無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

リベラル「ゼニスは神子になってるんで治療しに連れ帰ります」
ゼニス(聞こえますかお母様…私は今貴方の心に直接話しかけてます)
クレア「ゼニスの治療を認めます」

年明け初日から謎のウイルス感染により39度台の高熱に苛まれ、今もなおしんどいです。大量の口内炎も発生して喉も痛いしご飯も全然食べられない…。
課題も沢山あるのに終わらせられない体調になるし、休み明けは試験が大量に待ってるしとどうしようよない状況になってしまったので、朦朧とする思考の中「もうどうにでもなーれ」と現実逃避して執筆しました。


12話 『パンツの恨みは忘れない』

 

 

 フィットア領へと旅立つための経路や、物品の再確認や準備を行っている最中、ルーデウスはふとウェンポートでルイジェルドに言われた台詞を思い出していた。

 

『ルーデウス。銀緑はお前の師だ。信用するなとは言わん』

 

『だが、警戒はしておけ』

 

 ラプラス戦役に参戦していたリベラルは、魔神との最終決戦で隠れ見ているだけであった。

 それによってルイジェルドの警戒心が上がっており、その発言に至ったのだ。

 ルーデウスとしても、彼の言葉が嘘などとは思っていない。だからこそ、リベラルがどうしてそのような行動を取っていたのか、純粋に疑問に感じていた。

 

 動きの止まっているルーデウスに疑問を感じたのだろう。

 それに気付いたエリスが声をかける。

 

「どうしたのよ?」

「いえ、以前にルイジェルドに言われたことを思い出していただけです」

 

 名前が挙がったことにより、ルイジェルドも反応を示す。

 

「何のことだ?」

「リベラルさんのことを一応警戒しとけって話です」

 

 彼の返答に、ルイジェルドは「ああ」と納得した様子を見せる。

 リベラルとルイジェルドはラプラス戦役では敵同士であり、ちゃんと顔を合わせるようなことはなかった。

 彼が知っているのは、ラプラスとの決戦時のことと戦争中や、それ以前からの噂話だけである。そうした断片的な情報の中で、信用出来るのか分からない存在となっていた。

 実際にリベラルと会ってからもなるべく近くで行動することで監視していたし、第三の眼によってこの国での彼女の動向はほぼ筒抜けであった。

 

「今も警戒すべきって思ってますか?」

「……いや、正直驚いてる」

 

 ずっと監視して言葉も交わした結果、己の考えは間違いだったのだろうという結論に至っていた。

 

 グレイラット家とどういう関わりがあるのか分からないが、打算なく助けようという想いが見えた。

 ノルンやアイシャといった子どもたちにも、優しく接していたし慕われていた。

 ゼニスを治療することに対しての誠実さを見せていた。

 そして、己の問題でもあるスペルド族の疫病の治療についても、協力しようという姿勢だった。

 

 ラプラスとの決戦にいたリベラルは、本当にリベラルだったのだろうかと疑問に思うほどだ。

 正直、見間違えていただけではないのかとすら思っている。

 

「せっかくなんで、ルイジェルドの言うラプラスとの決戦時のことを聞いてみようと思います」

「そうか」

 

 尋ねてもはぐらかされるかも知れないが、聞くだけならタダだ。ヒトガミのような邪悪な意図が合ったとは思えない。

 

 そんなやり取りが行われ、早速尋ねることとなった。

 しばらくして、話し合いの元にリベラルが訪れる。

 

「ルディ様、久し振りに鍛錬でも行いましょうか」

 

 やってきて開口一番にそのように言われ、ルーデウスは戸惑ってしまう。元々はフィットア領までの道のりの再確認をするために話し合いの場を設けたのに、そのように言われたのだ。

 とは言え、違う話をしようとしたのはこちら側も同じである。リベラルが鍛錬と言ってきたことにも、何かしらの理由があるのだろう。

 

 取りあえず、ルーデウスは先にこちらの話をさせてもらうことにした。

 

「すいませんリベラルさん。その前に聞きたいことがあるんですけど」

「ん? 何ですか?」

「ルイジェルドから聞いたんですけど、ラプラス戦役のことです」

 

 それは彼女にとっては意外な話題だったのだろう。

 キョトンとした表情を浮かべ、ルーデウスの隣に立っているルイジェルドを見つめた。

 

「銀緑……ラプラスとの最終決戦のとき、何故お前は隠れていた」

「え? あー…気付いてたんですね」

「当たり前だ」

 

 リベラルは気まずそうに頬を掻く仕草を見せる。

 当時の彼女は、決戦の前後で誰も反応を示さなかったため気付かれてないと思っていたのだ。

 ラプラス戦役から約400年も経過してからまさかそのことを突っ込まれるとは思わず、どう説明するか迷っているようだった。

 とは言え、嘘を吐く必要もない。胡散臭い内容になるが、ルーデウスなら信じてくれるだろう。

 

「いくつか理由はありますが……端的に言えば検証のためです」

「検証だと……?」

「因果律、という言葉をご存知ですか?」

 

 その言葉にルイジェルドは首を横に振るが、ルーデウスは縦に振る。

 因みにエリスは話に付いていけずイライラした様子だった。

 

「過去に戻って歴史を変えようしても、結局は似たような結果になる、とかいうやつですか?」

「そうです」

「まさか、リベラルさんは……」

 

 そこまで言えば、ルーデウスは何かを察した様子だった。

 

「私は未来の出来事を識っています」

 

 この情報をここで話すことでヒトガミに知られる可能性もあったが、リベラルとしては別に問題のないことだった。

 結局、ヒトガミはリベラルの行動を視ることが出来ないのだ。しかも、ヒトガミの知る未来は転移事件によって変化した。

 むしろ、リベラルが未来を識っている、ということを知っても混乱するだけだろう。そもそもそれが本当かどうかも分からないし確かめようがないのだから。

 

「もちろん、全部ではありません。私が未来を識っているのは、まあ……『とある人物が書いた未来日記』のようなものを読んだからです」

「未来日記?」

「はい、未来のことが書かれた書物です」

 

 ルーデウスたちは言葉の意味は理解出来ていたが、いまいちピンときてないようだった。

 

「その人物視点の行動や、周辺の動向しか分かりませんので、全ての未来を私が分かってる訳じゃないですけどね」

「……つまり?」

「限定的な未来しか知りません」

 

 そもそも、主要な布石さえ分かっていれば問題ないのだ。ヒトガミを倒すのに一番壁となるのは、ラプラスである。

 ラプラスを倒すのにオルステッドは多くの魔力を必要とするので、ヒトガミを倒すことが出来ない。

 しかし、その問題もリベラルがいれば解決する。もしも魔神ラプラスと戦闘になれば、彼女は勝つ自信があった。

 

(私は……魔龍王の娘です。ヒトガミという神を倒すためにずっと研鑽をしています。父を超えた力を私が持っているかは分かりませんが――父を超えてなければ、私が生み出された意味なんてないんです)

 

 リベラルは魔龍王の知識と技術を受け継いだ。

 そしてそれらの術を更に研鑽し、純度を高め続けていた。

 ヒトガミを殺すためのいくつかの切り札に、奥の手。そして全ての状況を覆す禁じ手もある。

 魔眼を使えばスペルド族のように、魔神ラプラスの弱点を突くことも出来るのだ。負けるわけがないだろう。

 

 

 だから。

 魔神ラプラスに。

 父親の半身に負けるということは――何も受け継がれていないことを意味するのだ。

 

 

「それで……結局ラプラスとの決戦にどうつながるのだ?」

 

 思考が完全に逸れていってるリベラルを余所に、ルイジェルドが口を開く。

 そのことに気付いた彼女は我に返り、コホンと咳払いをして気を取り直す。

 

「先ほど言った因果律に繋がります。私の行動が本当に影響を与えられているのか……私が行動することで、本当に未来を変えられるか知るために、戦時中は結構そんな感じで干渉したりしなかったりしてたんです」

「…………」

 

 一気に纏めてしまったためか、結局ルーデウスたちは煮え切らない様子となった。

 しかし少しの間を置いて、ハッと気付いたかのような表情をルーデウスが浮かべる。

 

「あっ、つまりその未来日記とやらの記載を覆せるか知りたかったんですね」

「そうなります」

「それに未来日記の内容が本当に起きるか知るためにも、様子見も交えていたってことですか」

「伝わったようで何よりです」

 

 ルイジェルドは理解したのか不明だが、難しい表情のままだ。

 なお、エリスは知らない間に室内で素振りをしていた。

 

「ルイジェルド様も分かりましたか?」

「因果律やらよく分からない単語はあるが……銀緑が悪意を持っていた訳ではないことは分かった」

「そう思って頂けたなら良かったです」

 

 ルイジェルドが警戒していたことは、リベラルも知っていた。

 まさかラプラス戦役のことで未だに警戒されていたとは思っていなかったが、彼はちゃんと説明すれば納得してくれる男だ。

 特に害があった訳ではないし、スペルド族の呪いや迫害のことも教えている。

 真摯に対応したのだから、ルイジェルドが無碍にすることはないだろう。

 

 パンッと手を叩き、小難しい話はおしまいにする。

 

「さて、それでは身体を動かしましょう」

「さっきの鍛錬しましょうってお誘いのことですか?」

「フフフ……ルディ様に色々教えていた時期もありますからね。どれくらい成長したのか見せて欲しいんですよ!」

「うーん……」

 

 ルーデウスはどうして彼女がこんなにノリノリになっているのか分からないが、特に断る理由もない。

 

「そう言えば、リベラルさんと手合わせするのも初めてですよね」

「そうですね。だから楽しみにしてたんですよ」

「……師弟関係なのに手合わせもしたことなかったのか?」

 

 ルイジェルドの疑問通り、ふたりはちゃんとした手合わせをしたことがなかった。何せ、瞑想ばかりさせられていたのだ。

 それ以外では、龍神流の型や技を反復練習したり、魔術について教わったくらいだ。実戦形式のことは一切していなかった。

 

「ルーデウス! 負けるんじゃないわよ!」

 

 ようやく自分にも分かる話になったためか、いつの間にか素振りを終えたエリスが応援の言葉を投げかける。

 しかし、リベラルは少しだけ考える素振りを見せて口を開いた。

 

「今のルディ様はデッドエンドとして活動してるんです。折角なので3人一緒にお相手しましょう」

「そう、いいわよ!」

「えっ、それは構いませんけど……大丈夫なんですか?」

 

 エリスはともかく、戦っている姿を見たことのないルーデウスは己の師匠の心配をしていた。

 ラプラス戦役で活躍していたことがあり、銀緑として名を馳せていたことは理解してる。

 しかし、どうしてもピンと来ないらしい。七大列強に入り込んでる訳でもないのだから。むしろ、ルイジェルドがいるから勝てるんじゃね? などと思っている節まである。

 だが、そんなお気楽な様子のふたりと違い、ルイジェルドは流石に緊張した様子を見せていた。

 

「……油断するな二人とも。奴は人知の及ばぬ本当の化け物だ。

 どういうカラクリか知らんが七大列強に名が乗らないようにしているだけで、上位の七大列強と実力は変わらん」

 

 戦時中に実際に顔を2度ほど見たことのあるルイジェルドは、リベラルの強さを知っている。

 なにせ前線で戦っていたのにも関わらず、誰も彼女のかすり傷すら見たことないのだ。撤退戦でリベラルが逃げているときも、誰一人として近寄ることが出来なかった。

 とは言え、今は味方として手合わせしてくれる存在だ。むしろルイジェルドとしては嬉しいことであった。

 

「なるほど、ルイジェルドがそこまで言うならそうなんでしょうね」

 

 そこまで言われれば、ルーデウスも気を取り直す。

 エリスもムスッとした表情こそしていたものの、言葉を受け入れたようだ。

 

「だが、神に匹敵するものと戦い、その技を受けられるのだ。その意味が……わかるな?」

 

 ルイジェルド。

 俺には分からないよ。

 

 そう言いたげなルーデウスとは違い、エリスは目を爛々とさせ頷く。

 どうやら彼の言葉が響いたらしい。かなりやる気になったようだ。

 

「やってやるわ!」

「なら大丈夫だ」

 

 ルイジェルドはポンポンとエリスの頭を叩き、その手を外した。

 エリスは口をへの字に結んで、既に剣を握り締めるほどモチベーションが上がったらしい。

 

「本来はパウロ様も誘いたかったのですが……あの人は今忙しいですからね。取りあえず移動しましょうか」

 

 山賊役としてデッドエンドに襲い掛かって欲しかったが、出来ないものは仕方ないだろう。

 パウロがエリスに襲い掛かれば、ルーデウスもかなり本気で戦うだろうに、なんて考えながら一人で苦笑する。

 

 

――――

 

 

 移動を終えたリベラルたちは、ルールの確認を行う。といっても、この場には治癒魔術の使い手が二人いる。

 即死するような事態に陥らなければ、大抵の状態から復活出来るのだ。

 そういう意味ではルーデウスの魔術は危険なのだが、リベラルは手加減しなくて大丈夫と伝える。

 伝えたところで本気では魔術を使わないだろうが、十分な殺傷力はあるので問題はないだろう。

 

「手合わせですので、なるべく技を用いて制圧します。準備が整ったら教えて下さい」

 

 そんな言葉とともに、リベラルは離れた少し離れた位置へと移動していった。

 

 魔龍王の娘として技術の研鑽を続けてきたリベラルは、莫大な量の技を持っている。

 しかし、今の時代になってから彼女は、ほとんどの技を見せていない。

 剣神や龍神、更に北神二世と戦ったときにも見せなかった。

 唯一引き出して見せたのは、剣帝であるティモシー・ブリッツだけだ。そう考えると、彼は凄い剣士だったのだろう。

 

 移動後に作戦会議の時間をもらった彼らは、予めどのように行動するか話し合った。

 そんな中で、ルイジェルドはこう伝えた。

 

『初めから相応の距離を取るといい。ルーデウス、お前の得意な魔術を全力で使え』

 

 それはどうなのかと思ったが、彼はその程度でリベラルが死ぬと思っていないらしい。

 不安はあるものの、その言葉に従うことにした。

 

 全員でリベラルから遠く離れていき、手を上げて合図を送る。大体150メートルほどの距離だろうか。

 それと同時に、魔術を構築していく。

 

(取りあえず距離もあるし…ルイジェルドに言われたようにちょっと強めに調整してみるか)

 

 かつての歴史でバーディガーディーに使用したように、岩砲弾を選んだ。

 自身の生み出せる最高の硬さにし、高速回転させて銃弾のようにした。

 

「では、いきます」

 

 キュイン、と音がした。

 その瞬間にはリベラルの眼前に岩砲弾が迫る。

 

 ――(ナガレ)

 

 リベラルがそっと手を添えただけで、岩砲弾は空へと逸れていった。

 ルーデウスは己が驚いた表情を浮かべていることを自覚する。

 そのまま彼女はゆっくりと歩き出した。

 

大火球(エクサフレイム)

 

 次は、火系統中級魔術を放つ。

 かなりの量の魔力を込めたそれは膨大なエネルギーを伴い、まるでもう一つの太陽が生まれたかのようになる。

 そして、太陽がリベラルへと高速で射出された。

 

 ――水弾(ウォーターボール)

 

 リベラルは水系統初級魔術で対応していた。大きさで言えば、ルーデウスの火球の半分程度のもの。

 だが、放たれた水弾は火球にぶつかると、水蒸気爆発を起こして消滅した。

 明らかにルーデウスの魔力量の方が多かった筈なのに、相殺だったのだ。

 それによって辺りに水蒸気が発生し、互いの姿が見えなくなる。

 

(水蒸気を晴らす様子は……ないか)

 

 だが、その状況は想定していたものだ。

 この水蒸気に扮してリベラルが詰めてくるだろう。

 魔術で対応してくる可能性もあったが、今回はあくまでもデッドエンドを交えての手合わせ。

 態々リベラルとルーデウスのふたりで魔術の撃ち合いだけをするつもりはないだろうと考えていた。

 

「ルイジェルド、お願いします!」

「ああ」

 

 姿が見えなくなったことで互いに攻撃が出来なくなったかのように思えるが、そんなことはない。

 こちらには常に相手の位置を把握出来るルイジェルドがいるのだ。

 視界の遮られてる彼女に対し、こちらは狙い撃ちのチャンスである。

 

「この方角だ」

岩砲弾(ストーンキャノン)!」

 

 まだ距離が遠すぎるため、重力や電撃といった魔術は使えない。

 自身の得意な魔術を、再び射出する。

 キュイン、と放射音がするも、外れたのかその後は何の音もしない。

 

(中で何が起きてるんだ?)

 

 更に何度も放って違う種類の魔術も放つが、手応えを感じることはなかった。

 動きが見えてる筈のルイジェルドを見ると、険しい表情を浮かべている。

 

「もうすぐで水蒸気が晴れるわね……」

 

 それまで間はずっとルイジェルドの力を借りて狙撃していたが、一切当たらなかったようだ。

 ルーデウスも舐めていた訳ではない。最初に魔術を受け流された時点で、本気でやらなければ当てられないと感じた。

 しかし、遠距離から一方的に攻撃させて貰ったにも関わらず、一切役に立ててなかったことを悟る。

 これ以上は剣士の間合いとなるため、下手に魔術を放つことが出来なくなったのだ。

 

 目測で50メートルほどの距離があったが、ルイジェルドとエリスは前へと出た。

 

 ――剥奪剣界。

 

 ボソリと聞こえた声に、3人の身体は動かすことが出来なくなった。

 ルーデウスが感じたのは、この世界で初めて感じた圧倒的な殺気。今までに何度か危険な相手と戦ってきたが、これほどまでのものは経験がなかった。

 後ろに下がろうと思うが、明鏡止水となり未来の予測が出来るようになったルーデウスは、その瞬間に身体を引き裂かれる未来を見た。

 ルイジェルドとエリスも感じているのだろう。ふたりも一切動かなかった。

 

「本来は動けないことが難点な技でしたが……どうやら改良には成功しているみたいですね」

 

 やがて完全に姿が見えるようになったリベラルは、最初と変わらぬ様子でゆっくりと歩いてきていた。

 

 本来の剥奪剣界は体勢が固定されて動けなくなることが欠点だった。更に、間合いもパーティ用の広間程度だったのだ。

 しかし、オルステッドからその技を受けた彼女は見事に吸収して発展させていたのだ。

 リベラルの剥奪剣界は、既に別の技と化していた。

 

「いつまでもそこに居たら詰みますよ?」

「……くっ!」

 

 彼女の言葉に、ルイジェルドが動いた。

 その瞬間、リベラルの身体がぶれる。

 黄金の剣閃がルイジェルドの身体を引き裂いていた。

 そのまま吹き飛ばされ、彼は元の位置まで戻された。

 

「あっ」

 

 それと同時に、圧倒的な気配が霧散する。

 どうやら、剥奪剣界とやらが解けたようだ。

 

「ルイジェルド!?」

「ぐっ……大丈夫だ。深手ではない」

 

 ルイジェルドは血まみれとなっていたが、普通に立ち上がっていた。見ているこっちが怖かった。

 やせ我慢だと困るので、ルーデウスは手早く治癒魔術で治そうとする。

 

「ふむ……まだ完成とは言えないですね」

 

 リベラルも自らの意思で剥奪剣界を解いたわけではない。

 一撃放った時点で結界を維持出来なくなったのだ。

 それに、その肝心の一撃も甘かったようだ。

 

 ルーデウスが治療するまでの時間稼ぎのためだろうか。

 エリスが一人で前に飛び出した。

 

「エリス! 時間稼ぎですよ! 無理しないでください!」

「分かってるわ!」

 

 その距離の詰め方は、まるで獣のようにしなやかで力強さを感じさせる。

 そして、ジャンプして一気に距離を詰めたエリスは、渾身の力で剣を振り抜く。

 

「ハアァァァァ!」

「奥義『止水(シスイ)』」

 

 エリスは確かに手加減なく渾身の力で振り抜いた。

 それなのに彼女の剣の刃は、まるで何事もなかったかのようにリベラルの掌に受け止められていた。

 そして、そのまま剣を握られる。

 

「!」

 

 エリスは剣を引き抜こうとしたが、一切動かせなかった。

 まるで巨大な大木を引っ張ってるかのような感覚を覚える。

 

「エリス!」

「ええ!!」

 

 ルーデウスの声に、彼女は剣を諦め手放す。

 そのまま後ろへとバックステップしようとする。

 彼らのいつものパターンであった。

 ヒットアンドアウェイを行い、離脱した瞬間にルーデウスが援護の魔術を放つのだ。

 

「あっ!?」

 

 しかし、エリスのバックステップにリベラルはピッタリと引っ付く。

 それによって、ルーデウスは援護射撃が出来ずに僅かに手が止まる。

 その間にリベラルは彼女の手を掴んでいた。

 

「『鯨波(ゲイハ)』」

 

 ルーデウスの視点からでは何も起きてなかったように見えた。

 だが、何かが起きたのだろう。

 エリスは身体を痙攣させながら地面に倒れていた。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 そこに突っ込むのは、治療を終えたルイジェルドだ。

 自身の得意な間合いに入った彼は、神速の突きを連続で放つ。

 少なくとも、ルーデウスの目にはその槍さばきは見えなかった。

 だが、命中していないことは明らかだった。

 

 リベラルは最小限の動きで、突きを全て避けていた。

 まるで残像しかないかのように、悉く外れる。

 

「『鯨波(ゲイハ)』」

 

 ルーデウスの目には、リベラルが槍を側面から受け止めたようにしか見えなかった。

 どう見ても彼女は防御を行い、反撃しているように見えなかった。

 なのに、攻撃した筈のルイジェルドは先程のエリスのように身体を痙攣させ、地面へと倒れたのだ。

 

(ややややべー!! この人本当に化物地味た強さじゃん!!)

 

 ルイジェルドが射線にいたので何も出来てなかったように見えるルーデウスだが、実はちゃんと援護をしていた。

 重力魔術の範囲内に入っていたので、頑張ってリベラルだけに対して重力を変えていたのだ。

 なのに、何の影響も受けずにルイジェルドを相手に余裕を持って倒したのだ。

 

(多分重力魔術も相殺されてたよな? 相殺しながらあんな動きしてたのか? 泥沼の方がよかったか?)

 

 何にせよ、今動けるのは彼だけとなった。

 手合わせなどでなく実戦だったなら、そのまま土下座して降参するか逃走していただろう。

 もう既に降参したかったのだが、きっとリベラルは受け入れてくれない気がした。

 全く敵う気がしないが、剣は構えておく。

 しかし、まだ魔術を放てるだけの距離はあった。

 再び岩砲弾を作り出し、迎撃の準備を整える。

 

「……乱れてますねルディ様。そんな精神状態ではブエナ村で教えた『明鏡止水』は使えませんよ?」

 

 明鏡止水は心を落ち着かせることで、周りへの気をより配るものだ。

 そのため、極めることで擬似的な未来視に到達することが出来る。

 残念ながらルーデウスはまだ未熟なのか、慌てていることが傍から見ても丸分かりだった。

 それでは動きを読むことなんて全く出来ないだろう。

 

「リベラルさんが強すぎることに動揺したんです。ちょっと僕にはついて行けない世界だったんで」

「まさか降参ですか?」

「いえ、正直勝つどころか一泡吹かせられるビジョンも見えませんが、それでもやれるだけやりますよ。……降参したらなんか恐ろしい目にあいそうなんで」

「それならよろしい。もしも仲間を見捨てて降参なんてふざけたこと抜かしたら、家族の目の前でお尻ペンペン百回の刑にしようと思ってましたよ」

 

 ――百回は嫌だけどちょっとだけお尻叩かれたいかも。

 などと煩悩にまみれた思考を彼はするが、すぐに首を振り雑念を払う。

 もしもそんな馬鹿なことを告げれば、某グラップラー漫画のルミナくんのように、全力でケツをシバかれ川に叩き落されたことだろう。

 そのことを知らずに済んだのはある意味幸運なのかも知れない。

 

「……『処理能力向上(クロックアップ)』」

 

 どういうつもりか不明だが、お喋りに興じてくれたのでその間に結界魔術を使用する。

 かつてボレアス家の家庭教師になったばかりに行った自作自演の際に、賊を相手に使った脳の処理速度を上昇させる魔術だ。

 それによって彼の世界はゆっくりとなる。

 

(これなら動きだけでも見切れるはず)

 

 いくら速くても、瞬間移動してる訳じゃないのだ。

 動きさえ見えれば、まだ対応も出来る筈なのだ。

 

 ルーデウスは迎撃用に展開していた岩砲弾に、魔力を込める。

 なんにせよ、これが最後の攻防になるだろう。

 が、彼女はポツリと呟く。

 

「――『(マロバシ)』」

 

 ルーデウスは確かにリベラルを見ていた筈だった。

 動きを見るために、態々脳みそをフル回転させて処理能力まで上げた。

 けれど、彼は何も認識出来なかった。

 岩砲弾に魔力を込めて放った、と思ったらいつの間にか自分が地面に転がっていたのだ。

 

(な、何が起きたんだ? 本当に何も見えなかったんだけど?)

 

 完全に無防備な状態だ。

 リベラルも倒れているルーデウスに対し、手刀を首元に突き付けていた。

 

「勝負ありですね」

「……ですね」

 

 ルーデウスは魔術を解いて負けを認める。

 

 手合わせが始まる前は、普通に勝負出来ると思っていた。

 だが、蓋を開けてみればこの結果である。

 リベラルがどれほど本気でやったかは分からないが、全力ではないだろう。

 ルイジェルドやエリスと共にここまで冒険し、自分の力に対して結構自信はついてきていた。

 しかし、努力で到達出来ない領域を見せ付けられた気分だ。

 これは無理だなと、本気で思った。

 とは言え、こうなって良かったのかも知れない。

 ルーデウスは生前からそこそこ上位には行けても、最上級に到達したことはなかった。

 

 この世界には七大列強などという最上級の強さを誇る者がいる。

 ルイジェルド曰く、4位からは完全に別次元の強さらしい。

 リベラルは何故か分からないが、七大列強に入っていないのに上位陣と同等の強さだという。

 ということは、七大列強でもないのにやたらと強い奴もいるのだろう。

 

 ルーデウスは最強にはなれないかも知れない。

 けれど、せめて強い奴から逃げられるくらいの力は欲しかった。

 今回の手合わせは、その指標をくれるキッカケとなった。

 態々手合わせしてくれたリベラルに、感謝する必要があるだろう。

 

「ところで……ルディ様」

 

 そんなことを考えていたが、声を掛けられたことによりそちらへと意識が向く。

 手刀を突き付けていたリベラルが起こしてくれるのかと思ったが、そんな訳でもなく。

 仰向けに倒れているルーデウスに対し、彼女は起こそうとせず何故か馬乗りとなった。

 笑顔を浮かべていたが、妙に怖い雰囲気を纏っている。

 

「そういえば、ブエナ村で私のパンツ盗んだままでしたよね……返してと言ったにも関わらずに」

「えっ」

「ロキシー様のパンツは手元に戻りましたか? まさか祀ってるなんてことはないですよね」

「いや、あの」

「ほう、エリス様のパンツもよく触っていたと。洗濯と称して臭いを嗅いでたと」

 

 何故そこまで知っているのか分からないが、リベラルは盗難下着の事情を知っていた。

 正確にいえばエリスのものは盗難していないが、彼女からすればさしたる差はないらしい。

 

「今まで誰もそのことに対してお仕置きしている様子がないので、私が今からお仕置きします」

 

 その後、エリスとルイジェルドが復活するまでルーデウスはくすぐりの刑に処された。




Q.未来日記?
A.もちろんヤンデレが出る方の未来日記ではないし、それと似たような能力を持つものでもない。
今までの作中に出てきたリベラルの未来の歴史についてのヒントです。といっても、かなり話したのでそろそろリベラルの事情が分かるかも知れませんが…。
ただ、まだ不明点はあると思いますのでそれはまた後ほどに。

Q.リベラルが今まで技を使ってなかった。
A.言葉通り、魔術以外ではただの体術で全て対応してました。リベラル自身もそろそろ技の整理をしたかったので、使わせてもらった形。
……うっかりで『転』以外の技使わせてませんよね? それ以外だと多分2章1話の盗賊相手に光の太刀を使ったくらいだと思いますが……。

Q.もしかしてオルステッドの代わりに戦った?
A.特にそんな意図はないです。リベラルが手合わせの提案をしたのは、上記の理由の他、純粋にデッドエンドの実力を見たかったためです。

Q.剥奪剣界
A.魔龍王の娘としてのお仕事です。技術の吸収と研鑽です。それによって進化しました。とはいえ、まだ未完成。こんな感じで改造されてしまう原作の技がいくつか出てくるかも。

Q.技の解説ないから結局何も分からない。
A.本編でしようと思いましたが、冗長になりそうなのでこちらで行います。

『止水』衝撃を無くすだけの技。優しく受け止めて上げてる。刃物も関係なく素手で受け止められるオリジナルの龍神流の技。流の方が強くね?と思われるが、受け流すのか受け止めるのかを状況に応じて使い分けられるため、便利になる。特に武装解除や無力化に繋げやすい。

『鯨波』鉄の棒とかを思いっ切り地面に叩き付けたら手が痺れるアレ。それを全身に広げたオリジナルの龍神流の技。攻撃にも防御にも使える超万能な技だが、使いすぎたら自分も痺れちゃう。

『転』ティモシーさんにも使った水神流のオリジナル奥義。相手の意識の隙間に入り込む。「攻撃しよう」→その瞬間に意識が相手から攻撃そのものに移る→その一瞬を見逃さず意識から外れて、なんやかんやしてカウンター→認識外からの攻撃により相手は何が起きたか理解できない。
つまり、相手の意識の切り替わり時に攻撃する技。

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