この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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36話 おいでませ化物屋敷

 

 俺がこのような姿になったのは、聞くも涙、語るも涙の訳がある。

 そう、あれは今から100年前……200年だったかもしれない……いやそんなに経ってないかもしれない……え、何年くらい前だっけ? ウィズ知らない? 知らないか。知りたくもないという顔だな。やめろそんな冷たい目で見るのは……興奮するだろうが。フフフ。

 

「死に損なったのよ、この間抜けは」

『あっ貴様! 簡潔に要約するんじゃない!』

 

 カッコン、斧で丸太を真っ二つに割りながら、心底つまらなそうにジンクロウは言った。

 

「そして、それを仕損じた間抜けが己よ」

 

 さらに二分割、もう二分割、手頃なサイズに薪を切り分けて溜め息。

 さりげなくジンクロウの背後に逃げながらウィズは頭を振った。

 

「いえ、むしろ逆です。斬りすぎたんです、ジンクロウさんは」

「?」

「そりゃどういうこった。ああ、おゆん。すまねぇが(こいつ)を裏手に積んできてくれ」

「あ、はぁい!」

「なにが、はぁい♪ ですか。色目の使い方を覚えましたかこの雌猫はぁ!!」

「ひぃ!? 今までにない言いがかりだよめぐみぃん!?」

 

 めぐみんの方こそ猫の威嚇めいて発憤しているのだが、なんのかの言いつつ薪束を二人分けあって運んであげている。なんかもうツンデレというより情緒不安定な人だった。

 仲良く喧嘩する二人の少女を見送ってから、ふと先刻からの疑問が口をつく。

 

「あの子って、前にジンクロウと馬に乗ってた子だよな」

「ああ、妙な成り行きで片棒を担いでくれてな。めぐ坊と同じ紅魔族だそうだ。おゆん……いや、ゆんゆんだったか」

「ゆ……あぁ紅魔族ね、はいはい」

 

 そのコミカルファンシーな響きは間違いなく紅魔族のそれだ。

 

「腰を折ったな。で? 斬れ過ぎちまったのが何ぞ拙かったか」

「あ、はい」

 

 斧を布巾で拭いながらジンクロウが水を向けると、ウィズは頷く。

 

「あの剣の切断力は使用者の能力に依存します。そしてもし、十分な技量を持つ人があれを振るえば、その刃が断ち斬るのは物質だけに留まりません。魔力や神力(しんりき)のように形を持たない力や概念、なによりも、魂を喰い破ってしまう……」

「うわぉ厨二心を擽るワード。ボクわくわくしてきたぞー」

「いつ聞いても御大層な謳い文句だ」

 

 そういう香ばしい設定は創作だから許されるのであって、現実には本当にただただ厄介で面倒で危なっかしいだけだった。

 おいそれと振れない刀に何の意味がある。いや気軽に振り回されたらそれこそ困るが。

 

「おそらくベルディアさんは、あの剣で体を斬られたことで頭との縁、魂の繋がりまでも断ち切られてしまったんだと思います。だから、本来なら屍体共々消滅する筈だった首一つ分の魂だけこの世に残存したんです…………残念なことに」

『今残念って言ったよね? ウィズ、今確かに残念って言ったよね』

「ですが、総体の大部分を剣に()()()れば完全消滅は時間の問題です。それに、刃に宿る呪詛が死病のように魂を浸蝕する筈ですから…………本当に、どうして消え去ってくれなかったんでしょう」

『本音を小出しにするのはヤメテ。傷は浅くても鋭さは剃刀だから』

 

 馬の悲しげな物言いを、頬に手を添えながらナチュラルに無視する素敵なウィズだった。余程にセクハラに対する恨みが深いのか、はたまた何かしら因縁があるのか。どうも後者に思えてならないような、見事なセメント対応である。

 

「まあ、己の手落ちには違いあるまい。得物を御しきれなかったのだからな」

「えー。そういう結論になる? この場合、武器のクソ仕様が問題じゃね?」

「すみませんすみませんっ。元はと言えば私があの子をジンクロウさんにお売りしたばっかりに……!」

「えっ!? い、いやいや! ウィズが謝ることないって」

「おうとも。妖刀と承知で買ったのぁ己だぜ」

「前言撤回して悪いけど自業自得じゃねぇか」

「かかかっ!」

 

 斧の刃を検めながら、物騒な話を一息で笑い飛ばす。男のいつもの調子に、喜びより呆れが勝った。……うん、こういう感想もいつも通りだな。

 ジンクロウは斧を玄関口の傍に立て掛ける。

 続いて、庭先にあった大きな桶を引っ繰り返して、中に満ちていた水を辺りの地面に撒いた。打ち水、なんて季節でもないが、はて。そうして今度は水瓶からバケツで水を掬い、続々桶に流し入れていく。

 

「何してんだ、それ」

「水を換える」

「ふーん……」

 

 微妙に回答になってないが、まあいいや。

 なにせ一番の疑問がまだ残っている。どうでもいいと言えばいいのだが……。

 

「いや、でもなんで馬だよ」

 

 あのデュラハンの魂が偶然消滅を免れていたというのは分かったが、それがなんで馬になって復活しているのか。これが分らない。特に解らない。

 

『好きでこんな姿に身を(やつ)したのではない。否応なく魂が空の器に引き込まれたのだ』

「器?」

 

 馬、もといデュラハンの馬は苦み走った声を発した。

 いやさっきは『喋った』と表現したものの、よく見るとこいつは声を出す時に口を動かしていないのだ。声は声帯からではなく、もっと()()から聞こえているように感じる。

 あるいはそもそも、“音”ですらないのかもしれない。

 

『この男に斬られたことで、俺の魂の存在力は浮遊霊以下に弱体化した。あのまま行けばもう四半刻と待たず消え去っていただろう。だが運悪く……いいや、まさに悪運とでも言おうか。戦場から逃がしていたアンデッド・ホースがまだ近辺を彷徨っていた』

「あ」

 

 そういえば、正門前でゴタついた時こいつは乗っていた馬を遠ざけていたっけ。

 

『……あれは、俺の断頭刑が執行された後、諸共屠殺された我が愛馬の亡骸、それを用いて作ったただのゾンビだ。その魂はとうの昔に天に召されている。であればこそ、肉の器としてはこれ以上なく適していたらしいな』

 

 隠しようもない皮肉げな響きを吐き捨てる。デュラハンははっきりと、自分自身を嘲っていた。

 

『吸収同化された結果、魂は馬の形に定着した。自分の意思では、もはやこの肉の牢獄から出ることも叶わん』

「そうだったのか……あれ、でも」

 

 確かあの馬、布の下には首が無かった筈だ。けれど目の前のデュラハン馬は、黒鉄色の兜の下にしっかり馬面が収まっている。

 

『生えた』

「は?」

『だから、生えたのだ』

「あ、そう……」

 

 別に問い詰めてまで知りたいことでもないので、納得しておく。

 しかし、改めて解ったことも一つある。

 筆不精とも思えないジンクロウが、二週間ろくすっぽ連絡一つ寄越さなかったのはおそらくこのゾンビ馬の所為だ。

 

「魔王軍幹部が実は生きてたなんて知れたら……大騒ぎになるよなー」

「はっ、平穏無事とは行かんだろう」

 

 面白くもなさそうにジンクロウは鼻を鳴らす。

 国王軍と魔王軍の戦争情勢が現在どうなっているのかはよく分からないが、和気藹々としていないことだけは確かだ。魔王軍関係者との繋がり、あまつさえ内通なんて疑われた日には、逮捕拘束の末に投獄……いや、中世の価値観からいけば即刻死刑も当然あり得る。

 あ、やべぇ。

 

「うん! 俺やっぱり今晩は桜鍋がいいなジンクロウ!」

『し、死肉だから食べると病気になるぞ!』

「アクア先生ー! 浄化おなしゃーす!」

「あ、処す? 処しちゃう?」

『いやぁぁあああああああ!!』

 

 両手をわきわきとさせてアクアが眼光を輝かせる。歪んだ笑みを浮かべるその貌は弱者を甚振る悦びに満ちている。焚きつけといてなんだが、どっちか悪もんか分かったもんじゃねぇ。

 

「別段止めやしねぇが、其奴を仕留めたところで大した意味はない」

「? どゆこと?」

「ん」

 

 ジンクロウがふいと目の前に立つウィズに指を差す。

 きょとんとそれを見返していたウィズだったが、瞬間ぽんと手を打って頷いた。

 

「ああ、そうです。ベルディアさんを消滅させても、私が居たら嫌疑は晴れませんね」

「うむ」

「なんで」

「いえ、実は私もとあるご縁で、魔王軍の幹部とかやらせていただいてまして」

 

 なるほど、確かにそれではデュラハンが居なくなっても泣き所は無くならないか。

 うんうん。

 

「えぇ……」

 

 自称屍の王(ノーライフキング)のリッチーなお姉さんは、魔王軍八大幹部の一人だそうです。

 ご近所さんの自己紹介みたいなテンションで国家反逆罪レベルの告白をされていた。これだから天然は! 天然は!

 

「カズマカズマ、処す? 処していい?」

「ひぃご勘弁くださいぃ!!」

「……こんな調子で厄介事が増えやがる。深刻ぶってお前さん達に顛末を話すのも何やら阿呆臭くてな」

 

 言いつつ、ジンクロウは傍の木柵に掛けてあったジャケットを(まさぐ)る。内ポケットから取り出したのは、小さな円筒。

 蓋を開き、中から顔を出したのは煙管だった。銀色で、細く括れていて、一番太い部分に小さく桜の飾り彫刻が施されている。

 

「そうこうする間に、早十四、五日……光陰なんとやらだな。くくっ、体はともかく(ここ)はきっちり耄碌してやがる」

 

 人差し指で米神を叩き、ジンクロウが笑う。

 案の定というか、想像した通りのその物言いはむしろこっちが可笑しかった。

 マッチを擦って、火皿に盛った刻み煙草に直接火を近付ける。

 

「便利だろう? 燐寸というんだぜ」

「知ってるよ」

「そうかぃ。物知りだな、カズ」

 

 小馬鹿にしてるようにも、本気で感心してるようにも聞こえる言い草だった。

 一服、ジンクロウは実に旨そうに煙を吐き出す。いつの間にか風下に立ってるし。

 

「あぁー! タバコなんて吸ってます!」

「ん?」

「お」

 

 見ればめぐみんとゆんゆんが、庵の裏から戻ってきていた。薪束を片付けるだけにしては随分時間が掛かったな。

 

「うぅ……おっぱい痛い……」

「……」

 

 胸を押さえてゆんゆんが涙している。

 裏でも叩いてたんかい。

 

「おう、御苦労だったな」

「そんなことよりそれです! タバコなんて百害あって一利なしですよ!」

「ま、ま、そう言うてくれるな、めぐ坊。この土地の刻みは初めて呑んだが、こいつがまたなんとも乙で……ぷふぅ~。うむ、旨し旨し」

「だぁめぇでぇすー!」

 

 煙管を奪おうとめぐみんは手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねるが、ジンクロウはそれをひらりひらりと躱しに躱す。そして時折器用に煙管に口を付けては吸い、煙を吐く。

 煙を撒いて躍る的なコンセプトの大道芸に見えてきた。

 

「さて、そろそろか」

「ふんっ。よっ。ほっ。はっ! え」

 

 言うやジンクロウが止まる。そして煙草を囲う盆踊りを主に踊っていためぐみんもまた急停止する。

 少女の視線は一点、空を見上げたまま釘付けになっていた。

 空の、何を。

 

「へ?」

「あ」

「んえ?」

「ちょっ」

 

 なーんか今日は皆して奇声を発してばっかりだなー、なんて頭の片隅で思う。

 視線はめぐみん同様、空に釘付けだったが。

 空から舞い降りてくる。大きな影。

 最初は、翼を広げた大鷲かと思った。しかしその鷲には翼以外にも脚が四本あるのだ。鉤爪を具えた鳥類特有の鱗に覆われた四つ指の前脚。そして腹から下の胴体は太く強靭な獅子の趾行性の後脚。

 鷲と獅子の合成獣(キメラ)、グリフォン。

 それが落葉や土を蹴散らしながらばっさばっさと羽ばたいて地面に着地した。

 

「こ、この子」

「な、なんですか!? て、敵襲ですか猪口才な!! 消し飛ばしますか!?」

「どうどう落ち着け」

 

 そう言ってグリフォンを、ではなくテンパるめぐみんをジンクロウが宥める。

 当のグリフォンの方は俺達など意にも介さず、水桶の水をごくごくと飲み始めた。

 ああ、こいつの飲み水かこれ。

 

「なんでグリフォンがここに……」

「ジンクロウさん! この子、あの山に居た雛鳥の!」

 

 驚きながら嬉しそうに顔を綻ばせてゆんゆんがジンクロウを見る。

 

「ああ、村からアクセルまでひとッ飛び背中を借りたんだが、何の気紛れか街の近場に居着いちまってな。何ぞ悪さをするでもなし、棲み着こうが()ち去ろうが此奴の好きにさせてくれようと……」

 

 存分に飲んで満足したのか、桶から頭を上げたグリフォンはジンクロウに近寄る。

 めぐみんはすっかりたじろいで二歩後退する。

 体長も体高もデュラハン馬の巨体にまったく劣らない。真実見上げるくらいの大きなグリフォンが首を屈めて俯いた。そうして、その頭や額をぐいぐいジンクロウの胸元に押し付け、擦り付けるのだ。

 まるで飼い猫の臭付け(マーキング)みたいに。

 

「斯様な腹積もりなんぞ知らんとばかり、この有様だ」

「ク、ク」

 

 鳴き声はまるきり催促で。ジンクロウが嘴の付け根や首筋を撫でてやると、グリフォンはうっとりと目を細めて喉を鳴らした。

 

「流石に街中まで付いて来られちゃ敵わねぇんでな。こんな辺鄙な場所に住処を見繕う羽目になっちまった。えぇ? おい。わかってるかー? しょうがねぇ奴め。かっかか」

「キュゥ」

 

 小鳥のような声で大鷲が応える。

 ジンクロウはその口調とは裏腹な、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「えっ、郊外の家探してたのって魔王軍とのあれこれ勘繰られたくないからじゃ」

「それもある。此奴の()()()だが」

 

 事も無げに言いやがった。

 ついで呼ばわりされたのに、ウィズはくすくすと口元を隠して笑うし、馬は……表情とか分からん。けれどそれでも、ほんの一息嘶くだけだった。

 

「めぐ坊、ほれ。お前さんも撫でてやんな」

「ふぇ!? だ、大丈夫なんですか……?」

「噛み付きゃしねぇさ」

「そ、それじゃあ……」

 

 (すこぶ)るおそるおそるめぐみんが手を伸ばすと、グリフォンはそっと頭を低くした。賢いな。少なくともアクアなどより確実に。金色の鋭い眼差しがひどく理知的に見える。

 おっかなびっくりな手付きで羽毛を梳かすめぐみんに、グリフォンは大人しく身を委ねている。

 

「おぉ……生のグリフォンに触るのは初めてです」

「めちゃくちゃ人馴れしてないか、こいつ」

「何も最初からこうだった訳ではない。だがまあ、魔物も獣も大した差はねぇな」

「それはこの子が、というかジンクロウが変なんです。産まれた時から育てているならまだしも、野生種でここまで人に懐くことなんて普通ありませんよ」

「ほーん。我らは変わり者なんだとよ? くくく」

「ク、ク、ク」

 

 ジンクロウがそう言うと、グリフォンも鳴き声で応える。まるで言葉が理解できているようだ。まさかこいつまで人語話し出さないだろうな。

 ふと、ゆんゆんが遠慮がちに手を伸ばす。

 

「わ、私も撫でたいなーなんて……」

「キシャァアッ!!」

「なんでぇ!?」

 

 あんなにも大人しかったグリフォンが咆哮を上げ、その迫力にゆんゆんは蹴散らされた。

 しくしくと落ち込む姿は、なかなか可哀想だった。

 

「ダメよ。動物にはね、人間の下心なんて見通しなんだから。私のように清く美しく純粋な心で接すればほら、こんな風に簡単に心を許して」

「ギャブッ」

「痛っっったぁあああああああい!!?」

 

 アクアが不用意に出した手にグリフォンは躊躇なく噛み付いた。手首から先が嘴の中に消える。千切れてはいないようだ。よかったよかった。

 

「よくないわよ!? ちょっ痛いホントに痛い!!?」

「清くー? 美しー? なんだっけー?」

「痛だだだだ!! 痛い! 痛いぃ!! なぁんでよー!! ちょっとくらいモフらせてくれたっていいじゃない!! 背中に乗って飛びたいの!! 楽して移動したいの!!」

「下心しかねぇじゃねぇか」

「くふ、はははっ、純粋な下心だな」

 

 一(しき)り阿鼻叫喚するアクアを面白がって、さてこれからどうしようか。そんな空気が流れた時だった。

 

「折角来たんだ。晩飯くらい食っていけ」

「え、マジで? そりゃまあ有り難いけど」

「わた、私もい、いいんですか!? 晩御飯にお呼ばれ!? う、生まれて初めての!?」

「別にゆんゆんは帰ってもいいですよ?」

「シュワシュワはあるの!? あるわよね!? 無いなら買ってくるわ! お金ちょうだい!!」

「ナチュラルにたかるんじゃねぇよ駄女神。いや、それはともかく……」

 

 空を見上げる。珍しく晴れ間を覗かせる澄んだ冬空。その高いところで、太陽は未だに燦々と輝いている。

 時刻は多分お昼前。晩飯の算段を立てるには少し早過ぎる。

 

「無論、下心有きよ」

 

 ジンクロウはそう言うと、バケツや雑巾、箒に塵取り、叩きなどをテキパキと俺達に配り始めた。

 

「ここ暫くは建屋の修繕に掛かり切りでなぁ、肝心の中は碌々手入れ出来ず仕舞いでよ」

「……で?」

「ああ、渡りに船とはこのことよな!」

 

 実にイイ笑顔で草刈り鎌を手にジンクロウは頷く。

 

「晩飯代だ。ちっと働いていけ」

「「「えぇ……」」」

 

 

 

 

 


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