ラプラス「ボクシングやろうぜ! お前サンドバックな!」
リベラル「もうヤダここ」
早くロステリーナとほのぼのしたいなぁ。…今回はそんなお話になりませんけど。
ヒトガミが施した布石を取り除くため、龍鳴山から離れていたラプラスは、無事に目的を果たして帰路に着こうとしていた。しかし、彼の状態は何時もと違い、その両腕には一人の幼子が抱き抱えられていた。
「…………」
その娘を見付けたのは、偶然だ。偶々帰り道に倒れていたところを、発見しただけである。
その子を発見した時、最初は気にせずに帰ろうとした。今の時代は人魔大戦の影響が残っているのか、まだまだ安定しておらず、道端で誰かが倒れているのはよく見掛ける光景だ。そんなものを一々助けていては、キリがない。
だから、気にせず帰ろうとしたのだが、ラプラスはその娘からとてつもない魔力を感じたのだ。
「……ふむ、これは呪いか。とてつもない魔力量によって体が蝕まれているようだね」
少しばかり調べ、その本質を見抜いた彼は、考える仕草を見せてその場に止まる。それは呪いであったが、利用出来ると考えたのだ。
将来誕生するであろうオルステッドには様々な術が施されている。その術には、何かしらのデメリットがあったりするだろう。しかし、この子を利用すれば、その問題を解消出来るかも知れないのだ。
それ以外にも、彼女の魔力には価値があるかも知れない。打てる限りの手を打ち、未来に繋ぐのがラプラスの役目なのだから。
まだ考えは纏まっていないが、彼は選択した。
「リベラルのこともある…家に連れて帰ろうか」
仮に彼女のからだに眠る膨大な魔力が利用出来ずとも、我が家を管理してくれる者が欲しいと考えていたのだ。
現在は、ラプラスとリベラルの二人で生活を送っている。だが、ラプラスは常に研究と製作によって家事の類いはほとんどやっていないのだ。
それに比べ、リベラルはよく家事を行い、部屋の掃除や整頓、サレヤクトの世話などをしている。綺麗好きなのかは分からないが、その行いは彼にとってありがたいものであった。しかし、何も自分の娘がそんなことをする必要もないと考えてもいたのだ。
そんなことは、いましがた家に連れて帰ろうと決めた、この子にやらせればいいだけだ。そうすれば、リベラルは余計な時間を取られず、鍛練に打ち込むことが出来るだろう。
ラプラスはそんな感じのことも考えていた。
「……ん…んぅ…?」
「おや、目覚めたかい? 私の名前はラプラス。君の名前を教えて欲しい」
「ひっ」
腕の中で目を覚ました幼子に対し、彼は努めて穏やかな表情を浮かべて自己紹介をする。だが、彼女は怯えた様子を見せて小さな悲鳴を上げていた。
「思っていたよりも元気そうだね…そう怯えなくていい、私は君を害するつもりはないからね」
「ほ、ほんとうに…?」
「もちろんだとも」
怖がらせないよう優しい表情を取り繕い、ラプラスはその娘を安心させていく。
「見たところ、その魔力が原因で迫害か、もしくは制約でも受けていたのだろう。けれど、もしその呪いを解消出来ると言えば…君はどうする?」
「……え」
「もちろん、無理に付いてくる必要はないし、無理やり連れていく気もない。だから、どうするのかは君が選択するのだ」
ラプラスは強制しない。連れて帰ろうと考えはしたが、最終的な判断は本人にさせる。色々と娘に宿る魔力の使い道を考えはしたが、まだ考えは纏まってもいないのだ。
将来のことを考え布石を置くにしても、協力してもらう際には、本人の意思をなるべく尊重することにしている。無理やり従わせることは極力しない。もしそんなことをして、土壇場で裏切られたりしたら堪ったものではないからだ。
ラプラスはずっと昔から知っていることがある。昔に行ったレッドドラゴンの調教で、改めて理解したことだ。恐怖による支配は絶対ではない。必ず、従わない者が出てくる。
必要なのは心を共にすることだ。共に食い、共に眠り、共に戦う――それが仲間という存在なのだ。
「さて、どうする?」
ラプラスはその娘から一切目を逸らさず、決断を委ねた。かつてサレヤクトにもしたように、その行く末を見届けようとする。
「…私の呪いを…治せるのですか?」
「治る、と言うよりも、抑えるといった形になるだろうね」
「私はもう…あんな思いをしなくていいのですか?」
「あんな思いと言うのはよく分からないが、それは君次第だろう」
「嘘なんてついてないですよね? ついていって嘘だったなんてことはないですよね?」
「ああ、私がここで話していることに嘘はない」
ラプラスの言葉を聞いた彼女は更に口を開こうとし、途中で閉じる。その様子を眺めた彼は、もう一度同じ質問を投げ掛けた。
「どうするのだ?」
そして、ラプラスの言葉に小さく頷いた。
「私の名前は…ロステリーナです。よろしくお願いします…」
それを見たラプラスは、満足そうな笑みを浮かべる。ロステリーナの過去に何があったのか知らないし、聞くこともしないが、今はこれでいいのだ。
初めから打ち解けるのは難しいことである。だが、そんなものは時間を掛けてゆっくりと築き上げれば済む話だ。焦る必要などない。
それが、昔からやってきたやり方。
ラプラスの仲間の作り方だ。
――――
数ヶ月ほど前に、ラプラスが幼女を誘拐してきた。その幼女の名前はロステリーナ。エルフの幼子だ。どうやら我が家で奴隷の如く、ビシバシと働かせるつもりらしい。
リベラルは最初、「遂にロリコンへと手を染めたかコイツ…」と思いつつ彼を出迎えた。そして、その鬼畜な所業をするラプラスに憤怒したリベラルであったが、
「これでリベラルが余計なこと(家事)に気を取られず、修練を積めるな」
その一言により、撃沈することとなった。単にリベラルにより多くの訓練をさせるためだけに、ロステリーナを連れて来たのだと理解したのだ。
その事実に心底嘆き、「拾って来た場所に帰しましょう」と提案したものの、当然ながら却下される。
「そもそもどうして彼女を拾ったのですか?」
「ロステリーナの内に宿る魔力には使い道があると思ったのだよ。それに、リベラルも年頃の娘だからね、私以外の人とも関わりを持つべきだろう。だが、強いて言うなら…気まぐれだね」
「……そうですか」
何だかんだでリベラルのことも考えて連れて来たようなのだが、その目論みは完全に失敗していると言えるだろう。
それに、他者との関わりがないのは、レッドドラゴンが飛び交う龍鳴山を、一人で降りれないからである。ラプラスがヒトガミの布石を取り除きに行く時も、保険であるリベラルに危険を及ばせないために、着いていかせてもらえないのだ。
『年頃の娘であるリベラルに、他者との交流を』
なるほど、確かにそれはいい考えかも知れない。普通であれば喜ぶ状況だろう。だが、ラプラスには幾つかの誤算があったのだ。
まず、リベラルの中身は転生者なので、年頃でも何でもない。むしろ、ロステリーナとの精神年齢に大きな差があるので、遊んだりしても疲れるだけである。
そもそも、リベラルは鍛練をサボる理由に家事をしていた。なのに、その家事が出来なくなったので、鍛練一辺倒となったのである。ストレスマッハでハゲそうになっていた。
そして最後に、何故かロステリーナから避けられているのだ。つい数日前に、家事やサレヤクトの世話をしていた彼女に手伝いを申し出たのだが、
「ひっ」
何故か小さな悲鳴を上げられた。
「…わ、私だけでいいです! お嬢様はそんなことしなくていいですから! 近寄らないで下さい!」
そして、こんな感じで断られたのだ。近寄らないで下さいとまで言われたのだ。リベラルは泣き出しそうになった。
思い返せば、ラプラスが連れて来た時からそんな態度であった。小さな悲鳴を上げて、隠れられたのだ。ラプラスに対しては平然としているのに、リベラルにだけはそんな感じだ。
お嬢様、と呼んではくれるものの、それは明らかにラプラスをご主人様と呼んでいるから、リベラルのことはお嬢様と呼んでいるだけである。つまり、ただの形式だった。
因みに、ラプラスはその光景を微笑ましく見守るだけであった。完全に子供の喧嘩を見守る親の顔である。
――――
「ひっ」
小さな悲鳴とともに、ロステリーナは逃げ出して行く。そしてその光景を、リベラルはガックリと落ち込みながら眺めていた。
ロステリーナという存在により、
幸いにも、癒し成分はラプラスが連れて来ていた。そう、ロステリーナである。
休息を奪った相手を心の拠り所にするとは何とも皮肉な話であるが、幼女でパツキンなエルフは、リベラルを骨抜きにした。
「ハァ…どうして避けられてるのでしょうね」
だと言うのに、そのロステリーナにはずっと逃げられているのだ。幼女に避けられ続け、リベラルの心はズタズタでいい加減に泣きたくなっていた。
「もしや、私の邪な考えを察知してるんじゃないでしょうね」
具体的には抱き枕にして愛でたいとか。ハスハスしたいとか。もちろん、無理矢理そのような行為に及ぶことは可能だが、そんなことをすれば泣き出しかねない。
幼女を愛でこそすれど、脅えさせてしまうのは不本意だ。リベラルもダメージを受けてしまう。彼女は変態と言う名の紳士なのだ。yesロリータ! noタッチ! である。
「ゆっくり地道に仲良くなっていくしかありませんか…」
そもそも、どうして避けられてるのか不明だが、結局時間を掛けて打ち解けるしかないわけである。
――――
えっちらほっちらと、洗濯物を抱えて歩くロステリーナを発見したリベラルは、後をつけて声を掛けた。
「大変そうですね。私も手伝いましょう」
「ひっ!」
唐突に後ろから掛かった声に驚いたのか、悲鳴を上げたロステリーナに、リベラルはなるべく柔らかい表情であるように努めるが、
「い、いらないです! お嬢様はいつもの鍛練でもしていて下さい!」
呆気なくフラれてしまう。だが、一度でめげずに言葉を続けて、
「鍛練は終わりましたので(嘘)」
「一人でやりたいので大丈夫です!」
どうしてここまで拒絶されるのだと悲みつつ、それでも諦めず手伝おうとするも、
「まあまあ、そんなこと言わずに。二人でやった方が効率よく終わらせられますよ?」
「し、失礼します!」
ロステリーナは無理矢理話を途切らせるかのように逃げ出して行き、その場にリベラルは取り残されてしまう。
一人になってしまった彼女は溜め息を溢し、いっそのこと堂々とサボってやろうかと思案し、
「おや、そんなところで何をしているのだいリベラル? まだ鍛練は終わってないだろう?」
偶々通り掛かったラプラスに発見され、リベラルは狼狽えてしまう。流石にサボろうとしていたと言うことも出来ず、取り敢えず無難な言い訳でもしようと彼女は口を開き、
「あ、いえ、ちょっと疲れたので休憩をば」
「ふむ、ならば休憩が終われば私と組手でもしようか」
「…………」
このあと滅茶苦茶ボコられた。
結果――家事を手伝おうとするも、あえなく撃沈。
――――
この日も同じく、鍛練の際にロステリーナを見かけたので、リベラルは後をつけて声を掛ける。
「サレヤクトの水を運んでいるのですか。重たいと思うので持ちますよ」
「ひっ!」
もはや悲鳴を上げられることが日常のように感じられるも、リベラルはニッコリと笑みを崩さずにロステリーナを見つめ、
「これは私の仕事ですから結構です!」
「でも、かなり疲れている様子ですので…よし、 私にお任せあれ!」
「あっ!」
無理矢理バケツを奪い取った。
漫画やアニメで時折見かける、重たいものを運ぶヒロインの荷物を奪うかのように運んで上げる主人公を意識しながらの行動だ。
この行動で少しくらいは好感度が上がるかな、なんて甘い期待をリベラルはしていのだが、
「ひぅ」
可愛らしい悲鳴と共に、ロステリーナはその場で固まっていた。そして、泣き出す。まさかの展開である。
「ひっく…」
「え…あ…運んでおきますね!」
想像とかけ離れていた反応を目の当たりにし、リベラルは動揺しながら水を運んでいった。綺麗なロリコンを自称している彼女であったが、フォローはダメダメである。
尚、その光景を眺めていたサレヤクトは、「どっちでもいいからはよ」と言いたげな目をしていた。
結果――重たいものを運ぶも、あえなく撃沈。
――――
永い寿命と強靭な肉体を持つ龍族にとって、食事は数日に一度だけでも平気である。もっとも、一度の食事で取る量はかなりのものになるが。
「お食事が出来ましたご主人様!」
「おや、そう言えばそろそろお腹も空いてきた頃だね。ありがとうロステリーナ」
「はい!」
ともあれ、数日ぶりの食事にリベラルは歓喜し、汗だくとなったからだをタオルで拭ってから席へと着いた。
「ロステリーナ、私の隣に来ません?」
ラプラスの対面に座っていたリベラルは、ラプラスの隣に座るロステリーナへと声を掛けたのだが、
「早く食べましょう! 私、お腹ペコペコです!」
リベラルの言葉に被せるように発言し、自分の作った料理へと手を伸ばし出す。
「おや、そんなに急がなくても料理は逃げないよロステリーナ」
「何を言ってるのですかご主人様! ご主人様は一杯食べるので急がないとなくなるのです!」
「ははは、それもそうだね。なら、ロステリーナの食べたいものは後回しにしよう」
過去に、自身を絶望のドン底に突き落とした呪いを治したラプラスに、ロステリーナはとてもよくなついていた。
リベラルとは対照的に、関わることに悲鳴を上げたりしなければ、泣き出すこともせず。今まで見たことのない、とても嬉しそうな表情を浮かべている。
「…………」
楽しそうに食事をする二人を見て、リベラルは沈黙してしまう。
ロステリーナが拾われてから既に数ヶ月ほど経過したのだが、未だにリベラルは避けられ続けていた。常人であれば、ロステリーナは拾われた身であるのに、あまりにも不躾な態度だと憤るかも知れないだろう。
だが、リベラルは馬鹿ではない。自分が避けられてる理由について、ある程度察することが出来ていた。そしてそれは、どうしようもないものだった。
「……ごちそうさまです」
和気あいあいと食事を取る二人を傍目に、リベラルは静かにその場から離れていった。
――――
リベラルが暗い表情を浮かべ、この場から立ち去って行くのをラプラスは見ていた。それから、隣に座るロステリーナへと視線を向ける。
「ロステリーナ」
「何ですかご主人様?」
「どうして、リベラルを避けているんだい?」
初めの内は、単に人見知りなだけなのかと流していたが、流石に避けている期間が長すぎたのだ。時間感覚が人よりもずっと長いラプラスでも、気付ける程に。だから、彼は訊ねた。かつての龍神様のように、言葉足らずで失敗してしまわないように。
「…えっと…それは…」
「怒らないから話しなさい」
ばつが悪そうに顔を俯けるロステリーナ。その反応は、彼女に自覚があったことが明白だろう。だが、自覚がありながらも避けていた“理由”があるのだ。
そのことに、ラプラスは思考を傾ける。
「……怖いんです」
「怖い? リベラルがかい?」
意外な言葉を聞き、ラプラスは思わず首を傾げてしまう。
ラプラスから見て、自身の娘は贔屓目なしでも、かなり整った容姿をしていると思っているのだ。少なくとも、怖がられるような顔ではない。だからこそ、その反応は予想外であった。
「はい…ご主人様の娘様なので、頑張って仲良くしようと思ってたんですけど…その、悪魔のような化物に見えることがあるのです…」
「悪魔? リベラルがかい?」
「そうなのです…今まで私を追い立ててきた人達や、遭遇してきた魔物よりもずっと恐ろしいナニかの面影が見えるのです…」
申し訳なさそうにポツリポツリと事情を話すロステリーナに、ラプラスは思案げな表情を浮かべた。
普通の人ならば、自分の娘が悪魔やら化物に見えると言われれば怒ったりするだろう。当然ながら、ラプラスとて良い気にはならなかった。だが、そのことでロステリーナを叱ったりするつもりもない。
「……なるほど、呪いだね」
ラプラスは聡明な男だ。すぐに理由へと至った。
呪いであれば、ロステリーナがリベラルと仲良く出来ないことにも納得出来る。呪いであるのならば、本来は近寄ることすら困難であろう。
話を聞く限り、リベラルの抱える呪いは、相手の本能に直接影響を与える類のものだ。理性でどうにか出来るものではない。
しかし、それでも逃げ出したりしなかったロステリーナを褒めるべきか。ともかく、どうしてロステリーナだけが、悪魔のように見えるのかと考えたが、それすらもラプラスはすぐに理解した。
(『龍神の神玉』…龍神様の威光や威圧が残っているのか)
かつて龍神は、4つの世界を滅ぼした。獣界、海界、天界、そして…魔界。全てを破壊した、まごうことなき“神”だ。『龍神の神玉』にかつての力は残ってなくとも、恐怖は人々の奥底に眠っているのだろう。仮に恐怖はなくとも、神の威光はある。
ならば、何故ラプラスに呪いの影響がないのかと考えるも、簡単な理由だった。
ラプラスは古代龍族であり、龍神に仕えてきた身なので、神の威光を直接その身に受けている。だからこそ、リベラルの呪いなどそれに比べればあまりにも温く、呪いといった形で通用しないのだろう。
ラプラスを含む五龍将は、全員が『龍神の神玉』を調整した『五龍将の秘宝』を所持しているが、他者から恐れられるような副作用はない。
しかし、リベラルは違う。彼女に宿らせたのは、ヒトガミを殺すためだけに調整したものである。まがりなりにも“神”を殺すためのものだ。結界を破るためだけの『五龍将の秘宝』よりも、純粋な『龍神の神玉』としての力を持っていた。
「呪い…ですか?」
「ああ、その通りだよ。リベラルは他者に恐れられる呪いを持っているみたいだね。ならば、恐らく未来に生まれる御子様も同じ……おっと、話が逸れるところだったね」
ロステリーナの問い掛けに、長考から我を取り戻したラプラスは、諭すように語り掛ける。
「私の娘は可愛いからね。決して悪魔などではないよ」
「……でも、怖いんです」
「まあ、そういう呪いみたいだから仕方ないか」
自分の娘が悪魔や化物のように見えるのは不本意だし、未来に生まれるオルステッドも、似たような呪いを抱える可能性があるのは問題だ。ラプラスはするべきことを考え、結論を出す。
「どうにかして呪いを抑えられるようにしないといけないね」
それに、ロステリーナに避けられ続けられているのも哀れなので、早急に対策を取ろう。
ラプラスは当然な答えに行き着いた。
「ありがとうロステリーナ。君が話してくれたお陰で何とか出来そうだよ」
「そうですか。お役に立てて良かったです!」
いくら呪いのせいで仕方ないとは言え、ずっと恩人の娘を避け続けてしまうのは罪悪感を感じるだろうし、同棲している以上、必ず会うことになるのだ。けれど、呪いがなくなれば普通に接することが出来る。
「呪いがなかったらどんな人なのかなー?」なんてことを思いながら、ロステリーナは無垢な笑みを浮かべた。だが、すぐに何か気付いたかのように、オロオロと気まずそうな表情へと変わる。
「あっ! でも、私が今までリベラル様を避けたことに怒るんじゃ…」
「それは、その時にならないと分からないね」
「…ど、どうしましょう! 私、今までとっても失礼な態度を取ってました!」
ロステリーナはラプラスに拾われるまで、呪いを患っていた。そしてそれは、リベラルと同じように周囲の者に影響を与える類いのものだ。
だから――彼女は知っている。呪いが原因で避けられてしまう辛さを。そして、知っているからこそ、自分が如何に愚かな行動を取っていたのかに気付いたのだ。
「うぅ…私は酷い子です。自分がされて嫌だったことをしてしまうなんて…」
「謝ればいいだろう。己の行いを悔いて反省しているのならば、きっとリベラルは許してくれるさ」
「でも、私はきっと、今まで私を追い立ててきた人が謝っても許せないです。なら、やっぱりお嬢様も許してくれません…」
項垂れるように落ち込むロステリーナに、ラプラスはどうしたものかと思案する。確かに彼は、呪いを身に宿していたことはないので、二人の気持ちは分からないかも知れない。だが、遠い昔に魔獣のような扱いを受けた経験があるのだ。
その当時のラプラスに親は居らず、一人穴ぐらの中で孤独に過ごしていた。けれど、ずっと一人っきりでどうしようもない孤独感に襲われ、いつしか縄張りを飛び出したのだ。そして、自分と同じ人型の者達が住む町を見つけた。ラプラスは仲間を見つけたと、喜んで町へと近付いたのだが、『化物!』と叫ばれ、敵意と殺意をぶつけられたのだ。戸惑うラプラスを追い払ったのは、魔王である。『八大魔王』――ネクロスラクロスだ。
魔王によってボロボロな姿にされたラプラスであったが、癒されぬ孤独感によって何度も町へと訪れた。その度に敵意と殺意を向けられ、ネクロスラクロスに殺されそうになった。そんなことを、何百年と続けていたのだ。
結局、町の人たちと相容れぬまま龍神に拾われたラプラスは、五龍将に抜擢されてからネクロスラクロスと遭遇した訳だが――最終的には友となった。
何百年と敵意と殺意を向けられても、友にはなれる。ネクロスラクロスは第一次人魔大戦で亡くなってしまったが、ラプラスは今でも彼のことを友だと思っている。
そのことを思えば、今のリベラルとロステリーナなど簡単に仲直り出来るだろう。
「ロステリーナ、前向きに考えなさい。君はリベラルと同じ経験をしているのだ。ならば、リベラルが何を求めているのか知ってる筈だよ」
ラプラスの言葉に、ロステリーナはハッとした表情を浮かべる。
「私は…あの人たちを恨んでました。邪険にされて、悪意を向けられて、怖かったのです」
「…………」
「ずっとずっとそんな扱いを受けて、とっても辛かったです」
「……それで?」
「でも、それでも関わりから抜け出せなかったのは…一人が嫌だったからです!」
ロステリーナは幼い子供だ。良くも悪くも、純粋であり無垢である。だからこそ、求めていたものを理解していた。
「人は、一人で生きていけないのです!」
私分かりました! と言わんばかりの笑顔を見せるロステリーナに、ラプラスは微笑んだ。それと同時に、どうして己が彼女を気まぐれに拾ってしまったのかも理解する。
一人よりも二人、二人よりも三人。人との関わりがあるからこそ、目標に向かって行ける。他者との関わりは、心を満たしてくれるのだ。
「そうだね、その気持ちはよく分かるよ」
かつてのことを思い出しながら、ラプラスは同意してロステリーナを見つめる。
「私、リベラル様といっぱい遊びたいです! 一緒にお風呂なんかに入って洗いっこしたり、色んなことしてみたいです!」
「ふむ、リベラルならきっと喜んでくれるだろうね」
「ですよね! そうと決まれば早速お嬢様のところに行ってきます!」
それだけを告げると、ロステリーナは勢いよく駆け出し、部屋から飛び出して行った。
「……ふむ」
思い立ってすぐに行動を起こすのは子供らしいが、良いことだ。しかし、良いことなのだが、呪いの件が解決した訳ではない。ロステリーナは感情のまま飛び出して行っただけである。
それから少し時間が経過すると、ロステリーナの悲鳴が響き渡った。ラプラスはそのことに軽い溜め息を溢し、研究所として扱っている部屋へと向かう。
そして、リベラルの呪いを解消するために、魔道具の制作へと取り掛かるのであった。
めっちゃ長くなってしまった…一応一万文字はいってないみたいですが…。
そして、この辺りから捏造設定が飛び交いますがご了承下さいませ。