この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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山も谷もなくただ駄弁るだけの話。




50話 ふりぃたぁ家を買った

 

 

 

 朝の冷え込みも一入(ひとしお)に鋭くなった。葉も落ちて痩せた雑木林の合間をひゅるりひゅるりと寒風が吹き抜ける。

 

「先に出るぜ」

「あ、はぁい! ちょっと待ってくださいね!」

 

 玄関口を潜りつ、後ろへ声を投げた。

 すると土間からぱたぱたとウィズが駆けてくる。手には風呂敷に包まれた小箱が一つ。

 

「お弁当です。ジンクロウさんとフユノさん、あとめぐみんさんの分も。三人で召し上がってください」

「おぉ、こいつぁ有り難ぇや」

 

 家事を任せきりにしている上、こうしてなにかと行き届く。

 

「いやいやお前さん、嫁の貰い手にゃ事欠かんなぁ」

「へっ? も、もぉ! からかわないでください!」

「くくく」

 

 白い頬を朱色にしてこちらの肩口をぽんぽん叩く。この女に、街の男共が何かと熱を上げるのも頷ける。

 

「お前さん、今日はどうすんだぃ。店は開けるのか」

「い、いえ。定休日ですから、お店のお手入れだけ……あ、ただ今晩遅くに用事があって、少し出掛けますね」

「そうかい。伴は要るか?」

「いえいえ、本当にすぐですから。どうか気にせず、お休みになってください」

 

 庭先で雪を弄んでいたフユノを手招く。振り袖を宙に泳がせながら娘は従順にとことこと寄ってきた。

 

「ウィズが気を利かせてくれた。フユノも礼を言いな」

「ありがてー」

「かっ、己を真似るんじゃねぇや。ちゃんとほれ、あ・り・が・と・う、だ」

「ありがとう」

「……ふふっ、どういたしまして。ちゃんとお礼が言えて偉いですね、フユノさん」

 

 ふわりと、ウィズは微笑んだ。なにやら乳飲み子を見詰める母のような様で。

 一方で、きょとんとフユノはそれをただ見返している。何を褒められたか、いやそもそも褒められたことすらよく分かっていないらしい。

 ウィズと顔を見合わせ、一吹き笑う。雪色の頭を撫でてやると、フユノは不思議そうに、けれどやわやわとはにかんだ。

 

「二人ともいってらっしゃ~い」

「いってらっしゃいます」

「いってきます、な? お前さんも暖かくしなウィズ」

 

 もはや我が別宅と言わんばかり、すっかりと居着いたウィズに見送られ、侘び住まいから這い出して背を丸めながら街の裏門を潜る。

 一路、浅く積もった雪に轍を踏み、訪れたるはギルド酒場。

 黒檀の両扉を開け放つ。朝も早いとあって人気も疎らな大広間、その中央へと不意に目を引かれた。長机を縦断する通路の真ん中で腕組みして仁王立ち、ふんぬと陣取る者がある。

 こちらもフユノに負けず劣らずに白い姿。柔らかな白狼の毛皮に身を包んだ小さな娘っ子――めぐみんは我々の到来ににっかりと笑顔を湛えた。

 

「おはようございます! さあさあ今日も一日一爆裂ですよ!」

 

 

 

 

 今日ではて、幾日を数えたか。娘子曰くの一日一爆裂とやらは。

 モンスター討伐はなるほど確かに冒険者稼業の花形であり、こう連日隙間なく討伐に励めばギルドからの覚えもめでたくなろうというもの。

 それはまあ、素直に喜ばしいことであろう。いそいそと勤労に励むもまこと善哉。

 さ、あれど。

 とは言っても。

 

「こう毎ん日引っ張りまわされちゃ、なかなかどうして堪えらぁ」

 

 長椅子の背もたれに肘を預け、天井を仰いでぼやきを垂れる。

 すると対面で笑声が立つ。斜向かいに座った少年が、いかにも意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「ちょっとは俺の苦労が分かったろ?」

「かっ、ああほんに老骨に染み入るよぅ」

 

 もう一つ負け惜しみを投げ、カズマ共々笑い合う。

 

「元気な盛りたぁよく言ったもんだ」

「毎日爆裂魔法ぶっ放せてこれでもかってくらい上機嫌だからなー、あのロリっ子」

「めぐ坊もそうだがフユノもな。性格はまるで違うってのに妙に馬が合ったらしい。今もほれ、あのように」

 

 顎で、ギルド内の依頼掲示板を示す。

 そこには雪ん子と雪女子(おなご)が二人、なにやら姦しく話し込んでいる様子だ。

 

「『野良アイスゴーレムの討伐』! ふふふ~、氷の塊ならばさぞ爆裂のし甲斐がありそうですね」

「かき氷にすると美味い」

「え、食べられるんですか?」

 

 薄らとぼけた会話が聞こえるような聞こえぬような。めぐみんが手を引き、フユノは手を引かれ、掲示板の端から端まで隅々見て回す。姉妹のよう、などと表した気もするがはてさてどちらが姉でどちらが妹か。

 そして己もまた、今度はどこに引っ張り出されるやら知れたものではない。

 

「……見た目超美人なおねいさんなのに中身は少女、どころか幼女だよな」

「人に()()()のは初めてという。雪の精霊が世情だの人情だの知る筈も、いや知る必要もなかったのだ。無知で無垢、幼子と何も変わりあるまい。それを思えばめぐ坊は実に良い姉貴分だよ。おぉそうだ、現に妹が一人居るそうでな」

「へぇー」

「それはそうと、そっちはどうなんだぃ。仕事の方はよ」

 

 そう言ってカズマを見やる。その装いはあの常の(あお)い薄着に厚手の羽織りという、仕事をする風情にはとても見えない。何より剣の一本すら帯びていないのだから。

 

「この時期はパス。暖かくなるまでは討伐はなし。というか冬場のモンスターに嬉々として突っ込んでいくあのロリっ子が頭おかしいんであって本来はこれが正しいの」

「それもそうか」

「それに、冬越えの目途は立ったからさ」

「うん?」

 

 冬備え冬越え、それは目下カズマらの抱える重大事であった。

 金がない。家もない。馬小屋で冬を越す命懸けは真っ平御免と騒いでいたのがなにやら懐かしい。

 それが解決したとはつまり。

 

「売れたか、あの鈺は」

「売れたわ。めっちゃ売れたわ」

 

 先の雪精討伐依頼の折、なんのかのとあって家に居着くこととなったフユノこと冬将軍。義理堅いことにかの者は手土産を持参してやって来た。

 玄武とか呼ばれる巨大な亀が、その甲羅の内のさらに内で造り出すとかいう魔石。その原石を。

 冬将軍はその身の命の恩義にとその鈺を己に差し出したが、成り行きを勘案した結果、我が徒党の御頭様であるところのカズマがそれを受け取るべきとの結論に落ち着いた次第であった。

 鈺をどのように処分しようとそれはカズマの自由。如何様にでもと、半ば投げ寄越した恰好ではあったが。

 

「値打ちはどんなもんだい? 悪くとも、冬場は宿で凌ぐ程度にゃなったのだろう?」

「まあ……うん」

「?」

 

 カズマは実に歯切れ悪く、妙な笑みを浮かべた。苦笑とも失笑とも喜びを堪えるニヤケ面とも見て取れる。

 

「正直、宝石の値付けとかよく分かんなかったからさ。最初はギルドの鑑定士じゃなくウィズに相談しに行ったんよ」

「……大丈夫だったのか。あれはーほれ、そこのところがどうも」

「分かってる分かってる。ウィズに捌いてもらおうなんてこれっっっぽっっっっっちも考えてなかったから」

 

 少年の言葉を聞き安堵する。そして一抹の哀切を思う。

 

「ウィズも一応は商人だし、宝石商とかの伝手もあるだろうって。勿論、事前に紹介料の額も取り決めてさ」

「おう、しっかりしとるのう」

 

 無論、カズマがである。おそらくウィズにはそのようなこと思い付きもしまい。

 

「俺はそん時までそのまま売り払おうとしてたんだけど、ウィズが『加工すれば価値が上がるかもしれない』って提案してくれたのね。んじゃあって、宝石商さんとこ出入りの職人さん紹介してもらおうってことに」

「ほー」

 

 そういえばあの娘、そんなようなことを溢していたか。

 

「……そっからだな。おかしくなったのは」

「あん?」

 

 少年はひどく遠くを見ている。懐かしむというより、それは他人事の世間話をするかの体で。

 

「まず職人さんがさ『こんなやべー宝玉加工とかボクには無理無理カタツムリ』とか言い出して。宝石商の人が『こんなもんアクセル近郊で捌ける訳ねーべよ馬鹿なの?』とか言い出して。アクセルでダメなら、王都に店構えてるような豪商に頼めとか無茶言い出しやがって」

「そいつぁ面倒だな」

「だろう? 紹介状持参で王都まで行かなきゃダメか~って思ってたら、いや一人使えそうなのがいたなと」

「……おお、ダー公か」

「うん、貴族の、それも王族にも縁深い家柄らしいじゃん? それなら相応の美術品の買い付けとかででかい商人ギルドに伝手とかないかなーってさ。まあ案の定……王宮の献上品を加工してる職人さんと知り合いだとかで」

「そらぁ、また随分と」

 

 話が弾んだというか転んだというか。

 

「なんか現物の魔石を見た職人さんのテンション上がっちゃってすごくおたかいじゅえりぃが出来上がったり、王都の商人ギルドがそれを聞き付けて各地の豪商呼び集めて競売始めたり、なんでかこの国の第一王女殿下様の目に触れてお褒めの御(ことば)を賜ったとかで妙な箔が着いたりいろいろあったよ」

「おう、そうかい」

 

 何かと怒涛の展開を一息に言い切って、カズマはもう一つ疲労の色濃い溜息を吐き出した。

 

「ま! なんやかんや一ヶ月弱掛かりましたが、家を買う算段が付きましたことここにご報告しまっす!」

「おぉ、そいつぁ目出度(めでて)ぇや」

 

 当初からの心配事が一つ片付いた。

 最悪、この冬限りは我が(あば)ら家に匿うことも考えていたが、子らに狭苦しい思いをさせずに済むというもの。

 

「えー、つきましては、こちらの書類に」

「あ? なんだいこりゃ」

「ジンクロウのサインと拇印を……左上のここね」

「はあ?」

 

 カズマは取り出した半紙をこちら側に滑らせ、周到用意していたのだろう羽ペンと顔料を寄越した。

 流石に、問答無用という訳にもいくまい。

 半紙は書面、何かの契約状と思しい。

 

「鈺の売りになんぞケチでもついたか」

「いや全然。それは口座の名義人の証書」

「口座……? ギルドの貸金庫か」

 

 ギルドは金の預かり所も兼ねている。冒険者稼業は命を質種にする分儲けも相応。個人で所有するには紙幣にせよ貨幣にせよどうしても重い。なにより盗みに遭っては泣くにも泣けぬとあって、ギルドが規定の手数料を徴収しそれぞれの財貨を保管してくれる。

 この書面はどうやらその口座の名義人を決める契約状であった。

 そうして金庫に収まる額が――――

 

「……どういうこった」

「だから、売れたんだってば」

「聞いておった額と桁が違うぜ」

「ウィズの鑑定だと五千万だっけ?」

 

 その十倍の値が、そこには記されていた。

 額の大きさに驚いたのは言わずもがなであるが。

 

「……あの娘の目は、まあ、なんだ」

「ガラス玉でもはまってんじゃないすかね」

 

 カズマは忌憚なく言い切った。

 生憎と返す言葉は浮かばなかった。

 しかし、紙片を指先で叩きながらカズマを見る。

 

「こいつぁお前さんにやったもんだ。だってぇのに己が上がりをせしめるってなぁ筋が合わんな」

 

 額が額である。一財産に釣りが来る金を己の裁量下に置かせようとするのは何故か。

 少年は、そうしたこちらの疑問も予想の上だったらしい。首を横に振る。

 

「それ、もう折半した後だから」

「は?」

「俺は俺でもう口座作って受付済ませたからさ、ジンクロウもちゃちゃっとやっちゃって」

「……」

 

 紙面に記載された金額を見て、またカズマを見る。

 カズマは、またぞろ苦笑とも失笑とも喜びを堪えるニヤケ面とも見て取れる顔になり。

 

「異世界お気楽生活の始まり始まり~……って感じ?」

「泡銭ではちとケツの据わりが悪ぃが、まあ……そんな感じだな」

 

 書くもの書いて、とっとと受付へと届け出る。

 

「大事なのは愛情と相性大事なのは愛情と相性よルナ。お金は幸福の必須条件ではなく不幸を凌ぐ手段なのよルナ。お金目当てなんかじゃないお金目当てなんかじゃないの私はいい子私はいい子ああ新婚旅行は南国とかいいかしら!!」

 

 その際、ルナ嬢がなにやら目を白黒させ百面相を繰り広げていたが、触れぬが祟りなし、もとい華という。そっとしておいた。

 席に帰りがてら女給を手招き、注文を言付けた。

 

「うん? これ」

「祝いに一献、付き合え」

 

 程なく届いた猪口二つに徳利。陶器の表面から湯気が立つ。漂う酒精の香が実にかぐわしい。

 それもこれもやはり、懐が温かい故か。

 

「ぷっ、はは。はいはい」

 

 噴き出すように笑いながら、カズマは徳利をこちらに向ける。

 酒を注され、代わりにこちらも少年の猪口に注し入れる。

 

「「乾杯」」

 

 一気に流し込んだ熱い清水がまた、喉から胃の腑までを一挙に暖めた。

 実に、甘露。

 

「あぁー!? なに飲んでるんですか!? 討伐前だっていうのに!」

「おっと見付かっちまった」

 

 鈴を鳴らすよりも響く娘子の声が後ろ頭を叩く。早々とめぐみんがすっ飛んできた。

 

「いやいやめぐ坊、これは祝い酒というやつでな」

「お酒はお酒でしょうが! 真昼間というかまだ朝ですよ!」

「まあまあそう言うな」

「ジンクロウ、オレも欲しい」

「ダぁメぇでぇすぅ!」

 

 物欲しそうに指を咥えるフユノを、全身でめぐみんが押し留める。

 それを見て、カズマはさっと手を挙げ。

 

「あ、女給さーん! 器もう一つくださーい」

「くださーいじゃないです! 女給さんいらないですよー!?」

「めぐ坊はオレンジジュースでいいか」

「よくないです!」

 

 何はともあれ善哉善哉。

 注しつ注されつ器を手に手に、不満げなめぐ坊は訳も分からず杯を掲げた。

 

「フリーター家を買った記念に、かんぱーい!」

「いよ! 御大尽!」

「おだいじーん」

「だからなんなんですかこれ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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