この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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44話 看板裏から熱い視線が突き刺さる

 馬車に揺られること三日。正門を潜って中央通りを歩く。寒さも一段と厳しさを増していく日々で、珍しく麗らかに晴れた今日は比較的肌暖かである。

 

「あぁ~……すっごい眠い!」

 

 目蓋が重い。木板を打ち付けただけの固い座席には体の節々を痛め付けられた。

 長旅に疲れた体には、この日和は逆に堪える。

 こうしてアクセルの石畳を踏むのも実に二週間ぶり。

 

「ったくあの御者。ヘボい腕しやがって。お陰で体中くっそ痛ぇ。こんなことならやっぱもっと値切っとくんだったぜ」

「誰が手綱握ろうが道の良し悪しは変わらねぇだろ」

「それに、そもそもお前が王都近くまで遠征しよう、なんて言い出したのが原因だろう」

 

 ダストのいつも通りのチンピラ染みた、というかチンピラの難癖そのもののぼやきを、キースが皮肉り、テイラーが苦言を吐く。

 

 二週間以上前に遡る。

 アクセル近郊にある廃城を魔王軍の幹部が乗っ取ったとかで、その魔力に当てられたモンスターが軒並み逃げ隠れてしまった。モンスター討伐を主な収入源にしている冒険者にとって、これが痛手でない筈もなく。これから冬備えもしなければならない中、狩場を他の街に求めて遠出を図るパーティもいた。

 そして自分達もまたその御多分に漏れず、討伐の遠征を行った訳だが。

 

「なにも王都周辺とか拘ることなかったじゃん。アクセルの廃城から遠ざかるだけでよかったのに」

「バッカおめぇ、前線近くの方が稼ぎがいいだろが」

「単価はな。けど、移動費と現地での宿泊費なんかで、結局収支はとんとんって感じだったぞ」

「ダストは単に借金取りから逃げたかっただけだろ。酒場と武器屋のツケと宿代と、ああそれと覗きと恐喝なんかの罰金刑と」

「逃げてた訳じゃねぇよ。ほとぼりが冷めるのを待ってただけだ」

「「「同じだよ」」」

 

 このロクデナシっぷりに呆れるのも疲れた。慣れた、と言ってしまうのはなんだか気持ち的に負けたような感じがムカつくので言わない。

 私達三人からのツッコミを気にも留めず、ダストはにやりと歯を見せて笑った。

 

「抜かりはねぇ。当てはある」

「当てぇ?」

「ああそうだ。俺には一人金持ちのトモダチがいるんだよ」

「……ちょっと、それまさか」

「じゃあちょっくらジンクロウくんのところ行ってきまーす!」

「待たんかい(ダスト)

 

 走りだそうとするダストの首根っこを両手で捕まえ、引き戻す。カエルが絞め殺されたような声を出しながらダストは急停止した。

 

「なにすんだリーン!」

()()()だよバカ! 金の無心なんてみっともないことしないでよ! それもよりによってジンクロウになんて!」

「あぁ!? いいだろがちょっとくらい! なんせあの野郎は魔王軍幹部の首を獲ったんだぞ!?」

「まあデュラハンだから、元から首は取れてたらしいがな……」

 

 その噂は、自分達の遠征先まで轟いていた。

 突如として魔王軍の幹部がアクセルの街を襲った。『首無し騎士のベルディア』、『斬り込み隊長』、『死の宣告者』、『ちぃと殺し』……最後のは意味がよく解らないが、ともかく、数々の異名、渾名で冒険者達に恐れらていたそのデュラハンが、なんとたった一人の剣士に打ち倒されたという。

 噂の剣士の名は、シノギ・ジンクロウ。

 

「……ふふ」

 

 同じパーティですらない、ただの冒険者仲間だけど。それでも何故だか誇らしい。

 強い人なのだということは知っていた。でもまさか、ここまでなんて。

 驚きと嬉しさに、自然と笑みが零れてしまう。

 

「あたちぃジンクロウさまに惚れ直しちゃいまちたぁ、ってか? ペッッ!」

「っ!? そ、そんなんじゃないし! ただ、し、知らない仲でもないから、純粋に凄いなって思うだけで……ほ、ほほ、惚れ、惚れ直すって、それじゃあ私がジンクロウのことす、好、好き、みたいに……!」

「待ってろ三億エリスくん! 今、会いに行きま――ぐえ」

 

 木杖の先端、鉤のような歪曲で走り出そうとするダストの首を捕え、引き倒す。潰れたカエルのような呻きを上げて、ダストが仰向けにひっくり返る。

 

「な、なあ。リーンのやつ、また一段と杖術に磨きが掛かってないか……?」

「男の影響だろうぜ男の。女は男の趣味で180度変わるからな」

「いろいろ教えてくれやがったからな、ジンクロウめ」

「ま、うちのパーティ的には凶暴な前衛が増えて心づよ」

「あ゛ぁ?」

「「なんでもないっす」」

 

 杖を回転させ、その遠心力で風を裂く。鋭い音色は男共のひそひそ声を消し飛ばすには十分だった。

 鼻から吐息して、咄嗟の動きで乱れてしまった髪を整える。そして、その手触りに顔を顰めた。

 

「……傷んでるなぁ、やっぱり」

 

 帰りの道中は当然ながら野宿だった。碌に手入れも出来ず、精々が沢の水で流すくらい。それは身体も同じことで。

 貴重な薪を使って沐浴だって(比較的)頻繁にやった。この服も、アクセルに到着する直前に着替えたものだ。

 それでも、やっぱり、心許ない。ダストではないが、真っ先に会いに行きたいのは自分だって同じなのだ。

 

「……まずはお風呂済ませなきゃ。やっぱり着替えよう。宿に取りに行かないと。あぁ今日って理容院開いてるかな……」

 

 あの人に会う。ジンクロウに、会える。たったの二週間なのに、随分長いこと会っていないような気分だ。

 そわそわする。全身にゆるく緊張感が伝っていく。心臓の鼓動が少し、強くなる。

 早く会いたい。会って、顔を見て、声を聞きたい。

 

「あぁもう……!」

 

 これじゃあ本当にバカダストの言う通りの、恋する小娘って感じだ。

 熱くなる頬に冷えた手を当てても、その熱は少しも引いてくれない。すぐに頭を振る。

 やることがたくさんあるんだから。早く帰って準備を……。

 

「お? あれジンクロウじゃん」

「へっ!?」

 

 いつの間にか回復してのっそり起き上がったダストが呟く。

 視線を追った先、大通りに所狭しと並ぶ露店の一つ、その前に佇む背の高い人影(シルエット)。牛皮のジャケット、黒いズボン、そして腰帯に差した細身のサーベル(あの人はカタナって呼んでたっけ)。

 噂をすれば影、ジンクロウがそこにいた。

 緊張と羞恥心が消し飛んで、ただ子供みたいな喜びが湧きあがった。

 

「ジ」

 

 思わず手を振って、名前を呼ぼうとして――――発しかけた声が喉奥で詰まる。

 ジンクロウの、彼の傍にいたもう一人の影。

 白い、人。

 純白の、見たこともない異国風の装い。そして、陽の光の中でさえ青みを帯びた白銀の髪。

 

「あぁ? んだよ、女連れかよ……ってなんだあの美人!? 野郎、あんな上玉侍らせやがって……! よぉし絡んでやる。そしてあることないこと吹き込んで台無しにしてや……ぶべっ!?」

 

 ロクデナシがロクでもないことを口走っているところに、その腹へ杖を突き入れてすぐ近くの路地へ叩き込む。

 キースとテイラーも同じようにやろうとしたら、二人は既にそそくさと逃げていた。

 まあいい。とにかく自分もまた、路地の影へと身を隠す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしたものか。

 昨夜、酒盛り終えて就寝し、起床してからこうして街を出歩いている今まで、その一言を延々と繰り返している。

 大通りに出て、露店を物色するふりをしながら、ギルドまでの道行きを長引かせる。時間を欲した。解法とは言わん。上手い言い訳を思い付くまで、今暫し。

 

「ジンクロウ、どうした?」

「んー?」

 

 上の空で心中に埋没していると、肩にそっと触れられる。白魚を思わせるしなやかな手。爪の先に至るまで見事な造形美を誇る女生は、その美しい顔容を心配そうに翳らせた。

 

「何か、悩み事か?」

「そうさな。悩みといえば悩みどころよ」

 

 問いに対して何ら具体を示さぬ応えに、しかし女は得心する。

 

「オレのことか」

「ん、まあな」

 

 頭の中を覗き見られるというのは、初めこそそれはもう困惑した。が、こうした意思の高伝達速度を目の当たりにすると、むしろ便利に思えてくるのだから現金な話だ。

 とはいえ、悩みの種扱いされるのが愉快である筈もない。どころか気に病みやしないかと一瞬案じたが。

 

「ふふふ……オレのこと、考えてる。濃く、深く、強く。ジンクロウの中、オレでいっぱい……ふふふっ」

「……お前さん、見てくれもそうだが、気性の方がえらく変わっちゃいねぇか?」

 

 無邪気であるのに、その笑みはひどく妖しげで……あまりに艶やかだ。

 野太刀を用いて巧みに介者剣術を振るっていたあの武者と同一の者とは到底思えぬ。

 そう、あの冬将軍と呼ばれた鎧武者が、控えめに言って絶世の美女に化け、こうして己の隣を歩いている。

 頭を抱えたくなる冗談だ。冗談のような、けれど現実であった。

 

「己の想像だか妄想だかが、お前さんをそのように変えたのか」

「そうじゃない。オレは雪の兄弟達を守る為にしか人間の心は見ない。確かに、人間の心は、精霊には“色”が強すぎる。だからあまり見過ぎると容と霊質そのものが狂う。でも」

 

 また、笑み。しかし、今度浮かべたそれは、どこか幼かった。色事など無論のこと知らぬ童の貌。それはむしろ、太刀を手にして挑みかかってきたあの武者をこそ思い出させた。

 なるほど間違いない。舌の根も乾かぬ内に撤回しよう。(これ)武者(あれ)は同一の存在であった。

 

「ジンクロウの心はとても静かだ。まるでオレの故郷の、あの冬の御山のよう。雪の白と木立の影。音も色も無い。静謐の世界……」

「そらまあ、歳相応に枯れちゃいるだろうが。かかっ、褒められてる気はしねぇな」

 

 冬山に例えられる精神性とは、人としてどうなのやら。

 女は首を左右する。頭の挙動に随って繊細なその白髪が流麗に宙を泳いだ。

 

「冷徹。冬の御山は何もかも差別しない。弱いモノも強いモノも、命は、最期に御山に還る。でも、弱いモノも、強いモノも、恵み、守り、育ててくれる。雪の下、土の中、その一等奥に、優しさがある」

 

 ふと、女の足が止まる。振袖の袖口で口元を隠し、その下で微笑する。笑みに蕩ける眼が己を見詰める。

 

「厳しくて、優しい。御山のようなジンクロウが――オレは好きだ。好きだから、()()なった。()()なれた」

「……」

 

 刹那、通りを流れる喧噪が遠ざかり……再び戻る。

 虚を衝かれるとはこのことか。どんな面をすればいいやら解らん。

 こうも真っ直ぐ、そして不純のない好意は、過去に見聞きしたことがない。色恋とも違う、親愛の情。

 笑止。振り返るべき過去を都合よく忘却した蒙昧漢が何を抜かす。何を。

 ――――いや、一度はあるか。

 色も恋もまだ知らず、ただ純粋な情を掛けてくれた。紅い少女が、それを与えてくれたような気がする。

 

「……オレ以外の、色……紅い……子供……?」

「また何ぞ見えたかぃ」

「うん…………()()、ジンクロウの大事なもの?」

「かもしれんな」

 

 答えると、女はまた何か考え込む素振りを見せた。

 通行人が訝しげにこちらを盗み見、そして行き過ぎる。それを十ほど繰り返した時、雪化粧の如き白い顔が、そこに埋まった赤い目が己に向かう。

 

「オレがその子供に成れば、ジンクロウは嬉しいか?」

「やめろ。そんなこたぁ間違っても頼みゃしねぇ。もし悪戯にそんな真似をしようもんなら、家から追ん出すぜ」

 

 正面に赤い眼を見据え、噛んで含めるように言い置く。

 女は目を見開き、そうして俯いた。

 

「……わかった。しない」

「おう」

「…………ごめんなさい」

「わかったんならいいさ。やはりお前さんは純で、物分かりもいい」

 

 肩を竦めて、心なしか小さくなった女。その俯いた白い頭を撫でる。まるで新雪のように精緻な手触りだった。

 

「オレの容、これでいいのか」

「ん? 器量の良し悪しを聞いてんのかぃ? おいおいその容姿(なり)でまだ足りねぇってのか」

「……」

「ふむ、自分では分からんのか」

「うん、人間の想像を見()()()力は強くなる。けど、容の出来栄えは精霊の能力次第……」

 

 不安気な瞳が己を見上げる。

 何を求められているかは即座に察した。歯の浮くような文言を。

 溜息一つで腹を括る。

 

「ああ、目の醒めるような別嬪だぜ。どんな男もお前さんのような(おなご)を放ってはおくまい」

「ジンクロウも……?」

「眼福にゃ違ぇねぇが」

 

 現に、この美人を振り返る男共の鼻の下の伸び切っただらしねぇ顔が其処彼処に見て取れる。

 しかし、勘違いされては困る。

 

「俺ぁお前さんの面を家に招いた覚えはねぇぞ。()()

「!」

 

 冬将軍、武者、狐、狸に、美女、そしてその他諸々……姿形も自在なる雪の精霊を見やる。

 さてどう受け取ったやら。白い女は一瞬、意表を衝かれたとばかり固まる。

 ぽけ、と視線が中空を彷徨う。焦点が合わさり、それが己を捉えた時、白い頬にさっと朱が差した。

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてやりとりを路地の看板の裏から見て聞いた。

 いや、内容の半分も理解はしてないけど。半分でたくさんだった。

 

「…………」

「けっ、イチャつきやがってあの野郎。いったい何処であんな美人引っ掛けて来やがったんだぁ?」

「………………」

「魔王軍の幹部倒したからって調子乗ってんじゃあねぇのか。へっ、さっすが英雄様は羽振りも()()()も御盛んでいらっしゃる。二ヒヒヒヒ」

「……………………」

「……あのー、リーン? リーンさんよ? そろそろなんかリアクションを寄越せ。その殺し屋みたいな目やめろ。怖ぇから。頼むから。お願いだから。ねぇ聞いてる? ちょっと」

 

 杖を取り出す。

 

「なにする気? ねぇったら。流石にダストさんも殺しの手伝いはやーよ? あ、ボクちょっと用事思い出したわ! 先、宿に帰ってるからよ。お前もまあその、程ほどにな? じゃ、そういうこと――――うおっと!?」

「?」

 

 とりあえず炎熱系の呪文を備えつつ、看板裏から飛び出そうとした矢先。背後でダストが声を上げる。

 まずこっちを静かにさせよう。そう思い、振り返ると、そこには。

 紅いワンピースに革ベルト、そして黒のマントを羽織った小さな少女が立っていた。

 尖がり帽子の下から、紅く燃える瞳が覗く。

 

「さて、どういうことでしょうかね」

「それはこっちが聞きたいかな」

 

 燃える瞳とは裏腹な冷えた声に、こちらも無機質に応える。

 めぐみんは気分を害する様子もなく、そのまま私と同じように看板裏に張り付いた。

 

「では一先ず様子見ということで」

「異議なし」

「……帰っていい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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