この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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これが近頃流行の曇らせというやつですね!(違)


66話 子の心知らぬ愚か者

 

 荒野を越えた先に果たして、その黒い城はあった。

 赤い八つの目、頭胸部と腹部に分かれた魔術合金製の巨体。けれどその黒い蜘蛛には、それを支えていた八つの脚だけがない。それらは一本残らず半ばから切断されていた。

 機動力の柱を奪われたデストロイヤーが力なく大地に伏せっている。

 その背中。船で言うところの甲板で、うぞうぞと大量に何かが(ひし)めいている。板金鎧を装着した人型ゴーレムだ。

 剣や槍を手にしたゴーレム達が大挙してその只中に立つものに襲い掛かる。大量のゴーレムが相手取っているのは僅かに三つ。

 一つは黒い巨馬。髑髏の兜を被ったゾンビ馬のベルディア。向かってくるゴーレムを蹴り飛ばし、あるいは蹄で踏み潰し、全身を重装甲で固めたそれらを木の葉でも払うように片っ端から片付けていく。

 一つは白い風。風か吹雪か、そんな目にも止まらぬ速度で甲板上を舞い踊る振り袖姿の冬将軍、もといフユノ。フィギュアスケート選手みたいな動きで、両手に握った小太刀を振るいに振るい、鎧を着込んだゴーレムを防護の薄い関節ごとに丁寧に次々と斬り断ってしまう。

 そして最後の一つ、その一人。

 

「『カースド・クリスタル・プリズン』」

 

 詠唱は、まるで囁くように静かだった。

 そうしてそれが詠われた瞬間、蜘蛛の背に氷原が広がった。冷気が白く吹き荒ぶ。一瞬にして一体残らず凍結されたゴーレムの氷像、その合間を凍て付いた風は吹き抜けていく。

 静謐した空間に佇む黒い法衣。ウィズは裾にこびり付いた霜を無造作に払った。

 乱戦ごと文字通り凝結した盤面にグリフォンで乗り付ける。

 

「ウィズ! フユノ!」

「ジンクロウは!? うわっと……!」

 

 その場に跳び降りた俺やアクアに続いて、めぐみんがグリフォンの背から身を乗り出そうとする。魔力切れでまだ碌に足腰も立たない癖に。

 それでも居ても立っても居られないといっためぐみんの様子を憐れんでか、ウィズが魔力を分けてくれた。ドレインタッチとかいうリッチー固有のスキルだそうだ。

 五人と二頭、凍結した路面に気を払いながら入り口を目指す。

 

「ベルディアさん、ジンクロウさんは?」

『あの男ならば勝手に一人で乗り込んでいった』

 

 事も無げに言う馬に、しかし返す言葉はなかった。文句も浮かばないほど予想できたことだからだ。

 あの男はやはり、この事態を一人で解決するつもりなのだ。

 隣を歩くめぐみんの表情がまた固く翳る。

 知らず知らず、自分の足は早まっていた。

 開け放たれたままの扉が見える。おそらくジンクロウはそこから内部へ侵入、いや殴り込んだのだろう。

 すると、扉の奥からがしゃがしゃと足音が響いて来る。そして間もなく日の下に、人型ゴーレムの兵隊が数十機、整然と隊列を組んで現れた。

 

「増援!?」

「ひぃっ、ウィズ! ウィィズゥゥ! なんとかしなさいよ! うそごめんなんとかしてくださいお願いしますぅ!」

「ア、アクア様そんなに引っ張らないで! ちゃんとお守りしま……涙と鼻水を私の袖で拭かないで!? 痛っ! 痛たたたたた!? ひりひりします!? 肘の辺り消えてますぅ!?」

「お、おい! コントやってる場合じゃないぞ!?」

 

 ウィズに縋り付こうとするアクアを引き剥がそうとする俺と薄くなっていくウィズの馬鹿騒ぎを、無視してゆらりとフユノが前に出る。

 

「ジンクロウのところへ行く。邪魔立てする奴は全部殺す」

『怖いんですけどこの精霊』

「それで問題ありません。所詮魔術式と魔力供給で動くただの木偶人形です。皆殺しにして早くジンクロウのもとへ行きましょう」

『怖いんですけどこの少女』

 

 紅い目を爛々と光らせ、めぐみんが冷たく呟いた。

 一触即発、一歩でも踏み込めばそれが開戦の合図だ。きりきりと限りを知らず張り詰めていく空気に固唾を飲んだ。その時────

 地面が揺れた。正確には、現在足蹴にしている機動要塞そのものが激しく震動した。

 

「なんだ!?」

「ひぃぃいいいい!? なに!? なんなの!?」

「これは……内部から?」

 

 蜘蛛がその巨体を痙攣させる。まるで苦しみ藻掻くように。

 震えは、ほんの数秒で止んだ。

 それと同時に、整然と列を為していたゴーレム達が一斉に倒れていく。それこそ糸の切れた人形の様相で。

 

「! 魔力の供給が途絶えた……?」

 

 屑鉄と化したゴーレムを見下ろしてウィズが独り言ちる。

 どんな仕組みか知らないが、つまり遠隔送信されていたエネルギーラインを断たれたということらしい。その大元は当然、要塞内部にある筈だ。

 

「あいつがやったのか……」

「急ぎましょう!」

 

 めぐみんが走り出す。俺達もそれに(したが)った。

 出入り口で山となって積み上がった邪魔なゴーレムを蹴散らしたり退かしたり。

 やたらと重い粗大ゴミに大いに梃子摺って、地下へと降る坂道をようやく掘り起こせた頃、暗がりの向こうで足音が立った。

 二人分の、やや歪な調子の足音だった。

 ゆっくりとした足取りで坂を上ってくる。最初に、陽光を照り返すその銀の髪が見えた。

 

「やあ、早かったね」

「クリス!?」

 

 ギルドで見掛けないと思ったら、こっちに先回りしていたのか。

 そして少女の肩を借りて歩くもう一人。もう一人は。

 

「ジン────」

 

 呼び掛けて突如、喉が塞がった。声を、蹴り戻された。

 最初に気付いたのは臭いだ。苦く焦げ付いた肉の臭い。

 そしてその姿が露になる。白日の下に。

 衣服は褐せて黒く変色し、そうして全身を赤く、赤黒く焼け爛れさせた男がいた。右半身は特に酷い。右腕など、肘から先が真っ黒で、それが腕なのかもよくわからない。

 

「ジ……ジンクロウ……?」

 

 呆然とめぐみんが名を呼ぶ。呼び掛けた()()が、本当に自分達の探し求めた人物なのか、半信半疑で。

 なんで、そんなズタボロなんだよ。

 ひどく朦朧とした無表情。水膨れと火傷塗れの顔に、いつもの笑みはなかった。飄々と軽やかで、強かで、暖かな、大きな笑み。いつだって、どんなやばい状況だって、どうとでもしてやる、そんな風に俺達を安心させてくれたあの笑みは、どこにもない。どこにも。

 よたよたと足取りを淀ませてクリスと男が甲板へ上がった。その途端、男はその場に崩れ落ちた。

 

「ジンクロウッ!!」

 

 絶叫して、めぐみんが男に取り縋る。杖が床面を転がった。

 

「ジンクロウ! ねぇ、目を、目を開けてください!! ジンクロウ……ジンっ……ッ!」

「アクア、アクア! 回復してくれ! 早く!」

「はいはーい! まったくもー、なにしたらこんなひっどいことになるのよ……んー、ヒールじゃ無理っぽいわね」

 

 狼狽しっぱなしのめぐみんや俺に比べて、アクアはいつも通りの暢気な調子だ。いや、落ち着いてると言ってもいい。女神だから、人の死生に慣れているから……そんな陰険な考えが一瞬過る。

 違う。自分は今、(すこぶ)る動転しているからだ。だからこんな風に思考が乱れる。

 今のアクアはとても頼もしい。間違いなく、そう思う。

 

「『リジェネレーション』」

 

 手を翳して詠唱。アクアの掌から光が迸った。それはジンクロウの全身を包み込み、そうして見る見るうちに火傷を、火傷によって爛れ裂けた体を再生していった。あれほどの重傷が、まるで初めからそんなものなかったかのように。

 魔法様様。女神様様ってやつだ。

 安堵に息を吐く。

 光が止み、すっかり元通りになった男の顔を見下ろす。暢気な寝顔しやがって、落書きでもしてやろうか。なんて。

 男の右手が目に入る。

 黒く黒く黒く、墨で塗り固めたように黒く染まった手。石膏人形のように滑らかな黒。

 

「アクア……これ、なんだ」

「な」

「な?」

「治んない」

「は?」

「な、治らないの。右手だけ。なんでかわかんないけど」

 

 右手には逆手持ちにあの刀が握られていた。固く、まるで固着してしまったように。

 その柄から、薄く、細く、そして紅い何かが。

 

「剣……その剣、早く外さないと……!」

 

 刀にめぐみんが手を伸ばす。

 伸ばそうとした手を、ウィズが掴んだ。

 

「いけない! それに触らないで!」

 

 めぐみんを押し退けてウィズがジンクロウの傍に屈み込んだ。普段のウィズなら考えられない乱暴さだった。

 驚いて蹈鞴を踏むめぐみんを一瞬顧みて、ウィズは顔を歪めた。悲痛、そんな表情をしていた。

 

「柄から(タング)が溶け出して……違う。刃金自体が成長してる……? こんなこと……」

「ウィズ、ど、どうしたんだよ。まさかまたこの刀が」

「……融合しています。ジンクロウさんの手と、刃が」

 

 意味がわからなかった。

 ウィズが何を言ってるのか、わからなかった。

 さっと、白い手が伸びてくる。フユノだ。フユノがジンクロウの右手に触れる。柄を引き剥がそうと、掌の間に無理矢理指をこじ入れて────辺り一面に蒸気が舞った。

 

「!?」

「フユノさんダメ!」

 

 フユノがその場に尻餅を突く。見れば振袖から覗く両腕、その手首から先が、なかった。火に晒した氷のように溶けていた。

 氷雪が傷口を取り巻いたかと思うと、手首は一瞬で復元したが。

 氷を昇華させるような高熱を発してるのか。いや、それが本当に熱なのかどうかすら怪しい。

 なんだかよくわからない意味不明な力を垂れ流して、それは当の持ち主を脅かしている。

 

「あぁぁああああ!! 妖刀ロールとかもういいんだよ! 糞ッ! 中二かよ! 馬鹿が! 糞ッ!!」

「ど、どうなるんです……ジンクロウは、どうなっちゃうんですか!?」

「今、刃金から血管状に“蝕肢(しょくし)”が伸びてジンクロウさんの右腕に根付いています。この蝕肢がもし心臓や頭にまで達してしまったら……おそらく、肉体を乗っ取られる」

 

 大真面目な顔でウィズは何を言ってるんだろう。

 そうだ。そもそもがこの男だ。この男は、ジンクロウはこんな危険物を振り回して、一体なにがしたかったんだ。わかってる。この機動要塞とかいう馬鹿げた代物を止めようとした。そうして現実に止めてしまった。

 何の為に。

 こんな、訳のわからない刀に体を蝕ませてまで。何故。

 …………俺達を。

 わかってる。

 わかってるんだ。でも、納得なんてできるか。

 そんな勝手、許せる訳がない。

 

「どうすればいいんですか」

 

 決然と、めぐみんがウィズに問う。

 涙を流す両目は、紅く強い決意を滲ませていた。もし方法があるなら、これを覆す術があるなら、何だってやる。そういう覚悟の据わった目。

 ウィズは言葉を濁らせた。ひどく言い辛そうに唇を震わせる。

 

「……生き血が必要です。生きた人間の血が」

「わかりました。カズマ、ナイフを貸してください」

 

 あっさりと、めぐみんは言った。

 

「おい」

 

 こちらを振り仰いだ少女の顔に迷いはない。というか、止めたところで聞く耳を持ちそうもない。

 そして多分、それは自分も同じらしい。

 

「……しょうがねぇなぁ」

 

 懐から折り畳みナイフを出し、めぐみんに手渡す。

 そしてもう一振り、後ろ腰に提げた小刀を抜いた。

 

「カズマ……」

「二人分なら切るのもちょっとで済むだろ。あーやだやだ! 悪魔の召喚儀式かっての。アクア、終わったら即行ヒールよろしく」

「ウソ、え? ほ、ホントにやるの? めぐみんまで?」

 

 その場に膝をついて、男の寝顔を見下ろした。目を覚ましたら恨み言を百個くらい浴びせ掛けてやる。それから酒をたかって、飯をたかって、そうだサキュバス店も暫くはこいつの奢りで通い詰めよう。

 だから。

 

「死なせませんよ。絶対死なせませんから。責任、取ってくれるんでしょう……? ジンクロウ」

 

 少女がナイフで掌を撫でる。白い肌に赤く、一筋の線が走る。

 なんかやけに重たいこと言ってるめぐみんに苦笑しながら、俺も小刀を握り込んで引き抜いた。めっちゃ痛い。あー痛い。痛いっつうのマジで。

 傍らでウィズが両手に魔法陣を展開する。

 めぐみんと二人、頷き合って、その(おぞ)ましい刃に血を垂らす。

 なにはともあれ。

 

 ────うちの爺からとっとと離れろ、ボケ刀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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