この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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短いです。申し訳ない。




48話 教えることが山とある

 

 

 明くる日。

 先達てカズマにも言っていた通り、めぐみんとリーンに事のあらましを語って聞かせようと宅へ招いたのだが。

 

『だ、だって……ここんとこ遠征とかで忙しくて、寒くなってきたし厚着で、ほとんど、お手入れとかいろいろ……女子にはいろいろあるの!!』

 

 いろいろあるらしい。この上に問いを重ねるのは野暮というより下衆のなんとやらであろう。

 沸騰するほどに赤面したリーンにそうして追い払われてしまった。

 とにもかくにも、都合の付いためぐみんと市で買い食いなどしながら庵へ赴き、話を始めて小一時間ほど経ったろうか。

 

「……」

「……」

 

 己はどうしてか居間に正座し、目の前に仁王立つ娘子に見下ろされている。

 薄曇りの空は、障子紙越しにも白く、ともすれば灰の色味を持つ。晴れ間は今少し遠く、むしろ暗雲の兆しこそ近い。そう、まるで今この場この時の様相で。

 囲炉裏の炭が小さく爆ぜた。

 

「要約すると、嘘を吐いたわけですね」

「いや、一から十まで真っ赤な嘘というわけではなくてな」

「う・そ・を、吐いたんですね?」

「言葉の綾と言えぬでも――――や、や、まっこと仰る通りで」

 

 俄かに膨れ上がった怒気が陽炎のように娘の背中から立ち昇った。

 慇懃無礼を自覚する身とはいえ、ここに戯言を放って命が足るとは思わぬ。

 めぐみんは瞑目し、鼻から大きく息を吸い込みそれは深く吐き出した。

 

「……ジンクロウ、私はなにも嘘を吐いたことに怒っているわけではないです。あの場で厳密な説明をするのが難しかったのは理解できます」

「へい、御配慮有り難く存じまさぁ」

「しかぁし」

 

 我ながらカズマにも負けず劣らぬ揉み手愛想笑いを、めぐみんは一睨みで蹴り払った。

 

「冬将軍が命を助けられた恩返しに家を訪ねてきた……ここまではいいでしょう。ここまでは」

「うむ、ならばどうか。その先も目こぼし下さるというのは」

「こぼしません」

 

 めぐみんは不意に、土間に向かって指を差した。

 

「あんな美女に姿を変える必要がありますか!? あ、あまつさえ一つ屋根の下二人で暮らすなんて……破廉恥です! 不潔です!」

 

 土間では女が二人、せっせと何かを拵えている。

 今日も今日とて白く潔らかな冬の乙女と、近頃はこの庵に滅法出入りの増えたウィズである。

 さても、娘の言い草はあまりにも潔癖……などとは、揶揄できまい。男女七歳にして席を同じうせずの故事が言い表すのは素朴な分別の尊さであって、清廉たれなどという御仕着せの文句ではないのだから。

 めぐみんの言は正しい。こちらには返す言葉もない。

 ないので。

 折に触れて寝泊りすることの多くなったウィズのことは、触れず、黙っていた方が為になるだろう。

 

「お茶が入りましたよ~」

 

 間延びしたウィズの声を背に受ける。けれど、先に盆を持って居間に上がったのは冬の娘。

 盆の上には湯気を立てる湯呑と、小皿が二つ。

 膳を使うほどのこともなかろうと、炉縁にそれぞれをそっと置く。皿には一つずつ赤みを帯びた黒い丸、おはぎが載っていた。

 今朝から煮炊いていた小豆はこれの為であったか。

 

「ジンクロウ、食べて」

「ん? おぉ、では有り難く頂こう。めぐ坊もほれ、冷めぬ内に」

「……しょうがないですね。ですがまだ話は終わっていませんから」

 

 ぷりぷりとしながらもめぐみんは素直に茣蓙に腰を下ろす。手を合わせ、己は素手で、めぐみんは行儀よく突き匙を使った。

 掌に収まるほどの大きさ、それをがぶりと半分ばかり齧り取る。存分に噛み締め味わうことしばし。その間、冬の娘の視線は己の顔を刺したまま片時も離れることはなかった。

 

「ん~ッ! おいっしいです! 優しい甘さの粒餡に包まれたもち米がまたもっちゃもっちゃと……んふふぅ~、こんなのいくらでも食べちゃいますよ!」

「うむ、確かに。こいつぁ旨めぇや」

「ホントか?」

「おうとも」

 

 決して移ろい豊かとは言えぬ娘子の表情(かお)にしかし、淡い不安と安堵が過るのを見た。

 

「おめぇさんが作ってくれたのか」

「うん、ウィズが教えてくれた。ウィズは上手だって言ってくれた。でも……ジンクロウ、喜んでくれるか分からなかった。だから……」

「ふふっ、そうかぃ。いや大したもんだ。上々だよ。いやいや上々のも一つ上と言ったところだ」

 

 最後の半分を口に放り、頻りに頷きながら味わう。

 

「うぅむ旨めぇ。やぁ旨かったぁ。こりゃあ初めてとはとても思えん! 結構な馳走であった。ありがとうよ」

「……うん」

 

 か細くそう応えると、途端、白い頬に薄紅が差す。なんとも愛らしい照れと恥じらいだった。

 ふと上目遣いに冬のは呟いた。

 

「じゃあ、ん」

「ん?」

「ん……撫でて」

 

 そう言って俯き、頭を寄せてくる。はらりと小滝のように娘の純白の髪が己の膝に垂れ落ちる。形の良い旋毛がこちらを向いていた。

 

「よしよし」

「……んふふっ」

 

 髪を洗うように梳かすと、喉を鳴らすように冬の子は笑った。絶世の、傾国の、そんな詞が相応しかろう麗しき見目に合わぬ幼さ。目を細めて喜ぶ様はまるきり平素の仔狐であった。

 それがまたなんとも愛いのだ。困ったことに。

 

「ぬぅ……ぬぅんぬぅんぬぅん!」

「ん? おや、こいつぁなんの鳴き声だー?」

「むぅ~!」

 

 素知らぬ風で言うと途端、冬の子とは反対の方からずずいと小さな頭がぶつかってきた。

 めぐみんはその頭をぐりぐりと己の肩口に擦り付けた。それでは足りぬとばかりに両の拳で、己の胸といわず背中といわずぽかぽか殴り付けてくる。

 

「くぅ案の定です! でれっでれじゃないですか! 人が見ている前で恥ずかしげもなくぅぬぐぐぐ!」

「痛ててっ、いやすまんすまん。こう素直に甘えられっちまうとつい、な?」

「これ、ダメか?」

 

 冬のはそう言って首を傾げた。

 

「ダメです!」

 

 そして間髪入れずめぐみんが否やを叩き付けた。

 

「駄目ではないとも。だがまあ、時と場を選ばんとあたたたっ、ふっふふ! このように、叱られちまうこともあるかもしれん。はははっ」

「笑い事じゃないです! あぁもぉ笑わないで! ぬぅー!!」

「あらあら」

 

 顔を赤くして怒るめぐみんの姿にウィズは微笑んだ。

 

「ふふふ、冬将軍さんにヤキモチ焼いちゃったんですねぇ。めぐみんさんったら可愛い」

「だ、だだ誰がヤキモチなんか!!」

 

 吠えかかるめぐみんを、慈愛の篭った目で迎えるウィズは実に聖母然としていた……その口元は粒餡で黒々と汚れていたが。

 出会った当初とは打って変わって、この(おなご)からは、ここのところ(とみ)に遠慮というものが失われたような気がする。

 いや食事を伴にするのは構わぬ。調理を任せているのだから摘み食いなど幾らでも結構。まあ、この細やかな行儀の悪さも愛嬌と思えば面白いか。

 

「ウィズよ。小豆は体に良いが、餡子ばかり食うておると太るぞ」

「ぐはっ……!?」

 

 まるで心の臓を抉られたかのような喘鳴を上げ、ウィズはその場に倒れ伏した。

 この様子からして、ほとんど一人で平らげたのだろう。健啖健啖。

 

「ジンクロウは時々びっくりするくらい無慈悲ですね……と、とにかく! 男女七歳にして同衾せずです! 適切な! 距離というものが! あるでしょう!」

「どーきん?」

「かかかっ! そりゃ男女で同衾は不味かろうな! て、痛て、いてぇいてぇ。いやいや仰る通り。ほんにほんに。だから、な? そろそろ堪忍しとくれぃめぐ坊」

「ジンクロウ、どーきんってなに?」

 

 肩だ背中だの叩かれるなら快いばかりであろうが、いい具合に肋骨や脇腹に拳骨が刺さる刺さる。

 傍らで素朴な疑問を呟く娘に曖昧な笑みだけ返す。誤魔化したところで、この精霊殿には何もかもお見通しなのだから。

 降参の体で両手を挙げる。するとようやくに、めぐみんは攻撃の手を緩めた。緩めただけであって相変わらずぽかぽかと殴られ続けてはいるが。

 

「……許して欲しいですか」

「おぉそりゃあ勿論。お頼み申す。これ、この通り」

「どーきん……」

 

 平身低頭に腰を折ると、遂に娘の手は止んだ。

 

「条件があります」

「へい、なんなりと」

「!」

 

 ふと顔を上げ娘子を見やると、そこには()()()()とした人の悪い笑みがあった。我が意を得たりというか、思惑成就せりというか。

 めぐみんは満を持して言った。

 

「ならばいざ征かん! 爆裂道中――――」

「どーきんって交尾のことだなジンクロウ」

 

 言って、手を打って冬の娘は深々得心して頷いた。

 

「オレと交尾しよう、ジンクロウ」

「…………」

 

 小首を傾げて、白銀の長い睫毛がぱちくりと上下する。

 紅い娘は赤熱して頭から蒸気を上げた。そうして五つほど拍を刻んだ頃。

 庵の外へ、林の其此処へ、娘の怒声が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 





キャラクターの可愛さを文章で伝えるのってくっそ難くね?(激遅自問)


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