リベラル「闘神鎧が欲しければ――我が屍を越えて行け!!」
バーディ「うはっ、リベラルYOEEEE!完全にただのサンドバックだわwwww」
ヒトガミ「雑魚だし、リベラルちゃんは生かしてても問題なし」
今回でこの章は終わりとなります。次回からは一気に時間が飛び、甲龍歴に突入します。ラプラス戦役の話とかも考えてましたが、冗長になりそうだったのと、別にちょくちょく触れていく予定があったので全カットです。
まあ、想像にお任せしますって奴ですね。
どれほど長い間、そうしていたのか。リベラルはずっと、無為に時間を浪費して過ごしていた。
何もやる気が起きないのだ。人神への怒りは何処へいったのか、何をすることもなく龍鳴山で過ごしていた。
胸にポッカリと穴が空いていた。
気が付けば、独りになってしまったのだ。
ロステリーナもいなくなって、ラプラスもいなくなって。そしてその原因が、自分にあって。
今まで過ごした家族との一時を思い出し、悲しみに明け暮れる。
(私はまた、失ってしまったのですか…)
胸中にその思いが渦巻き、心が折れた。無力感だ。己は何をしても、成し遂げられない。やるだけ無駄。あまりにも弱い。どうしてこうなってしまったのか。寂しい。悲しい。辛い。
ラプラスが第二次人魔大戦で敗北することは知っていた。なら、もっとやりようがあったのではないのか。
そもそもな話、無理矢理にでもラプラスを戦争に行かせなければ、こんなことにはならなかっただろう。今にして思えば、戦争が起きたのはラプラスを始末するための罠だったようにも思える。
そう、そのことにも気付けた筈なのだ。なのに、リベラルは龍鳴山でのんびりと父親の帰りを待っているだけだった。未来のことよりも、現在のことを優先すべきだった。
――
「……もう嫌だ…嫌です…」
己の情けなさに、間抜けさに失望する。ラプラスが戦っている間、のうのうと過ごして。その結果が、これだ。馬鹿過ぎて言葉も出ない。
ラプラスは使命に生きていた。
元々リベラルを生み出したのも、保険のためだったかも知れない。いや、実際に保険だったのだろう。彼が死んだ時のための、『魔龍王』の後継者である。
最初は厳しかった。延々と鍛練を要求されて、ずっと痛め付けられた。そのことは、今でも嫌である。リベラルはラプラスと過ごすのに、そのような殺伐とした関係を求めていない。もっと気楽で、楽しく温かい関係を望んでいたのだから。
でも、愛情を見せてくれた。呪いを抑える腕輪を作ってくれたし、鍛練が嫌だという要求も聞き入れてくれた。
家から出ていく時はちゃんと「いってくる」と言ってくれたし、帰ってきた時には「ただいま」と言ってくれた。
家族として、リベラルは受け入れられていた。帰る場所と認識してくれていた。
不器用なだけだった。
ラプラスは確かに父親であった。
ロステリーナは拾われた身であるが、家族のような存在である。リベラルに変わって家事などを行ない、皆の負担を減らしてくれた。
呪いが原因で避けられたりした時期もあったけれど、解消してからは妹のようになついてくれた。癒しの存在だ。
更には、ラプラスと和解するための切っ掛けを与えてくれた。簡単なようで難しい一歩を、踏み出させてくれた。
リベラルであれば、ロステリーナの封印を解き、再び共に暮らすことも出来るだろう。けれど、それは駄目だ。
ロステリーナは己の意思で、ラプラスと共に未来で戦うことを望んでいた。それなのに、一体どの面を下げて向き合えというのだ。
リベラルが原因で、ラプラスは魂を真っ二つにされたのだ。のうのうと自分だけが生き延びて、「ラプラス様はいませんが、一緒に戦いましょう」などと言える訳がない。
それに、だ。『ラプラスが第二次人魔大戦で敗北する』という運命を、覆せなかったのだ。ひとつの結末に、収束してしまった。
多少の差異はあれど、これから先は己の知る歴史を辿ることになるだろう。ならば、父親の死を無駄にする訳にいかないのだ。
人神に勝つためにも。
己の目的のためにも。
ロステリーナを見殺しにしなくてはならない。
(何で私は…こんなにも無力なのですか……っ!)
手の届く範囲にいる、大切な人を救うことすら出来なかった。
今すぐ封印を解き、共に過ごしたい。話したい。分かち合いたい。なのに、それをすることが出来ない。
それは何故か?
リベラルが負けたからだ。
鍛練をしたくないと言ってしまったからだ。
「うぅ……何で、私はあの時、我が儘を言ってしまったのですか……いずれ戦うことを知っていたのに…どうして…ああぁぁ……!!」
ずっと同じ自問自答を繰り返す。同じ後悔を繰り返す。意味のない行為だけれど、リベラルにはそうすることしか出来なかった。
不意に、リベラルは外に目を向ける。彼女はとある気配を感じていた。長い間家の中に閉じ籠ってしまったが、まだリベラルの元には一匹だけ残っているのだ。
かの赤竜王は狩りから帰ってきたのか、大きな獲物を掴んで家の前に降り立ったのである。
リベラルは飛ぶように部屋から出ていき、サレヤクトを出迎えた。
「サレヤクト様!」
返り血で汚れていることも気にせず、リベラルはサレヤクトに飛び付く。
血でベタベタとし、鱗でゴツゴツした触り心地であったが、気にせず抱きついていた。
「サレヤクト様、サレヤクト様!」
リベラルはまだ独りではないのだ。今までの時間を共に過ごした、家族とも言える存在がいる。
ラプラスの相棒である古竜だ。彼だけは、死ぬこともなく生き延びてくれた。
同じ気持ちを分かち合える、唯一の存在。独りになったリベラルを受け入れてくれる、心の拠り所だ。
「もう同じことは繰り返しませんから…サレヤクトだけは、どこにも行かないで下さいね…」
嬉しそうに抱きつくリベラル。けれど、彼女は気付かなかった。サレヤクトの瞳が冷ややかになっていたことに。
サレヤクトは『赤竜王』である。気高き赤竜の頂点に立つもの。最初の頃は違ったかも知れないが、ラプラスとは対等であり、互いに信頼して背中を任せていた。
そんな彼の娘だからこそ、今の今までリベラルから離れずにいた。ラプラスと同じ、気高き戦士であると思っていたから。
故に、サレヤクトは思ったのだ。いつまでも悲観し、閉じ籠っているリベラルに。
――この雌は何故戦わないのだ?
サレヤクトは当然ながら、ラプラスの使命を知っている。確かに彼はドラゴンだが、人の言葉を理解出来るのだから。人神と長年戦ってきたのだから。
しかし、サレヤクトだけでは人神を倒せないことも事実。そもそもな話、人神の元に辿り着くことすら出来やしない。
サレヤクトは待っていた。共に戦い、ラプラスの意思を受け継ぐのを。使命を引き継ぐのを。
だが、リベラルは何故か戦おうとせず、同じ問答を繰り返しているだけだ。そのくせ、サレヤクトに鬱陶しいほどベタベタと引っ付いて、施しを受けているだけ。
失望。
それが、サレヤクトの抱いた気持ちである。
リベラルは既に大人となり、一人で生きていくだけの力はある。なのに、今回もこうして仕留めた獲物を持ち帰り、何もしていない《ニート》の食い扶持を渡しているだけだ。うんざりである。
サレヤクトは、彼女のペットでも家来でもない。共に戦う日を待ち続けていたが、心折れた者の介護をする気などない。
リベラルが戦わないのであれば、サレヤクトは独りでも戦い続けるのみだ。
ラプラスならば、きっと戻ってくるだろう。あの男はそう簡単には死なない。長年の付き合いだ。そのくらいは分かる。
ならば、来るべき日に備え、力を付けなくてはならない。いつまでもこの地で、燻り続けてる訳にいかないのだ。
――――
サレヤクトが帰って来なくなった。
(そんな…まさかサレヤクト様まで…?)
何ヵ月も、何年も待ち続けていたのに、一切帰ってこない。いつもならば、数日で帰ってくるのに。
リベラルは呆然自失となる。訳が分からなくなった。どうしてこんなことになっているのか。
(何で……)
かろうじて繋ぎ止められていた心が、完膚なきまで叩き折られてしまう。心の拠り所になっていた、サレヤクトまでいなくなってしまい、支えがなくなり崩れ去った。未来でサレヤクトが死んでしまうのか分からないので、本当に亡くなったのかも判別がつかない。
ただ、ひとつだけ分かったことがある。リベラルはこれで孤独となったのだ。もう、彼女の周りにかつての家族たちはいない。
今度こそ、独りだ。
(何で、こんなことに)
大したことは望んでなかった。
平凡でもよかった。
裕福じゃなくてもいい。
貧民でもいい。
一日一日を精一杯に生きて。
大切な人と語り合って。
一緒に過ごしたりして。
――そんな幸せでよかった。
(私はただ、それだけでよかったのに……)
気が付けば終わっていた。
訪れることもなく、儚い夢となって。
ただそれだけの願いも叶わなかった。
(もう、やだ……何でこんなことに……)
心折れたリベラルは、ずっと同じ問答しか繰り返せない。そして、そのことを指摘し、支えてくれる者もいない。だって、彼女は独りになったのだから。
毎日毎日泣き叫んでは後悔し、過去の幸せに追い縋って夢を見る。有り余った時間を無為に過ごし、リベラルは後悔し続けた。
己がバーディガーディに敗北した日を思い出しては、どうして強くならなかったのだと吐瀉物を撒き散らして。人神の狙いに気付かなかった自分が情けなくて。
それだから、サレヤクトに見放されたとも気付かずに。ずっと、ずっと……。
――――
何年か、何十年か、はたまた何百年か。リベラルは立ち直れずに過ごしていた。しかし、それも仕方ないだろう。彼女を支えてくれる人も、励ましてくれる人もいないのだから。
龍鳴山から出ることも出来ないリベラルは、空腹を感じては近場にある山菜を食べたりして、毎日を凌いでいた。
テーブルの席に着き、リベラルはボーッとしたまま食事を取る。心が折れている筈なのに、それでも死ぬことなく生きている。
それは、未来に一筋の希望があるからか。それとも、諦めきれぬ思いがあるのか。リベラルは諦めて死ぬことだけは、絶対に受け入れていなかった。
テーブルには3つの皿が置かれ、彼女はそのひとつに座っていた。
『……リベラル、野菜しかないじゃないか』
『流石にこれはあんまりだと思います……』
「…はは、申し訳ありませんね。でも、これが私の限界ですよ」
リベラルは赤竜を狩ることも出来なければ、龍鳴山から降りることが出来ない。それに、最近はサレヤクトの施した縄張りの中に、ちょくちょく侵入してくる個体もいるのだ。ご飯が貧しいのは、仕方ないことだ。
居もしない二人に謝罪しながら、リベラルは目の前の山菜に手をつける。
「そんなに文句を言うなら、ラプラス様が取ってきて下さいよ」
『…………』
『…………』
ふたりに言葉はない。けれど、それでもリベラルは構わずに喋り続けた。
「大体、淑女である私とロステリーナがいるのに、どうして人神人神とこちらに目を向けてくれないのですか」
『…………』
『…………』
分かっている。目の前に誰もいないことなんて。殻に閉じ籠ってしまった己が、幻を見ているだけだと。
そのことに気付くには、十分過ぎるだけの時間があった。元々人間であったリベラルには、悠久とも言える時間だ。折れた心を取り戻すだけの時間があった。
カチャカチャとフォークを扱い、リベラルは目の前の食事を食っていく。
「……ほんと、現実とは儘ならないですね。私のような凡人には、厳しい世界ですよ。天才が羨ましいですね…」
ふと、リベラルの動きが止まる。
気配を感じたのだ。バーディガーディが現れた時に似たような感覚だ。赤竜は特に騒いでなどいないが、それでも感じた。
「…………」
彼女はそちらに意識を向け、警戒を高めていく。今更人神の使徒がリベラルを始末しに来たとは思えないが、それでも警戒するに越したことはない。
リベラルはソッと窓から外の様子を伺い、そこにいた人物を目撃する。
「――――」
銀色の髪をした男だった。背丈は2メートルを越え、背中には翼がある。他の同族にあったことはないが、その男が龍族であることは明らかだった。
彼はレッドドラゴンが飛び交う山の中腹に、このような家があることが意外だと言わんばかりの表情を浮かべている。
リベラルはその男を見て、まるで幽鬼のようにフラりフラりと表へと出ていく。
「――おや、君はここの住居の方かな?」
音色、雰囲気、気配、全てが懐かしい感覚だった。些細な違いはあれど、それはリベラルの思い出に残っているものだ。
「驚いたね。まさかこのような山奥に住んでる者がいるとは…」
「……立ち話も何ですし、中へどうぞ」
リベラルは彼を家の中へと招き入れ、彼女なりの持て成しを施す。大したものなんてなかったけれど、彼は喜んで受け入れてくれた。
そこで、話を聞く。
銀髪の男は、世界各地を旅しているようだ。記憶は朧気だったが、膨大な技と、それを何者かに伝えなければならぬという目的だけは覚えていたらしい。そして、世界の各地で己の技術の研鑽と、伝授をしているのだとか。
どうして自分でも、そんな曖昧な目的を掲げているのか分からないが、使命感が彼を突き動かすらしい。そうしろと、魂が叫ぶのだと言う。
『七大列強』も作り出し、今のところは順調に事が進んでる、と感じてるらしい。後は、何者かに己の技術を伝えるだけだと。
彼の名を『技神』と言うらしい。
『七大列強』の第一位である。
「――おや、泣いてるのかい?」
そして、
「いえ…すいません……埃が目に入りまして…」
涙を溢していたリベラルに対し、彼は怪訝そうに首を傾げていた。だけど、こんなの仕方ないだろう。
まさか、こんな予期せぬタイミングで、彼と会うことになるなんて、思ってもいなかったのだから。
抑えなくてはならない、この気持ちを。彼の目的のために、邪魔をしてはいけない。
「――お父様…」
けれど、知らぬ内に、その思いが溢れ出た。
ずっと、待っていたのだ。こうして会える日を待ち望んでいた。
「ん? お父様?」
「…ああ、いえ、すいません。貴方の雰囲気が私のお父様と似てまして…つい」
「ふむ、そうか…そう言えば、私も君と会うのは初めてじゃないような気がするのだ…もしかして、以前にどこかであったことがあるかな?」
「……それは、気のせいでしょう。私と貴方が会うのは初めての筈です。何せ、私は龍鳴山から降りたのは一度だけですから」
だが、無理やり心を押さえ付ける。彼の邪魔をしてはいけない。余計な足枷となってしまえば、彼の目的は遠退いてしまうのだから。
必死に己へとそう言い聞かせ、リベラルは涙を溢したまま笑って見せる。けれど、ちょっとくらい我が儘を言ってもいいだろう。
「しばらくゆっくりとしていって下さい。大した持て成しは出来ませんが、客人は歓迎です…」
だって、親子なのだから。
――――
それから数日ほど技神は滞在すると、どこかへ去って行った。まだまだ世界の各地を巡るらしい。
後ろ髪を引かれる思いで、その後ろ姿を見送ったリベラルには、ひとつの思いが芽生えていた。
(――…皆、戦っているのですね)
そう、皆戦っていた。
ラプラスは魂を真っ二つにされながらも、記憶を失いながらも、『技神』として人神と戦い続けている。片割れである『魔神』も、間違いとは言え彼なりの方法で戦うことになる。
ロステリーナも、未来で戦うために眠りについた。彼女も記憶を失ってしまうが、それでもオルステッドと共に人神と戦うことになる。
サレヤクトも、きっと人神と戦うために出ていってしまったのだろう。不甲斐ないリベラルに愛想を尽かし、独りでも戦おうとしている。
皆、戦っているのだ。
リベラル以外の、皆が。
(……ああ、そっか。そうですよね)
答えは最初から出ていた。
泣いて喚いて叫んで、過去の後悔をして。
昔の幸せに縋り付いていた。
(私も、戦わないと…)
壊れてしまったのは、弱かったから。
リベラルの弱さが招いた結末だ。
繰り返してはならない。
――強くなるのだ。
誰にも負けないように。
二度と後悔しないように。
(お父様…もう、負けませんから…強くなってみせますから…)
弱ければ、全てを失う。
大切なものも、大事なものも、己の身すらも守れやしない。
力を求めるのだ。
幸いにも、ここにはラプラスの残した古代龍族の技術がある。以前のように泣き言を言わず、取得しなくてはならない。
戦え――覚悟を決めるのだ。後悔も悲しみも乗り越え、前に進むのだ。皆の意志を引き継ぎ、己も戦わなくてはならない。
それが、魔龍王の娘としての責務。受け継がなくてはならない使命だ。
勝つのだ。
人神に。
逃げてはならない。
(それに、皆が戦ってるのに、私だけ何もしない訳にいきませんよ)
リベラルは立ち上り、かつてラプラスが過ごしていた書斎へと向かった。
――それからの彼女は、顕著になった。家の奥にある書斎を読み漁り、戦う術を身に付けていったのだ。
以前のように何度も型の動きをなぞり、時には激しく動いて。休む間もなく、力を求めた。
辛くて苦しくて、もう止めたいと思ってしまった時には、過去の後悔を思い出した。二度と繰り返さないと。歯を食いしばって堪え、ずっと鍛練を続けた。
そんなリベラルの胸中にある想いはひとつだけ――誰にも負けないように、強くなるのだ。
何年も、何十年も、何百年も、ずっと続けた。決して止めず、がむしゃらに鍛練を続ける。
リベラルには素質があった。
強くなる素質だ。
彼女は魔龍王ラプラスの娘である。
強くなるのは当然だった。
一通りの技術を身に付けたリベラルは、初めて一匹の赤竜を狩ることに成功する。
身に宿る龍気は皮膚の硬度を上げ、ドラゴンの厚い鱗を貫く。強大な力を体内に練り込み、ドラゴンを投げ飛ばす。
決して無傷とはいかなかったけれど、リベラルはようやく一歩前に進むことが出来たのだ。
それからもリベラルは怠けることなく、鍛練を何百年も続けた。どれほどの力を手にしても慢心せず、ひとつひとつこなしていった。
もうリベラルの周りには誰もいないけれど、それでも彼女は戦い続ける。
過去は壊されてしまったかも知れない。
けれど、未来があるのだ。
きっと、笑って過ごせる筈だ。
その時に後悔しないよう、力をつけるのだ。
「私は…もう負けませんから……だから、許して下さいお父様」
気が付けば、リベラルは龍鳴山を降りられるようになっていた。
数多の赤竜を退けるだけの力を、手にしたのである。
「――今度こそ勝ちましょう」
リベラルは前へ進む。
過去を振り切り、未来へと。
一章 “屍の前で産声をあげる赤子は決意を” 完
――――
私の親はラプラスだ。
魔龍王ラプラスである。
彼はこの世界において、魂を真っ二つにされたことで魔神と技神と呼ばれる存在になる、キーパーソンだ。
だが、未来の知識を持っている私は、ラプラスが子供を作っていた事実に困惑していた。
彼は未来に転生するであろう、龍神の息子であるオルステッドに、自身の持つ技術や知識を伝えることを目的としている。
全てはヒトガミを打倒するために。人神の打倒は、龍族の悲願である。
奴はたくさんの人々を騙し、己の目的の為に非道な企みをよくしている。
ヒトガミによる被害者は故郷を失ったり、恋人を失ったり、世界そのものを失ったり、そして…父親を殺されたりしているほどだ。
人神はたまに被害者面をしているときがあるが、自業自得だろう。
話がずれてしまった。
とにかく、そんなヒトガミを打倒せんとするオルステッドに、龍族の技術と知識を伝えるのがラプラスの役目である。
そしてそこに、私という存在は必要ない。そもそも彼には、転生法と呼ばれる裏技があるのだ。子孫を残さずとも、生き長らえる手段がある。
なのに、どうして私を生み出したのやら。なんて深く考えていたが、理由は単純なものだったけど。
保険。
それが私の存在理由だ。
もしも、なんらかの理由で使命を果たせない時の保険。そんな事態に備えて、私を生み出したらしい。
実際にラプラスは人魔大戦にて闘神に魂を真っ二つにされてしまった訳なので、その保険には意味があったのだが。
が、龍神の意思を継いだ私の父親にも、1つの誤算があったわけで。
私だ。
本来ならば、私はラプラスの娘であるリベラルとして誕生していた筈だった。娘に己の技術と知識を授け、共に人神を倒すために。
けれど、イレギュラーな存在である私が、本来のリベラルの魂を乗っ取っている。
とは言え、それはひとまず置いておこう。ラプラスはその事実を受け入れたのだから。リベラルはリベラルだと、言ってくれたのだから。
さて。
本題だが、私はラプラスの意志を継ぐつもりはない。
オルステッドは放って置いても、ループの中で育って最強になるし、私から技術を伝える意味などない。既にラプラスの目的は果たされてると言っても、過言ではないだろう。
人神への対策も、私の中にある『龍神の神玉』によって、既にある程度達成されてると言っても過言ではない。
継ぐつもりがないと言うよりは、継ぐ意味がないと言うべきか。
如何に龍神と
だから、彼等が必要なのだ。
ルーデウス・グレイラッ卜。
七星 静香。
きっと二人の存在は、オルステッドの大きな力となることだろう。勿論、私も戦うが、恐らくそれだけでは足りないと思っている。
これは、一度きりの奇跡だ。これから先、二度と起きることはないだろう。断言出来る。
それすらも無為にする可能性があることも自覚している。私という特大のイレギュラーが混じり込んだ世界。未来の知識などという、観測者としての記憶を持った奇跡。
けれど、それだけでは足りない。
足りないから、仕方ないのだ。
倒せないのであれば、奇跡に価値などないから。
目的を果たせないのであれば、私の存在など無意味なのだから。
私は動くつもりなどない。
働きたくないでござる。
タイトル通り、私は無職でいい。
無職に転生だ。
そのスタンスを貫く。
けれど、もし。
もしも。
甲龍暦417年に転移事件が起きるのであれば――。
甲龍暦407年に奇跡が誕生するのであれば――。
その時が、物語の始まりだ。
人神と龍神の長い因縁に決着をつける時。
――そう、だから私は、
「ルーデウス来たら本気だす」
それまで無職だ。
改訂前のと繋げてみました。一応、最初からこの形を考えてましたので、ようやく繋げられたというべきですか。
Q.技神が自宅来たけど、過去の文献読み漁らんかったの?
A.技神は一応、自分のことを客人だと思っているので、家の奥にある本を読み漁るという非常識なことをしません。因みに、自宅に訪れたのは魂に引っ張られてです。無意識の内に、リベラルに会いたがってたのでしょう。