混迷期のルウィーを導き、ゲイムギョウ界の歴史を一変させたとも言われる、ルウィー史上最初で最後の女神であり、かつ最も偉大な指導者である。
晩年の彼女の著作、「女神の時代の歴史」に綴られた自身の記録から、ほんの少しだけその体験を振り返ってみよう。
初代ネプテューヌの補完のような短い内容となっています。
ゲームを遊んでいないとわかりにくいです。
ランドームシティはギルド過激派により建設されたルウィー辺境の街である。
自分の大陸の女神を信仰しない、異教徒たちの隠れ蓑であるこの街は、公にはルウィー教院の管区の一つではあったが、
その実態については協会関係者や女神までも与り知るところだった。にも関わらず、協会側はこれを無視していた。
ルウィーにはこういったギルド都市がいくつか存在している。
ギルド過激派による、アントルメ(中央協会)襲撃……内と外からの攻撃で、協会内部は大混乱に陥った。その直前、ホワイトハートを救う為フィナンシェとネプテューヌ達一行は女神の部屋を訪れていた。
「ホワイトハート様、過激派ギルドの襲撃があるわ。早く逃げる用意をして」
「……!? 急に入ってきたと思えば、一体あなた達は……」
「襲撃ですよ、ホワイトハート様!冗談などではありません!」
既に内通者により協会内部にはモンスターが放たれ、叫び声が部屋にまで届いている。
フィナンシェは無理やり主人の手を引こうとしたが、ホワイトハートはそれを振り払った。
「私は逃げない。私がいれば協会は安全だから。」
「人相手に守護の力が働くとは思えないけど?」
女神の守護の力。それはモンスターから人々を守る為の力であり、守るべき人からの悪意には全く無力である。
「関係ないわね。私は戦える。クソったれ、私がただの飾り物でないと奴らに教えてやる……ルウィーの女神は降伏しないものよ!」
「いや何言ってんの…。ネプ子、さっさと女神様を連れて街まで逃げるわよ!」
「いいわ、私が後ろから抱えるから、あいちゃんとこんぱは左右を……」
ネプテューヌに無理やり後ろから抱き上げられ、他3人が四肢を拘束する。
必死の抵抗もむなしい。
「お前らっ、おい!やめろやめろ!放せーっ!」
ホワイトハートはしばらく抵抗していたが、やがて諦めたのか4人に抱えられるがまま地下道を逃げていく。
悪態をつきながらも、その顔にはどこか決意を秘めた表情をたたえていた……
アントルメを乗っ取った過激派たちの首魁が倒されると、指揮官を失った烏合の衆は散り散りとなって逃げていった。
協会へ帰還したホワイトハートは、今回の一件の礼をするためネプテューヌ達を呼び出した。
「今回は私直々に、お礼を言うために呼んだわ。あまり言いたくないけど。……ありがとう。これまで自分の大陸のことは気にかけてたつもりだったけど、まだまだ知らない事があると分かって良かったわ」
「とんでもないです!女神様からお礼なんて…私達が勝手にしたことですから!」
「けど、過激派の連中はまだ潜伏したままでしょ?しばらくは大丈夫だと思うけど…気をつけて、女神様」
「ええ。分かってる。部外者に心配されるまでもない」
「(その部外者って呼び方やめてくれないかしら……)」
アイエフはやれやれという仕草をする。
「でもさー、命の恩人のわたしたちにお礼を言うだけ?そのためだけに呼んだの?何か出してくれてもいいんだよ!」
「むっ……そうね。実は、鍵の欠片の手がかりを掴んだの。欲しがってた情報でしょう?イヤならこの事は忘れてお金か何かでお礼をするけど」
ネプテューヌの態度に眉がひくついている。
「ごめんなさい女神様、お願いだから情報にして?」
「殊勝な心がけね。じゃあ、情報を教えるわ……」
「それじゃ、わたしたちそろそろ行くね!じゃあねホワイトハート様~!」
「……待って、ネプテューヌ。」
用事を済ませ帰ろうとするネプテューヌを、ホワイトハートはやや反射的に引き止めていた。
「え?何?」
「ああ、ええと……クレープ、おごってくれたでしょ。そのお礼もついでにしておくわ」
「いいよいいよそんなこと!ま、あの時はまさか女神様だとは思わなかったけどね」
「ええ……それで、貴女はまだ、記憶を取り戻したいと思ってるの?」
真剣な目つきで問う。
「うん。やっぱり、わたしが何者なのか、何をしてたのか、どうしても気になるもん」
「忘れていたほうがいい事もある。あなたは責任が大嫌いだって言ったけど、思い出してしまえば、もう逃げられないかもしれない。それでも?」
「うん、それでも。どんな過去があったとしても、やっぱり記憶を取り戻したいって気持ちは変わらないよ!わたしはそうしたいの」
「そう…そう。ならもういいわ。引き止めて悪かった。早く行きなさい」
「私のしたい事……」
昼を過ぎ、部屋に影が差し始める。ホワイトハートはフィナンシェを呼びつけて食事の用意を命じると、これから果たすべき"私のしたい事"に思いを馳せていた。
2度の説得を経て、マジェコンヌ討伐に参加することを決めたホワイトハートことブランは、その日の夜ネプテューヌと2人で街へ繰り出していた。
休日の夕食時という事もあって、通りは飲食店へ立ち寄る人々で賑わっている。
「……なんか、こうやって街を歩くのは久しぶり。貴女と来て以来かしら」
「えー、自分の国なのにお散歩とかしないの?」
「前まではほとんど神界にいたし、最近は仕事が多くて外になんて出られなかった。ネプテューヌもそうだったでしょ」
「わたしは結構お忍びで遊んでたよ?」
「……マジで?」
守護女神戦争の最中に遊ぶ余裕があったとは、と驚きを通り越して呆れていたが、すぐにクスクス笑い始めた。
「ふふ……そうね。そういうところも、貴女のいいところかもね」
「なんか、いきなりデレるね?」
「なっ!ちげぇ!そういうんじゃねえ!」
「わーブラン顔真っ赤ー!」
「お前……!お前のそういうとこは嫌いだーっ!」
耳まで真っ赤になった顔がタコさんウインナーめいている。
しばらく歩くと、かつて2人で立ち寄ったクレープ屋が見えてきた。
「ネプテューヌ、クレープ食べる?今回は私が奢るから、これで貸し借りナシよ」
「いいのっ!?あー、でも貸しだなんて思ってないから、気にしなくていいよ!ご厚意には甘えさせていただくけどね」
「決まりね。行きましょう」
ブランはチョコレート味とシナモンアップル味を注文し、近くのベンチに腰掛けると、クレープを食べながらネプテューヌに話しかける。冬の冷たい夜風にあてられて、火照った顔はすっかり元通りになっていた。
「ねえ。私、貴女と一緒にマジェコンヌと戦う事になったけれど。
やっぱり今まで憎み合ってきた相手だもの。こうしている間も、貴女への苛立ちが、憎しみがどうしても隠せない。隠したくないというべきかしらね?ネプテューヌだからこそなのよ……」
「わたしもブラン達に神界から落とされたこと、忘れてるわけじゃないんだからね?これでも結構傷ついてるんだから」
「ええ……分かってる。きっとそれでいいのよね。正直で素直に……いい所も悪い所もあって、それを互いに認めあって…」
ブランがいつになく吹っ切れた面持ちなので、ネプテューヌが不思議そうに覗き込んでいる。
「何千年も戦い続けてきたのに、受け入れてしまえば案外すぐだった。ネプテューヌ、貴女は……」
「…………」
ブランの顔をまじまじと見つめている。
「な、何?」
「ほっぺたにクリームついてる。ベタだな~~」
少し間を空けて…顔を赤らめながら、
「……言っとくけど、自分で拭えるからな?」
マジェコンヌは四女神とその協力者の手により倒れ、世界にはひとまず平和が訪れた。
が、それと同時に女神たちの力はイストワールに預けられ、四女神はただの人間となり下界へ降りた。
退位後、彼女たちは女神を失い混乱した民衆を導くために奔走する事になる。
以前はただ自らの国を見守る事(ベールは大してしてなかったものの)が仕事の大半であったため、いざ政となると苦悩の連続であった。特にネプテューヌは。
そんな中、ブランはかねてより計画していた、"したい事"を実行に移していた。
女神が退位したとはいえ女神信仰がなくなるわけでもなく、当然ギルドも変わらず存在しており、
異教徒への風当たりもまた然りであった。
「フィナンシェ、急だけど明日議会を開きます。教院と、国政院の首脳たちにも招集を」
「本当にえらく急ですね……サプライズですか?」
「まあそんなところよ。一応、これまで尽くしてくれたあなたへの感謝も込めてね」
「……?」
「信仰は信仰、仕事は仕事。でしょ?」
「…気づいてらしたんですか?」
「とっくにね。それじゃあ頼むわ」
「はっ……はい!」
深々と礼をして、慌ただしく駆けていく。
「さて、忙しくなるわ……次イベントに行けるのはいつになるかしら」
議会(というよりはほぼブランの演説会)の内容は驚くべきものだった。
女神信仰の廃止、そしてブラン自らが定めた教義に基づいた国教の制定。
教院の政治にまつわる全ての権限の停止と、それに伴う国政院の拡大、ルウィー国内に点在する協会の統一。
そして、信教の自由……温厚派と過激派とを問わないギルドの解放。
これらを含む新法案の制定を、元女神としての絶対的な権限を持って強引に可決したのである。
半ば狂気的とも言える内容に、首脳たちはしばし唖然としていたが、
「はい、解散。」
の一声と共にブランが退席すると、来たる新時代のためにやるべき事について話し合い始めた。
女神信仰を元女神自身に否定されたことで、ギルドを含む国民たちは大いに混乱したが、
ブラン自ら啓蒙活動に努めたことで、ギルド過激派たちにも徐々に受け入れられていった。
続いてラステイションで教院が国政院に統合され、プラネテューヌとリーンボックスもこれらに倣いつつ改革を進めていく事になる。
「ブラン様、ギルドの代表の方がお見えになっております」
侍従フィナンシェの仕事はブランが女神だった頃に比べ大幅に増えたが、主人への忠誠はより一層厚くなり、ブランもそんなフィナンシェに大きな信頼を置くようになった。
「いいわ、通して」
「失礼いたします。ランドームシティ協会代表のガナッシュと申します」
「ああ、あなたね。今日はギルドの代表としてあなたを呼びました」
「はっ……ブラン様には日頃お世話になっております」
ガナッシュは深々と頭を下げた。アヴニール事件から数年が経ったが、ビジネスマンだった頃の面影がまだ残っている。
「ギルドはもはや異教徒の集合体ではない。元過激派のあなたでも、それは分かってるわよね」
「ご存知でしたか。数々のご無礼、お許しを」
「構わない。ゲイムギョウ界の常識だったとはいえ、貴方達には肩身の狭い思いをさせた」
そんな世界は終わった……ブランは軽く首を横に振った。
「では、本題に入りましょうか」
そう言うと、引き出しから1つ資料を取り出してガナッシュに手渡した。
「国政院のギルド都市回収計画よ。まあ、実質もうルウィーの一都市ってことになってるけど」
「これは……よろしいのですか?元はといえば我々は反逆者ですが」
「不満?むしろ遅すぎたと思ってるくらいなんだけど…」
「とんでもない…他国ではまだ信教の自由まで認められているわけではありませんからねぇ。女神様のお慈悲に感謝いたします」
顔の前で手を組み、祈りの仕草をする。
「私、もう女神じゃないんだけど?」
「いえ、まだ女神様がいた頃のお話ですよ。ギルドの存在を知りながら、寛大な御心で見逃してくださっていた女神様の」
口元をニヤリとさせた。
「ギルド都市は正式に国政院の管理下に置かれる事になる。ギルド協会職員の処遇については、本人達に選択する権利があります。
その他細かい事についてはまあ資料を見ておいて」
「……ありがとうございます。市民たちも喜ぶでしょう」
「各ギルド協会への通達をお願い。後日追って連絡します」
「ではそのように。……しかし、なぜブラン様はここまでして下さるのですか?」
その問いに笑みを浮かべて、
「私は、私の大陸の人々全てを愛している。だからその気持ちに素直になっただけよ。
女神は国家の第一の下僕、ってね」
夏のプラネテューヌ協会。年2回開かれるイベントに向かう人たちで、協会前の大通りには人が溢れている。
その中にかつての女神の姿もあった。
「ネプ子~、アンタに珍しいお客さんよ」
「わたしにお客さん?なになにだれだれっ?」
ネプテューヌたち元女神は、人間になったことで自然の摂理に従い歳を取るようになっていた。
髪を伸ばし、スタイルもよくなったが、中身は相変わらずねぷねぷである。
「……久しぶり、ネプテューヌ。用事ついでに寄ってみたわ」
「わっ、ブラン!?久しぶりー!!!!」
数年振りに会う友人を満面の笑顔で迎えると、そのまま勢いよく抱きついた。
「おいっ!いきなり抱きつくんじゃねえ!暑いだろ!」
「え~だってホントに久しぶりなんだもん!てっきり1人で神界に帰っちゃったのかと思ったよ」
このボケっぷりも、相変わらず……
「そんなわけねぇだろ!」
「いや~会えて嬉しいよ!ブランも嬉しいでしょ?」
「……まあな。…………な、何だよ?さっきからまじまじと…」
「いや?なんか前より素直になったなーって…」
ブランの顔が少し赤くなる。
「い、いいでしょ別に!それが私達のいいところ、なんだから……」
「んふふ、そうだよね…でもやっぱり、ブランは変わんないよ!」
主に胸が、と言いかけた口を手で塞がれる。
「……もごご!」
「それ以上言わなくていい。
変わっていくものもあれば変わらないものもある、って事よね?あなたも少し太ったみたいだし」
一通り改革が終わると、ブランは指導者としての立場を辞め、アントルメの自室で執筆活動を再開した。
彼女の作風は新感覚派と呼ばれ、時代の先を行く作家として成功したが、それについてはここでは語らないでおく。