比企谷さんちのメイドラゴン   作:あおだるま

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理由

 放課後。部活が終わり、俺は徒歩で校門まで向かう。今日は自転車での登校ではない。それというのも。

 

 「ヒッキガッヤさーん!今日もお勤めご苦労様でした」

 「ナンパ、カンパ、風俗、宗教その他一切の勧誘お断りです」

 俺は校門の前で敬礼をしている頭のおかしい金髪巨乳メイドの横を通り過ぎる。朝はこいつの背中に乗って登校してきた。

 

 「ちょ、ちょっと、待ってくださいよヒキガヤさん!あなたの愛玩メイドことトールがお迎えに来たんですよ?そこは小躍りして喜ぶところでしょう?」

 周りの学生と奥様方の視線が痛い。慌てて俺はトールの口をふさぐ。

 「おい、思いっきり語弊があるどころか俺を犯罪者にする発言はやめろ」

 

 「何言ってるんですか。私はいかなる時でも、ヒキガヤさんのどんなプレイにもご対応しますよっ」

 

 「おい、いい加減にしろ淫乱ドラゴン。…自分で帰るからほっとけ。お前にも帰る場所くらいあるだろ」

 

 「あれ?私言いませんでしたっけ?」

 トールは顎に指を当て、首をかしげる。

 「私はヒキガヤさんをお迎えに来たんですよ。帰る場所はヒキガヤさんと同じです」

 

 どうやらドラゴンには空気が読めないらしい。

 「うちはペット禁止なんで」

 空気の読めないドラゴンに、俺は冷たく言い放つ。カマクラ?俺よりも家でのカースト上位の存在をペットと呼ぶのであれば、俺は何なんですかね。

 

 「そ、そんな…」

 トールの表情が曇る。うむ。いい加減拒絶されていることに気が付いたか。

 

 「ぺ、ペットだなんて!ヒキガヤさんは私をやはり、そういったいやらしい目で見ていたんですね!」

 「だから黙れこの淫乱ドラゴン」

 駄目だこいつ早く何とかしないと。

 

 

 

 

 

 

 「ではヒキガヤさん、お乗りください」

 トールは何やら不思議な光に包まれた後、元のドラゴンの姿に戻って翼を広げる。周りの人間が驚かないところを見ると、見えなくなる魔法でもあるのだろう。まったく便利な生き物だ。その能力があればあんなことやこんなこと…いや、そうだ。世界平和に寄与できたりするよな。うん。別にいやらしいことなんてこれっぽっちも考えてないよ?ハチマンウソツカナイ。

 

 「だが断る」

 俺は内なる俺からの悪魔のささやきに耳をふさぎつつ、トールに短く言い放つ。

 

 「…どうしてですか?」

 彼女は目を丸くして俺に尋ねる。これ以上お前にペースを握られたくない、などとは言いづらい。

 そう。俺は自らのペースを取り戻したかった。いつもの何もない、何でもない日常を取り戻したかった。だから彼女の存在をおいそれと受け入れるわけにはいかない。

 

 「…雨も上がったし歩きたい気分だ」

 俺は雲が切れ、青色が見え隠れする空を見上げる。

 

 「なるほど」

 トールは同じように空を見上げ、頬を染める。夕日が出るにはまだ早すぎる時間だ。

 

 「…わかりました。では行きましょうか」

 彼女は赤くなった頬を隠すように俺の前に立ち、すぐに振り返って笑う。そして。

 

 俺に手を差し出した。

 

 「…何の真似だ」

 俺は警戒を強める。いや、俺とて彼女の容姿、言動に惹かれないわけではない。むしろグングン惹かれている。彼女がドラゴンだと知っていなければ今すぐに告白して灰と化しているところだろう。灰になっちゃうのかよ。

 だが、流石に俺も学習はする。何気ない言動に一喜一憂することの愚かさは中学生の時に十分学んだ。それらは彼女たちにとっては極めて自然なことで、当たり前のことで、特別だったのは俺にとってだけだった。

 

 ドラゴンにとって、俺ごときが特別であるはずがない。

 

 短く尋ねた俺をトールは目を細めて眺める。

 「…そういうことですか」

 意味深な言葉を一言放ち、彼女はしばしの間沈黙する。

 

 「何がそういうこと、だ」

 

 「いえいえ」

 トールはことさら笑顔を作る。

 「先ほどヒキガヤさんと同じ服を着た男女が、何やら楽し気に手を取り合って帰っていました。人間界では仲睦まじい男女はこうやって帰るものではないのですか?…てっきりヒキガヤさんはそうしたいから歩いて帰りたいのかと」

 

 「おい、ドラゴン。一つ言っておく。そいつらはリア充と言って俺とは違う世界で生きる違う人種だ」

 俺は彼女の勘違いを正してやる。あいつらは歩道をいっぱいに使い、俺たちぼっちが自転車で通ろうとしても道をあける気配すらない。そんな奴らと一緒にされては困るのだ。我らはよりどころを求めない、やつらより数段優れた生き物なのだ!気分は材木座。材木座気持ち悪い。

 

 「ここに住む人間は多民族国家には見えなかったのですが…」

 トールは俺を白い目で見る。

 「まあいいです。ほら、早く帰りましょう。ヒキガヤさん」

 彼女はクスリと笑い、今度は後ろ手を組んで俺の目をのぞき込む。

 

 いろいろとツッコミたいことを飲み込み、俺は黙ってため息をつく。…ここは人目につきすぎる。

 「…帰るか」

 「はい!」

 嬉しそうにトールはうなずく。しかし。俺は周囲からの痛いほどの視線を受け、また盛大にため息をつく。

 コスプレ金髪娘と横並びで歩くとは、何の罰ゲームだ。

 

 

 

 

 

 家に着くと、小町はまだ帰っていなかった。恐らく塾にでも行っているのだろう。

 

 「で、だ」

 目の前に座ったトールは、いつも通りの笑みを浮かべている。正面から見るとどうしてもその二つの凶悪な肉塊に目がいってしまいそうになる。バツの悪さを咳払いで誤魔化し、俺は続ける。

 

 「お前はなんでここに来た?」

 「そんなの、この背中の翼でひとっ跳びですよっ」

 直球で質問した俺に、背中の翼を広げて彼女は変化球で答える。ドラゴンも人間と同じく、わかりやすいボケは好きらしい。

 

 「聞きたいのはそういうことじゃない。お前は何が目的で、俺の家に来たんだ」

 俺はため息を吐きつつも、今度は彼女の目を見て尋ねる。

 トールは俺との約束を果たしに来たと言った。しかしこのドラゴンは人間のことを嫌っていた。より正確に言うならば、彼女は人間を見下していた。その人間との口約束など、本来守るにも値しないはずなのだ。こいつにとって人間とはその辺の昆虫と何ら変わらない存在なのだろう。虫への独り言を遵守するやつはいない。そこにはドラゴンらしい非人道的な、人間ならざる者の何らかの思惑があってしかるべきなのだ。人間の思考は理解できても、人外のそれはなかなかに測り難い。

 何を企んでいる。

 

 その緋色の瞳から推し測れるものは、今の俺にはない。彼女は哀し気に微笑んでうつむく。

 「…そうですね。やはりわかってしまいますか」

 彼女は大きく息を吸い、俺の方を向きなおす。

 「私は人間のことを低俗で下劣で傲慢な、取るに足らない生き物だと思っています。別にそれは今も変わっていません」

 彼女は当然のように言い放つ。その認識はまちがっていない。低俗だからこそ人間なのだ。常に高潔な人間など、人間性の欠片もない。

 だから、俺も人間が嫌いだ。

 

 「でも、ですね

 あの山の中で。気持ち悪いくらいに静かだった草原で。あなたと出会った私は、本当に驚いていたんです」

 遠い目をする彼女の顔が柔らかくなる。別に俺は何も…

 

 「こんなに矮小な人間が存在するのかと」

 …え?俺何もしてないよね?

 予想外の彼女からの低評価に、一瞬心が折れかける。さっきまであれだけ俺のことを慕っている風だったのに。やはり女は信用ならない。ドラゴンは話が通じない。

 

 彼女はそんな俺を見て、ころころと笑う。

 「いえ、すいません。少し意地の悪い言い方でしたね。

 …でもあなたは、その矮小さを誇りました。弱さを隠そうとも誤魔化そうとも、どうにかしようともしていないように私には見えました。一人ぼっちで力を持たない自らを悪と断じ、それを誇る。そんなあなたを見て初めて私は」

 今度はまっすぐに、彼女は俺を見つめる。初めてその緋色の本当の色を見た気がした。

 「人間を強いと思いました

 だから、見てみたいんです。あなたのことを一番近くで。私の知っている人間とは何かが違うあなたが、どんなことをどんな風に考えているのか。何に怒り、悲しむのか。知ってみたくなったんです」

 

 「…そんな大した人間じゃねえよ」

 俺は彼女のまっすぐな瞳を見ることができない。先日の林間学校での小学生たちの震えた声を思い出す。その瞳に応えるには、俺は今まで間違えすぎたし汚れすぎた。

 俺など本当につまらない人間で、取るに足らない中身しか持ち合わせていない。そんなもの俺自身ですらどうでもいいし、どうしようもないものだ。

 

 俺はトールにかけるべき言葉を見つけられない。押し黙る俺に、彼女はため息をつく。

 「はぁ。またくだらないことを考えているようですね。ヒキガヤさん、はっきり言わないとわかりませんか?」

 彼女は豊かな胸をこれでもかと張る。

 「私は、大したことのないあなたに、あなたという人間に救われたんです。見方を変えられたんです。…一緒に居たい理由としては十分ですよ♪」

 

 …なるほど。ドラゴンは人間よりもはるかに大きな存在らしい。

 狂暴に揺れる大きなメロン二つを眺めながら、そんなことを思った。

 

 ドサ。

 

 その時、リビングに何かを落とす音がした。俺とトールは音のした方向を見る。そこには。

 「お兄ちゃん…お兄ちゃん…お兄ちゃん…」

 うつろな目をした小町がいた。

 

 …いや、待て小町。話を聞け。

 

 「小町、信じられないとは思うが俺の話を冷静に――」

 俺の早口をトールの明るい声が遮る。

 「お帰りなさいです!あなたがヒキガヤさんの妹さんですね?

 お兄さんに見初められ、しばらくこのおうちにご厄介になることになりました。トールといいます。これから末永くよろしくお願いしますね、小町さん!」

 またもやビシリと敬礼をするトールを前に、小町は金魚のようにパクパクと口を開くことしかできない。その目は何とか俺に向けられてはいるが、そこからは困惑しか見て取れない。

 …こいつがここに来た理由なんてどうでもよかった。どうせこいつはなんやかんや居着くことになっていただろう。

 その前に常識をたたきこんでおくべきだったのだ。

 

 「…ねえお兄ちゃん」

 俺の後悔をよそに、小町は重い口を開く。その声には何の温度も感じない。

 「お兄ちゃんが最近フラグをいたるところで立てまくっていたのは小町もなんとなく知ってたけど、とうとうお兄ちゃんはこんな金髪巨乳メイドまで手籠めにしてたんだね。…さすがに小町的にポイント低いかも」

 小町は俺に心底見下した視線を送る。だから待って小町。お願いだから俺の話を聞いて。

 

 「ち、違いますよ小町さん。私はただ、お兄さんと小町さんのお役に立ちたいと思っただけで…ほ、ほら、私には48個のメイド術もありますし、絶対役に立ちますよ!例えば…」

 トールは目を瞑る。…何をするつもりなのだろうか。これ以上余計なことはしないでくれると助かる。

 俺の不安が伝わったのか、トールは瞑った目を少し開け、俺にウインクを返す。

 

 次の瞬間。

 

 「「「「「「「「「「「「「「「「ほら、こんなふうに分身とかもお手の物です!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 小町は泡を吹いた。

 

 …おい、どう落とし前付けてくれるんだ。

 慌てふためくドラゴンを尻目に、俺は自らの不幸を呪う。

 

 平穏な日常を、誰か返してくれ。

 




 いかがでしたでしょうか。次回もおうちのお話から入り、外にも出たいと思います。お風呂や就寝シーンなども考えております。お楽しみに。

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