この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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41話 独り身の気儘な侘びの住まいよ……ん?

 日暮れ近くなるにつれて崩れ始めた雲行きは、帰路を進む内にすっかり黒く暗く染まっていった。街の門扉を潜る頃には重々しい雪が空と大地の境を満たし、無数に落ちてはその嵩を増していく。

 

「あー疲れたぁ……!」

「おう、ご苦労さん」

 

 ギルド酒場に着いて早々、手近な長机にカズマとアクアは突っ伏した。

 続いてダクネスが悲しげに布で包んだ剣先を卓に置く。

 最後に、ダクネスに代わって背負っていた小さな荷物を長椅子へそっと降ろした。

 

「誰が小荷物ですか」

「めぐ坊、お前さん読心術を使うのか?」

「しっかり口に出てましたよ!?」

 

 徒歩(かち)での移動とあって長らく負ぶられていためぐみんだが、流石は童っ子。まだまだ元気である。

 

「うぅ……私の、私の二億ぅ……うぅうぅぅ」

「しつこいぞアクア。あとよしんば冬将軍を討伐したとしても、その二億はお前のじゃない」

「いいじゃないの! 私達の勝利じゃないの!?」

「じゃないの」

「まあ確かに、少し勿体ない気もするが。実際に戦い、そして勝利したジンクロウの意見を尊重すべきだろう」

「ララティーナ御嬢様は黙ってて!!」

「いや待て何故その名を知っている!? ジンクロウか!? いやカズマか!?」

「そうです。わたくしカズマです」

「ななな何故わかった!? 私は一度だってお前達の前でその名を口にしたことなど……!?」

「アクセルに住んでる大貴族で領主じゃない方の家の娘なんて情報出揃ってれば簡単に分かることだろ? もうっ、ララティーナ御嬢様ったら慌てんぼさん」

「気安く呼ぶなぁ!!」

 

 ダクネスの扱いを心得てきたらしいカズマもまた元気に、そして矢鱈滅多に溌剌としている。人の悪い顔というものが妙に似合うのだ、この小僧は。

 

「さて、ならば今日のところはこれにてお開きと、それでいいか」

「うーい。お疲れさん」

「あぁ、それとカズよ。実入りも無くはねぇんだ。今晩くらいは宿を取りな」

「うぅ~~~ん……考えとく」

「カズマのケチんぼ! 暖かいベッドで寝させなさいよ!? 私を誰だと思ってるの女神様よ!? 女が……二億ぅうぅうううううう」

「うるっせぇ。ララティーナちゃーん、こいつ何とかしてくれよ」

「だから呼ぶなぁぶっ殺すぞ!?」

 

 ダレるカズマと呻くアクア、長机を粉砕せんばかりに叩くダクネス。

 賑かな面々に片手を上げて歩き出し。

 

「くくっ、儲け少なく草臥れ至極か。明日は空けようや、カズ」

「そうすっか……ジンクロウもお疲れ」

「おう、お前さんらもよく休みな」

「おやすみです、皆の衆」

 

 同じく片手を上げてめぐみんも続く。

 

「こらこら」

「途中まで一緒に行くだけです」

「ほー、そうかい」

 

 いつの間にやら足腰もしっかりと立って歩いている娘子。その尤もらしい言い分に頷く。

 

「ならついでだ。お前さんの宿まで送ろう」

「え? いえその必要は……普通にちょっとそこまで付いて行くだけで……」

「なに遠慮すんな。女人の夜道をえすこぉとするのも男の務めなのであろう?」

「そ、それはまあそうかもしれませんが」

 

 もごもごと口内で言い訳を転がすめぐみんを、素知らぬ風で伴い帰路を往く。

 大方道を別れた後に隠れて尾いてくるつもりだったのだろう。とはいえ、棲処(やさ)は知れているのだから黙って押し掛けることも出来ように。それをしないのは、この娘の律義さ故か、はたまたその賢いお頭で何某かを察したのやもしれん。

 

「いい子だから、自分の部屋でゆっくり休みな」

「むぅ……」

 

 幼子同然にむくれるめぐみんに笑む。その頭を帽子の上から撫でて、逢魔ヶ刻に沈む街を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 番兵に挨拶をし、裏門から郊外へ出る。

 めぐみんを宿に送り届ける頃には、日は没し、街中は宵の活気を持ち始めていた。しかし一歩外壁を潜ってしまえば喧噪は遠退き、純粋な夜の闇が己を出迎える。

 川沿いから逸れて雑木林へ、己が塒への道を踏む。

 

「……」

 

 虫の声すら碌々聞こえぬこの時分。外界の静けさが深まるほど、大きさを増すのは内の声。思考。そして感覚。

 特に、この。

 

「……呵ッ」

 

 左手を見る。掌を開き、閉じ、握り込んでまた開く。

 当然、返るものはない。触覚はほぼ死んだも同然。触れようが傷付けようが、あるいは切り落としたところで微塵の痛みすら覚えぬだろう。

 日常生活を送るに当たってこれほど不便なものもない。肘の先で精巧な絡繰義手を操るような難行であった。操法に慣れた今でさえ、油断すれば物を取り落とすこともあろう。

 だのに、あの時。

 雪精の王。冬将軍などと渾名される剣豪との太刀打ちの折。

 剣術において、柄の()()が技の精粋を左右することは語るに及ぶまい。固く過ぎれば斬撃は鋭敏さを失い、逆に柔く過ぎれば刃先へ断裁力が十分に至らぬ。

 無痛不感の手腕で剣を振るうなど通常論外の所業。加えて敵の剣腕は、達人を称して不足なし。あれは敗死もまた覚悟の上での立ち合いだった。

 その結果がどうだ。

 一度剣を握ったなら、この腕は支障を来すどころか感覚欠損に陥る以前のまま自由自在に動いた。なるほど確かに、我が肉体には殺人刀の術理が骨の髄から沁み付き刻まれている。脳髄への刺激など要さず肉体は稼働できるだろう。

 だが、しかし、あの瞬間。

 あの最後の一合。

 己は賢しらにも祈念を抱いたのだ。『左小手に一打、浅傷(あさで)を』と。勝負の最中にあって我ながら浅慮を働かせたものだと思う。敵の技巧の見事なるに惹かれ欲を張った。もしそんな傲り高ぶりごと一刀の下に斬り伏せられていたなら、地獄に持参する土産話の笑い種としてこれ以上のものもなかろう。

 されど事は、どちらにも転ばなかった。

 敵の小手に浅傷を打つどころか、刃金は確とその手首を切り落とした。

 

 この腕は明らかに、己の意志を()()()

 

 特化、否、最適化とでも呼ぼうか。

 剣を、刃金を振るうという行為にのみ性能を絞られた肉の絡繰。この腕は、どうやらそんなモノに成り果てたらしい。

 何故、か。

 疑問の余地は絶無。その解、その元凶は己の左腰に差さっている。

 無痛不感の左手で柄頭を握る。

 

「俺の血を、命を貪り喰らい込めるだけに飽き足らず、その果てに己が()()とする心算か」

 

 刃金一振りでは、真の斬撃は為し得ない。それを振るう仕手が、人型の五体が要る。

 より多くを、より強くを、斬り、殺し、啜る為の傀儡。刃金を振るうだけの殺戮器械。

 それを作ろうとしている。

 

「呵々ハハハハハ! 大した妖刀だ。大した(おぞ)ましさだよぅ、手前(てめぇ)は」

 

 左手を鞘へ、そうして親指で鯉口を切る。

 刀を抜き放つ。

 夜闇を濡らすは紅の霧。陽炎か瘴気の如くそれは立ち昇る。

 血潮よりなお黒い紅色の刀身に笑みが映り込んだ。獰猛な、刃金に狂った男がそこにある。

 それを、その幻影ごと――――

 

「カァアッッッ!!」

 

 斬り払う。

 裂帛の気を吹き、暗闇すら切断せんと。

 そして一拍の後に、眼前七歩の遠間に屹立していた木が袈裟懸けに擦り落ちた。

 

「舐めるな。兇器風情が」

 

 刀身を鞘へ、切羽を鳴らして叩き込む。

 紅色の妖気も消え失せ、幻は影も形もない。

 まだ使()()()。まだ、使()()()はしない。

 もし、これを使い続けたその果てに、身も(こころ)すらも喰らい尽くされるが定めと言うならば。その前に――――我が身の始末は我が手でつける。

 

「それまで精々使われていろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 侘びの住まいは程なく見えた。

 林の拓けた小さな空間に、古びた一軒の庵が佇む。

 しかし。

 

「……」

 

 野郎の独り住まいである筈の庵には……どうしてか灯が点っていた。

 そして土間に設えた高窓から立ち上っているのは、どう見ても飯炊きの煙。

 

「来客というには些か傍若無人だな……」

 

 気配を殺し、また気配を探りながら忍び寄り、そっと玄関戸を開く。

 土間には竃があり、やはりそこには鍋が火に掛けられていた。くつくつと煮えて木蓋が揺れる。

 当然、竃の前にはその作り手がいた。

 今しがた斬り裂いた夜闇に負けず劣らぬ黒さ暗さの装いに真反対の白い前掛けをした、女。

 

「ウィズか」

「あ、ジンクロウさん。おかえりなさい」

 

 ウィズは杓子片手に、ふわりと柔らかな笑みを湛えた。

 

 

 

 

 

 


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