この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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46話 嘘も方便と申しますれば

 ギルド酒場の長机を、常の顔ぶれに一人加えて囲む。ギルドまで同道していたダストは早々に塒へと引き上げていた。

 その面々が、皆一様に焼き立てのワッフルを食んでいるのが面白いというか異質というか。

 ギルドを訪れている他の冒険者やギルド職員の怖々とした視線を見るに放たれる気配が後者であることは疑いもない。

 食事をしているのだから口数がそちらへと割かれることは何ら不思議ではないが、この場に居合わせてそろそろ四半刻。この人数が無言を貫く様は、なるほど言い訳の余地もなく異様であろう。

 最初に口を開いたのは、やはりというか、機微に聡い少年であった。

 

「……えー、あー、なんなのこの空気」

「その原因について今からそこの下手人に尋問するところです」

 

 カズのおそるおそるといった問いに、さながら拷問(せめどい)役のようにめぐみんが応えを寄越した。

 そうして同時に二対の猫目から鋭い視線が突き刺さってくる。めぐみん、そして久方ぶりに顔を合わせた魔法使いの娘リーンから。

 卓に頬杖を突いたリーンの顔は、ワッフルを食べている最中も、平らげた後も、常にこちらを向いたままだ。然りながら常の快活な表情は鳴りを潜め、目は細められ口は真一文字に結び不満不機嫌も露わな。

 

「というかね。もう一人の下手人が見当たらないんですけど?」

「それです。一体何処に匿ったんですか。まずはそこから吐いてもらいますよジンクロウ」

 

 もう一人。それは言うまでもなく、かの冬の娘子のことであろう。

 白銀の髪、純白の着流しを纏った美しき女生は今もなお己の隣に……居らぬ。我らの後を尾けてきためぐみんらを悪戯に出し抜いた隙に、女は姿を眩ませた。というか己が眩ますよう冬のに言い含めた訳だが。

 では、かの冬の精霊殿が今どこに坐わすかと言えば――

 

「ところでジンクロウ。さっきから気になってたんすけど、その狐はどしたん」

「先夕、家を訪ねて来おってな。気が合うたので連れている」

「なんじゃそりゃ」

 

 青みを帯びた白の被毛。炎のように豊かに揺らめく尻尾。狗に連なる細っそりとした(おとがい)

 白狐(びゃっこ)に姿を変えて冬のは己の膝で丸くなっている。

 

「あんたの家動物ばっか増えてくなぁ……まともなのは少ないけど」

「お喋りな馬っころを除けりゃ皆可愛いもんだと思うがねぇ」

「ジンクロウ! 話を逸らさないでください!」

「そうだよジンクロウ! でも後でちょっと撫でさせて!」

「あっずるい! 私も! 私にも触らせてください!」

 

 この美麗な毛並みが極上の触り心地であることは一目で知れるというもの。当人が許すなら好きにすればいい。

 撫でるも擦るも構わぬ故、ついでにこの詰問刑をご勘弁願いたいのだが。

 

「それとこれとは話が別」

「です」

 

 この問屋は実に働き者であった。ぞんざいな卸しなど断じて許さぬと。

 

「だそうっすけどー、あんたまた何やらかしたんだよ」

「まったくだ。何をすればこんな責め苛むような好い、悦いぃ視線に晒されるのだ羨ましい」

「ジンクロー、ワッフルもう無いのー?」

「一人一個だよアクア嬢。いやぁ待て待て。やらかしたたぁ人聞きの悪ぃ。このシノギ・ジンクロウ、人倫(ひとのみち)に背くような悪因悪行を働いた覚えはとんとござらん。大御神と御仏に誓って潔白よ。なぁアクア嬢?」

「ワッフルくれないなら知ーらない」

「おいおい聞いたかカズ。神も仏もありゃしねぇ」

「そんなことは異世界(ここ)に着いたその瞬間から知ってたわ。女神? いねぇよんなもん」

「存在否定!? いるでしょ! ここ! ほら目の前に! 麗しくも清らかな! 水の? ほらみぃずぅのぉ?」

「はいはーい水芸の神ね。解ってる分かってる」

「ちっがうわよ!?」

 

 その時、木製(きづくり)の卓面が強かに叩かれた。

 

「誤魔化さないでよ!!」

「誤魔化さないでください!!」

「ヒェッ」

「うひゃあ!? ごめんなさい女神とか調子乗りましたぁ! だからめぐみんもリーンも怒らないでよぉ!」

「くふぅ↑ 理不尽な怒声とはやはり堪らないなっ……!」

 

 己の代わりに何故かカズマとアクアが震え上がり、ダクネスは興奮に身震いした。いざや勢い付かんとした娘ら二人が途端に微妙な顔をする。

 この徒党の調子っぱずれは今に始まったことではないが、ほんに毒気を溜め難いことこの上もない。

 気の取り直しと、めぐみんが咳払いを一つ吐く。

 

「単刀直入に聞きます。あの人はジンクロウの何なんですか?」

「それ」

 

 便乗する形でリーンが頷く。

 

「私もアクセルに居着いて長いけど、あんな目立つ人今まで見たことないよ。昔からの知り合い? 最近この街に来たの? 友達……な訳ないよね。こ、恋人……? それともまさかお妾!?」

「本妻が居らんに妾も何も無かろう」

「ま、まあ、それもそっか……」

「じゃあなんなんですか!? ただの知り合いならあんな、あ、あんな気安く触っ、身を寄せ合うようなこと……」

「なんだよまぁた女性関係ですかー。ウィズに続いてまぁた……ジンクロウさんは大っ層おモテになられますねぇ~~~!!」

「かかかっ、おいおいそんなに褒めるなぃ。照れっちまう」

「褒めてねぇよ!?」

 

 カズマの嫌味と戯れ合っている間も、娘子ら二人の視線は依然変わりなくつんつんと両頬を突く。

 あたかも悋気の火を燃やすようにも見える様。しかし、その火勢はむしろ、内に宿る不安げな色を押し隠す為のものに思えてならなかった。幼子どうこうと他人を扱えた身分ではない。己自身がリーンを頑是無いと、めぐみんを童のようだと、そう口にしておきながら、要らぬ憂慮を与えたでは世話はない。様もない。

 

「いや、すまん。きちんと話を通しておればよかったな。報せを怠った己の手落ちよ。めぐ坊には、こりゃ二度目になるか。誠、申し訳ない」

 

 面を伏せて詫び言を添える。

 

「い、いえ……この前のことはもう……」

「……私が帰ってきたのは今日も今日だし、事前に連絡しろとか……流石にそこまで無茶なこと言わないよ……ぶっちゃけ、そんなことしてもらう義理も、ないし……むぅ」

 

 めぐみんはしゅんと肩を落とした。以前の筆不精に関しては徹頭徹尾己に非があろうに、むしろ気を沈ませてしまったか。

 リーンはリーンで何やら膨れっ面を作り拗ねている。また別口の由縁であるらしい。

 

「つまりあれか? ジンクロウがまた知らない女の子侍らせてたからそれが誰か問い質そうとしてる、と」

「へー、私達の知らない人なの? カズマとは比べ物にならないプレイボーイっぷりねー。ねぇどんな気持ちカズマ? 同じ転生者として今どんな気持ち?」

「うるっさいわ下衆の女神ぃ! ああはいはいはい羨ましいわ畜生めぇ!! 今度ナンパのコツおせぇてジンクロウ先生!!」

「ジンクロウ、お前がそこらの軟派な輩と同じだとは思わんが、何事にも限度というものがある……めぐみんを不安がらせるなら、私の性癖を一旦置いてこの拳を振るうに吝かではないぞ」

「おぉ……ダクネスが、あのダクネスが性癖を置くとか言ってます」

「明日は槍が降るな。そしてそこに変態が一人跳び込むんだろうな」

「ダクネス大丈夫? 熱があるならピュリフィケーションかけたげよっか?」

「んなっ酷いぞ皆!?」

「日頃の行いだなぁダー公。善因善果、悪因悪果、因果に応報、これ世の法理とくら。いやこの世はまっことよく出来ておる。はっはっはっはっは」

「笑いごとじゃないぞジンクロウ!? そしてお前が笑っていいことでもないぞジンクロウ!?」

「かかっ、いやすまんすまん」

 

 さても言い訳を考えねばなるまい。相手方が納得出来る、それもう出来の良い言い訳を。

 

「あれは、()()友人の娘御でな。訳あって家で預かることとなった」

「友達の、娘さん、ですか……?」

「……ふーん」

 

 捻り出したその応えに、けれど娘らはやはり納得が行かぬ様子。それもその筈、一度着いた血気の火を鎮めるには些か理合いが不足であろう。

 ならば、と。

 目を伏せ、声音を落とす。

 

父親(てておや)は居らず、母御の大手一つで育てられたそうだが……近く、(おこり)を患われてな。そのまま、だ……」

「あっ……そう、なんですか……」

「ご、ごめんジンクロウ! 私達……」

「いやいや、お前さん達が気に病む必要はない。天命、否、自然(じねん)のことよ……誰にもどうにもできはせん」

 

 首を左右して、瞑目する。

 重い沈黙が卓上を席巻した。

 その重苦しさをしかし、恐れず口を開いたのはダクネスだった。

 

「……お悔みを申し上げる。顔も知らない、一騎士に過ぎぬ身だが」

「代わって、頂戴致す」

 

 両手を握り合わせ、ダクネスはその場で祈りを上げた。

 それを一礼を以て拝する。

 すると、他の面々もおずおずとダクネスに倣い手を合わせた。子供らの心根の優しさが今再び感じ入られようというもの。

 

「そうした所以でな。あの娘は家の住人と相成った。流石に、母御の代わりなど務まるまいが……」

 

 ふと目をやれば、膝上から赤い目がこちらを見上げている。次の己の言葉を待っている。静かな目が。

 

「父親の真似事くらいは、努めてみようかと思う。とりあえずは、それで勘弁しとくれ。な?」

「? ジンクロウ?」

「あぁいやいや、こっちのことだ。かかっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、おぉ……ふ、ふわっふわ、ふわふわです」

「か、可愛いっ」

「う、うちのちょむすけだって負けてません! しかしこのモフモフは……反則ですっ」

 

 御白洲の取り調べも無事終えて、娘子らは約束の通り、白狐の豊かな被毛を思う存分指先で(くしけず)っている。

 

「へ、へぇ~、た、確かにまあまあのモフモフ具合ね。ちょっと私にも触らせ……」

『ガウッッ』

「ヒェッッッッ……!!? すみませんもうしませんお許しくださいお見逃しくださいごめんなさいぃぃぃ」

「もう、アクアは。乱暴にしようとするからですよ……というかなんで土下座までしてるんですか」

「はっ!? な、なんでかしら。体と本能が勝手に全服従のポーズを取れと囁いて……?」

「あははは、随分と大袈裟だなアクア」

「???」

 

 机一つを向かいに、卓に肘を預けながらそんな光景に微笑む。

 ふと、隣に座る少年が、じと、とこちらを睨んでいた。

 

「なんだぃカズ。何か言いたそうだな」

「まあ、二つくらい?」

「遠慮すんな。言ってみな」

「じゃ一つ目。さっきの話、どこまで本当なんだよ」

 

 こちらを見ず、今度は狐を見詰めながらに少年は言った。

 

「そらぁ無論のこと。一から十まで全部だとも。ああ、だが友人ってなぁちと言い過ぎたかもしれん。なんせ親御が『山』とあっては、どうしたとて己の正しく岡惚れ、もとい片思いにしかならんのよ」

「…………瘧がどうこうっていうのは?」

「今の冬山は雪と()()に覆われておる。春が来るまでそのままであろうな」

「………………」

 

 少年は、それはそれは大きな、それはそれは深い溜息を落とした。

 

「いやさあ、ちょっと予想はしてたよ? タイミング的にも。鶴の恩返し的な展開は」

「気が合うな、カズ」

「だからってこれはさー。ちょっと安易? っていうかー。ヒロインの供給過多っていうかー。設定の盛り過ぎで読者が半笑いするやつっていうかー」

 

 椅子の背にぐったりともたれ掛かり、少年は天井を仰ぎながら滔々とぼやいた。

 どういう意味やら一分と解らんが、何やら根深い諸々を窺える。

 少年はこっそりと、机の陰から指を差し、声を潜めて問うた。

 

「……冬将軍?」

「冬将軍」

 

 鸚鵡返しが、しかしこれ以上なく簡便に意図は通じたろう。

 そんな聡い少年と今一度、苦笑を突き合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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