったシルフィエットが、男に声を掛ける。
「いや、お前らもしかして……『デッドエンド』か?」
「そうだけど……」
「ハッハッ! そうか、なるほどな。本当にこんなところにいたんだな」
いきなり笑い始めた男に対し、ルーデウスたちは警戒心を見せて距離を取り始める。
3人はなんとなく嫌な予感がしていた。
「そうかそうか、ということはお前がルーデウスか」
「………それが何か?」
「俺様には斬りたい奴が2人いる。1人は『龍神』オルステッド。そしてもう1人は――『銀緑』リベラルだ」
ニヤニヤとした表情だ。
だが、その瞳の奥には爛々とした殺気が混じっていた。
その覇気に怖気つきつつも、ルーデウスは何とか言葉を絞り出す。
「それで、僕と何か関係が?」
「とぼけんなよ。お前はリベラルの弟子だろ」
「……そのことは特に吹聴してない筈なんですけどね」
デッドエンドとして活動している間は、スペルド族の名誉を取り戻すために自慢や善行の話をばら撒いた。
そこにリベラルの話をしたことはないし、したとしてもポロッと言ってしまった程度だろう。
それなのにルーデウスの師弟関係を知っていることに対し、更に警戒する。
「まあどこで知ったかなんてどうでもいいだろ。オルステッドとリベラルはどちらも神級魔術の使い手だ。なら、なぁ? 俺様が言いたいことは分かるだろ『魔術王』さんよ」
男の脳裏には、かつて2人にいいようにあしらわれた記憶が巡る。
そのことを思い返し、ニヤニヤした表情はいつしか獰猛な表情へと変化していた。
どうやらそのメインの2人と戦うための前菜として選ばれたらしい。
戦闘を避けられないと察したルーデウスたちは後方へと飛び退き、互いの援護が出来るように散開する。
「それであなたは一体どこの誰ですか? それくらいは教えてほしいんですけど」
「いいぜ、俺様は『剣神』ガル・ファリオンだ。『龍神』も『銀緑』も斬って最強を証明する男さ」
「剣神」
その名を聞き、彼らに動揺が走る。
ここにいるのは3人とも魔術師だが、それでも知っている名だ。
七大列強六位――この世で最も強いとされる7人の内の1人であり、純粋な人族の中で一番強いとされる存在。
何故こんな存在に喧嘩を売られなければならないのかと混乱し、そしてリベラルが原因かと思い出して嘆く。
「僕はリベラルさんほど強くないですよ?」
「ハッハッハッ! お前は嘘が下手くそか? 自分の吹聴した話を思い出せよ」
全ての攻撃魔術が聖級以上。
ひとたび魔術を使えば、空は裂け海は割れる。
魔神ラプラスを彷彿させる無尽蔵の魔力。
どれもこれも吟遊詩人が広めた話である。
そしてその内容を否定出来ないのも確かであった。
ルーデウスは確かにリベラルよりは強くないが、リベラルとオルステッドに最も近い魔術を扱えるのだ。
そこに剣神は目を付けていた。
こいつなら対魔術の練習代わりになるだろう、と。
「ルディ、どうしますか?」
「…………」
判断を仰ぐロキシーに、ルーデウスは思考する。
逃げるという選択肢が真っ先に浮かんだが、すぐに否定した。
剣神という近接のスペシャリスト相手に、現在10メートル程度の距離しかないのだ。どう考えても逃走は不可能だろう。
全員で戦うにしても、誰かが犠牲になる可能性が高い。そもそも勝てるのかも怪しい。
かと言ってルーデウスが1人で相手をするのも無理だ。既に明鏡止水となっていたので分かるのだ。
何か行動を起こした瞬間に『光の太刀』で斬られる予感をヒシヒシと感じていた。
だったら、選択肢はひとつしかないだろう。
対話だ。
相手は同じ人間なのだから、話くらい通じるだろう。
ルーデウスは緊張しつつ一歩前へと歩み出た。
「剣神様は僕と手合わせをしたいんですよね?」
「ああ? まあ、手合わせと言えば手合わせだな」
「でしたら、もし僕が負けても、どうか命だけは助けてください」
その言葉にガルは目を点にする。
それから少しの間を置いて、ブハッと笑い出した。
「ハァッハッハッハー! そうだな、お前は魔術師で俺様は剣士だ。この距離じゃ命乞いしたくなるのも当然だったな!」
状況的にルーデウスが詰んでいることは彼も分かったのだろう。
確かにその提案は最善と言えよう。ガルも悪くないと考える。
その反応には話が通じたのだろうとルーデウスはホッとした。
「けどな」
ピタリと笑いが止まる。
「俺様は始まる前から諦めるような負け犬が大嫌いなんだよ」
「え」
「お前みたいな奴を見るとたたっ斬りたくなる」
思わぬ言葉にルーデウスは一瞬固まる。
好感触と思いきや、まさかの反応だ。
今から土下座でもしようかと思うも、彼の発言的に逆効果だろう。
その間にガルは構えていた。
足を広げ、腰を落とし、剣柄に手を添えて、剣を隠すような構え。
相手の理合を見切り、嗅覚で最善のタイミングを取れる者に向いた、防御型の構えである居合だ。
剣神流上級であるルーデウスはそのことを知っていた。
「だが、俺様は優しいからな。先手は譲ってやるよ」
そう告げたガルは、完全に待ちの姿勢となる。
もちろん、その理由は優しさではない。
この距離ではルーデウスたちを瞬殺出来るため、先手を譲らなければ練習にならないからだ。
あくまでも自分本意な理由であった。
「……そうですか。では、お言葉に甘えます」
逃げることは困難なため、ルーデウスは僅かに逡巡するも決心する。
剣神流は一撃の威力が非常に高いため、無血での制圧が難しい流派なのだ。
その剣神流の頂点が目の前で剣を構えている。
本気で魔術を放たなければ、反撃の一撃で間違いなく致命傷を受けるだろう。
今すぐ逃げ出したい気持ちを押さえ付け、ルーデウスは手を構えた。
出来る限りの魔力込める。
作り出すのはやはり岩砲弾だ。
形成。
魔力を練り上げ、固く、硬くする。
靭性などは考えず、ただ硬くする。
可能な限りとがらせ、紡錘型に。
ドリルのような刻みもつける。
そして、それを回転させる。
できうる限りの高速回転。
ただひたすらに回す。
秒間で何回転しているのかは、彼にもわからない。
本来の歴史ではバーディガーディを相手に放った全力の岩砲弾。
それがここでは、剣神を相手に放たれることになる。
「…………!!」
射出のタイミングは告げない。
態々相手に教える意味がないからだ。
高速回転していた岩砲弾は、何の兆候もなく放たれた。
キュインと、そんな音だけを残して消える。
後は破壊音が響くだけであったが――何の音も響くことはなかった。
「ハッ、流石はあの女の弟子だな。こんなやべえ魔術は初めてだぜ」
気が付けば、剣を振り下ろした姿の剣神が目の前にいた。
射出された岩砲弾を最小限の動きで避け、そのまま光の太刀を放っていたのだ。
ドサリと、何かが落ちた音が響く。
左腕だ。
そのことを認識した瞬間、とてつもない痛みがルーデウスを襲う。
「――ぐ、アアアアアァァァ!?」
己の肘から先の左腕がなくなり、彼は絶叫する。
辺りに血飛沫を撒き散らしながら、その場に蹲ってしまう。
「ルディ!!」
「このっ……!!」
そのことを認識したロキシーとシルフィエットの2人は、剣神に向けて魔術を放とうとする。
だが、不意でも何でもないその丸わかりな予備動作に、ガルは白けた表情を浮かべた。
――やっぱり魔術師ってのは近寄られたら弱っちいな。
刹那を奪い合う剣士にとって、詠唱短縮をしていようと魔術を放つまでの間は長すぎる。
ガルが剣を振るう方が早かった。
しかし、それよりも先に早く行動していた人物がいた。
「くぅ……!!」
「おっ」
ロキシーとシルフィエットが狙われたことを認識した瞬間に、ルーデウスは2人に対して衝撃波を放っていた。
2人は吹き飛ばされる。
それと同時に、ガルの振るった剣が通り過ぎた。
吹き飛ばされたロキシーとシルフィエットは、当たりどころが悪かったのかそのまま気絶して起き上がることはなかった。
「……相手は、僕なんですから……あの2人を狙うのは違うんじゃないですか」
「健気な奴だな。だが、お前の言うことは間違っちゃいねえぜ。俺様も雑魚を斬る趣味はねえ」
「っ、どうせなら、もう1回先手を、譲って下さいよ」
痛みを堪えながら提案しつつ。
ルーデウスは既に魔術を構築して放っていた。
――電撃<エレクトリック>
光の太刀に匹敵する、文字通り光速の魔術。
ルーデウスの手から、ガルに向けて紫電が走る。
ガルはいつの間にか剣を軽く振っていた。
それだけで紫電はアッサリと弾けた。
「なっ」
「遅え」
先程の焼き直しのように、既に二の太刀を振るい終えたガルが目の前にいた。
あっ、と思った時にはもう遅い。
ルーデウスの左腕だけでなく、身体からも血飛沫が舞う。
「――――ぁ」
血が抜けすぎたせいだろうか。
痛みはあまり感じなかった。
代わりに耐えきれない眠気に襲われた。
眠るわけにはいかない。
このままでは死ぬ。
死んでしまう。
今から治癒魔術をすれば何とか命を繋ぎ止められる。
そう思っても、彼の身体は言うことを聞かなかった。
地面に倒れてしまうが、その感覚すらも曖昧だった。
そしてルーデウスは――生気を喪った瞳を閉じた。
――――
俺は気付いた時、真っ白な空間にいた。
何もない空間だ。
身体を見れば、前世のだらけきった肉体だった。
そのことにうんざりしつつ。
俺はこの空間が一体何なのかを知っている。
「やあ、久し振りだね」
ふと気付くと、目の前に白いのっぺりしたモザイクの存在が立っていた。
人神だ。
ウェンポート以降、音沙汰のなかった存在が目の前にいた。
――ヒトガミ。
またこの空間に来ることになるとは思わなかったが、考えてみれば必然だったのかも知れない。
何せ、剣神に斬られてしまったのだ。
最期の光景はハッキリと覚えている。
真っ二つにはされなかったが、大きく身体を斬られたのだ。
きっと死んでしまったのだろう。
「おやおや、随分としおらしい態度だね」
この空間では、考えていることが筒抜けになる。
そのためか、ヒトガミは小馬鹿にした様子で口を開いていた。
「リベラルなんかにつくからそうなったんだよ。馬鹿だねえ君は」
そんなことを言われても、ヒトガミが夢に現れない以上は双方の言い分が分からないのだ。
リベラルの弟子であることを抜きにしても、そうなるのは当然だろう。
それにしても、ヒトガミは態々挑発するためだけに現れたのだろうかと疑問に感じる。
「ああ、違うよ。どちらかと言えば警告のためかな」
警告、と言われても俺はいまいちピンと来なかった。
死んでしまってるのだから、今更警告などされても意味などないだろう。
「やっぱり勘違いしてたか。君、まだ死んでないよ?」
左腕はなくなり、身体も斬られたのにまだ生きてるらしい。
大量に出血もしていたので助からないと思うのだが、不思議である。
シルフィは気絶していたので、治すことは出来ないだろう。
もしかしたら、ヒトガミが何かしらの手回しをしていたのかも知れない。
「さぁてねぇ。どうだろうねぇ」
どこか小馬鹿にするような口調のまま、答えははぐらかされる。
一体何が言いたいのか分からないままだ。
「さっき言った通りだよ。これは君に対する警告さ」
警告というのは、リベラルの側につくなということなのだろうか。
それにその言い方だと、剣神があの場に現れたのもヒトガミによる意図的な遭遇と考えられる。
剣神。
あんな存在が、殺しにきた。
圧倒的に格上の存在だった。
だが、剣神が相手ならまだやりようはある。
遠距離からならまだ戦えるだろう。
次に遭遇したら、広範囲の魔術を全力で放てば返り討ちに出来る筈だ。
近寄らせなければ、まだ何とかなる。
だが、剣神だけを警戒してどうにかなるものなのだろうか。
ヒトガミは今回のように様々な存在を操り、こちらに仕向けることが出来るのではないだろうか。
もしも。
今回のような遭遇戦になったら。
街中で突然襲われたら。
睡眠中のような無防備なところを襲われたら……。
そのことを自覚した瞬間、悪寒が駆け巡る。
ヒトガミの恐ろしさを実感した。
手の届かないところから、一方的にこちらを攻撃出来る。
こちらからは、為す術もないのだ。
天災のような存在。
人『神』という存在が、どれほどの高みにいるのかようやく理解する。
「警告の意味が分かったかい? 君なんていつでも始末出来るんだよ」
そう告げるヒトガミに対し、俺はまともに思考することが出来ない。
「ルーデウス。僕の側につきなよ。リベラルなんか裏切ってさ」
傍まで近付いて来たヒトガミは、耳元で恐ろしい言葉を告げる。
「今までは君に何とか信用してもらおうとしてたけど、もう止めたよ」
そして背中を見せて離れたヒトガミは、完全に開き直っていた。
ルーデウスの存在に気付いてからは、未来への布石として徐々に誘導していたものの、リベラルによって全て台無しとなった。
だったら、脅して従えた方がマシだったのだ。
「僕の言うことを聞けないなら……次はどうなるんだろうねえ?」
言うこととは一体何なのか。
ヒトガミは一体何をさせようとしているのか。
けれど、今の俺を支配していたのは恐怖だった。
「まあ強制ではないよ。けれど、それでも僕と戦うつもりなら……覚悟しておきなよ」
ヒトガミと戦う。
リベラルからの話では、漠然とした感覚でしかなかった。
だが、今になってその意味を実感していた。
文字通り、この『神』と戦わなければならないのだ。
どうすれば勝てるのか。
どうやって戦えばいいのか。
それすらも見当が付かなかった。
「君だけじゃない。君の家族も、君の想い人も、全員タダでは済ませないよ」
それは、嫌だった。
この世界で本気で生きて、何とか築き上げた関係だ。
それをぶち壊しにされるのは、死ぬよりも嫌だった。
「それなら僕の言うことを聞かないとねえ」
何をさせるつもりなのだろうか。
どんな内容にせよ、今の俺は首を横に振ることが出来なかった。
「そうだねぇ……可能性は低いけどオルステッドよりかは何とかなるかな」
そして、ヒトガミは告げる。
「リベラルを殺してよ」
どう考えても無理な内容だった。
実力的にも、心情的にも出来そうにない。
以前にリベラルと手合わせをし、絶対的な差を見せつけられたばかりである。
俺では彼女をどうにかすることは出来ないのだ。
「そんなことないと思うけどなあ」
ヒトガミは何かしらの根拠があるようだった。
ニヤァと笑いながら、続けて口を開く。
「だって君、あいつと親しい仲でしょ? 不意を突いたり寝込みでも襲えば、何とか出来ると思うよ。龍聖闘気を纏えないから、君の攻撃なら十分に通用するさ」
確かに親しい仲である。
師弟関係であるし、よく気にかけてくれていることも分かった。
思い返せば、リベラルは俺に対して無防備な姿を見せる場面が多々あった。
だけど、それを抜きにしても殺せるとは思えなかった。
「何故だい?」
リベラルもまた、この世界に来てからの恩人だからだ。
そんな人物と敵対出来るとは言えなかった。
「ふーん。ならそうだねぇ……ロキシーだったかな。目を覚ましたら彼女の死体でも見てもらおうかな」
……………は?
「シルフィエットもいたよね。彼女もついでに死んでもらおうかな」
何を。
何を言っているのか分からない。
「さっき言ったよ? 君も、君の周りの人たちもめちゃくちゃにするって」
そんなこと許す訳がない。
「別に君に許されなくてもいいよ」
問答無用な様子だ。
俺もそれ以上のことを言えなくなる。
ヒトガミは本気なのだ。
「ルーデウス・グレイラット。そうだね、今回はお告げじゃなくて選ばせてあげるよ」
そして、ヒトガミは。
この悪魔は肩を叩きながら言葉を続ける。
「僕につくか、それともリベラルにつくか――ちゃんと考えて選ぶんだね」
――――
「ハァ……ハァ……!」
目を覚ました時、ルーデウスは大量の汗を流していた。
喉はカラカラで、体全体から寒気がした。
辺りを見回せば、真っ暗な空間だった。
いや、よく見てみるとかまくらの中のようだ。
「ロキシーとシルフィは」
2人はすぐに見つかった。
ルーデウスの傍で気絶したままだったのだ。
どこかに外傷があるようには見えない。
どうやら、無事だったようだ。
「良かった」
次に自分の身体を確認する。
光源を用意して見ると、斬られた筈の左腕がそこに生えていた。
身体も傷があるように見えない。
しかし、先程までの現実を証明するように服は血で染まっていた。
「……」
どうして無事だったのかは分からない。
どう考えても全滅の状態だった。
剣神は生殺与奪の権利を握っていた筈なのに、見逃したらしい。
「…………はぁ」
傷を誰が治したのか、何故見逃されたのかも分からない。
何も分からないけれど、ルーデウスは無事だったのだ。
そのことに安堵の溜め息を溢し、再び目を瞑る。
ヒトガミの言葉が頭を過るが、今は何も考えたくなかった。
Q.えっ、なんでヒトガミがルーデウスとロキシーの生殺与奪の権利握れるの?運命の力で無理なんじゃ。
A.リベラルがいるため、運命とやらが忙しく動き回ってます。でもまあ、ルーデウスとロキシーが見逃されたのも運命なのてしょう。
Q.剣神。
A.こんなところでバッタリ遭遇するなんて凄い偶然ですね。近寄られた魔術師では一切太刀打ち出来ないのであった。
Q何で見逃されたの?何でルーデウスあんな致命傷で生きてるの?
A.ヒトガミは無意味なことはしません。その結果ガバろうとも意図を持って行動をしています。