この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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62話 引き摺ってでも

 

「たった一人でデストロイヤーに? 機動要塞ですよ? はっ、はは、あんなのただの動く大きな城ですよ? 人間一人で、どうこうできるわけ、ないじゃないですか。ねぇ?」

 

 俺を見上げてめぐみんは言った。言いながら、途切れ途切れに笑うのだ。感情に不具合を来たしたような、歪な笑い方だった。

 驚愕が空回ってる。前触れもなくいきなり高所から突き落とされたような気分だった。

 その意味で、めぐみんは俺達の誰よりも早く正常な感情表現を取り戻した。

 

「麦畑? 川? そんな……そんなくだらない理由で、ジンクロウを一人で()()()()っていうんですか!!」

 

 理不尽な怒り、そして理不尽への怒りでもあった。

 聞くだになんだかよくわからない、とにかくやばい兵器に、たった一人で、そしておそらくはたった一振の刀で立ち向かおうとする男。

 正気の沙汰ではなかった。

 それを実行しようとする人間も、それを実行させる人間も、同じくらいイカれてる。

 

「なに、それ」

「! リーン……」

 

 入口でリーンが呆然と立ち尽くしていた。その後ろからダスト、キース、テイラーと見知った面々が現れる。

 

「ちょっと意味、わかんないんだけど……ジンクロウ、どこ行ったって……?」

「ぺっ、英雄気取りが……」

 

 ダストは唾と一緒にそう吐き捨てた。柄の悪さが極まってるが、実際許されるのなら俺も同じことをしたかった。

 リーンは真っ直ぐルナに歩み寄り、その肩を掴んで揺する。

 

「なんで!? なんで止めてくれなかったの!? ねぇ、ルナさん!」

「やめろ、リーン。みっともねぇ」

 

 ダストはつまらなそうに言って、キースとテイラーがリーンを引き戻す。

 返す返す、人が言いたいことを言ってくれる奴らだった。小賢しい理性とかいう器官が働いて喉を塞ぐ自分なんかより余程に真っ当だ。善良だ。

 冒険者ギルドは官民から広く仕事を募って、それを日雇い労働者、つまり冒険者に斡旋する仲立ち業者に過ぎない。業務として一定のサポートはしても、労働者の行動に一々心を配ったりしない。まして危ないから、なんて理由でその仕事を断念させるなんて真似、許されない。もしそれを許せば、それは越権で職権濫用で公私の混同になる。

 そういう理屈。ああ、めぐみんの言う通り。くだらない理屈。

 

「……後を追いましょう」

「! ああ、なら馬は私が」

「待て、二人とも」

 

 即断即決、踵を返して出て行こうとするめぐみんと、合点承知と威勢よくそれに追随するダクネスを制止する。

 意外そうに少女の目が見開かれた。この期に及んで何を、とでも言いたげだ。俺自身そう思わないではないが。

 俺の小賢しさは、ルナの言葉を待っていた。その続きを。

 固い無表情を繕って、ギルド職員の女性は冒険者共に現実ってやつを突き付けた。

 

「アクセルに迫る脅威は、デストロイヤーだけではないんです」

 

 長テーブルに広げられた地図を見た。複数枚の褪せたパピルス紙。いずれもアクセル近郊の地形図ではあるのだが、それぞれは縮尺と、なにより位置関係が異なっている。

 一枚はデストロイヤーが接近しているという北西部の地図。

 もう一枚は、街の北方に位置する丘陵地の地図だ。図面の一ヵ所に赤く印が描かれていた。注釈には一節『廃城』とある。

 

「北の外れの丘に古い城があります。元は領主の居住地でしたが随分前に打ち捨てられてそのままでした。その廃城に、魔蟲が巣を張ったんです。それも異常な速さ、異常な規模で……冬季からまだ明けないこの時期にこれほどの活性化は前代未聞です。そして現在、魔蟲は群を成してアクセルに向かってきています」

「……は?」

「確認されているのは突撃蟻、キラービー。そしてどうしてか群体行動をしない筈のジャイアント・アースワーム、アダマンマイマイまで集まっています」

 

 悪いことは重なると言うが、それにしたって限度がある────何者かの作為を疑うほどだ。

 前門には鋼の虫、後門にもまた蟲の群。同時侵攻。どちらかを相手取るか、あるいは全部放り捨てて逃げるしか。

 ……ああ、そうか。そうかよ。だからかよ。

 

「……魔蟲の討伐難度は皆さんご存知の通りでしょう。問題は数です。徒党単位で対応できるレベルを超えています。アクセルに在留している冒険者の総動員が必要と、当ギルドは判断しました」

「蟲の群が街に到達するまでの時間は?」

 

 自分の声の冷たさに自分自身驚いた。

 質問に答えたのはルナではなく、奥の部屋の通信士だった。

 

「およそ二時間弱!」

「なら今すぐに布陣しないと間に合わないな。あー、北向きの物見台ってあったか? 無いなら外壁の上に無理矢理登るけどさ」

「は、はい。番兵用の見晴台が」

「うーい、じゃあとっとと全員北門前に移動! 荷物纏めろー。あぁ馬も連れてこう」

「カ、カズマ!? でも、ジンクロウは」

「はいはい会議終了! 白兵戦要員は特に急げよー。そうだ、弓使いと魔法使いで隊列組まなきゃな」

「カズマ!」

 

 腕を掴まれ振り返る。

 めぐみんのひどく戸惑った顔を見下ろした。

 

「ジンクロウのことはどうするんですか!?」

「そんなもん後回しだ」

「なっ、本気ですか!?」

 

 俺の指示を受けて、というより現に逼迫した時間に追い立てられる形で、ぞろぞろと冒険者達が腰を上げて動き出す。

 ダクネスは一瞬だけ顔を歪めて、吐息一つでそれを引き締めた。

 

「カズマの言う通り、今は目前の脅威に対処すべきだ」

「ダクネスまで!?」

「蟲が大規模な群勢である以上、こちらの戦力を遠方に割く余裕はない。おそらくはジンクロウもそれを見越して単独行動を選んだのだろう」

「でも……そ、それなら、私一人くらい後を追ったって」

「大群相手にするって時に火力持ちが抜けてどうすんだ」

 

 この状況、爆裂魔法の運用次第では容易に蹴りがつく。わらわら寄り集まる蟲を一掃するのにこれほど有用なものはない。

 加えて、その射程距離を考えれば、めぐみんは後方に待機して然るべきタイミングで決定打を叩き込めばいい。

 魔法の効かない怪物兵器を相手取るよりずっと安全だ。そして、それはダクネスやアクア、俺にしたって同じことだろう。

 ……あの爺の考えそうなことだ。

 

「どうせ今から行ったって追い付けないんだ。それに、もしかしたら追い付いた頃にはもう仕留めた後でした、なーんてこともあるかも────」

「それじゃ遅いんですッ!!」

 

 びりびりと石造りの床や壁が震撼する。めぐみんは絶叫した。それはまるで、悲鳴のようだった。

 

「ジンクロウはまた、またあの剣を使う気です! デュラハンの時と同じようにっ……もし、同じように、なったら……今度は……今度こそ……っ!」

「…………」

 

 腕に縋る小さな手が震えている。不安と、怯えに。喪失の予感に。

 消えてしまう。あっさりと、呆気なく、きっと幻みたいに。

 初めから居なかったものみたいに、あいつは。

 

「なら、私が行きます」

「!」

「蟲の駆除程度なら私が出しゃばるまでもないでしょうし」

 

 いつの間にか、部屋の隅にウィズが佇んでいた。声を掛けられるまで存在にまったく気付かなかった。何か隠密系のスキルでも使っていたのかと思うほど。

 めぐみんの傍に屈み、ウィズは柔らかに笑う。

 

「私も一応、冒険者の端くれですから。魔法の心得も多少はあります。デストロイヤーに直接打撃を与えられなくとも、ジンクロウさんを援護することくらいはできる筈です」

「オレが連れてく」

 

 突然、室内に風が吹き抜けた。雪原の寒風めいて凍てついた空気。ウィズ以上の神出鬼没さで純白の振り袖を纏ったフユノがそこにいた。

 ウィズが頷く。

 そうして、そっと、めぐみんの頬に手を添えた。

 

「だから、めぐみんさん達にはこの街を守ってほしいんです。あの人が帰る家を、帰る()()を、守ってください」

 

 そう言ってウィズは俺を見た。

 ────わかってますよね? なんて念を押されてる。

 あいつの帰る場所が何処なのか。何を守りたいのか。

 そんなもの、わかってる。勝手に消えられてたまるか。あいつの独り善がりに付き合わされてたまるか。引き摺ってでも、帰って来させてやる。

 ここに。

 

「ウィズ……」

「では、お先に」

「ん」

 

 ウィズとフユノは部屋を出て行った。

 足音は静かで、纏う空気は落ち着き払っていた。こんな状況であっても変わらない振る舞い。場馴れの差、冒険者……いや、戦闘従事者として格の違いを垣間見たような気がした。

 

「俺達も行くぞ」

「……」

「デストロイヤーに対する迎撃態勢も同時に整えなければならない。迅速に蟲共を焼き払うには、めぐみんの魔法が必要不可欠だ。頼む」

「め、めぐみーん。怒んないでよぉ。あ! そう、そうよ! ジンクロウがもし死んじゃっても私が蘇生してあげるから! ね! だから機嫌治してよぅ」

「馬っ鹿! 縁起でもないこと言うんじゃねぇよ駄女神!」

「だ、だってだってその方がめぐみんも安心でしょ!?」

 

 またぞろ余計なことを口走るアクアの両頬をつねる。心配を助長してどうする。

 不意に、めぐみんが鼻を啜った。

 ぐしぐしと手の甲で乱暴に顔を拭い、前を向いた。赤く腫らした目元と、紅く輝く瞳で。

 

「蟲の群勢を焼き払う、フフフ良い響きです! 我が爆裂の前には魔蟲の百や千や万など、まさに火に入る羽虫の如し!」

「……」

「とっとと片を付けて、あの唐変木にも一発お見舞いしてやりましょう。カズマ」

 

 無理矢理に頬を引き上げて、歯を見せて笑う娘っ子に思い切り笑い返す。上手くできた自信はなかった。

 目的は定まった。戦場である北門へ全員で向かう。

 

「カズマさん!」

「はいはいカズマですよー。どうしたんだ、ルナ」

 

 ギルドの看板受付嬢が俺を呼び止めた。

 普段なら色っぽい妄想の一つ二つ浮かんでくる場面だが、状況が状況だけにそんな気分も湧きやしない。

 ルナは、言葉を選ぶのに苦労していた。立場を弁えてる分、その気苦労は軽くないだろう。

 痛ましさを堪えた顔で彼女は言った。

 

「ジンクロウさんからの言伝です。『雛鳥は預ける』」

「ヒナ……ああ」

 

 グリフォンを使え、ということか。

 豊富な対空兵器を備えたデストロイヤー相手では無理でも、モンスターが相手ならば、確かに有用だ。飛翔する砲台。めぐみんを乗せれば即席の爆撃機が出来上がる。

 善は急げ、街の外の庵に。そう踏み出しかけた背中に。

 

「『後のことはお前に任せる』」

「…………」

「そう、伝えて欲しいって……」

 

 ルナに頷いて、俺はギルドを出た。

 庵に向かってがむしゃらに走る。走り出さずにいられなかった。

 

「あの野郎……!」

 

 無理難題気安く投げて寄越しやがって。

 

「帰ったらぶん殴ってやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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