無職転生ールーデウス来たら本気だすー   作:つーふー

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前回のあらすじ。

パウロ「俺の代わりに恩返しよろ!」
リベラル「こ、今回だけなんだからね!」
ガル「オルステッドとリベラルを重ねてしまったよ……」

今更ですが、この小説はWeb版と書籍版の設定が入れ混じります。と言っても、サラとかを出す予定はありませんが。ただ、所々「ん?」ってなるところがあるかも知れません。


8話 『信頼の嘆き』

 

 

 

「ハァ……何やってんだか……」

 

 剣神ガル・ファリオンは、深い溜め息を溢した。思い返すは、以前の戦いだ。否、戦いと呼ぶには、些か茶番すぎるものだった。

 

 彼は、リベラルをオルステッドと重ねて見ていた。別に、それは悪いことではない。似たような戦い方をするのだから、仮想敵には丁度良かった。

 しかし、リベラルはオルステッドではないのだ。重ねるにしても、限度があった。そもそも、二人に面識はないのだから、当たり前の話だ。

 結局、剣を振るうことなく搦め手でアッサリと結界に捕らわれ、なす術なく敗北した。それはただ、ガルが間抜けなだけのこと。

 剣聖たちはリベラルへの賞賛などなかったかのように、卑怯者の烙印を押し付けていた。剣王や剣帝はそれを冷ややかな目で見ていたが、正にその通りだろう。

 

 常在戦場。その心を忘れてはならぬ。

 昔の大戦では、不死魔王を倒すために、人族は結界を用いたと言う。結界なんて、とうの昔に戦術として確立されてるものだ。

 その策略を使われ、卑怯と罵る方が恥だろう。ガルが考え無しだったと言わざるを得ない。

 

「俺様の剣は、どんなもんだったんだろうなぁ……」

 

 けれど、やはり虚しい気持ちはあった。

 己が剣聖の頃に、オルステッドに敗北した訳だが、間違いなくその頃よりも遥かに強くなれただろう。格下ではなく、格上かも知れない相手に剣を振るう機会なんて、もうないものだと思っていた。

 そのチャンスを、みすみす逃してしまったのだ。

 

 ガルは剣を手に、その場から立ち上がる。

 

「師匠?」

「わりぃ、ちょっと素振りしてくるぜ」

「素振り? 師匠がですか?」

 

 戸惑うティモシーを無視して、ガルは外へと歩み出す。ここで何もせず、門弟たちを見下ろしているのが、苦痛になったのだ。

 静かに降り注ぐ雪の中へと踏み込み、空を見上げる。吐息は白く染まり、景色へと溶けゆく。

 やがて、静かに剣を構えた彼は、無言のまま振るった。

 

(ああ、畜生……悔しいなぁ……)

 

 リベラルは強い。剣聖たちを相手取った姿を見れば、それくらいは分かる。けれど、そんな彼女は搦め手なんてものを使った。

 

 

 ――強いのに、そうしたのだ。

 

 

(クソ、クソ、ふざけんなよ……意味がわからねぇ)

 

 卑怯だと、罵りたかった。

 

 そんなものに頼る必要がないほど、リベラルは強かっただろう。なのに、そんな戦い方まで“知っている”のだ。

 上に登り詰めた強者は、戦闘が杜撰になる。それは、自分よりも弱い者を相手にするからだ。適当に戦っても、勝ててしまう。

 それ故に、強さは停滞するのだ。上にいるのだから、それ以上の強さを目指すことに理由がなくなる。段々と、心が萎えていくのだ。

 

 けれど、リベラルは違った。

 彼女と戦ったからこそ、分かってしまうのだ。あれは心が萎えていない。強さを手にいれても、貪欲に求め続けている。

 剣術、魔術、戦術、あらゆるものを会得し、それらを利用していた。既に強いのに、更に強くなるなんて可笑しな話だ。

 

(それに比べ、俺様はなんだ?)

 

 ガルは剣神の座についてから、停滞してしまった。

 昔は自分の為だけに剣を振るっていた筈なのに、気が付けば女ができて、子供が生まれて。弟子を育てて。剣神としてやるべきことは何だと悩んで、いつの間にか強さに陰りを生み出していた。

 弟子たちに「自分のために強くなれ」と教えながら、己がそれを出来てなかったのだ。無様な話だろう。

 

 龍神オルステッドという、絶対的な何かを打倒しようとしていた筈なのだ。少なくとも、それがガルの夢だった。

 その為に、剣を振るっていた。自分の欲望の為に、強さを求めていた。なのに、いつしかその気持ちを忘れている。

 

 

「――ああ、強くなりてぇなぁ……」

 

 

 久方振りに経験した敗北の味。

 それは剣神の心に、かつての夢を宿らせた。

 

 

――――

 

 

 リベラルたちがフィットア領に帰還するまでに、一月も経過しなかった。それは勿論、転移魔法陣を利用したからである。

 パウロに見られたくないなんて理由だけで、倍以上もの時間を移動だけに費やすわけにもいかないだろう。なので、仕方なく利用したのだ。

 とは言え、パウロに更なる猜疑心を与える原因ともなってしまった。道中では、二人の雰囲気が良くなることはなかった。

 

 それから、フィットア領の現状を目の当たりにしたパウロは、唖然とした様子で立ち尽くす。既に話を聞いていたとは言え、現実味のないこの惨状に、言葉が出なかったのだろう。

 やがて、ポツリと言葉を漏らした。

 

「なあ、リベラル。もう一度ブエナ村の被害状況を教えてくれないか……」

「……文字通りの壊滅です。人はおろか、建物すらも全て消え去りましたよ」

「…………そうか」

 

 長い沈黙だった。物思いに耽るように、悲痛な表情で黙りこくっていた。それから、顔に手を当て俯いてしまう。

 

「なあ、リベラル。何でこんなことになったんだ?」

「……運が悪かった、としか言えませんね」

「運が悪かった、か……ははっ、そうかそうか、俺たちは運が悪かったか」

 

 彼は呆れような、自嘲のような、そんな声色でリベラルの言葉を咀嚼する。

 

「若い頃の俺は、そりゃヤンチャもしたもんだ。だから、俺を恨んでる奴は、探せば結構いるだろうな」

「…………」

「けどよ、ゼニスとリーリャはそんな女じゃない。俺みたいなクズじゃない。少なくとも、幸せを享受すべき人間だ。

 それにルディだって、ノルンだって、アイシャだって、何も悪いことなんてしてねぇ。まだまだ子供なんだ。こんな不条理に遭うべきじゃねえだろ……?」

 

 やがて、感情が抑えきれなくなったのか、パウロの声は段々と荒々しく変化していく。けれど、リベラルはそれを止めることもせず、静かに聞き続けた。

 

「ブエナ村が壊滅だぁ? ふざけんなよ。俺の嫁や息子たちは、運が悪かったの一言で、こんなことになっちまったってのかよ?」

「……そうです。ただ、運が悪かったのです」

「そんな理不尽が認められるかよ……!」

 

 転移事件を知っていて見過ごした彼女は、白々しくもそう答えた。だが、リベラルとて、フィットア領で転移事件を起こしたかった訳ではないのだ。元からフィットア領で起きるものだったのだ。

 そしてそれを、リベラルは避難も含めて止める訳にいかなかった。ただ、己の目的を果たすために。

 

 だから、そう。

 偶々、そうだっただけのこと。

 

 転移事件は偶然フィットア領で起きて、そしてリベラルはそれを止められる立場でなかった。つまり、彼ら被害者たちは、運が悪かっただけのこと。

 リベラルはそんな言い訳を、心の中で並び立てることしか出来なかった。

 

(私は、とんだ外道ですね)

 

 己の発言に、吐き気すら覚えた。けれど、仕方ないだろう。彼女はその為に、この世界で何千年と待ち続けてきたのだ。今更、止まることは出来なかった。

 だから、彼らの想いを呑み込み、向き合わなくてはならない。

 

「ああ、クソ。訳分かんねえよ。何なんだよ。何でこんなことになってんだよ。なぁ、おい。何でだよチクショウ」

 

 呪詛を吐き続けるパウロは、怒りと悲しみにまみれていた。その思いをどこかにぶつけることも出来ず、苛立たしげに頭を掻きむしる。

 しかし、傍にいたノルンがパウロの裾を握り、泣きそうな表情を浮かべた。

 

「おとうさん……こわいよ……」

 

 娘の存在に、彼はハッとした様子を見せて、力強くノルンを抱き締める。

 

「ノルン、大丈夫だ。すぐに母さんとも会える。絶対に会えるから、泣かないでくれ……」

 

 安心させるためか、パウロはノルンにそう呟き、抱き締め続ける。

 根拠も保証もない、気休めにもならない言葉だった。けれど、リベラルは見ていた。パウロの瞳に、確信しているかのような、強い意思が宿っているのを。

 

「…………」

 

 リベラルは何も言わず、二人を見守った。

 

 

――――

 

 

 いつの間にか寝入ってしまったノルンを背負うパウロは、辺りに誰もいない場所へと移動していた。それから、付いてきているリベラルへと向き直る。

 

「……なあ、リベラル。聞きたいことが幾つかあるんだ」

「奇遇ですね。私もありますよ」

「そうか……なら、俺からいいか?」

「どうぞ、出来うる限り答えましょう」

 

 パウロの雰囲気は明るくない。むしろ、剣呑さすら孕んでいた。その態度から、何について訊ねられるのか察した彼女もまた、真剣な表情になる。

 フィットア領に辿り着くまでの道中では、彼は何かを迷うかのように、何度も聞こうとしては口を閉じたりと繰り返していた。しかし、フィットア領の惨状を改めて認識し、聞く踏ん切りがついたのだろう。

 

「一度確認するが、リベラルは本当に『銀緑』で間違いないんだよな?」

「剣の聖地で言い触らしたのに、今更ですね。パウロ様の言う銀緑が、ラプラス戦役に出てくる銀緑であれば間違いありません」

「ここに来る道中で転移陣を使用してたからには、転移に関しての知識はある程度あるよな?」

「そうですね、ペルギウス様よりも知識があると自負しております」

 

 リベラルの持つ知識は、前世からのものも含まれる。時空間に関しての知識を持つ彼女は、この世界に転生してからもそれらを探究していた。自身の目的のために、必要となるからだ。

 もっとも、転移や召喚にも更に細かい分野があるので、全てがペルギウスよりも勝ってると考えてる訳じゃない。それに、実際に知識比べをした訳でもないので、結局は口だけに過ぎなかった。

 

 その返答に対し、パウロは逡巡しつつも口を開く。

 

「……ならよ、この転移災害は偶然起きたものか? それとも、誰かの手によって起こされたものなのか、分からねえか?」

「私の推測が正しければ、人為的に起こされたものでしょう。ですが、転移災害を起こすことが目的ではありません」

「…………あ?」

 

 その言葉に、パウロの気配が殺気にまみれたものとなった。だが、リベラルは構わず続ける。

 

「転移が起きる直前にあった空の異変。あれは召喚魔術と酷似してました。つまり、召喚するために周囲の魔力を取り込み、その結果として転移災害となったかと思われます」

「……召喚だぁ? 誰が、誰がそんなことしたってんだよッ?」

「そこまでは、私にも分かりません。ただ、だからこそ私は先程“運が悪かった”と言ったのです。多分ですが、召喚が目的であって、転移災害自体は意図的に起こされたものではないでしょうから……」

「ふざけんな! 転移災害は意図的じゃないだと? 何の目的で召喚魔術なんざ使ったのか知らねえがよ、そのせいで俺の家族はバラバラ! それに沢山の人たちが亡くなってんだぞ!?」

 

 憎悪を瞳に宿すパウロは、忌々しげに荒れた心を吐き出す。

 

「なあ、リベラル。あり得ねえだろ? 何のためだか知らねえがよ、そんなことの為に、ブエナ村は、フィットア領は、無くなっちまったって言うのかよ?」

「……恐らく、そうなりますね」

「ああ、そうかよ。クソ……絶対に許さねえぞ、チクショウが……」

「…………」

 

 パウロの怨嗟に、リベラルは沈黙する。彼女の目的の一つであるナナホシの召喚は、赤の他人である彼ら被害者たちにとっては“そんなこと”でしかないのだ。

 どれほど重要性のあるものであれ、結局彼らは被害者でしかない。リベラルがどれほど力説したところで、彼らからしてみれば「だから何だ」という話でしかないのだ。

 

 パウロの恨みはもっともだ。しかし、その割には、どうにも物分かりが良すぎるとリベラルは感じていた。彼女が幾ら、転移術や召喚術に精通しているとは言え、言葉を鵜呑みにし過ぎなのだ。

 リベラルとて、今回の件に関して全ての事情を知っている訳ではない。あくまで、未来の知識と実際に目の当たりにした現象、それと昔から考察してきた考えを、口にしてるだけだ。本当にその通りなのかまでは、分からなかった。だからこそ、断定的に言わず「恐らく」や「多分」、「だと思われる」と話していたのだ。

 しかし、パウロの反応はまるで、事前にある程度の情報を得ているかのような、予め心の準備が出来ているような、そんな違和感だ。彼の瞳には、ずっとリベラルを映していた。

 

「……私からもいいですか?」

 

 リベラルはリベラルで、些細な反応にすら猜疑的になってしまっていた。パウロの反応に、本当に違和感があるのかなんて、他者には分からなかっただろう。

 パウロにヒトガミの関与があるからこそ、彼女もより敏感になってしまってるのだ。

 

「パウロ様は、人神(ヒトガミ)のことを知ってますね?」

「それ、剣の聖地でも訊ねてたよな? ……悪いが知らねえな」

 

 リベラルの問いに、彼はあくまで知らないと言い張る。しかし、状況的に関与していることが明らかなので、嘘であることを一瞬で見抜く。

 なので、彼の言葉を無視して続ける。

 

「パウロ様、貴方の為に言ってるのです。ヒトガミと手を切って下さい。でなければ、取り返しの付かないことになります」

「ヒトガミなんて、知らねえよ」

 

 ヒトガミがパウロをどのように利用するかなんて、実際には分からない。今までの考えは、結局のところ推測でしかない。だから、本当に正しいなんて根拠はないのだ。

 しかし、ヒトガミとの関わりを絶つことさえ出来れば、最悪が起きないことを知っている。強い意思で拒み続ければ、ヒトガミは他者を操ることが出来ないのだ。

 

「パウロ様、嘘を吐いてることは分かってます……もう一度言いますよ? ヒトガミと手を切って下さい」

 

 そんな想いを込め、リベラルは必死に願う。だが、パウロは苛立たしげに叫んだ。

 

 

「――だから、知らねぇつってんだろ!」

 

 

 怒りを露にした彼の表情に、リベラルは閉口する。ノルンが寝ているにも関わらず、大声で怒鳴ったのだ。

 それほどに、パウロはリベラルのことを拒絶していた。

 

 そして、その感情の爆発は、今まで口にするのを躊躇っていた言葉を出させた。

 

「リベラル。お前は知ってたんじゃねえのかっ? この転移災害が起きることをよ!」

「それは」

「けどよ! 俺はそんな訳ねえって思ってんだ! リベラルはそんな奴じゃねえってよ!」

「パウロ様……」

 

 互いに分かっているのだ。

 リベラルが転移災害に、ある程度の関わりを持っていることを。パウロがヒトガミに、どんなことを吹き込まれたのか。

 分かっているからこそ、分かり合えなかった。信じたくなくて、知りたくなくて、言葉に出来ない。

 

「んぅ……おとうさん、どうしたの?」

「……いや、何でもない。すまん、起こしてしまったみたいだな。でも、大丈夫だ。父さんの背中で寝てなさい」

「うん……わかった」

 

 しかし、ノルンの声に平常心を取り戻したのか、パウロはすぐさま平静を装い、娘へと優しく接する。その様子にノルンは安心したのか、しばらく経つと再び寝息を立てた。

 それを確認したパウロは、落ち着くためなのか一つ深呼吸をし、リベラルへと向き直る。

 

「リベラル。俺はよ、お前のことを信じたいんだ」

「私も、信じて欲しいですよ……」

「ああ、分かってるさ……ブエナ村では何度も世話になったし、よく俺たちを助けてくれた。息子や娘たちの世話をしていたお前の顔は、本当に嬉しそうな表情だったよ」

 

 転移災害前。ブエナ村で過ごしていたリベラルとグレイラット家は、それなりに長い付き合いだ。

 何度も食事を分けてもらったし、ロキシーが去った後に、何だかんだでルーデウスの教師もしていた。プレゼントも贈っていたし、家事の手伝いなどもしてくれた。

 なのに、そんなリベラルに対して、恩返しをまともに出来てないのだ。ずっと、世話になりっぱなしだった。

 

 故に、パウロはそう告げた。

 リベラルのことを信じたいと。

 

「だからこそ、一つ頼みたい。この願いを聞いてくれれば、俺はきっと、リベラルのことを信じられるからよ」

「何をですか……?」

 

 彼女は完璧ではない。どれほど思考を続け、対策を張り巡らせ、あらゆる状況に対応しようとも、結局は限界がある。

 それは、力及ばずなこともあれば――単に思い付かないこともあるのだ。リベラルも人間だ。対策を忘れ、失念してしまうこともある。

 

 次の台詞に、彼女は呆気なく切り崩されることとなった。

 

 

「その腕輪を、一度外してくれねえか?」

 

 

「――――」

 

 リベラルは動けなくなった。

 パウロの要求に、応えられなかった。

 

 五千年以上も前に、父親であるラプラスが作ってくれた形見。リベラルの抱える呪いを何とかするために、態々作ってくれた宝物。

 パウロの頼みを、聞ける筈がなかった。彼女は『この世界のあらゆる生物に嫌悪されるか恐れられる』呪子なのだから。呪いを患ってるリベラルは、呪いを封じている腕輪を外す訳にいかなかった。

 もしも頼みに従い、素直に外してしまえば、パウロはきっとリベラルのことを信用しなくなるだろう。それどころか、化物と糾弾するかも知れない。

 彼女の呪いは、それほどまでに強力なのだ。信用される呪いを持つヒトガミとは違い、外してしまえば誰からも信用されなくなる。

 

 自身の呪いを利用される可能性を、リベラルは考慮してなかった。

 

(やってくれましたねヒトガミ……ッ!!)

 

 だって、仕方ないだろう。

 呪いが解消したのは、五千年以上も前の話なのだ。

 

 ならば、リベラルの持つ未来の知識はどうなのかと思うかも知れない。そちらも同じく、五千年以上前のものなのだから。

 しかし、そんな忘れては困るような記憶は、龍鳴山の日記や書物に残していた。その為に、ブエナ村でも日記をずっと書き続けていたのだ。

 そして、他者に読まれても分からぬよう、日本語で書き置いている。故に、ずっと薄れることなく残り続けているのだ。仮に忘れたとしても、読み返せば済む話だった。

 

 それに対し、呪いは違う。

 既に解決してる出来事だからこそ、完全に頭の中から消えていた。

 

「…………」

「おい、何で黙ってんだよ」

 

 何とも間抜けな話だが、リベラルが忘れていただけだ。自身の呪いのことを。

 そして、ヒトガミがそれを利用した。そんな単純な手口だった。しかし、その効果は強力である。

 

「……申し訳ありません。それは、出来ないのです」

「あ? 何でだよ?」

「…………私は呪子であり、この腕輪で呪いを抑えてるからです」

 

 一筋の願いを込めて、けれど、諦観を抱きながらそう告げた。

 パウロは馬鹿にするかのように、ペッと唾を吐き捨てる。

 

「呪子だぁ? ハッ! なら、どんな呪いを持ってんだよ? 俺に教えてくれよ?」

「……他者に恐れられる呪いです。腕輪を外せばきっと、パウロ様は私を信頼してくれなくなるでしょう」

「おいおい、随分と都合のいい呪いだな。それで、外そうが外さまいが俺から信用されなくなるから断るってか? ハッ、笑わせんなよ。そんな言葉が信じられるかよ」

「…………」

 

 呆れるかのように言い捨てるパウロに対し、リベラルは何も言い返せずにいた。ヒトガミがパウロに何を告げたのか具体的には不明だが、これで拭えぬ猜疑心を彼に植え付けられたのだ。

 最早、パウロに何を告げても信じてもらえないだろう。内心で小さく溜め息を溢し、リベラルはどうするか思考する。

 

 完全にヒトガミの使徒と化そうが、彼女としてはパウロを始末することは避けたかった。

 取り返しの付かない段階まで進むようであれば、諦めてその前に始末するだろう。けれど、それは最後の手段だった。

 

 リベラルがパウロを殺してしまえば――ルーデウスはヒトガミ側に付くかも知れない。

 

 肉親を殺した相手を、誰が信じるかという話だ。殺した事実を隠蔽することは可能だが、ヒトガミにはバレバレだろう。

 故に、パウロがヒトガミの使徒になろうとも、殺すことは出来ない。ルーデウスは必要な存在だから、敵に回す訳にいかないのだ。

 

「…………」

「チッ、もういい。もう俺には分かんねえ」

 

 言葉を返さぬリベラルに、パウロは舌打ちをする。

 

「俺は、何を信じりゃいいんだよ……」

 

 踵を返した彼は、この場から離れていった。




Q.リベラル転移災害の原因知らんのか。
A.知りません。彼女はあくまで推測してるだけであり、それ以上のことを知りません。と言うか知れません。神視点の読者ですら、全てを把握できてないのですから……。

Q.腕輪。
A.本編通りです。覚えてた方はいらっしゃいますかね?見事にヒトガミに利用された形です。

追記。
Q.何で怒り心頭のパウロに自分の要求を通そうとするんやリベラル……。
A.龍鳴山時代の彼女を思い出してみましょう。黙って唐突に家出したり、ロステリーナが仲介するまでマトモに親とも接することのできない子なんです。

次回はここに至るまでのパウロ視点です。

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