この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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3話 まったくもって造作を掛ける

 巨大な外壁だった。

 煉瓦造りの、高さ三間にも届こうか。それが街の外縁をぐるりと余さず囲んでいる。異形に対する防御の為であろうが、それはもはや壮観を越して過剰にも思える。

 いや、これほどの防備でなくば対抗できぬ魔王なる存在こそ驚嘆すべきか。

 何はともあれ己は無事森を抜け山を越え、アクセルなる街に辿り着くことができた。

 入り口と思しき門は行商の馬車、旅装束の集団等が列を作っている。関所のようなものだろう。

 大した時間も掛からず行列は捌け、己もさっさと倣うことにした。

 守衛なのだろう数人、皆鈍い鉄色の甲冑を着込んでいる。やはり馴染みの薄い意匠であった。

 

「うん? あんた随分と軽装だね」

 

 己の身形を見るや羽筆を握った兵士が怪訝そうに言った。まともな装備と言えば、腰に括った小剣が一振り。仰る通り、反論の余地もない。

 

「いやぁなに、道中で物盗りに遭ってな。有り金から手荷物から綺麗ぇに持っていかれちまったのよ」

「ははは、そりゃあ気の毒に」

「よくここまで無事に来られたな。街の周辺はともかく、山林はモンスターも出ただろう」

「そこはほれ、我が自慢の逃げ足が最高の働きを見せてくれたお陰よ」

 

 ぱちりと己の足を叩いて見せると、兵士達は揃って笑声を上げた。

 軽口もそこそこに、兵士は何やら手元の紙に書き込んだ。

 

「男一人入街だ。開門頼む!」

「通行料みてぇなのは取らねぇのかい」

「あぁないない。前線近い王都ならともかくこんな駆け出しの街じゃね。人相と数を記録するだけだよ」

 

 あっけらかんと兵士は手を振った。重厚な守護を謳っているのかと思いきやなんとも気安い警備である。身元の確認すらせんとは。いや、身元どころか記憶すらあやふやな己にすれば好都合この上ないが。

 門を潜ると背後から声が掛かった。

 

「ギルドは街の中心にある! 目抜き通りを歩いていけば道にも迷わないよ!」

「ぎるど?」

「ああ、あんた冒険者になりに来たんだろ?」

「……かははは! おう、そうとも。ありがとうよ」

 

 親切な兵士に手を上げて応え、門を後にする。

 さてはて、冒険者とはなんぞや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な商店や飯店は勿論、広場では多くの露天商によって市場(いち)が開かれている。

 街中を流れる川の畔で子供らが水遊びをしていた。釣り糸を川面に垂らした老人はそのまま船を漕いでいる。

 

「平和なこった」

 

 兵士に緊張感がないのも頷ける。結構なことだ。

 賑やかな通りの景色を楽しみながら悠々歩を進めていると、程なく目的地と思しき建物が見えた。

 冒険者ギルド。表札の文字は、何故かそのように読めてしまった。

 一度として目にした事のない文字である。しかし読める。意味も理解できる。不可思議である。

 

「まあいいか」

 

 不可思議など今更。この場に己が立って存在することの方がおかしいのだから。

 あるいはこれもエリス嬢の計らいなのやもしれぬ。

 両開きの大扉を開く。昼間ということもあり灯りは点っておらず、やや薄暗い。窓からの陽光が一際強く感じられた。

 入り口の両隣には巨大な騎士甲冑の彫像が置かれ、入り込んだ者を歓迎、ないし威圧した。

 

「いらっしゃーい! お食事は空いているお席にどうぞー! お仕事の案内は奥のカウンターへ~!」

 

 扉を潜った己を見付け、女給が大量の酒杯を両手に抱えながら言った。

 食堂、酒場であろうか。真昼間だというのに其処彼処の席で多くの者が飲んだくれている。しかし、この活気は嫌いではない。昼酒のなんとも言えぬその旨さもまたよぉく解る。

 

「かははは」

 

 酒宴に興じる道楽者共を羨みつつ、まず先に冒険者とやらについて知るとしよう。

 石床を蹴って進めば程なく受付と思しきものが見えてきた。硝子を取り払った窓枠のような番台の奥に勤め人が座っている。

 丁度人の捌けた場所へ足を向けた。出迎えたのは、金糸の髪を緩く巻いた妙齢の女である。その女の装束がこれまた、肩から胸元まで露になった妙ちきなもので。まるで着物を着崩した女郎である。

 女はその端整な顔に愛想の良い笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ。俺ぁ冒険者とやらになりにきたそうだ」

「はあ?」

 

 職員の女は頓狂な声を上げた。

 からかう心算でもなかったが、先程の兵士とのやりとりの可笑しみ(・・・・)がまだ残っていたらしい。

 

「や、すまねぇ。教えてもらいてぇんだが、冒険者ってぇのは一体なんなんだい。田舎から出てきたばかりでなぁ、どうも今一つ解らなくてよ」

「冒険者を知らない、ですか? ……あ、コホン。承りました。ではご説明致しますね」

 

 戸惑った様子も束の間、女はすぐに営業用なのだろう微笑を顔に張り直した。なるほど、客商売というものをよく心得ている。

 

「冒険者とは、一般市民、団体、商会、果ては王国と、様々な方面から寄せられる依頼を、それに見合った報酬と引き換えに受託、遂行する者のことです」

「代行請負人ってことかぃ?」

「そういった一面もありますね。ですが、冒険者の方々が本分とするのはその名が示す通り冒険です。前人未到のダンジョンに隠された宝を手に入れ富を得たい。あるいは強大なモンスターを討伐することで武勲を立て輝かしい栄誉を(ほしいまま)にしたい。あるいは魔道の粋を極め歴史に自分の名を刻みたい。そんな夢を追い掛けて、日夜危険に飛び込んでいく究極の自由業。それこそが冒険者なのです!」

 

 身振り手振り、臨場感に富んだ説明であった。言葉を尽くしてくれるのは大変助かる。内容の大仰さは兎も角。

 

「補足致しますと、私共ギルドは依頼の募集とその仲介。素材の回収、買取。金品の預け払い等。冒険者の方々を多方面からサポートしております」

「へぇ、預かり処でもあんのかい」

「勿論、幾らかの手数料は発生しますが……どうですか? 冒険者について多少なりとご理解いただけたでしょうか?」

「おぅ、そりゃあもう確りと。いやいや実に解り易くて助かったぜ」

「なによりですわ」

 

 夢を追える仕事――と言えば聞こえは良いが、代償が己の一命であるならば然もあろうよ。そして仮令、命を賭したとしても得られるものが死一つ、などという始末も考えられる。

 つまるところ冒険者とは“受け皿”なのだろう。

 真っ当な職にあり付けぬ者、世間に馴染めぬ逸れ者、食うにも困る貧しき者。そういった者らが浮浪者や犯罪者となって野に捨て置かれれば、治安は乱れ国も廃れる。そして政に信を置けぬならば民心は離れ、国家は遂に立ち行かなくなる。

 だからこそ冒険者なる身分を与え、型に嵌めるのだ。国家の一員として、如何様にでも使い潰しの利く人足として……これは流石に捻くれが過ぎるか。

 どちらにせよ。

 

「己にゃぴったりのお勤めだ。よぅし冒険者とやら、なってみようじゃねぇか」

 

 元より見知らぬ土地で手に職もなく、ほんの一食分の金子も持ち合わせがない。

 棒振り芸しか取り得のない阿呆には打って付けである。

 

「はい、冒険者登録をご希望ですね。ではまず登録手数料として千エリスお支払い願います」

「なに?」

 

 と思ったのも束の間、問題は即座立ち上がった。

 

「ま、まさか……あなたもですか」

「も?」

「あっ、いいえ~、こちらのことです。申し訳ありません。手数料をお支払いいただけない場合、残念ながら登録はお手続きできません」

 

 ぴしゃりと言い放たれてしまえばこちらはぐうの音も出ない。しかし当然と言えば当然。タダで職と身分を得ようなどという考えがそもそも烏滸がましかろうな。

 さてはて困った。こうなれば別の働き口を探さねばなるまい。

 そうして思案に暮れかけた時だ。受付嬢は「あ!」と声を上げた。

 

「あの、ポケットのそれ、見せていただいてよろしいですか!?」

「あん? これかい?」

 

 受付嬢は己の尻を指差している。尻の衣嚢(ポケット)からはみ出している“それ”を。

 ズボンからそっと取り出すと、合わせて女も手を出してくるが。

 

「おっととと、待ちな。無用心に触ると指を切るぞ」

「あ、す、すみません。今革手袋を」

 

 欲しい物を目の前にした童のような様である。少し気恥ずかしそうに受付嬢は奥へ引っ込んで行き、手袋をして戻ってきた。

 白くざらついた手触りが女の手に渡る。

 

「やっぱりそう……キャスパリーグの牙!」

「きやす、なんだぃ?」

「キャスパリーグ。巨大な猫に似たモンスターで、冒険者の皆様の間では『初心者殺し』と呼ばれてますね」

 

 その呼び名は聞き覚えがある。森で行き会った娘があの化猫を確かそのように呼んでいた筈だ。

 受付嬢はなにやら興奮した様子で続けた。

 

「キャスパリーグは大変狡猾で警戒心が非常に強く、害意を持った者が縄張りに入っただけで逃げてしまいます。運良く見付けたとしても、強靭な四肢から生まれる筋力と俊敏さ、何よりその爪と牙は薄い板金装甲程度なら切り裂いてしまうとか。新米の冒険者では手も足も出ない相手でしょうね」

 

 番台に載せられた白い牙を見る。鎧すら食い破るとは大した切れ味だ。

 

「それだけにキャスパリーグの素材は稀少なんです! 特に上顎の二本牙は、数の少なさもあってかなりの高額で取引されます! これ、一体どこで手に入れたんです!?」

「街の外の林でな、拾った」

「ひ、拾った?」

「不味かったか」

「い、いえ、盗品でないなら特には。被害届が出されていれば調査もされますし」

 

 己の返答に、受付嬢は呆れたか肩透かしを食ったか。小さく溜息など零している。

 

「と、とにかく、これを売却いただけるなら登録手数料分を差し引いた金額をギルドよりお支払いします。どうなさいますか?」

 

 言外に、売る以外に選択肢など無いだろうこの無一文め、というような主張が女の目に見え隠れしていた。

 一言一句その通り。

 

「ああ、頼む」

「承りました! 鑑定を致しますので、しばらくお待ちください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。こちらがお見積もりと鑑定証、そして金額証明書です。切断されている為、相場よりやや買取価格が下がりましたが、状態が良く『まるで生きた個体から直接切り取ったかのよう』と鑑定士からのお墨付きもありましたので、締めて四十万エリス。そこから登録手数料の千エリスを差し引きして、三十九万九千エリスになります。ご確認の上、どうぞお納めください。あ、ちなみに革財布はサービスです」

「これはこれはありがてぇ」

 

 三枚の書類。そして盆に載った金銀銅貨十数枚と紙幣数十枚。枚数を鑑みるに紙幣一枚が一万エリスであるらしい。

 書類の文面を検め、紙幣と貨幣の枚数をざっと確認し、さーびすで貰った革の袋へじゃらじゃらと流し入れた。

 

「確かに、頂戴した」

「はい、では登録手続きへ移ります。こちらのカードに触れてください。それで貴方の潜在能力が数値として表示されます」

 

 そう言って差し出されたのは掌に収まるほどの四角い薄板。素材は紙ではなく、石や金属に近い。

 なんのことやら分からず、言われるままそれに触れた。

 触れた瞬間に変化は起こった。

 かーどの表面に文字列が浮かび始めたのだ。それらは暫時統一性無く蠢いていたが、少しずつ整然と規則的に、遂には文章、あるいは図形として完成してゆく。

 

「結構です。では確認を……」

 

 出来上がったかーどを女が見る。見て。見たまま、暫時受付嬢は沈黙した。

 

「? どうかしたか?」

「な、ななな、なんですかこのステータス!? 昨日に続いてこんな、とんでもないことになってますよ! 魔力値を除いたほとんどの値が超――」

 

 彼女の声は実によく通る。日々人との対話を仕事とするからこその声量、発音、かつぜつ。どれ一つとっても申し分ない。

 そして今はどれ一つとて過剰であった。

 故に、その口に指先を押し当てる。

 途端、受付嬢殿は声の出所を失い「はぷん」だか「わぷぷ」だかよく分からん頓狂な音を出した。

 

「まぁまぁまぁまぁそう大きな声を出しなさんな。他の客がびっくりしちまうだろう? な?」

「ふ、ふぁい。しゅみません」

 

 落ち着きを取り戻した受付嬢はまた咳払いを一つ打った。

 

「えー、ステータスとクラスについては……」

「からっっきしだぁな」

「あっはい、そうですか……ステータスはその人間の各能力の数値。クラスは職業とも呼び、ステータスに応じた専門技能者のことを指します」

「へぇ。なら俺もその、職業っつうものを割り振られんのかい」

「ええそうです。そして、貴方のステータスなら物理戦闘系であればどんな職業にも適正が!!」

「嬢ちゃん、静かに頼まぁ」

「あっはい、すみません。クラスにも種々ありますが、貴方は魔法適正が無いようですね。逆に言えば、それ以外のほとんどのクラスを選択可能です!」

 

 満面笑顔でそう言われれば、まあ悪い気はしない。相応に期待を持たれているのだ。応えられるかどうかはまた別問題だが。

 職業。自己の代名詞である。つまるところ、己を指して何と呼ぶのか。

 お前は一体何者なのか、と。

 そんなものは端から決まっている。

 

「剣を扱う職業はやっぱり剣士かね」

「ええ。ソードマンです。でも貴方のステータスなら余裕でソードマスターになれますよ! 上級職は初期スキルポイントも多く、固有スキル習得に必要なポイントにも補正が掛かりレベルアップすればさらに高効率の成長が――」

「そうかい。なら剣士でお願いできますかな」

「可能で…………へ?」

「剣士で頼むよ」

 

 木魚が拍子を刻むような間が暫時。程なく脳内で御鈴が鳴った。

 その音が聞こえた訳でもなかろうが、受付嬢もはっと目を覚ます。

 そうして身を乗り出してこちらに迫ってきた。

 

「いやいやいやいや!? どう考えてもソードマスター一択でしょう!? 上級職ですよ!? そうそうなれるものじゃないんですよ!? 私の話聞いてました!?」

「あぁ聞いたとも。なればよ。すきる(・・・)だのぽいんと(・・・・)だのややこしくてなぁ。今までの話に続いてこりゃもう爺の脳味噌にゃ些かならず荷が重てぇ。だもんで、剣士で十分となる訳よ。うん」

「ええええぇぇぇ…………」

「かっはははは!」

 

 女は腹の底より声を絞り出して番台に脱力した。豊満の過ぎる柔肉が台の表面でぐにゃりと形を潰す。まるでその疲労感を表すように。

 

「造作を掛けた。いろいろありがとうよ」

 

 投げ出された掌に折り畳んだ何枚かの紙幣を置き、その場を後にする。

 こうして、受付嬢殿の懇切丁寧な説明と説得を大いに無碍にして、ここに冒険者剣士シノギ・ジンクロウが誕生したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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