「くっさ! くぅっさ! なに!? ジンクロウの家めっっちゃくっさいんですけど!? アンデッド臭なんてメじゃないくささなんですけど!!?」
「あ、あれれ~おかしいですねぇ~、け、今朝空気を入れ換えたばかりなんですが。少し冷えますけど障子戸開けちゃいますね! すみませんアクア様お掃除が行き届いてなくてぇ~えへへへへ!」
馬鹿に騒がしいアクアと白い顔を青くして右往左往するウィズ。そんな二人の奇行を横目に見ながら、焼き魚で白米を掻き込む。
めぐみんは膨れっ面で里芋の煮っ転がしをもにゅもにゅ頬張る。
「んぐ、まったく。ちょっとくらい待っててくれてもいいのに。すぐ一人でどこか行っちゃうんですからジンクロウは」
「単独行動スキルA+くらい持ってそうだもんな、あの爺ちゃん」
「まあどうせギルドで落ち合うんだ。ありがたく朝食はゆっくりと頂いて、精々あいつを待ちぼうけさせてやろう」
街の外の林の奥にひっそりと佇む庵。迎えに来たというか、しっかり朝飯をたかりに来た俺達は、結局その朝に家の主と会うことはなかった。
「ふぃ~、煎茶はええのう。ここにはこれ目当てで来てると言っても過言じゃないな。日本人はこれに限る」
「前から思ってたんですが、カズマとジンクロウってもしかして同じところの出身なのですか? ……時々私やダクネスにはわからないことを、なにやらひそひそと耳打ちしあってるようですし」
「え? いやー、まー、近いことは近い、のか? というか、それは一体なんの言い掛かりだよ」
「ふふ、めぐみんは除け者にされるのが寂しいんだろう」
「な、なにを言うのですかダクネスは……私はただ単に、隠し事が多いこの宿六達を咎めて言ってるんですっ」
「誰が宿六か」
「まあまあ。私としてもお前達の郷里の話は気になるぞ? 是非とも聞かせて欲しいものだ。とりわけ特殊な
「人の故郷を何だと思ってんの?」
馬鹿話、もとい心の底からバカな話を一区切りつけて、両手を合わせて一同。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「はい、お粗末様です」
ウィズに見送られながら俺達は庵を後にする。
「それで? 結局カズマ達はどこの生まれなのですか?」
「その話まだすんのか。俺は日本っていう国だけど、ジンクロウの方は俺も知らない」
「……本当ですか?」
「こんなことで嘘なんて吐くかよ」
「カズマなら平気な顔で無駄にクオリティの高い虚言を操りそうです」
「そこに直れぃロリっ子」
無礼千万な爆裂娘と死闘を演じる。しゃくしゃくと踏み心地の良い枯れ葉を蹴散らして、ぎゃあぎゃあとそこら中を追い駆けっこする。
実際、ジンクロウが何者かなんて俺にもわからない。あの癖の強いべらんめぇ調の言葉遣いも、刀を使った素肌剣術も、端々の知識や細かな作法の妙な古臭さも、江戸時代や、あるいはもっと旧い時代の日本人……のように見える。でも、本当にそうなのだろうか。俺の生きていた時代よりも遠い過去の人間。そんな単純で解り易い存在なのだろうか。
遠いのは、果たして時間だけなのか。もっと根本的な部分でそれを感じてる。海溝みたいに深い、隔たりが、そこにあるような気がするのだ。どうしようない。不安を。
それを覚えたのは、あの時。あのデュラハンと斬り結ぶ、その背中を見た時。
「…………」
ジンクロウも取り立てて自分自身のことを語らなかった。当人曰く忘れたらしい……生前のことも、その過去も。
めぐみんと両手で掴み合う。相変わらずその見た目に似合わない握力で、ちょっと油断すると負けそう。
「ぬぐぐぐ、そんなに知りたきゃ本人に聞けってぇのぉ!」
「うぎぎぎ、えぇえぇそうしますとも! カズマ共々、過去の恥ずかしい話とか聞き出して脅迫材料に使ってやります!」
「なんか怖ろしいこと言い出しやがった!」
「ふふふ、この紅魔族随一の才媛から逃げられるなどとは思わないことです!」
「才媛(笑)」
「笑ったなぁあああああ!?」
「カズマー、めぐみーん。遊んでないで早く行きましょー」
入れ違いに街へ行ったというジンクロウを追って、アクア、めぐみん、ダクネスと共に冒険者ギルドを目指す。集団行動ってやつをとことん軽んじるあの男には、コーヒーの一杯も奢らせてやろう。そんな皮算用を弾いていた時だ。
街の至るところに設置された水仙の花弁のような拡声器から、そのけたたましいアナウンスは響いた。
『緊急事態発生! 緊急事態発生! アクセル近在の冒険者は至急ギルドへ集合してください! 繰り返します────』
ギルドの大広間は騒然としていた。
室内中央の長テーブルに地図が広げられ、それを囲んでギルド職員や冒険者達が深刻そうな顔を突き合わせている。
ひどく、切迫した空気だった。誰も彼も余裕がない。ギルド職員が忙しなく其処彼処を行き交い、奥の部屋では通信装置と思しいマイクに向かって通信士が声を張り上げている。地図に向き合って魔法使いが数人で何かの測量をしていた。窓の外では手綱を引かれて何頭もの馬が居並んだ。
いかにも物々しい。剣呑な雰囲気。まるで、それこそまるで、これから戦争でも始まりそうな。
気分が悪い。手足が冷たくなる。これは不安だろうか。いや、違う。以前にも一度、感じたことがある。あの時だ。デュラハン・ベルディアと相対したあの時。
どろりと煮え立つように嫌な予感がした。
顔見知りを探して、ふと視線が合う。
ギルドの上役とベテラン冒険者達が声音を低くして話し合う集団。その中から抜け出したルナが、こちらに駆け寄って来た。
「カズマさん! いらしてたんですね、よかった……」
「あの、これどういう状況なんですか。緊急事態がどうとか……」
「デストロイヤーです」
反応は劇的だった。俺を除いて。
めぐみん、ダクネス、アクアの三人が一斉に声を上げる。
「向かってきてるんですか!? この街に!?」
「現在、北西に約三百里ほどの地点にその姿を確認しています。アクセルへの到達は……ほぼ確実です。正確な到達時刻は技術者の測量結果が出るまでわかりませんが……少なくとも日没までは掛からない、と……」
「くっ、なんてことだ……」
「に、逃げなきゃ。屋敷に帰って荷物まとめるわよ! ほらみんな! ダッシュ! 急ぐの!」
「お、おいおいなんなんだよ三人とも。デストロイヤーってなんだよ」
一人置いてけぼりを喰らう俺に、ルナが説明してくれた。
魔道技術大国ノイズで開発された超大型機動要塞。下手な建造物よりも巨大な蜘蛛の化物が、進路上のあらゆるものを破壊し尽くしながら大陸中を延々と暴走し続けているそうだ。
その進行ルートにこのアクセルがあり、現在進行形で俺達は危急存亡の秋、もとい破滅目前逃げ場無しなのだと。
「はぁぁあああ!? マジかよ嘘だろ!? てかまたか!? なんっでこの街はそうぽんぽんぽんぽんやばいのが押し迫ってくるんだよ!?」
「自分の不運を呪ってる暇はないですよ、カズマ」
「俺じゃねぇわ!
「水芸だけじゃないもん! 水画とかマジックとかものまねとかコンテンポラリーダンスとかできるもん!」
芸の幅はどうでもいいんだよ。いよいよ何の神様なのだこいつは。
「デストロイヤーは強力な対魔力結界を展開していて、我が爆裂を以てしても……その、分が悪いのです」
魔法の効かない敵が相手とあっては流石の爆裂狂めぐみんも弱気だ。
「戦うか、逃げるか。カズマ達は好きに選ぶといい。私は、残って戦う」
そしていつになく真剣な面持ちのダクネスは、いやに決然として言った。
「ダクネス……」
「私の方の事情はカズマも知っての通りだ。領民と領地を守るのは貴種を称する者の務めでな」
「本音は?」
「大きくて黒々とした金属の塊に押し潰されたくて……って何を言わせるんだ!?」
いつもの変態発言は、おそらく半分は本音だ。
でも、もう半分は。
ダクネスのニヤケ面の裏側に見え隠れする頑なさ。責任とか、義務とか、そういう重いもの。
これを放って逃げるのは、寝覚めが悪そうだ。仕方ない。
「はっ……ったくしょうがねぇな。せっかく手に入れた屋敷を潰されるのも癪だし」
「ふふ、パーティーの名ばかりリーダーがそう言うなら、私も付き合ってあげましょう」
「誰が名ばかりか」
「デカ物上等。我が魔法で消し飛ばしてやります!」
「つい今さっき結界がどうのこうの言ってたろうが」
「じゃ、じゃあ私はみんなの荷物を避難させておくわね~、無理しないで頑張って! それじゃぐへっ」
「逃さんぞ名ばかりアークプリースト」
ハッチャケびっくり芸パーティーにいつもの調子が出て来たところで、そろそろもう一人の遅刻野郎を呼び付けなければ。
「んで、あのハッチャケ爺さんはどこ行ったんだ」
「こんな大騒ぎに遅れるなんて……はっ、そうか。皆がピンチになったところへ遅れて出てくる方がカッコイイのです! ジンクロウめ、リアル真打登場を極める気ですね! ちょっと私もスタンバっときます」
「やぁめろめんどくさいから」
「とはいえ作戦を立てるならジンクロウは同席させた方がいい。ここで一番戦馴れしているのは間違いなくあいつだろうからな」
「うー、もー、しょーがないわねー。ジンクロ~、この私が残ってあげるんだから早く来なさいよ~」
先程から姿が見えないが、こんなとんでもない事態を静観していられるような奴じゃない。
それに、多分。
毎度毎度無茶なことをするし、さり気なく人に難題をぶん投げてくるけど。
あいつがいればなんとかなる。きっと、どうにかなる。我ながらまあ楽観的で無責任な物言いだけど。
あいつと俺達で出来ないことなんて、無い。そんな気がするのだ。
そういう恥ずかしいことを思った。思ってしまうくらいあいつは、矢鱈滅多に頼りになるから。
ジンクロウは。
「……ジンクロウさんはここにはいません」
「え?」
ルナは言った。固い声で。瞳は沈痛で、その表情はどんどんと昏んでいく。
「あの人は既にアクセルを発ちました」
「ど、どういうことですか?」
「街の周辺の穀倉地帯や治水施設、特に生活用水を賄う河川上流域を踏み壊されると困る。その為の脚止めを……するからって」
「────」
傍らでめぐみんが息を止めた。ルナの訥々とした説明に絶句したのは俺も同じだった。
じゃあそれは、なんだ。つまり。あいつは。
「一人で……?」
「……」
「一人で向かったっていうんですか」
ルナは何も言わずにただ頷いた。
喧々囂々だった室内が、いつしか静かになっていた。
「また……」
しんと静まり返った会議室に、その囁きが響く。愕然として。
縋るように杖を握り締めて、めぐみんは俯く。
「また……またっ、私達を置いて……!」
めぐみんの声は弱々しくて消え入りそうなほど微かなのに、それは強かに俺の何かを揺さぶった。