この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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39話 久方の管巻きと相成りて

 

 

「ジンクロウさんちに住まわせてくださいおなしゃす!!」

「駄ぁ目」

 

 日を追うごとに冷え込みも増す冬のアクセル。道々に薄く雪の轍を描いて訪れたギルド酒場にて、出会い頭に平身低頭カズマがそのようなことを言い出した。

 そしてこちらの応えは単純明快な上述二字に集約する。

 

「なして!」

「あのような荒ら屋に三人も四人も(すし)詰めでは狭っ苦しいだろう」

「そうですよ。カズマやアクアは諦めてください」

「めぐ坊もな」

「なして!?」

 

 カズマとめぐみんが長机の向かいから身を乗り出し、迫る。

 さて置いて、梅干しを一つ摘めば強い酸味で口内にじわりと唾液が満ちた。それを熱めの白湯を啜って流し込むと、なんとも爽やかな心地になる。朝にはやはりこれが良い。

 

「頼むよジンクロエも~ん! 掃除洗濯するからー! 馬と鳥の餌やりもやるからー!」

「いいじゃないですかー! ほら私ちっちゃいですよ!? あれくらいの家なら私とジンクロウの二人でも収まりはいいでしょう! 今なら可愛い黒猫も付いて来ますよ! お得ですよ!?」

「おいおいめぐ坊はともかくカズなら解らんか。男の独り住まいにやいろいろあるもんだろう?」

 

 ニヤニヤと笑みを向けると、まず反応を示したのは何故かカズマではなくめぐみんだった。

 かっと火を入れたように赤くなった顔を彼方へ背ける。さてはて一体なにを勘繰ったやら。

 

「解るけど、馬小屋生活でわりと痛いほど身に沁みて解るけど……切実な話この寒さは死ぬ。マジで」

「冬場冒険者連中はどう凌いでんだぃ」

「……手っ取り早いのは宿を取ることですね。勿論出費は痛いですが、寒い時期だけと割り切って仕事を増やしたり貯えを当てたり。住み込みの働き口を紹介してくれるところもあるにはありますが、そういうところは例外なく薄給重労働です。それで身体を壊して冒険者業を引退したなんて言う話もあります」

「うわぁ……」

「そうそう上手い話はねぇか」

「あとは家を買うくらいしか」

「そんな金はぬぁい!! そんな金があったら苦労しぬぁい!!」

 

 カズマの魂からの叫びは一々尤もだった。

 地獄の沙汰も金次第。越冬が命懸けなのはどんな浮世も変わりあるまい。

 しかし、今突き付けられているこの世知辛い事実こそは問題の解決策に外ならぬときた。

 

「兎にも角にも金子を稼がにゃ」

「目指せマイホームってか!? 気が遠くなるわ!」

「千里の道も一歩からと言いますよ」

「おうさ、めぐ坊の言う通り。残りたったの九百九十と九じゃねぇか」

「…………遠い!! 頑張って前向きに思考持ってこうとしたけど駄目だった! やっぱ千里って遠い!!」

 

 無論、千里における一歩とは目指す頂へと続く道に真実踏み出す心意気こそ肝要……という訓話であり、その道道に待ち受ける艱難辛苦は各人自助努力によって乗り越える以外に術はない。少年の弱音は、無理からぬことと言えた。

 

「まあまあそう悄気(しょげ)るな。どこぞの首無しがいなくなった御蔭で仕事には困らねぇぜ」

「寒季に山から下りてくるモンスターも多いですからね……ふふふっ、ふふふふふふぅ! 我が爆裂魔法の餌食となる有象無象には事欠きませんよ! ねぇジンクロウ!」

「へいへい」

「今の時期なら一撃ウサギが雪に紛れて出て来ている筈です。突撃してくるあのウサギに一度でいいので正面から爆裂魔法を撃ち込んでみたいのです。あ、白狼なんかは群で行動しますからね。わりと賢い上に群にはリーダーがいて統率力も凄いそうですがまあジンクロウなら何とかしてくれますよね。白狼を一網打尽。くぅ、イイです! 実にイイ! うんうん、ジンクロウがいればあんな爆裂から、こーんな爆裂まで思いのまま……むふふぅ、んふふふふはははははははっ!!」

 

 何やら良からぬ皮算用で興奮から有頂天に高笑いをする娘っ子。

 ふと、カズマが卓面を指で叩く。

 机に突っ伏し顔突き合わせ、頭上で歌舞伎役者顔負けの大見得を切るめぐみんを他所にひそひそと。

 

「実際のとこ、冬場のモンスターは強烈なのしかいないらしい」

「なるほど、依頼が余りに余ってんなぁその所為か」

「冬本場になる前になんとか手付金だけでも用意して……冒険者ってローン組めるかな」

「ろーんってな知らねぇが、金を借りるにも質種が要らぁな」

「うーん、アクアの羽衣とアクアの杖とアクアの……幾らにもならないか」

「せめて一言断ってやりねぇ」

「そもそもあいつの大ポカが無きゃ冬備え出来てたんだよ! 短期で貸家に入れるくらいには!」

「くくっ、まあな。しかし、やっちまったもんは仕様もねぇさ。文字通り、水に流してやんのが男の甲斐性ってもんだぜ?」

「男気で飯は食えないの! 冬は越せないの!」

「うむ! 全く然り」

 

 少年の全身全霊の慟哭に、反駁する余地は絶無であった。

 ああでもないこうでもないと駄弁を交わす己とカズマ、とどろけえくすぷろぉじょんなどと机に乗り上がって元気に(はしゃ)ぐめぐみん。

 論議は凝り固まり、停滞を見せていた。

 

「これ、行儀が悪ぃぞめぐ坊」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 そう言うと、めぐみんは元居た対面座席から食卓を乗り越えて己の隣にすとんと座る。机を周り込むのが面倒だったのだろうが。

 

「こぉら、横着するんじゃあねぇっ!」

「んひゃっ!?」

 

 悪戯娘への仕置きと。その脇の下に両手を突っ込み、蜘蛛の脚も斯くやと指先で(くすぐ)り捏ね繰る。

 なんとも細っこい体躯。両手で掴んでしまえそうなほどだ。

 そしてそれはつまるところ逃さず捕まえ易いということである。長椅子の上を暴れ回る童を思う存分擽り倒せる。

 

「にゃひはははははっ!! ごめっ、ごめんなさい! ごめんなさいぃ! やめひひひっ、あははっは、ははっっ!」

「もうやらんと約束するか? お?」

「す、する! します! だからうひゃひゃひゃ! にゃふ! 降参です! あひひっ! こ、降参します! だからゆるっ、うひゃひっ、ゆるしてくださいぃ!」

「おーい二人共ー、遊んでないでなんか考えてくれよー」

「そうは、言っても、下手な考え休むに、似たり、と」

「いっひひひひひっ! ひぃ! ひぃ! こ、降参って言いましたよ!?」

 

 散々笑い転がすこと暫し。めぐみんは肩で息をしながら長椅子の上にぐったりと崩れ落ちた。

 その時、傍らに立ち止まる者があった。

 

「すまない、遅れた。身仕度に手間取ってな」

「よう、ダー公」

「ダクネスはよーっす」

「――――」

「……無闇矢鱈にだらけてるな。特にめぐみんは一体どうしたんだ」

 

 そう言ってダクネスは小首を傾げる。

 珍しきかな装いは様変わりしており、常の甲冑ではなく枯草色の外套を纏い、鳶色の革長靴を履いている。

 

「世の無情を嘆いておったのよ」

「うん??」

「ダクネスこそいつもの鎧はどうしたんだよ」

「ん、以前の戦闘でボロボロになってしまったのでな。修理に出そうかとも考えたが、買い換えることにした。オーダーと採寸は済んでいるから、今は出来上がりを待っている」

「……」

 

 カズマはひどく胡乱な目でダクネスを見上げた。

 

「……な? こんな調子でいられたらそりゃ俺じゃなくたって勘付くって」

「ははは、確かにな」

「? 何のことだ」

「何のことだじゃねぇ舐めてんの? それで身分偽ってるつもりか? せめてもうちょっと世を忍べよ。もしくは庶民の金銭感覚学んで出直して来いこの貴族令嬢(フロイライン)がぁ!!」

「なっ!?」

 

 滔々と立て板に水の如く駄目出しか罵倒かも分らぬ雑言を吐き、最後に皮肉を飾る丁寧さよ。

 驚きと羞恥にかっと頬から耳まで紅潮させ、ダクネスは息を呑んだ。

 

「ジ、ジンクロウ! よりによって、カ、カズマにバラしたのか!?」

「いや洩らしてくれようと思ったのだがな? 案の定とうの昔から存知の様子で」

「解らいでか。貧乏人の妬み嫉みセンサーを舐めるなよ。お前が平民じゃないことなんて会って三日で気付いたわ!」

「そ、そんな……う、嘘だ! だって、その、私に対するお前達の態度には貴ぞっ、んん゛っ! そ、そう、身分の差を感じなかったぞ! (へりくだ)りや(おもね)りや、遠慮も何も無くて…………対等に、扱ってくれたろう」

 

 最後の言葉を娘は殊更大切に、ひどく大切に、口にしたように思えた。

 少年と視線だけ交わす。次いでカズマは肩を竦めた。

 

「いや、なんならちょっと見下してたけど?」

「はうぅんっ!」

「そういうとこだよこの糞ドMが!!」

「ンンッ!? ストレートな罵倒は胸に響くぞカズマぁ……!」

 

 身悶えして悦楽する娘子に、貴顕たるのその片鱗とて見当たらぬ。これに敬服せよというのは些かならず無理が勝つ。

 

「という訳で、俺の中でのダクネス株は塩漬け一定なんで安心しろ」

「うー、評価が低い自覚はあるが、見損なわれたまま挽回のチャンスも与えられないなんて……役立たず、穀潰し、軽蔑の眼差し……ふふ、ふひひひひひ」

「……」

「はぁ……」

 

 思うに、この娘ほど人生を強かに謳歌する者も居るまい。

 げんなりと溜息を吐くカズマ共々、しみじみとそのように感じ入った。

 

「ん……あれ? ダクネス。いつの間に来ていたんですか。そしてどうしてニヤケ面で涎を垂らして……ああやっぱり言わなくていいです」

「じゅるるる……んんっ、すまない。流石に品がなかったな」

「今更だけどな」

 

 カズマの言には肯くより外ないが、そうは言っても節度は知らねば。

 暴れた拍子に落ちていた尖がり帽子をめぐみんの頭に載せる。

 

「奔放も結構だが、今少し幼子にも心配りをしてくれんか」

「す、すみません」

「……誰が幼子ですか」

「今ちょっと反応遅れたろ。遂に幼女扱いに違和感なくなってきたんだろ」

「聞き捨てませんよ!? 誰が幼女かパンツ泥棒!!」

 

 打てば響いて勃発する小気味の良い兄妹喧嘩。それを眺めていたい心持ちは多分にあったが。

 不意にぽつりと、ダクネスは辺り見回す。

 

「そういえば、アクアはどうしたんだ?」

「ん?」

「あれ、そういやさっきから妙に静かだな……」

「集合してすぐテーブルに突っ伏して寝てましたよね? ……いませんね」

 

 一人で十人分は騒々しいかの女神の御姿が見えぬ。眠っていればこその静けさと了解していたが、話し込んでいる間に何処ぞへ行ったやら。

 と、然したる間も置かずその青色髪は見付かった。

 魔物討伐から家事手伝いまで、官民から舞い込んだ種々数多の依頼を記した紙面が貼り付けられている掲示板。その真ん前に陣取って、きょろきょろと物色する背中がある。

 悪い予感がした。

 そうして宙を泳いだ視線がカズマのそれとかち合う。どうやら同じことを考えている。全く以て喜ばしからぬことだが。

 

「めぐ坊、すまねぇがあの婆娑羅司祭の首根っこ引っ掴んで来てくれぬか」

「はーい」

 

 この賢い娘は野郎共の不安を汲んでか、素直にアクア嬢の元へ行ってくれた。

 あれを野放しにするには肝の太さがもう二回りほど足りぬ。よしんば、どんな厄介事を運び込んでくれるやら。

 めぐみんが無事にアクアをとっ捕まえてくれることを祈りながら、冷めた白湯、もとい水を飲み干す。

 

「……実際さ」

 

 出し抜けにカズマが口を開く。

 頬杖を突いて、見るともなしに窓の外を見ながら。

 

「ジンクロウが俺らをあの家に近付けたくないのって、例の魔王軍幹部との関係どうこうってやつだろ」

「ん~?」

「露骨に解んないふりすんじゃねぇよ」

 

 素知らぬふり、という程の意図もない。それはただの、続きを促す相槌である。

 

「……魔王軍幹部を倒した――――そう見せ掛けて懸賞金をまんまとせしめた。そう勘繰る奴も出てくるかもしれない。もしくは……ベタなとこでスパイとか。スパイわかんない? えぇと、そうそう間諜」

「事態の真偽がどうあれ、それを()()()()()でっち上げ利用しようと企む輩には、残念ながら心当たりが多い」

 

 カズマの言に応じたのは、己ではなく傍らに佇むダクネスだった。幸い、ダクネスには事のあらましを既に言い含めてある。

 娘は腕を組み、長机の縁に腰を預ける。

 世間には煌びやかに映る貴族社会、そこに拭い難く蔓延る暗がりを、娘は知っているのだろう。

 

「どのような嫌疑であれ、累が及ばんに越したことはあるまい」

「一緒に住む住まない程度で免れることでもないだろ」

「それがそうとも言えん。冒険者の徒党なんてものぁ所詮利得の繋がりよ。その内の一人が罪科を責められたとて、他の者らは知らぬ存ぜぬと通せばよい。ふむ、なんとなれば糾弾に加わることでより疑いの目からも離れられよう」

「おい」

 

 常ならぬ眼光が己を睨み付ける。

 そんな少年に笑みを返した。

 

「事実はどうあれ、な? そう振舞えばいい。そしてそう、金尽くの付き合いと思わせるなら棲み処は他所がよかろうさ」

「……」

 

 心底納得行かぬとばかり、少年は顔を顰めた。

 ダクネスは何も言わず、ただ静かに吐息を零す。

 

「なに、ただの些細な備えよ。もし取り越し苦労で終わったんなら……ふっ、存分に笑い種にしてくれな」

 

 

 

 

 暫くして、掲示板から娘子二人が戻ってきた。引き連れて帰ってくるだけでえらく時間を食ったな、などと暢気に構えていたところ。

 アクア嬢はしっかりとその手に、騒動の火種を持ってきていた。

 

「ねぇねぇこれ見て! 雪精の討伐だって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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