無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

タルハンド「魔大陸に到着なのじゃ」
エリナリーゼ「エロイことして情報集めますわ」
リベラル「魔眼で幼女を発見しました」

お待たせしました。
とある方の意見により、私の作品に、今までのもの全てに足りないものを指摘されました。私自身も全く気付いてないことでしたので、とても参考になり感謝感激です。
どうしても意見を取り入れたかったので、プロットをちょい変更。矛盾しない程度に取り入れさせてもらいました。
まあ、喜ぶのは上手いこと書けてから喜ぶべきですね……これからも努力していきますので、どうぞ批判も含めて意見してくださると幸いです。


12話 『本気の錯覚』

 

 

 

 人神にとって、リベラルとは唐突に現れた存在である。

 

 己が持つ神としての能力を持ってしても、リベラルの誕生を予知することは出来なかった。むしろ、己の持つ能力では、魔龍王に子孫など絶対に誕生しない筈であった。

 気付けたのは、偶々だ。偶々、リベラルに施された『龍神の神玉』の強大な力のお陰で、その存在に気付くことが出来た。

 そして、『龍神の神玉』が彼女に施されてなければ、人神は彼女を認識出来なかっただろう。

 

「……訳が分からないよ」

 

 気付けなかったことは、問題だった。けれど、それよりもリベラルの未来を見たときに、人神はそのことを忘れてしまう。

 リベラルの未来は、ある特定の歴史まで存在していた。しかし、その時期を過ぎてしまうと、彼女は“存在そのものが消滅してしまう”のだ。

 数多の未来全てでその結末が映り、リベラルが消滅しない未来が存在しても、彼女は何故か自害してしまうのだ。

 

 理由は何もかもが不明で、頭に疑問符を浮かべることしか出来なかった。

 神としての力を持っていながら、理解出来ぬ存在だった。

 

「だったら、利用出来るだけ利用させて貰おうかな」

 

 故に、人神は己の能力を信じ、リベラルを生かした。彼女が何をしたところで、どのみちいなくなることは確定していたのだから。

 障害にならない絶対的な根拠が、人神にはあったのだ。むしろ、リベラルが消滅する時期に、何が起きるのか興味が湧いた。

 

 時おり彼女の動きを探っても、特に大した行動をしておらず、安心して見ていられた。だから、その時期に決定的な“ナニか”があるのだと考え、警戒する。

 だが、警戒するだけでそれ以上のことをしなかった。リベラルに不自然さがなかったので、何も分からなかったのだ。どうすることも出来なかった。

 

 そして、その時は訪れる。

 

「何だよこれ……ふざけるなよ……!!」

 

 結果は、最悪だった。

 転移事件と共に、未来が変化したのだ。

 

 己の持つ絶対的な未来視が、今まで映し出すことのなかった絶望の未来を映し出す。あり得ない筈の未来が、そこにはあった。

 初代龍神の息子であるオルステッド。最初、彼の存在に気付いた時、ヒトガミは大して気にしなかった。

 当たり前だろう。

 オルステッドの未来は見えずとも、己の未来は見えるのだ。そしてその未来で、彼に敗北する世界はひとつたりともなかった。

 

 しかし、しかしだ。

 転移事件が起きた時、新たな可能性が生まれた。

 

「訳が分からないよ……」

 

 己の未来を見たとき、そこには四肢をバラバラにされ、封印されている己の姿があった。辺りを見渡してみれば、オルステッドに、リベラル、更に見たことのない人族や魔族たちがいた。

 彼らに、人神は敗北していたのだ。ふざけるなと、憤った。こんな未来は認めないと。

 

 数多の未来を探し、その未来を覆そうと画策する。人神が動けば動くほどに、その場にいた者たちは数を減らす。

 けれど、どうしてもオルステッドとリベラルを排除することが出来なかった。そして、この二人が揃った時、ヒトガミは負けてしまう。

 オルステッドだけなら、何とでもなる。リベラルだけでも、問題はない。

 

 だが、両者が揃うと駄目だ。

 ヒトガミは勝つことが出来なくなる。

 

 否、その言い方には語弊があった。二人と戦っても殺すことは可能だが、己も死んでしまう。相討ちになるのだ。

 そして、二人以外にも仲間がいれば、相討ちにすらならない。仲間が増えれば増えるほど、どんどん悪い結末に傾いてしまう。

 

「僕は唯一無二の神なんだ! こんなところで死んで堪るか!」

 

 とにかく、どちらかを始末しようとヒトガミは動いた。戦闘能力で言えば、リベラルの方が容易いだろう。故に、彼女を狙った。

 動揺を誘うため。精神的優位を築くため。今現在、様々な方法で排除しようとしている。

 駒《パウロ》を使い、場を掻き乱したりもした。僅かながら情報も手に入れた。

 

 そして、ヒトガミはようやく見付けたのだ。リベラルを排除するための未来を。

 ニヤリと笑みを浮かべ、ヒトガミはいつもの調子を取り戻す。確定はしてなくとも、未来は存在したのだ。

 

 

 ならば――始末出来る。

 

 

「ふぅ……やれやれ、焦らせてくれちゃってさ。……リベラル、君だけは絶対に許さないよ」

 

 自身が生き残る未来を見付けたヒトガミは、その未来を実現するために行動する。そうすることで、唯一無二の神となれたのだ。

 

 けれど、ヒトガミは忘れていた。

 未来は、唐突に変わることを。

 

 転移事件が起きた時、見ていた未来は唐突に変化したのだ。そしてそれは、ヒトガミが今見ている未来にもあり得ることである。

 その時が訪れるまで、未来は確定しない。そんな当たり前なことを、ヒトガミは忘れていた。

 

 

――――

 

 

 そこに、幼女は倒れていた。

 町の裏路地で、腹の虫を鳴らせながら。

 

 黒いレザー系のきわどいファッション。膝まであるブーツ、レザーのホットパンツ、レザーのチューブトップ。青白い肌に、鎖骨、寸胴、ヘソ、ふともも。

 そして極めつけは、ボリュームのあるウェーブのかかった紫色の髪と、山羊のような角。

 

 彼女こそが、魔界大帝キシリカ・キシリス。かつて世界を震え上がらせた魔族の偉人だ。

 しかし今となっては、魔神ラプラスによって存在感を奪われ、空気と化したただの用無し娘。力も取り戻しておらず、乞食のような生活で日々を凌いでいる哀れな幼女だ。

 

「ぐ……ううぅ……体が動かん……。まさか妾が、こんな所で力尽きるとはな……」

 

 地面に横たわる彼女は、自虐的な笑みを浮かべてみせる。思い返せば、復活してからろくな目にしか遭ってないのだ。

 ラプラス戦役で魔族は権利を手にし、平和な時代となった。今更、彼女が公の場に現れる必要はないのだ。既に用済みの存在だった。

 

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ、か……ぐう、そういうことなのか……」

 

 キシリスがそんな馬鹿みたいなことを呟いてる時、彼女はふと、目の前に何かがあることに気付く。

 肉だ。何故かポツンとある皿の上に、調理済みの肉があったのだ。

 

 瞬間、彼女の小さな体躯が目にも止まらぬ速さで動き出す。

 

「肉ぅぅぅぅ!! 肉じゃあぁぁぁぁ!!」

 

 今まで死にかけていたとは思えぬほど、俊敏に肉へと手を伸ばすキシリス。

 しかし、目の前の肉を掴んだかと思えば、独りでに動き出しその手を避ける。

 

「ま、待て! 待つのじゃ! 妾の肉じゃぞ!」

 

 スルスルと奥の方へ逃げ出す肉を前に、キシリカはよつん這いになり、獣のように疾走した。そして、勢いのまま飛び掛かり、肉へとかぶり付く。

 もしゃもしゃと食らうキシリカであったが、肉に施されていたロープに引き摺られ、奥の路地へと運ばれてしまう。

 

「……お、おう。これが魔界大帝なのじゃな……」

「ちょっと……いえ、かなり予想と違いましたわね……」

 

 その先にいたのは、タルハンドとエリナリーゼだ。あまりにも情けない伝説の存在に、二人は目を丸くしながら呆れていた。

 

「なんじゃ貴様ら! この肉は渡さんぞ! これは妾の拾ったものなんじゃ!」

「そんなものいらんわい」

「いりませんわね」

 

 すげなく断る二人であったが、キシリカは気にせず肉へと貪りつく。しかし、ガシリとその頭は掴まれ、無理やり肉から引き離される。

 何をするんだと、怒りながら顔を上げた彼女の視線の先にいたのは、表情を変えぬまま見つめるリベラルであった。

 

「お久し振りです。キシリカ様」

「ムッ……」

 

 顔を見合わせた二人の雰囲気は、みるみるうちに変化し、剣呑な空気と化す。

 

「貴様は……銀緑か。何故ここにおるのじゃ?」

「私がいたら悪いですか?」

「……何をしに来おった? 妾にはしばらく用は無いと言うとらんかったか?」

「以前に会ってから二百年近く経過してます。しばらくと言う言葉は当て嵌まりませんよ」

 

 言葉を交わしたキシリカとリベラルは、視線を外さぬまま見つめ合う。やがて、根負けしたかのようにキシリカは目を瞑り、溜め息を溢した。

 

「では、何の用じゃ。今更、妾に復讐しに来た訳ではあるまい」

「まさか。キシリカ様を恨む気持ちがないと言えば嘘になります。ですが、貴女も私と同じ被害者です……無論、バーディガーディ様も」

「ほうかほうか。ならばええ」

 

 第二次人魔大戦にて、彼女の父親であるラプラスは魂を二分にされた。その原因となったのは、ヒトガミに利用されたキシリカとバーディガーディである。

 そう、利用された、だ。当時の状況はどうあれ、二人は利用された結果、ラプラスと相討ちとなって死んでしまった。

 

 原因に怒りをぶつけるのではなく、元凶に怒りをぶつけなくてはならない。

 彼らに憤りをぶつけたところで、ヒトガミが喜ぶだけなのだから。

 

「ふぅぅ……」

 

 リベラルは長い深呼吸を溢し、キシリカのように目を瞑る。それから目を見開いた彼女は、再びキシリカを見据えた。

 

「お願いしたいのは、私が懇意にしてる家族の捜索です」

「うーむ、しかしのう……恩義もなく願いを叶えるのは、妾の流儀に反してるしのう」

「ほう」

「じゃがなあ、妾は今ものすごーくお腹ぺこぺこなのじゃ。この肉だけでは空腹が満たされんくてのお」

 

 チラチラとリベラルを見るキシリカ。その催促するかのような態度に、三人は呆れた表情を見せる。

 

「たらふく飯を食えば、魔眼の調子も良くなりそうでのぉ……」

「仕方ないですね。辺りにある屋台で好きなだけ食べていいですよ」

「おお? ええんか? ええんじゃな?」

「二言はありません」

 

 その言葉を聞いたキシリカは、カッと目を見開き、足の力だけでよつん這いから飛び上がる。先ほどまで行き倒れていたとは思えぬほどの、はしゃぎっぷりだ。

 立ち上がったキシリカは、腰に手を当てて、股間を突き出すように胸を張った。

とても偉そうな態度だった。

 

「よし! では案内せよ!」

「…………畏まりました」

「わーい。半年振りのご馳走じゃ!」

 

 こうして、三人は魔界大帝キシリカ・キシリスの助力を得た。

 

 

――――

 

 

 購入した食料を、片っ端から食らい尽くしていく。その小さな体躯のどこに収まっているのだと思えるほどに、キシリカは食べて食べて食べた。

 やがて、満足した彼女は「ゲプ」と音を鳴らし、満足げに腹をさすった。

 

「ふぅ……それで、懇意にしてる家族を見付けて欲しいんじゃったな?」

「はい。特徴は先程教えた通りです」

「そうかそうか。ちょいと待っておれ」

 

 ぐるりとキシリカの眼が回転し、瞳の色が変化する。彼女が持つ魔眼の一つ、遠方を自由に観測する『万里眼』に切り替わったのだ。

 それからキシリカは、あちらこちらへと首を回し、やがて「うむ」と頷く。

 

「まず、父親と娘の一人は中央大陸の南部におるの。赤竜の下顎を越えた付近じゃが、集団で移動しとる」

 

 その言葉に、リベラルたちは顔を見合わせた。フィットア領から移動し、更に多くの人と行動していると言うことは、捜索団を結成したのだろう。

 元より、ボレアス家の執事であるアルフォンスに、パウロが適任だと彼女は進言していた。フィットア領から移動してるのは、むしろ当然の話だ。

 そして、捜索団が結成されたので、ロキシーとシルフィエットも、いずれ合流することだろう。

 

「ムッ……(めかけ)とその娘はシーローン王国におるようじゃが……ちと厄介なことになっとるの」

「厄介? 何ですの?」

 

 顔をしかめつつ呟かれた言葉に、エリナリーゼが反応する。

 神妙な様子を見せつつ、キシリカは答えた。

 

「奴隷になっておる」

 

 それは、生存してることを喜ぶべきか、それともその状況に嘆くべきか。キシリカの言葉を聞いた三人は、どちらの反応も見せずに沈黙した。

 生きてることは把握出来たものの、奴隷であるのならば、どのような状態に陥っても可笑しくはない。少なくとも、手放しに喜べないことは確かだろう。

 

 表情を僅かに顰めたタルハンドが、確認するように告げる。

 

「扱いが酷ければ、死ぬかもしれん。今は良くても、いつ悪くなるか分からんぞ」

「そうですわね……わたくしも奴隷になったことはありますけど、あまりいい待遇ではありませんでしたわ。人族の女子供では、辛いですわね」

 

 エリナリーゼは彼の言葉に同意はするものの、答えを出すことは出来なかった。

 リベラルは顎に手を当て、考える仕草を見せる。それから自分の考えを意見した。

 

「いえ……リーリャ様は優秀な侍女です。更に剣も扱えますので、大切な商品として丁寧に扱われるでしょう。そして、娘であるアイシャ様は幼いですが……天才です。自分の価値を認めさせることが出来るでしょう」

 

 実際にどういう扱いになるのかは不明だ。しかし、リーリャとアイシャと接してきた彼女は、二人の優秀さを知っている。

 とは言え、問題も幾つかあった。二人が優秀であればあるほどに、それだけ商品としての価値が高まり、売られる時期が早まるのだ。

 奴隷から解放させるにせよ、シーローン王国に辿り着いた頃に売り払われていれば無駄足になる。売られた先で娼婦のように扱われるかも知れないし、普通の侍女として暮らせるかもしれない。

 どちらにせよ、早急に向かうのが得策だろう。……普通であれば。

 

「取り合えず、ゼニス様とルディ様の状況を確認してから決めましょう。判断するのはそれからでも遅くありません」

「わしはその二人のことをよう知らんが……おぬしがそう言うのであればそうなのじゃろうな」

「……そうですわね。早とちりして行動するのは愚作ですわ」

 

 三人の意見が纏まるのを確認したキシリカは、うんうんと頷き、再度『万里眼』で捜索を開始する。

 むむむ、と目に力を込め、何度も唸り出す。やがて、一息吐いたキシリカは、微妙な表情を浮かべ、魔眼を閉じた。

 

「うーむ、母親はベガリット大陸の、迷宮都市ラパンにおるようじゃが……ちとよく見えんの」

「……見えないと言うことは、つまり、魔力の濃い場所にいると言うことですね。となると……迷宮内ですか?」

「うむ、多分そうじゃろ。迷宮の中は、高濃度の魔力で満ちておるし」

 

 キシリカの返答に、リベラルは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 

 彼女はその状況を知っているのだ。本来の歴史において、ゼニスがどこへ転移してしまうのかを。恐らく、迷宮のコアに囚われてるのだろうと考える。

 正直、リベラルはその状況を回避したと思っていた。転移事件の発生時期が変化したからだ。それにより、被害にあった人々の状況は色々と変わっている。

 フィリップがその最もな例だろう。本来死ぬ筈の歴史を、覆しているのだ。

 

 だが、ゼニスは変化していない。

 

(……転移事件が発生すれば、ゼニス様は神子になる強い運命を持ってるということですか……?)

 

 まさに、運命の力と言わざるを得ないだろう。ほんのちょっとやそっとでは、決して揺るがぬ強い運命だ。

 ある意味、一番安全な状態だった。しかし、一番最悪な状態とも言える。助け出したとしても、ゼニスが廃人になってしまうことを知ってるからだ。

 廃人になってないかも知れない。なんて安易な考えは持たない方がいいだろう。希望的観測よりも、悪い状況に備えるべきだ。

 

「迷宮内じゃと? 転移事件が起きてから半年は過ぎとるが……一体何をしとるんじゃゼニスは……?」

「迷宮……ですのね」

 

 タルハンドはその情報に困惑してるものの、エリナリーゼは何かを察したかのように、表情を曇らせた。元々彼女は迷宮に囚われ、記憶を無くした存在だ。

 もしかしたら、同じ境遇に陥ってるのでは……と、考えてるのかも知れない。

 

 とは言え、詳しい状況が分からないので、次の居場所を聞くためキシリカへと向き直った。

 

「最後に長男は……赤毛の少女とハゲの男と行動しとるの」

「ハゲの男……もしかして、スペルド族ですか?」

「ちょい待て……うむ、隠しておるがそうじゃな」

 

 まさかと、リベラルは思う。彼女の脳内には、とあるスペルド族の男が思い浮かんだ。

 ラプラス戦役中に、彼女は二度ほど遭遇したことがある。撤退戦であったため、戦うことなく逃走しながらだったのだが、顔だけは見たことがあった。

 本来の歴史において、ルーデウスとエリスの師匠となる男だ。そして、転移した二人をフィットア領にまで送り届ける、心優しき戦士――ルイジェルド・スペルディア。

 

 ゼニスに続き、ルーデウスまで同じ道程を歩んでるのかと首を傾げた。転移時期の変更により、エリスと共に転移していないのではないかと考えていたのだ。

 しかし、そんなこと関係ないと言わんばかりに、同じ歴史を辿っている。ルイジェルドが頭を剃っているのであれば、似たようなイベントが起きたと言うことなのだ。

 

「さてさて、どうやら結構近くにおるようじゃな。逆に気付かんかったわ。えーと、移動中じゃな……分かりにくい場所じゃのぉ、魔大陸の……ムッ?」

 

 考察に耽っているリベラルを他所に、キシリカは居場所を告げようとする。しかし、その台詞は言い切られることなく、不意に途切れた。

 

「どうしましたの?」

「見えなくなった」

 

 心なしか唖然とした表情を見せるキシリカは、考える仕草を見せた。そして、リベラルへと視線を送ると、納得したかのように頷く。

 

「なるほど……そういえば、銀緑。お主はヒトガミと戦っておったな」

「邪魔でもされましたか?」

「うむ……覚えのある感覚じゃった。間違いないの」

 

 溜め息を溢すキシリカからは、心底嫌そうな雰囲気が滲み出ていた。なにせ、彼女はヒトガミと因縁があり、第二次人魔大戦の頃に関わりがあったのだ。そのせいで、ラプラスに殺された。

 そして、ラプラスの娘であるリベラルに、ヒトガミの事を告げる。嫌に決まってるだろう。キシリカからすれば、また殺される羽目になるのではないかと、ウンザリする状況だ。

 

 しかし、リベラルは気にした様子も見せず、むしろ嗤っていた。ルーデウスが同じ歴史を辿っていると言うことは、本来の歴史と同じことをさせるつもりなのだ。

 つまり、ヒトガミの狙いが筒抜けだった。

 

 一瞬でその表情は収まるものの、それを見ていたキシリカは溜め息を溢す。相変わらず胡散臭い奴だ、と。

 リベラルが計算や打算を持つのはいい。しかし、盤上の駒を見るような上から目線なのだ。思惑通りに事が運んでいたとしても、今のままであれば、やがて付いてくる者はいなくなるだろう、と。

 人の不幸を嗤っているのだ。そんなの、当たり前に抱く思いだった。

 

「……まあ、妾に出来るのはこれくらいじゃ。お主らの戦いに巻き込まれたくもないしの」

「出来れば、キシリカ様にも協力して貰いたいんですけどね。取り敢えず、今はいいでしょう」

 

 リベラルの言葉に、彼女は当たり前だと言わんばかりの様子を見せる。

 

「では、妾はそろそろ行かせてもらうぞ! また食べ物でもくれれば、助けてやろう!」

 

 ヒトガミの下りから、いまいち話に付いてこれてないタルハンドとエリナリーゼ。

 そんな二人を他所に、キシリカはトンッと跳躍し、屋根の上に飛び乗った。

 

「では、サラバじゃ銀緑よ! お主らの戦い、多少は応援してやろう! ファーハハハハハ! ファーハハハ! ファーハハアア…………」

 

 ドップラー効果を残して、高笑いが遠ざかっていく。

 よく分からない表情を浮かべた二人は、よく分からないままそれを見送った。

 

 リベラルは溜め息を溢した。

 

 

――――

 

 

 キシリカが去った後、三人は宿で相談していた。

 

「それで、どうしますの?」

 

 パウロの家族の居場所は分かった……とは声高に言えないものの、ある程度は把握出来たのだ。

 全員が生存していることは、一先ず確認出来た。問題は、これからどのように動くのが最善かである。

 

「まず……居場所がハッキリせんのはルーデウスとゼニスじゃな」

「そうですわね……ルーデウスは魔大陸のどこにいるのか分かりませんし、ゼニスはベリガリットの迷宮内。どちらも探すのに時間が掛かりますわ」

 

 キシリカの台詞的に、もしかするとルーデウスは結構近くにいるかも知れない。しかし、所詮は憶測。把握出来てる窮地に比べれば、どうしても優先度は下がってしまうものだ。

 リベラルとしても、ルイジェルドが一緒にいることを知れたので、ルーデウスに関しては心配してなかった。下手をすれば、パウロと共にいるより安全かも知れないのだ。

 もう少し北へと進めば、彼ら三人のパーティー名である『デッドエンド』の噂も聞けるかも知れないだろう。

 

 しかし、“かも知れない”だけである。そして更に言えば、ヒトガミの狙いがよく分かるのだ。

 ルーデウスとヒトガミの関係を、早期に解決するというのであれば、このまま魔大陸を北上するのもありだった。だが、リベラルは首を振る。

 

「ルディ様と同行している者は、恐らく私の知り合いです。エリス様も共にいるようですが、問題なく魔大陸を踏破出来るでしょう」

「スペルド族、って言ってましたわね。本当にリベラルの知り合いですの?」

「ラプラス戦役以降、スペルド族は魔大陸から離れ、別の場所で暮らしてます。まだ魔大陸にいるスペルド族と言えば、恐らく知り合いだけです」

「であれば、この町とウェンポートに伝言でも残せば大丈夫そうじゃな」

 

 ルーデウスに対しての方針は決まり、次の人物へと話は進む。

 

「ふむ……ゼニスはどうしようもないの。一番遠い上に迷宮内じゃ。状況がもっとも不明と言えよう。正直、わしにはどうすべきか判断出来ん」

「転移してから半年以上、ですわね……今も尚生きてるのでしたら、普通は脱出してる筈ですわ」

「しかし、魔界大帝は生きておると言った。まだ迷宮のどこかにいるのであれば、早急に救助する必要があるの……」

 

 ゼニスの実力を知る二人としては、その状況は不可解である。戦闘職でないとは言え、彼女はしぶとい存在だった。しかし、迷宮内で半年も一人で過ごすのはいくらなんでも不可能だ。

 不死魔族であるのならばともかく、ゼニスは人族だ。転移後、自分から迷宮に入ったというのもあり得ないだろう。

 脱出しておらず、まだ迷宮内で生きてるという状況は、どれほど考えても二人には分からなかった。

 

「では、決まりですね」

 

 ルーデウスへの対応が決まった時点で、どうすべきかの方針は定まっていた。ルーデウスの安全が保証された以上、優先すべきは奴隷にされてるリーリャとアイシャ。そして迷宮にいるゼニスだった。

 幸い、転移遺跡の場所を知るリベラルがいるため、移動に大幅な時間が掛かることはない。

 

「シーローン王国へ二人の救出する者。そして、パウロ様に家族の居場所を伝える者と別れましょう」

 

 中央大陸のリーリャとアイシャ。ベリガリット大陸のゼニス。

 どちらも時間を争うとは言え、ゼニスに関しては迷宮内だ。どうしても準備が必要になるし、人手も必要になる。

 キシリカより聞いたパウロの位置は、シーローン王国に近い。だが、フィットア領民を捜索しながらであれば、訪れるまでに時間は掛かるだろう。

 奴隷解放も状況によっては、強硬手段が必要になる。むしろ、優秀なリーリャとアイシャを金だけで手放すとは思えない。

 タルハンドとエリナリーゼ、どちらか一人でその相手にするのは困難だろう。迷宮探索は言うまでもない。

 

 どちらにせよ、パウロの助力は必要であり、彼に伝える者が必要となる。

 

「私は嫌ですわ。パウロなんて顔も見たくない。フィットア領で会った一度だけで十分ですわ」

「儂もじゃ」

「では、私がパウロ様に伝えますね」

 

 こうして、一先ずの方針は決まり、二人と別れることとなった。

 タルハンドとエリナリーゼはシーローン王国へと先に向かい、リーリャとアイシャの救出に当たる。そしてリベラルは、パウロへと家族の居場所を伝える。

 

 その後はどちらかの手助けだ。

 

 

――――

 

 

 タルハンドとエリナリーゼは、リベラルのその提案に疑問を感じることはなかった。感じられる訳がなかった。

 当たり前だろう。感じる方が可笑しい。大概の者は同じような結論に至るのだから。

 しかし、リベラルは『銀緑』だ。ラプラス戦役を戦い抜いた猛者である。そう、彼女であれば、一人でゼニスの救出に向かえたのだ。

 

 けれど――リベラルはその選択肢を挙げなかった。ゼニスの安全を知ってるが故に、言わなかったのだ。

 すぐに助ける必要はない、と。

 

 結果的に言えば、三手に別れることが出来ないので、同じ結論に至っただろう。だが、提示したのと提示してないでは、大違いである。

 リベラルは昔からずっと、目的に向けて歩んでいる。それは今も変わらない。だからこそ、他者に特別な感情を抱かぬため、他人行儀であった。必要以上に関わり合おうとしなかった。

 特別な存在を作り、それが枷とならぬよう生きてきた。

 

 故に、必死になれなかった。

 彼女が見据えているのは、未来だから。

 

 目の前の現実から、無意識の内に目を逸らしていた。先のことに目を奪われ、人の心を忘れてしまっていた。

 未来のために行動するのは、悪いことではない。しかし、度が過ぎれば悪となる。

 

 かつて空中城塞にて、ペルギウスは言った。

 

『ならば、その目を止めよ。現在(いま)のことなどどうでもいいと言わんばかりの、その目をな』

『我はラプラスのことを決して許すつもりなどないが、貴様のその姿勢も同じくらい許せんぞ』

 

 彼の言う通りだ。

 リベラルは未来のことに囚われ、現在を疎かにしている。それ故に、人の心を理解しきれてなかった。

 彼女は人神の打倒に近付けている。そのために生きているのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。でなければ、今までの人生が無駄でしかない。

 

 だからこそ――目の前の出来事に全力を尽くせなかった。

 

 ヒトガミを倒すという未来を磐石とするため、目先の目標を作らなかった。解決出来るものであっても、必要ないものだとして目を向けなかった。

 例え、助けられる命があっても、仕方ないと割り切って行動していたのだ。それが正しいと信じ、必要な命だけを救うべきだと。

 何度も暗示のように押し止めていたものだ。大切なものを作ってしまえば、枷になると。目的の邪魔になってしまうと。

 非道であることから目を背け、前に進んでいった。だが、それこそが間違いであることを、彼女は気付けなかった。

 

 未来のために、現在を切り捨てる。

 人はそれを妥協と呼ぶ。

 

 

 ――リベラルはルーデウスが来てからも、本気を出してなかった。




Q.ヒトガミの未来。
A.龍神陣営の勝利条件『オルステッドが消耗せずにヒトガミの元に辿り着く』。
尚、ラプラスの復活を待たずとも、ペルギウスとリベラルを殺せば無の世界に行ける模様。

Q.みんなの行方。
A.ヒトガミが頑張ってリベラルに嫌がらせをしているようです。取り合えず、周りの戦力を削ろうとしてるんじゃないでしょうか。ルディがルイジェルドと共にいるのも、それが原因です。

他にも説明しようとしてたものがありましたが、忘れてしまいました……。疑問があれば感想欄にお願いします。

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