この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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6話 待ち焦がれた出会いとはまさにこの事

 

「するってぇと、おめぇさん人じゃあねぇのか」

「リッチーという、不死の王とかやらせていただいてまして……あ! で、でも心はまだ人間のつもりですよ!」

 

 時刻はそろりと正午を回ろうとしている。仄暗いと見えた裏通りにも燦々と日が照り、店内の様子も幾分見通しが利くようになった。

 道具屋との事である。

 質は無論門外漢ゆえ理解など出来ぬが、この店の品揃えは相当なものだろう。壁という壁に天井まで届く陳列棚があり、そこには所狭しと様々な物品が並んでいた。

 宝石、薬品はもとより、一見して用途不明の風変わりな器物が種々数多。なるほどあれが“魔道具”か。

 

「かっはは、道理でなぁ。息もなく心の臓も動いておらなんだので、てっきり死んでいるものとばかり。いやぁ無遠慮にべたべたと手を触れてしまった。誠、失礼をした」

「い、いいえ! お気になさらず。介抱してくださったのに、そんな……」

 

 下げた頭上であせあせと手を振るその娘、名をウィズというそうな。誰あろうこの魔道具屋の店主である。

 上から下まで真黒の装束と外套を着込み、まるで黒子のようだ。その所為もあろう。黒の装いは娘の肌の白さ、病的なまでのそれをより一層際立たせていた。

 病的? 否、それは死人(しびと)の青白み。

 そしてこの無礼なる印象が、なんと真実であった。

 ウィズは人としての生を既に超え、生きた屍、不死になったと言う。

 何を世迷言を。頭の固い御武家にでも言おうものならその場で無礼討ちに遭うだろう。それ程の妄言である。

 実際に目の当たりにし、この手で触れてしまえばもはや信じるより外ないが。

 

 ――くきゅるる

 

 不意に、またそのような音色を耳にする。窓際の丸机を挟み、対面で椅子に座ったその娘、娘の腹からはっきりと聞こえてきた。

 かっと火を入れたかのようにウィズの顔が朱に染まる。

 なんとも可愛らしい音だ。羞恥する娘の姿と相まって。

 喉奥に感じる笑声をくっと抑えた。

 

「りっちーとやらも飯は食えるのかぃ」

「た、食べなくても死にはしないです。死にはしないんですが、辛いの据え置きというか。人間としての習慣はしっかり残っていて、食べない日が続くと肉体的にも精神的にも寂しくなるというか。先程は思った以上にクラクラっと来たもので、あぁこれはちょっとダメだなぁと少しだけ店先で横に……うぅ、お恥ずかしいですっ!」

「かっはははは! 何を言うか。どこも恥じるこたぁねぇよ。身体が元気な証拠じゃねぇかぃ」

 

 顔を覆って早口に言い訳を捲くす娘に、堪え切れずとうとう笑声を上げる。

 その侘びという意味でもないが、床に置いていた紙袋を机に載せる。

 

「己も丁度腹が空いていたところよ。よけりゃあ食いな」

「え」

 

 紙袋を漁る。やはり作りたてとあって温かい。

 

「なんでもどねるけばぶ(・・・・・・)とか言う異国料理だそうだが」

「ケバブ? ……あぁ! そういえば近所に屋台が出たとか」

「おぅそれよその屋台。肉の焼き方があんまりにも豪快でな。かはっ、思わず買っちまった」

 

 娘を介抱した後ひとっ走り、中央通に行くまでもなく近場から漂う良い匂いを辿ると、すぐにその店を見付けることができた。

 包みを開くと、中から湯気立つけばぶさんど(・・・・・・)が顔を出す。

 薄く焼かれたパォンで、葉物野菜、細切りにした赤茄子、葱頭、そして中央に薄く削いだ炙り肉をたっぷり包んである。

 それを一つ差し出すが、しかし娘は受け取ろうとしない。

 

「どうした。要らねぇのかぃ?」

「い、いえそういう訳ではなく。私その、今持ち合わせがなくて……」

「何を阿呆臭ぇ……あぁあぁ、んなもん要らね要らね。早く取らねぇか! 冷めっちまうぞ、ほれ!」

「あう」

 

 半ば無理矢理押し付けると、観念したように娘はそれを受け取った。

 だが、一向食べ始める様子もない。この期に及んでまだ躊躇してやがる。面倒な。

 なれば一計を案じねばなるまい。

 

「…………肉の豪快さも然ることながらな、このけばぶの肝要はやはり、漬ダレよ」

「ツケダレ、ですか?」

「おうよ。串に刺した一抱えほどもある肉をな、こう寸胴鍋になみなみ満たしたタレに一日漬け込むそうだ。そうすっと肉にしっかり味が付く。ちょいと味見したが、あのタレの甘ぁい塩味は癖になるぜぇ」

 

 様々な香辛料、酒、各種調味料に、葉物に根菜や香味野菜と(ガラ)から取った出汁を加えて長時間煮込むことで作るそうな。無論、料理人が味の決め手をほいほい口にする筈もない。

 

「俺の見立てじゃ魚醤も少し……この香ばしさにゃ馴染みがあらぁ」

「な、なるほど……」

「でだ、いざ肉を丸焼きにする訳だが。その肉焼き器ってのが面白くてな。下ではなく、横、まるで肉を取り囲むようにして炙る。均一に焼けるのは勿論、味が中へ中へと向かっていく(・・・・・・)んだそうだ。代わりに肉の表面にゃじわぁりと脂が滲み出て、件のタレと溶け合うのよ」

「じ、じわりと……」

 

 ごくりと、喉が鳴った。無論それは己ではない。

 

「その様、じゅうじゅう焼き立つ音、鼻を満たす香りがなんとも堪らねぇ。我慢が利かねぇってんで店主に肉だけちょいと摘ませてもらったが、これがまた応えられねぇ……噛めば噛むほど味が滲み出やがる。赤身肉の歯応えのまぁ心地良きこと」

「ひぐぅ……!」

 

 対面で、腹を強打されたかのような呻きが上がる。娘はもはやこちらを見ておらず、手にしたけばぶさんどを睨み据えていた。

 口の端に煌くものが一筋。垂れた涎が陽光を照り返していた。

 

「くくっ、どうした。食わんのか?」

「い……ぃ…………」

「うぅむ、おめぇさんが食わねぇんなら、捨てっちまうしかねぇなぁ……ああもったいねぇ」

「!?」

 

 決め言葉は、どうやらそれであった。娘の持つもったいない精神が彼女の忍耐に止めを刺したのだ。

 

「いただきまふぅ……!」

 

 言い終わる前に娘はけばぶを頬張った。噛んだ瞬間、しゃきり、と野菜の瑞々しい音が響く。

 口に含んだけばぶを噛む。噛む。噛む。次いで煌いたのは、頬に流れる涙であった。

 

「お、おいひいぃ……おいひぃよぅ……!」

「かっは」

 

 落ちた。他愛なし。

 

「さあ食え。どんどん食え。買い過ぎちまってな。まだまだあるぞぉ」

「うぅぅぅいただきますぅぅ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買ってきたけばぶさんどを平らげ、ウィズが淹れた紅茶を口に含む。馴染みのない味と香りだが、なかなか悪くはなかった。

 いかにも一心地着いた様子で、ウィズは溜息を零す。

 

「ごちそうさまでした……本当にすみません、お気を遣わせてしまって」

「はん、単に俺が食いたかっただけよ」

 

 紅茶をまた口にする。独特の渋みと甘み。妙味である。尚且つこれは、おそらく淹れ方が良いのだろう。

 まだ何か言いたげな娘を片目に捉えた。

 

「洋菓子に合いそうな茶だ。また飲ませてくれねぇかぃ?」

「! は、はい。勿論です」

 

 娘の微笑に笑みを返しながら杯を空にする。

 これでようやっと、本題に移れるというもの。

 

「早速だがなウィズ。俺ぁ刀って武器を探してる。どうだぃ。何か心当たりはねぇか」

「カタナ……片刃の、細い剣のことですか?」

「! そうよその通り。もしや」

「ええ、確かにそういう名前の剣を、以前に一振り入荷した筈……」

 

 そう言ってウィズは顎に指を添える。記憶を手繰るような所作。

 暫時そのようにしていた娘は、ぱんと一度手を打つや立ち上がった。

 

「倉庫! 倉庫ですよ! あまりにも危ないのでそこに仕舞い込んだんです」

「あるのか!」

 

 鍛冶屋、お前さんの見立ては正しかった――危ない?

 確かに、刀剣は扱いを誤れば危険には違いあるまい。しかし、何故であろうな。その言の響きは、もっと別の意味合いを含んでいるように思えてならぬ。

 

「少し待っていてください。今取ってきますから」

 

 こちらの疑問符には答えてくれず、ウィズはそのまま店の奥へ引っ込んで行ってしまった。

 待つこと暫し、奥の扉から最初に顔を出したのは、娘の尻であった。

 

「っ……んっしょ!」

 

 床に何かを引き摺っている。

 程なく見えてきたのは鋼鉄製の箱だ。錠前を掛けられ、且つ鎖を巻かれている。こうも頑強、厳重な箱ならばなるほどさぞ重かろう。

 

「はぁ、ふぅ、こ、こちらになります」

「……この中に、それがあんのかぃ」

 

 箱の大きさは縦に一尺、横に三尺ほど、大刀が納まるには確かに丁度良いが。

 よく見れば錠前、鎖ばかりではない。箱の閉口部、上蓋と本体の合間に何枚もの札が貼られている。そしてその白地の紙面、そこには幾何学の模様や円陣、判読不能の文言等がびっしりと描き込まれていた。

 魔法など知る由もないが、これが何であるのかは理解に難くない。封印である。中のモノを断じて外へ出してなるものかという気迫すら滲む。封印である。

 しかし、その封を掛けた張本人である筈のウィズは、さっさと鎖を外し、錠前を開け、貼られた札を遠慮もなくびりびりと破り捨てていく。

 いいのか。本当にそれでいいのか。

 ぎぎぎ、と油の足りぬ蝶番が悲鳴を上げる。遂に、その箱は開かれた。

 

「どうでしょう。お探しのものはこれで間違いありませんか?」

 

 布張りされた綿に包まれ、それは鎮座している。

 滑らかな黒漆の鞘。隈なく黒錆に覆われた鍔。柄糸は青みを帯びた鉄色が経年の末変色したのだろう、やはり黒。煮えた泥のような黒さだ。

 しかし委細問題ない。

 刀。紛うこと無き。拵えを見るに打刀である。

 それを目にした瞬間、名状し難いものが胸に湧いた。郷愁、懐古、喪失、憎悪。

 逃れ難い、執着。

 物事の好悪と成否を考慮しないならば、あらゆる意味で己はこの刃金に執り憑かれている。いつからか。それはいつからか。

 もう、忘れた。

 

「――ちょいと、見せてくれ」

「へ? あっ、待って!?」

 

 言いつつ手を伸ばし、栗形の辺りを掴み取る。

 制止の声を耳が聞き取った時には既に遅く。

 触れたその手に、刀が吸い付いた(・・・・・)

 

「!?」

「早く捨ててください!!」

 

 捨てろ、それが出来ればとうにしている。

 離れぬのだ。皮膚にぴたりと吸着している。そして手を伝い、腕を伝い、身の内より失われる何か。何かを、吸われている。

 しかし、それもほんの一瞬のことだった。唐突に刀は吸着力を失くし、開いた掌から離れ落ちる。

 落ち、倒れて――いない。

 床に倒れず、止まった。あろうことか刀は中空で静止した。

 

「再封印します! ジンクロウさんは退がって!」

 

 ウィズが刀に触れんとする。娘はその手掌に幾何学の円陣を創り出した。魔法による封印術というやつだろう。

 気弱でおっとりと見えた娘の挙動は実に迅速であった。鉄火場を潜ってきた者の証左。

 さりとてそれは己もまた同じ。

 そして、己の戦闘経験は告げている。この機、この間合では届かぬ。ウィズの手が刀に触れるより早くそれは動く。下段、抜き打ち。

 娘は逆袈裟に斬り裂かれるだろう。

 鯉口が切られた。

 鞘走る。

 刃が娘に迫り――――

 

「!」

「っ!」

 

 娘を押し倒すように退転。一歩で刃圏を逃れる。

 

「じ、ジンクロウさん……!?」

 

 右肩甲よりやや下を斬られた。切先が掠めたのだろう。大事無し。

 娘を背後へ押し遣り、それへと向き直る。

 

「かっは、なんだそりゃあ」

 

 抜き放たれた刀、その露となった刀身。なんと紅いのだ。見紛うことなどない。それは鮮血の(いろ)

 刃紋などと言うが、紅に染まったその刃は時折本当に波紋を立てた。ゆっくりと波立ち、紋様は一定せず、流動している。

 

「ジンクロウさん、斬られてっ」

「退がってな」

「そ、そんな訳にはいきません!」

「おめぇさんが只もんじゃねぇってことはよっく解った。だからこそよ。ここでは分が悪いことも、おめぇさんなら解ろう」

 

 室内戦闘。自然、逃れる場は限られ、十畳ほどのこの空間ではそのほぼ全域が刃圏。

 宙に浮いた刀に、踏み込みも何もあるまい。

 ウィズは押し黙った。やはり戦さ場というものを心得ている。いい子だ。

 刀の紅い切先が己を指す。

 

「心配すんな……なぁに、手馴れたもんさ」

 

 ウィズを番台の裏へ残し、じりじりと移動する。切先もまたこちらの動きに合わせ、ゆっくりと刃先を旋回させた。

 好し好し。対手の狙いは完全にこちらを向いた。

 内心でほくそ笑む己を見透かしたか、刹那刃は天井を向き一気に振り下ろされた。 

 半身に躱す。

 床を指した刃が返る。斬り返し。

 跳び退り、大きく躱す。

 追い縋ってくる。中空での刀の形はおそらくは正眼。そこから――刺突。

 一撃。躱す。

 二撃。躱す。

 三撃目は突きではなく、

 

(逆胴……!?)

 

 右方へ跳び逃れる。開け放したままの鉄の箱を蹴飛ばした。

 足を僅かに捕られ、体勢が崩れる。

 来る。

 大上段。唐竹割り。

 体を捌き損ね、まな板の鯉にも近しい敵が眼前にある。真二つに両断したい。その気持ちは解らんではないが。

 刃が降り来る。

 

「殺し急いだな」

 

 紅い切先が額を割る――――より早く、我が手は刀身を捕えていた。

 両の掌で鎬を挟み止める。真剣白刃取り。見世物にすればさぞ観客は喜んだであろう。今はウィズ一人だが。それほどに、出来過ぎた精度だ。

 

「すごい……」

 

 そして己の背後の壁には、まっこと丁度良いことに木の柱が立っている。

 なおも振り下ろさんと篭められる力。尋常な膂力ではない。使い手無きままこれほどの力を発揮するとは、一体何故か。

 が、今はそれを利する。

 切先を僅かに逸らせ、己の顔面、その横合いへ導く。そうすれば後は自ずから、勢いのまま刀身が木の柱へと突き込んだ。

 前転し、その場を逃れる。糊で固めたでなし、木に刺さった程度ではすぐに引き抜かれる。

 ついでとばかり床に転がる鞘を回収した。

 背後で木の抉れる異音。振り向けば、切先が勢い突進してくる。顔など無くとも分かる。些細な手妻で虚仮にされ、怒り心鉄(・・)に発したことだろう。

 己を刺し貫きたいその心情、まったくもって理解できる。

 故にその紅色の刃先、その軌道へと鞘口を合わせた。

 すらり、鞘中で刃が走る。その手触り。刀身が鞘に消え、最後に(はばき)をしっかりと咥え込んだ。

 過たず刀はそれ自身の力によって、再び鞘へと納まった。

 

「うぉっととと。ウィズ、すまねぇが紐か何か寄越してくれ」

「…………え、あ、はい! ただ今!」

 

 刀はなおも手の中で暴れた。柄を握り、鞘に強く押さえ付ける。

 活きが良いにも程があろう。

 呆れと、それ以上の感慨を以てそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カズマさん達と一向に絡めぬ。
これが最近流行のあらすじ詐欺というやつか(違)

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