この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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※注意※

今話中に、原作キャラに対する著しい改変、魔改造描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。






これはTS案件なのだろうか……




43話 短ぇ独り身だったな

 

 

 縁側では冷えるかとも思われたが、風も凪ぎ雪雲も散った今時分、この季節外れの月見がなかなかに乙なもの。なにより、今宵の客人は寒さには滅法強いときた。強いどころか、その権化といった方が正しいのだろうが。

 冬将軍と呼ばれる雪精の頭目は、武者鎧姿でどっかりと縁框に腰を下ろした。

 その隣に同じく胡座を掻く。

 

「で、己に会いに来たと申したか。冬山から遠路遥々」

『……』

 

 こっくりと鬼の面頬が頷く。

 挙動の素直さに妙な愛嬌のある奴だ。

 

「先刻の意趣返しにでも参ったか」

 

 まずあり得るとすればこの辺り。

 武者を標榜せし(もののふ)が剣を以て敗北を喫した。(いさぎ)くその結果を呑み、勝者の手にその命運を明け渡すは武人の作法であろう。事実この武者は一度、自らその首級を己に委ねた。

 ……いや、あるいは。

 なるほど、その覚悟を己は撥ね付けた格好になる訳か。

 武士の情けなど勝者の傲りに他なるまい。それを耐え難い恥辱と取るは何一つ不思議もない。そうとも、武人であればこそ。

 

「今一度刃を交えるが望みとあらば、尋常に御相手致そう。とはいえ、(それがし)とてまた常在戦場の気組足りぬ未熟者。この侘び住まいで事を起こすのは少々障りがあるものでな。場所柄を変えたく……」

『……チガう』

「?」

 

 厳めしい鬼面が左右する。

 再戦の申し出ではないと言う。

 不意に、武者はその胸甲の下に手を入れた。

 

「っ!」

「ウィズ」

 

 途端に背後で膨れ上がった警戒心と戦気。敷居の内で控えていたウィズを視線で諌める。

 その様を周章狼狽とは言うまい。鉄火場を潜ってきた者の逃れ得ぬ性、当然の備えだ。むしろ悠長に座したまま相手の出方を待ち受ける己こそ異常。暢気な阿呆に相違ない。

 程なく、懐から表れ出た手には何かが握られていた。

 掌に収まる青緑色の小さな石。鉱石のようだ。それも、岩奥から直接抉り出したかのように武骨な、原石である。

 

「なんだそりゃ」

「そ、それは!?」

 

 一声、裏返った叫びをウィズが上げる。武者の取り出した石を食い入るように見詰め、わなわなと震える両手を出しては引っ込めてを繰り返す。

 

「知っておるのか店主」

 

 何故かそう聞かねばならん気がした。

 

「そ、それは、おそらくマナタイトです。それも超高純度の。いえ、それだけじゃない……この魔力は、もしかして……」

『玄武』

「っ!? ま、まさか、あの宝島の!?」

「??」

 

 ほんの一言で両者は疎通していた。無知な男を一人置き去りに。

 そんな物分かりの悪い男を見て取り、ウィズは丁寧に説明を呉れた。

 曰く、玄武という名の亀の習性だと。神獣とまで崇められる巨大なその亀は、平素は地中深くで寝起きし鉱物を主食としている。そうして取り込んだ鉱物は体内で凝縮され、長い年月を掛け背中の甲羅から地層状に表出する。正しく、その身に金銀宝珠を背負う山の如き様から、冒険者からは宝島の俗称で親しまれているとか。

 

「なるほど。で、そいつぁその大亀から採った鉱石という訳だ」

「ただの宝石なんかじゃありません! これ、玄武のマナタイトですよ!」

「まなたいと、ってなぁなんだぃ?」

「…………そこからですか」

「かっははは、いやいや世間知らずまっこと面目ない」

 

 勢い前のめりに目を輝かせていたウィズの肩が落ちる。

 

「マナタイトは魔力を宿した宝珠のことです。基本的にマナタイトの自然物はレイライン、えぇと、魔力が集中しやすい土地に位置する鉱脈から主に採掘されます。でも稀に、体内でマナタイトを精製するモンスターもいて。神獣・玄武はその筆頭で、取り込んだ稀少鉱物と自身の生命魔力を合成して超高純度、超高密度のマナタイトを造り出すんです! これはその原石! 甲羅の中心部、それも普段は他の鉱石や鉱石モドキに覆われて掘り返せないくらい深い位置にしか出ない超稀少鉱石なんですよ!」

「ほー」

「ほーって!? この大きさでも五千万エリスは下りませんよ!? いえっ、カットすればもっともっと価値は上がります!」

「はっ、そらまた」

 

 御大層な、とは口には出さず置く。どうも近頃同じ感想ばかり吐いている気がする。

 五千万ときたか。妖刀を五つばかり買って釣りがくると思えば、なるほど……御免被る。

 差し出されたままの碧の石。仄かに光を発しているようだ。めぐみんの放つ暴力的な爆焔とは正反対に穏当な。

 

「こいつを、俺に寄越すってのか?」

 

 また、鬼面がこっくりと頷く。

 

『オマエはオレを斬らなかった。殺さなかった。その見返りに、これをヤル』

 

 見返り。命を奪らなんだ敵に、その礼をしに来たと。

 理屈としては誤解の余地もない。この武者の純な有り様を思えば、こうした行為も実のところ予想はしていた。

 暫時、眼下のそれを見詰めて。

 

「要らん。仕舞いな」

「えええええええええ!? ななな、なんでですか!?」

「お前さんがびっくらこいてどうする」

 

 仰天するまでに驚き慌てるウィズがなにやら面白い。

 

「だ、だってこれがあれば大金が自由に使えるんですよ!? 担保としての価値は十分どころの騒ぎじゃないです! 融資受け放題です! あんな商品やこんな商品まで買い付け放題、店頭にずらっと並べ放題……ですよ!?」

「ぷっ、くくく、いやはやウィズよ。お前さんも可愛い顔してなかなか俗な(おなご)よな」

「はぅあ!? しゅみません……」

 

 恥ずかしげに赤く染まった顔で、ウィズはしゅんと肩を落とした。そのまま両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせる。

 金子そのものではなく商いの品に夢を馳せるあたり、この娘の商魂とやらには疑いもないが。如何せん成功の兆しは微塵とて見えなかった。

 

『……石では、ダメか?』

 

 武者は首を傾げ、至極神妙に問うてくる。

 剛健な見た目に反した仕草はやはり可笑しみを誘う。

 

「いんや? 別に品にケチを付けてるんじゃあねぇさ。大層御立派な(ぎょく)の土産と存ずる。しかしだ。己がそれを貰い受ける筋合いは、無い。なぁ? ウィズ」

「それって……」

 

 筋、道、理。当てる字は何だろうと構わぬ。ただ、それらが満足に通らぬまま恩だの礼だのと気負われては堪らない。老骨で立てた(しがらみ)に若人を縛るなど考えるだに(おぞ)ましかろう。

 ウィズは俯くばかりで、頷いてはくれなかったが。

 

「お前さんを斬らなんだのは、単にその剣腕に興が湧いたからよ。間違っても仏心なんてもんが湧き出たからじゃあねぇ。それに忘れたか? 己も、我が徒党の面々も、お前さんの同胞を殺した。そうすることで得られる報酬を目当てにな」

『……』

「重ねて言うが、礼なぞされる筋合いはねぇ。どころか、仇として憎み恨まれるが必然。この事実を如何にする?」

 

 武者を見据える。応えを待つ。

 この傲岸不遜なる男にもはや礼節など無用。そう示す。そう促す。今やその真意か、あるいは真剣を晒す権利が目の前の武者には生まれたのだと。

 

「如何に」

 

 重ねて問う。

 仇討ちならば刃にて応ず。これもまた武の鬼道なれば……。

 

『精霊は死なナイ』

「なに……?」

『雪精は現世に降りる時、雪の“(かたち)”を成す。もし刃や火で散り、溶けたとしても、崩れるのは“容”。命ではナイ。お前達が“容”を崩した雪精は山に還った。季節が巡り、冬になれば、また“容”を作れる』

 

 ずずいと宝珠を突き出して、鬼面が大きく頷く。

 

『オマエは仇ではナイ。オマエはオレの恩人ダ』

「…………」

 

 至って大真面目に武者は言った。まるでこちらを安心させようと懸命な様で。

 それが、なんともはや。

 

「くっ、ふふ、ははははは! そうかそうか! はははははっ!」

「ジ、ジンクロウさん……?」

「いやぁ恥ずかしい! とんだ早とちりよ。頓珍漢なことを滔々語っちまった。ははっ、参った参った。おぉ顔が熱い熱い」

 

 手でこの間抜け面を扇ぎながら、笑う。笑う他ない。うっかり悲愴ぶって素っ頓狂を演じてしまったのだから。

 相手方はしっかり筋を通してここに居られる。それを即座に理解できなんだ己の手落ちだった。

 

「相分かった。御手前の御配慮、有り難く頂戴致す」

『ソウか』

「拝領……とまあ、宣っておいてなんだが」

『?』

 

 この期に及んで二言を垂れる不躾を承知で、案を一つ。

 

「その鈺、あの小僧にやってはくれぬか」

『小僧?』

「ああ、何を隠そうその小僧っ子こそ我が徒党の御頭様でな。お前さんの助命も、頭のカズが認め、徒党の面子を説き伏せてくれたからこそ叶ったのだ」

 

 まあ説き伏せたと言えなくもない。駄々を捏ねるアクアを無慈悲に捻じ伏せられるのもカズマの度量というもの。

 己一身の独断……独善を、溜息一つで許してしまうのだから。返す返す珍奇なガキで、大きな男だ。

 武者は暫時、考え込むような素振りを見せ、掌の石と己を交互に見た。そして、結局はずいと石を差し出した。

 

『……オマエがそう望むなら、好きにするとイイ』

(かたじけ)い」

 

 向き直り、一礼して受け取る。見た目以上に重く、そしてぼんやりと暖かな石だった。

 果たして子供らは喜ぶだろうか。

 

『……オマエはいいのか』

「うん? ははっ、金には常々困っちゃいるがな。幸い食うには困らず済んでおる。あぁ、そこな店主は万年螻蛄(おけら)の困った娘だ。あまり高価な物を見せてやるな。目に毒だ」

「酷い!?」

『わかった』

「えぇ!? そ、そんなぁ……ちょ、ちょっとだけ、ほんの一欠片だけでも融通していただけませんか!? 次の商品はきっとバカ売れ間違いなしですから! ねぇ!?」

 

 縋るようなウィズの視線も意に介さず、武者は何やら考え込んでいる。

 曰く、不満足とでも言いたげな態度だった。

 

「なんだなんだ。まだ納得いかねぇってのか」

『……』

「はっ、ここいらの連中はどいつもこいつも律義だねぇ」

 

 己が如き粗忽者こそ見習うべきかもしれん。

 気が向いたらば、だが。

 

「ならば晩飯でも食っていけ。ウィズ、すまぬが膳は三客用意してくれるか」

「え? あ、はい。ふふ、勿論です」

『?』

 

 何のことやら分らぬとばかり、武者の兜に疑問符が生える。

 

「一杯付き合え。そいつでチャラだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出会い頭のありゃあ面食らったぜ」

『? 何のことダ』

 

 斟酌もこれでどれほど往復したことか。

 なみなみ満ちていた酒瓶の中身が心許なくなる程度に呑み交わした頃。

 叢雲から顔を出した月を見て、不意にそんなことを思い出す。

 

「狐だよ、狐。玄関開けた先で狐が行儀よくお座りしてるかと思やぁ、びゅん! と寒風一吹きでその武者振りだ。己も吃驚こいたが、ウィズなど肝潰しておったぞ」

 

 酒肴を粗方平らげてしまったことに気付いたウィズは、土間でまた何かを拵えている。気を利かせたというよりは、自分の口寂しさを紛らわせたいのだろう。遠慮がちに見えて存外ちゃっかりしているのだ、あの女は。

 

「狐狸に化かされるってなぁよく聞くが、狐に成って化かしに来るたぁ驚いたぜ」

『オマエが教えた』

「あん?」

 

 武者は言うや、手を面前に掲げる。人差し指と小指を立て、他の中指、薬指、そして親指は中央で合わせる。

 それは手で表すところの、狐の象形だった。

 それを己が教えたと。そんな覚えは……いや。そうだ。冬山でこの武者と太刀打ちに臨まんとしたあの時。

 

「めぐ坊にやったあれか。おぉ? あれを見て狐に化けたというのか。それにしちゃ随分見事な化けっぷりだったな。どこからどう見ても白狐そのもので……」

 

 言い終わるを待たず、突如として風が逆巻いた。縁框の傍らで氷雪が渦となって舞い回り、程なく止んだ。

 そしてそこには、柔らかな青白い被毛をした一匹の狐が座っている。

 

「おぉ、こいつぁ御見事。その姿形(なり)は自分で考えんのかぃ?」

『チガう。オマエが、教えた』

「? どういうこった」

『この姿は、オマエが頭に描いたモノ』

 

 精霊なるものを今一つ理解しておらぬ己という無学の徒に、精霊の頭目は懇切丁寧な教授を呉れた。

 曰く、“容”を持たぬ精霊が手っ取り早く姿を得るのに、人間の想像を利用すると。良くも悪くも想像力、もとい妄想力に長けた人間から得られる“容”はどんな身形であれ強力になるらしい。力弱い雪精を守護する為に、この者もまたより強靭な想像を求め、ある時行き会った“ニホンジン”から現在の武者鎧の姿とそれに付随した介者剣術を会得したそうな。

 己が言えた義理ではないが、少なくとも現地の冒険者にとっては迷惑千万な話だ。

 

「するってぇとなんだぃ。お前さん、どんな姿にでも化けるのか」

『オマエが思い描けば』

「ほぅ、ならば狸はどうだ」

『ん』

 

 口にするや、また氷雪の竜巻が上がり、消える。そうしてそこには、ふっくらとした白い冬毛の、まるまるとした狸が鎮座していた。

 ぽかんと口を開けていたのも束の間、感心とも珍妙ともつかぬ心地に笑いがこみ上げる。

 

「はははっ、よし! では続けてだな。栗鼠はいけるか」

『ん』

「おぉ! では獅子はどうだ」

『ん』

「ほぉ! かかかっ! こいつぁ魂消た!」

 

 その後も動物、植物、魚に虫、様々な器物に、仕舞いには分福茶釜など。酔いも手伝い勢い任せにいろいろと化けに化かせ、調子に乗って大いに笑った。

 両手を叩いて喜ぶ己は、どこから見ても立派な酔っ払いであろう。

 

「いやいやほんに見事。こいつぁアクア嬢の宴会芸にもおさおさ劣るまい」

『楽しいのか?』

「おうとも! 存分に楽しませてもらった。ふふははは!」

『恩返しに、なったか?』

「うん? 恩返しぃ?」

 

 そんなことを、狐が問うてくる。

 

「そいつぁ妙だ。恩を返すなぁ狐じゃあねぇ。鶴だ」

『つる?』

「おう。鶴の恩返しっつってな。今は昔、山で猟師の罠にかかっておった鶴を男が助けた。するとその夜、美しい女が家を訪ねてきて自分を男の女房にしてくれと言う。ん? こいつぁ鶴女房だったか?」

『……』

 

 思えば似たような話だ。冬山で助けた武者が家を訪ねて来て恩を返したいと言う。まさしく今の、この様こそ。

 

『恩返し……ソウか。()()やればオマエは楽しいのか』

「……いや、いや待て」

 

 ――――しまった。

 そう思った時には既に遅い。制止の声は氷雪の吹き荒ぶ音に掻き消され、残響すら立ち消える風と共に失せる。

 残ったのは。

 

「……ジンクロウ」

「おいおい」

 

 純白。無垢な白。

 青白い、流れごと凍て付いた滝のように豊かな、腰元まで()()伸びた髪。

 透き通るとはこの事と、雪の細工物のように白い肌。白の瓜実顔に、切れ長の目、すっと通った鼻筋、血の巡りを疑うほど薄い唇。時に童女のようなウィズとはまた違う。花の盛りを丸ごと氷の中に閉じ込めたかのような、美しい女がそこにいる。

 白地に細かな雪の華を刺繍された振袖が、雪の精霊たる自負を示しているようでなにやら面白いが。

 現実逃避もそこそこに、大して満喫もできずに終える。

 何故なら雪から生まれた女の冷たい手が、己の横面を、頬を撫でていた。

 

「嫁入り?」

「もうよい。な? わかったからもう頭ん中読むんじゃねぇ」

 

 鶴女房だの雪女だのと、要らぬ記憶ばかりが掘り返される。難儀なことに、思い出すまいとすればするほど脳味噌というやつはより一層に思い起こすのだった。

 こちらの言葉には耳も貸さず、冬将軍、もとい冬の(おなご)はこちらの頭ばかりを覗き見て。

 そうして、微笑んだ。

 

「オレ、オマエの女房になる」

 

 

 

 

 

 

 

 


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