早朝、石畳に靄が湧き、まだ肌寒さを覚える時刻。
ギルドへ向かう道中、パーティメンバーが落ち合って早々に、開口一番爆裂魔法オンリーガールは言った。
「たるんでますよ」
「なんだよ、藪から棒に」
脈絡も伏線もあったもんじゃない。
めぐみんはローブを手ではためかせて、分かりやすく発奮した。
「ジンクロウのことです!! ここのところずっと単独行動じゃないですか!」
「あー、まあ擦れ違いは増えたかもな」
「カモもネギもありません。パーティの一員としての自覚が足りないのですよ!」
自覚どうこうというのなら、自分も大概そんなものの持ち合わせなどないが……。
「カズマ?」
「……」
「パーティリーダー(仮)を名乗っておきながら、まさかキゾクイシキなんて欠片もありませんが何か? とか寝惚けたことを口にしやしないでしょうね……?」
「案の定(仮)を添えて来やがったな爆裂ロリィめが」
初対面の(本性を表す前の)ダクネスに気の迷いからリーダーなんて見栄を張ったりしたが、このパーティにまともな指示系統なんてものは無い。ぬぁい。無いったら無い。
あるのはその場その場を行き当たりばったりで乗り切る無駄なアドリブ力とノリと勢いと愛しさと切なさを抜いた心強さぐらいだ。
頼みの綱だと思っていた
「むぅぅうああああああああ!! 不完全燃焼ですー! また突撃牛の時みたいにうじゃうじゃと寄り集まったモンスターを一気に消し飛ばしたいのですぅー!!」
「やっぱそれが本音か。ジンクロウのあの釣り野伏(笑)は良い子が真似したら死ぬんだよ。諦めろ」
「うぅ~! じ、じゃあ良い子とは遥か程遠い悪い子代表のカズマになら出来るというんですか!?」
「誰が悪童じゃコラ。てか普通に考えて、良い子が真似して死ぬことは悪い子が真似しても大抵死ぬわ」
「ぬぬぬぬ……!」
ロリっ子ロリっ子とおちょくることは数多いけれど、今日のめぐみんは常にないくらいロリ、もとい幼稚だった。
「どうしたんだよめぐみん。これじゃあロリっ子というより駄々っ子だぞ?」
「んなっ、言うに事欠いてなんたる暴言を!? 許すまじこのパンツ泥棒がぁ!」
「まあまあ落ち着け二人とも」
互いの両掌を掴み、所謂
「あまり強く言ってやるなカズマ。めぐみんはただ、ここ暫くジンクロウに構ってもらえなくて寂しいだけなんだ」
「ななな何を言ってやがりますかダクネス!?」
「あぁ~、なるほどなー。そういえば前臨時でリーンがパーティに入った時も露骨に機嫌悪かったもんなー。お爺ちゃん取られてめぐみんちゃんぷんすこぷんでちゅかぁ~?」
「この男はこの男で未だ嘗てないくらいイキイキとした顔し腐ってやがりますよ!?」
人の弱味を見付けるとなんだかとっても楽しい気持ちになれるんだってことを知った今日この頃だった。
流石に脇腹をどつかれたが。
「ふ、ふふん! ダクネスもカズマも発想が子供っぽいですね! 私はあくまでもパーティメンバー同士の結束の大切さを語っているだけで、べ、別に私がジンクロウを、す、す、す……スキ、とか……そんな話をしているのではなくて!!」
「ほーん。じゃあジンクロウに彼女とか」
「ぐ」
「恋人とか」
「ぬ」
「そういう相手が出来たとしてもなーんにも気にすることない訳だな」
「それはダメなのです!」
叫んでから、めぐみんは自分の声の真剣さに自分で驚いたらしい。
そうして見る見る意気消沈して俯いてしまった。
「違うのです……ジンクロウは、その、そういうのじゃなくて……もっと、もっと別の……」
そのままぽつりぽつりと悲しげに呟くめぐみんを見ていると、なんだか無性に居た堪れない。
「あーもー、そんなにしょげるなよぉ。分かってるよ。好きとか嫌いとか言っても変な意味じゃないんだよな? 人間的な部分がーとかそういう、そういうなんかこう…………悪かったよ。ちょっと言い過ぎた。だから機嫌直せよぉ、めぐみん」
「そうだぞ、めぐみん。カズマの妄言は今に始まったことじゃない」
「おい」
「それに、寂しがってるのはカズマも一緒だろう?」
「はぁ!? んなわけねーし! 俺は立派に冒険者一人前でやってますしおすし! あいついなくたって何の支障もござんせん!? えぇえぇござんせん!」
反射的に捲くし立ててから気付く。こちらを見上げる紅い眼光、そのニヤついた顔に。
「おやおや~カズマ? まるで弟妹が出来て以来親に構ってもらえない長男のような寂しん坊っぷりですねぇ~。同期の冒険者といっても、なんだかんだでジンクロウにおんぶにだっこでしたもんね? それが突然組む機会も減ってさぞ面白くないんでしょう? 解ります。解りますよ。だって顔にそう書いてありますからねぇ!!」
「ここぞとばかりに息吹き返しやがった!? というか毎度毎度おんぶにだっこされてんのは間違いなくお前だかんな!?」
睨み合いが膠着常態に入り始めた頃。ふと気付いてみれば、いつもなら真っ先に茶々を入れてきそうな騒がしい奴の声がしない。
アクアはぽつねんと道端にしゃがんで膝を抱えていた。
おバカで能天気で元気一杯だけが取り柄のこの女神が、どうしてこうも暗く沈んでいるかというと。
「……アクア~、いい加減観念しろよ」
「ぅぅうだって! だってぇ! 私のせいじゃないのに! 私なんにも悪くないのにぃ! なんで私が借金背負わなきゃいけないの!?」
先日の『湖の浄化』クエスト。あの時、ティーバッグよろしくアクアを湖の水に浸ける為、ギルドから金属製の檻をレンタルした。
そうして無事クエストを終了してドナドナ(擬音語)とアクアを護送している途中、例の魔剣の人に遭遇。ブルータルアリゲーターに齧り付かれても軋む程度だった頑丈な檻を、魔剣の人……いやツルさんだったっけ? そうだそうだ、そのツルさんが素手でひん曲げて壊したのだ。
当然、弁償である。クエストの要項にもきっちり「レンタル品が破損、故障した場合は全額をクエスト受託者に請求致します」と明記されていたし、馴染みの受付嬢さんには口頭でもしつこく念を押された。
斯くして、アクアは成功報酬30万エリスから檻の修理代金20万エリスを天引きされた訳だが。
「次の日、手元に残った10万エリスで梯子酒かましまくって遂には街金で借金してまで飲み明かしやがったのは、えっと~どこのどなた様でしたっけ~?」
「ほ、ホントは30万の筈だったんだもん! だから30万分飲んだっていいじゃない! 飲ませてよ! 私の生き甲斐奪わないでよぉ!」
「うわぁ……」
アル中という罵倒がマジで洒落にならなくなってきたな……。
まあ、受け取る筈だった報酬額の大半を持っていかれたという点
アクアを懸けた勝負(爆笑)に負けたツルさんは。
『自分の未熟を痛感したよ……アクセルを出て、暫く武者修行の旅に出ようと思う。いつか君と、そしてなによりシノギさんにリベンジする為にね。また会おう! サトウ・カズマ!(キラッ』
などと意味不明なことを勝手に供述して去っていった。あ、ちなみに最後の擬音はあいつのやたら白い歯である。
「あんの魔剣男ぉ……今度会ったらタダじゃおかないわ。ゴッドブローを叩き込んでから50万エリス耳を揃えてきっちり支払わせてやる……!」
地の底から響き渡ってくるかのような低い声と光の無い据わった目で自称女神が拳を握る。金額の割り増し甚だしいが、口にはすまい。どうせ他人の金だし。
ジンクロウ曰く魔剣の人ツルさんはアクアに首っ丈らしいが、そんな彼に対するアクアのヘイトは鰻上りだった。
呆れるべきか悲しむべきかも判らない、いろんな意味で救いようのない話にめぐみんもダクネスも顔を引き攣らせている。
「そ、それはともかく。いえ、だからこそです! 今日こそジンクロウを捕まえて、冒険の華! モンスター討伐に繰り出すんです! ふふふ、私とジンクロウのコンビに係れば伝説に謳われる邪神だって屠り去れますよ!! ほふほふですよ!」
「そ、そっか! そうよ! めぐみんの爆裂魔法で凶悪なモンスターをドッカンドッカン倒しちゃえば借金なんてチャラどころか毎日毎晩高級シュワシュワ飲み放題だって夢じゃないわ!!」
「お前はどんだけ他力本願極めるつもりなんだよ」
「私としてもモンスター討伐に行くのは賛成だ。この体が、そろそろ嗜虐を求めて疼き始めている……!」
「お前は討伐じゃなくまず病院行ってこい。頭の」
「んっ……言葉責めは基本という訳か。やるなカズマ」
いつもの面子がいつもの調子を取り戻してきた。いや別に取り戻して欲しいなんて1ミリも思ってないけど。
ただまあ、こいつらの手綱を一人で引っ張るのもそろそろ疲れてきた頃だ。めぐみんの言い分ではないが、今日くらいはジンクロウを捕まえてこの負担を折半してやる。
「けどそんな簡単にいくのか? もし先に清掃業務なんて受けてたら今日一日はどこにも行けないぞ」
「ふっ、抜かりありません。その為の事前調査は既に完了済み。この時刻なら、まだジンクロウは依頼を物色しているだけで受託まではしていない筈です」
事前調査も何も本人がそう言ってたんですけどね。そのドヤ顔にデコピン入れてやろうか。
「いや分からないぞ。ジンクロウのことだから今頃どこぞの美人とデートに出掛けたかも」
「はっ、ジンクロウに限って仕事もせずに女に現を抜かすなんてありえませんよ。カズマじゃあるまいし……カズマじゃあるまいし!!」
「繰り返すな! 大事なことってか!?」
朝っぱらから騒がしく、いや限度があるわ。
そろそろ御近所から苦情が来そうなので、四人でギルドへの道を再び歩き出した――――その時。
「うん?」
「? どうしたんですか、カズマ」
「馬だ」
朝靄の向こうから、軽快な蹄の音がしていた。この世界、延いてはアクセルの街で馬なんて別に珍しくもない。
こんな朝早く、街中を馬で早駆けする奴がいることに少し驚いたのだ。
「めぐみん、はじ寄んな」
「あ、はい。すみません」
一応、道の真ん中から端っこへ移動する。暴れ馬でもなければ轢かれるようなことはないだろうが、念の為だ。
案の定、杞憂だった。
馬はきちんと俺達を避けて――――
「よぅ、カズ!」
「え?」
「あ」
「おや」
「んあ?」
白んだ朝の空気を貫いて、輝くような“赤”が過る。
四者四様に頓狂な声を上げた。その横合いを、赤毛の馬を駆ってジンクロウが過ぎ去っていった。
馬上にいたのは男一人ではなくもう一人、男の前側、ジンクロウの胸に抱えられるようにして少女が馬に跨っていた。
「すまぬが先を急ぐ故! 御免!」
そんな言葉を張り上げて、遠退いていくホーステール。仲良くお馬でツーシーター。
対するこちらに言葉はない。特に、傍らの爆裂少女には。
「……」
「……」
「……あー、その、なんだ……あっ、そう! で、デートって決まった訳じゃないから! な? めぐみん。めぐみん? おーい?」
「…………よ」
「よ?」
ぼそりと一音、聞き取れるか取れないかのぎりぎりの声量に思わず耳をそばだてた。
「よりによって何故ゆんゆんですかぁぁああああああああああああああッッッッ!!!!」
少女の絶叫が朝空と俺の鼓膜を貫いた。