この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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24話 袖振り合うも他生の縁

 

 

 アクセルからも程近い東の森を抜けた先、台地の上にその廃城はあった。

 生者が絶えて久しい伽藍洞の大広間、城主謁見の間にある豪奢な椅子にそれは坐していた。

 黒い騎士甲冑。椅子に腰掛けていてもなお分かる偉丈夫。

 

「魔王様より賜った強化ゴブリン部隊が全滅しただと」

 

 驚愕を滲ませた男の声は、鎧の掌から発せられた。本来胴体の上に据わっているべき頭部が、兜を被って男の手の上に収まっている。

 首無し騎士デュラハン。

 死霊、屍鬼、時に妖精の一種に数えられる存在。しかし何れも同様にある一つの事象と関わり深い。

 即ち、死。死に纏わり、死に囚われ、死を司る。

 そしてこの男こそ、この世界の人種の敵。魔王軍幹部が一、デュラハン・ベルディアであった。

 

「ふ、駆け出しの街と侮ったわ。まさか上級冒険者パーティすら鏖殺するゴブリン・ウォリアーを倒せる者がいたとは……あの預言、下らん御伽噺かと思ったが。満更出鱈目でもないらしい」

 

 首無しの騎士が立ち上がる。

 傍らには巨大な諸刃の剣が立て掛けられている。刃渡りだけで大の大人ほどもありそうなその巨剣を掴み、苦も無く肩へ担ぎ上げた。

 

「ならばこの俺自ら出向き、“光”とやらを確かめてやる」

 

 黒い瘴気、怨念と憤怒で彩られた戦気を全身に漲らせ、暗黒の騎士が今動き始めた――――

 

 

 

 

 

 

 

「つ、ついでに、ウィズの様子でも見に行ってやろう。ついでに、ああ、ついでだ。アクセルで店を開いたとかいう話だし、いや偶然今思い出したんだけどね。ぐふ、ぐふふふ……さあ、今回は何色だろうなぁ! 久しぶりに目の保養と行こうかなぁ!!! ぐふふふふはははははは!! ついでだけども! ホント他意はないけども!! ぬっははははははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、あのゴブリン共の正体は今以て判っていない。ギルド側も引き続き調べを進めるとのことだが、はてさて事が明るみになるのも何時になるやら。

 気にならぬかと言えば嘘になろう。とはいえ我が身は(しが)ない冒険者剣士。真っ当な堅気衆のように定まった生業があるでもなし、糊口を凌ぐ手立てと言えば雑事雑役が関の山。

 化物魔物の討伐征伐? なるほど確かにそれこそは冒険者稼業の花形に相違あるまい。

 切った張ったに身を置いてこそ冒険者の本懐、とは、ダストだかキースだかの言であったか。いや、それともカズマのボヤキであったか。

 そうした思惑が、解らぬではない。むしろ己にしてからが刃金を振るうは馴れ親しんだ日常行為であった。

 それ故に、今の己を見たならばダスト辺りは小言と悪態を吐いて寄越すだろう。

 

「お~い、どんなもんだー冒険者の兄ちゃん」

「おう、今に済む」

 

 釘を打ち付けること数度。我ながら見栄えも悪くない。修繕の済んだ野地板に土を塗り込め、仕上げに赤い瓦を押し付けて葺く。

 ここからならばよく見える。アクセル、赤い瓦葺の屋根が彩る美しい街並みが。

 屋根の修繕を終えて、大工道具一式を抱えて梯子を下りる。

 そこには、禿頭を撫でるパン屋の店主が待ち構えていた。

 

「腐った基礎板は鋸で切って、手当たり次第糊で埋めて板を打った。ま、向こう数日は晴れる。固まっちまえば雨漏りもしなくなるであろう」

「いやいや十分だありがとう。すまんねぇ、溝さらいのついでに屋根の修理までさせちまって」

「なぁに、いいってこと」

「あ! お疲れ様だねぇお兄さん! よかったらお茶でも飲んでって。今ちょうどエピが焼き上がったとこなの」

「お、いいのかい。すまねぇな」

 

 店の奥から恰幅の良い()方が、茶と奇妙な形のパォンを盆に載せて運んでくる。

 表に据えられた客用のベンチに腰掛け、出された膳に両手を合わせた。

 まさしく麦の穂のように幾重にも別れた丸い生地。その中にベーコンを丸め込んで共々焼いている。

 齧り付く。表面はしっかりとした歯応えだが、中はふっくらと歯ざわりも優しい。中に蓄えられていた蒸気が口から鼻へと抜けて、バターと肉の香ばしさで一杯になる。

 ものの三口で平らげ、紅茶を啜る。

 

「うむ、こいつぁうめぇや」

「だろう? 焼き立てのエピの味なら、うちはアクセル一番さ」

「かかかっ、ならば次は是非、己の仲間を引っ連れて邪魔させてもらうぜ」

 

 もう一度合掌して膳を返し、店を後にする。

 (りき)と血が湧くような心地。いい腹拵えになった。何せまだまだ仕事が山積みなのだ。

 街の溝さらいと一口に言っても、一人の冒険者が街中隈なく道を家々を廻らねばならぬ訳ではない。朝ギルドの受付で依頼『溝さらい』を受託した冒険者それぞれが幾らかに区分された領域を割り当てられる。この領域の多寡と清掃の出来栄えによって、固定の給金に少しばかり“色”が付く。

 今日はその受け持ちがやや広い。無論、志願してのこと。

 清掃業務の際に身に着けるお決まりの作業着姿、スコップと箒と鎌と工具諸々を背負子に担ぎ、今日も平和なアクセルを行く。

 

「あ、掃除のおじちゃん! また果物買いに来てねー!」

「おお掃除屋の。この前は孫と遊んでくれてありがとうよ」

「掃除のおっちゃんだ! なーなー今度また釣り教えてくれよぉ」

「この前はありがとよ掃除屋の兄ちゃん。御蔭で雨降りでも店先が綺麗なもんだ。また頼んだぜー!」

 

 板に付くとはこのことだろう。うっかり本業を忘れてしまうほど。

 当の本業はしかし、今は手を付けようにも付けられない。魔物討伐依頼は相も変わらず増える兆し微塵とてなく、かといって粋人を気取り無聊を託っていられるほど懐は暖かみを欠いた。

 

 それというのも、痛手はやはり先のゴブリン退治。

 最後の最後でアクア嬢が派手にやらかしてくれた。あの大水で廃村の炎が余すところなく消え去ったのは良いが、山を流れ落ちたそれが麓の村にまで達したのがいけなかった。

 村の家々、そして住人に幸い被害は無かったものの、何と村の食い扶持と年貢を賄う麦畑を、丸ごと駄目にしてしまったのだ。

 此度の依頼料、己とカズマの蓄財を賠償に当てた。加えて、あの大型ゴブリン。奴の首には3,000万エリスもの賞金が掛けられていたそうだ。近年各所の村々を襲い始めた新参の魔物とあって、額は控えめだそうだが逡巡の余地もない。

 どうにか搔き集めた金で、こうして借金だけはこさえずに済んだのだった。

 

 まあ当然、今や我が徒党は螻蛄(おけら)の集まり。その日その日も食うや食わずで、貧乏暇なしの習いに偽りなくこうしてせっせと働いている訳だ。

 今頃はアクア嬢を筆頭に、カズマやめぐみん、ダクネスも引っ張り出されて、子供ら四人新たな依頼をこなしているだろう。

 湖の清掃だか浄化だか。まあ溝さらいと似たようなものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『汚染された湖の浄化』

 アクアが持ってきたその依頼を終える頃には、もう日も暮れていた。街は帰路を急ぐ様々な人が行き交っている。あるいはそうした人々を店先から呼び込む商売人や酒場の活気で周りは溢れている。

 この雰囲気は嫌いじゃない。夕飯は何を食べようかとか今日は奮発してちょっと良い酒飲もうかなとか、そういう何でもないことに胸躍らせて帰路に着く。素敵やん。

 だから。

 

「おい! 聞いているのか! アクア様をこんな惨めな境遇に貶めて君は恥ずかしいと思わないのか!」

 

 目の前で声を荒げる青年を見るともなしに見ながら、意識は夕飯の算段に勤しんでいたとしても自分に責められる謂われはない。と思う。

 檻に閉じ籠るアクアを荷車で護送する途中、上等な甲冑に身を包んだこの青年に捕まった。なんでも自分と同じ転移者、転生者だとか。当然、というのも悲しくなるが、アクアが自分でこの世界に送り出した地球人の顔を一々覚えている筈も万に一つとして無く、名前も朧げで……みつ、まつ? なんたらさんと名乗っていたような気がする。

 

「ふんっ、アークウィザードにクルセイダーの仲間か。おおかた彼女達の優秀なステータスに頼り切って君は碌に戦うこともしないんだろう。装備を見れば分かることだ」

 

(カエルの唐揚げもそろそろマンネリだなー。たまには野菜中心のメニューもいいかもなー。あ、ジンクロウの摘まみちょっともらおう)

 

 毒と呪いで汚染された湖の浄化方法として、檻に入れたアクアを湖に漬け置いた。するとあら不思議、ほんの七時間程度であんなに黒ずんでいた湖が透き通った清水に。その際、でかい鰐の魔物に取り囲まれ、檻ごとド突き回されたりしていたが、それも迅速な浄化の為の止むを得ない犠牲(コラテラル・ダメージ)である。

 飲み水の清濁は人間にとって死活問題。珍しくアクアがアクア自身の力で世の為人の為になったのだ。

 まあ、現在我々が無一文になったのはこの女の所為なので、称賛はしても同情心はない。

 

「君達! もう心配ない。こんな男さっさと見限って僕のパーティへおいで。大丈夫、君達は僕が守ってあげるから」

 

(焚火前でまたジンクロウと飲みたいな。あの渋い感じがいかにも荒くれ冒険者って気分が出てイイんだよな~)

「……カズマ、ちょっと聞いてますか? カズマってば」

「なんだよ。今俺は晩御飯と晩酌の計画で忙しいんだ」

 

 つんつんと肩を突かれ、青年を後目にめぐみんの方へ首を巡らせる。一応声は潜めた。

 

「それ、せめて目の前の問題を解決してからやってください。あと晩御飯はお肉がいいです」

「こらこらめぐみん。ここのところ肉料理ばかりじゃないか。ちゃんと魚や野菜も摂らないとダメだぞ」

「私はシュワシュワさえあればなんでもいいわ~。皆が決めて。あ、突撃牛は食べたいわ。お刺身なんかもいいわね。あっ中華! 中華にしましょうよ!」

「任せるんじゃねぇのかよ飲兵衛女神」

 

 そしてメンバー全員揃いも揃って晩飯の事しか考えてないのかよ。その連帯感をほんの一ミリでもいい戦闘中に発揮してくれ。切実に頼むから。

 

「さっきからごちゃごちゃと。はっ、どうやら何も言い返せないみたいだな。図星を突かれて」

 

「カズマカズマ、なんだか物凄いドヤ顔し始めましたよ」

「うん、見えてる。見たくもないけど見えてる」

 

 散々な言われようだ。ハイクラス職業のメンバーにおんぶにだっこなダメな奴。簡単に言うとそんな感じに扱き下ろされてる。

 アル中女神。爆裂狂い。ドM騎士。

 こいつは知るまい。このぶっ飛んだ変態達と冒険するのがどれだけ()()であることか。

 

「いや、あの、カズマも大概私達を扱き下ろしてますが」

 

 さて置き。

 

「おい、置くなよパンツ泥棒」

 

 それでも不思議なことに、怒りは然程湧いてこなかった。

 いやイラっとはしてるけどね? 転生特典の優秀な性能に頼り切りなのむしろお前じゃね? とか色々な部分でイラっと来てますけどもね?

 ただ、そういうイラつきだったり鬱憤だったりは、きっとどうってことない。ちびちび酒を酌み交わして、愚痴の一つ二ついつでも聞いてくれる友人がいる。

 ジンクロウ、あの剽悍な青年を思い出すと、なんだか怒る気も失せるのだ。

 

「おぅいカズー」

「あ」

 

 噂をすれば、本人が。

 汚れた作業着姿、種々の掃除用具を背負ったジンクロウが歩み寄ってくる。

 

「お疲れーっすジンクロウ」

「ただいまなのです」

「うんうんグッドタイミングよジンクロウ! これで全員揃って酒場に繰り出せるわ!」

「今日も清掃業務か。重労働だったろう……いつもすまないな」

「おう、お前さんらも御勤め御苦労。あとダー公よ、その言い草ではまるで我この街の領主でござい! ってな風に聞こえちまうぜ?」

「ん゛ん゛っ、いやすまん。妙な言い回しをしてしまった。うん」

 

 なにやら軽妙に笑って、そのままジンクロウは首を傾げた。

 

「で、こんな道のど真ん中でてめぇら何をしてんだぃ」

「あーうん。それがさ」

 

 改めて尋ねられてみるとなかなか説明に困る。要は道端で絡まれてます、というだけの話なのだが。

 

「き、君は、もしかして僕らと同じ転生者なのか?」

「あん? あー、どちらさんだぃ。カズの友達か」

「違います」

 

 ノータイムでノーを突き出す。そんな勘違いをされては堪ったもんじゃない。

 こっちの素気無い態度に苦笑して、ジンクロウは青年に向き直った。

 

「俺ぁシノギ・ジンクロウという。よくは分からんが、うむ、その転生者というやつらしいぞ」

「僕は御剣響夜。知っての通り、君達と同じく魔王征伐の使命を受けてこの世界にやって来た」

「ほぅ、そいつぁ御苦労なこって」

 

 聞きようによっては小馬鹿にしたような物言いだが、たぶんジンクロウのことだからわりと本気で感心してたりするんだろう。

 目の前の青年に、そんな内実が理解できる筈もなく。

 

「なん、君は、ふざけてるのか!?」

「ん?」

「僕らは世界の危機を救う為にこの世界にいる。だというのに、君のその恰好……はっ、溝さらい? まさか、未だにそんな雑用をやってるのか?」

「そうさなぁ、そろそろ四月(よつき)にもなる。すこっぷ捌きもなかなかに上達したもんだぜ。かかかっ」

 

 モンスター討伐なんかの傍ら、ジンクロウはわりとコンスタントに溝さらいや清掃なんかの依頼を受け続けていた。街の人と顔を合わせて世間話しながら掃除をするのが性に合ってるとかなんとか。

 まあ冒険者っぽくはない。血沸き肉躍るファンタジー! とは遥かに遠い地味ぃぃな作業だ。

 でも、だからといって。

 

「そんな下らない仕事に逃げて恥ずかしいと思わないのか!」

「? とは、どういう意味だぃ」

「とぼけるな。モンスターと戦うのが恐くて、安全な街の中でやり過ごせる楽な仕事に逃げてるんだろう君は!」

 

「は?」

「あ゛?」

 

 下らないだの、楽な仕事だの、赤の他人の、お前みたいな奴にジンクロウを貶す権利がある訳ないだろ。

 今の今まで何も感じなかったのに、その瞬間全身がカッと熱を持った。血管に血が過剰に巡って、腹の底で何かがぐつぐつ煮える。

 ていうか、それはどうも自分一人ではなく。

 いつの間にか前に進み出ていた小さな紅い影。めぐみんが、杖をその辺に放るやなんかすごい光り始めたんですけど――!?

 

「暗黒に染まれ我が真紅。『エクスプロー――――」

「あぁ!?」

「だぁぁあああああーー!!? 待たんかいロリっ子ぉ!!?」

「めぐみん待ってお願い待ってごめんなさい待゛っでぇええーー!!?」

「街中は不味い!! せめて外で……いや私に来い!! ズドンと来い!! さあさあさあ!!」

 

 突然のめぐみんの暴挙に、ジンクロウが羽交い絞めに、俺がその口を手で塞ぎ、ダクネスは真ん前に陣取り、アクアは腰抜かして石畳を這った。

 

「むぐむむんぐむ」

「もう詠唱しないなら手をどかしてやる」

 

 マジトーンで言うと、いかにも不承不承といった態度でめぐみんは頷いた。

 視線で確認すると、ジンクロウも頷いたので暴走娘の口元から手を引いた。

 

「なんちゅうことすんだよこの爆裂狂」

「別に何も不自然なことはしてないです。カズマだって怒ってるじゃないですか」

「え? うん、まあ、そうだけど……や、だからってお前こんな街中で爆裂魔法とか危な過ぎるだろうが。関係ない人だって周りに大勢」

「大丈夫ですよ。短縮詠唱の上に魔力も絞ったので、精々荷馬車と私達が吹き飛ぶ程度です」

「何一つ大丈夫じゃねぇよ」

 

 うん? 短縮詠唱?

 なんか今聞き捨てならないことをこのロリっ子が零したような。

 それを尋ねるより早く、地面にそっとめぐみんを下ろしたジンクロウが、その場に屈んでめぐみんに目線を合わせた。

 

「どうしたどうしためぐ坊。賢いお前さんらしくもねぇ」

「……」

 

 笑みを向けるジンクロウからめぐみんはそっぽを向く。

 

「……ジンクロウが何も言わないからです。あんなに好き勝手言いたい放題で……ジンクロウが本当は凄い人だってこと、なんにも知らない癖に」

「ふぅん、そうか……ははは、そうかそうか」

 

 尖がり帽子の上からぽんぽんとめぐみんの頭を撫でて、ジンクロウは笑う。

 そうだ。さっきからジンクロウは笑ってばかりで、この甲冑男の言葉に気分を害した素振りすらない。

 

「そうとも。笑って済む内が華よ……とはいえ、だ」

 

 ジンクロウは肩を竦める。そして目の前の甲冑くんに向き合った。

 

「どうも己が気に喰わぬらしいな」

「――――あ、そ、そうだ。君みたいな臆病者のところにアクア様を置いてはおけない!」

「こいつやっぱり消し飛ばします」

「ロリっ子ステイ」

 

 直接殴り掛からんばかりの勢いのめぐみんを今度は俺が羽交い絞めにする。

 まあ、この後の展開は簡単に読める。

 勝負をして、勝った方がアクアの所有権を得るとかそんな感じだろう。

 

「あの、私地味に物扱いなんですけど……」

 

 いや初めから物扱いです。WEB版でも小説版でもアニメ版でも。

 ……変な電波を頭から振り払う。

 ともかく、結果は目に見えてる。もうなんなら今からお風呂入りに行けるレベルで。

 極上の武器を持った素人の青年と、スコップを持った年齢不詳戦歴不明(数えられない的な意味で)の剣士ジンクロウ。

 お前が馬鹿にした男の強さを思い知るがいいわ。

 

「カズマがまた邪悪な顔をしてます」

「うーん、なんだか子供っぽくて私好みではないな。ふふ、まあ微笑ましいが」

「ジンクロー。早く終わらせてよー。私お腹空いたー」

 

 外野のヤジなんて聞こえていないのか、青年が腰の剣に手を伸ばす。

 

「勝負だ。勝った方がアクア様と旅する権利を得る!」

「ほう。勝負」

「勿論、剣で――――」

 

 剣の柄を掴み、一気に引き抜こうとして――――止まった。

 いつ動いたのか、いつあんなに近付いたのか。 

 ジンクロウの手が、青年の剣の柄頭を押さえ込んでいた。抜剣すら許さず。

 

「まあまあ落ち着きな、お若ぇの。ここは天下の往来だ。御腰の立派なもんは大事に仕舞って置こうや」

「…………へ?」

 

 返事が遅れることたっぷり三秒弱。どうやら青年はたった今、ジンクロウの存在に気が付いたらしい。

 それほどに不意を衝かれていた。

 

「飯だ。飯にしよう」

「え?」

 

 居直ったと思えば出し抜けにジンクロウは言った。

 思わず聞き返した俺を見て頷く。

 

「腹が減っておるから皆苛立つのよ。めぐ坊を見な。今にも喰らい付かんばかりではないか」

「ちょっ、人を食いしん坊みたいに言わないで欲しい!」

「いや食いしん坊だろ。間違いなく」

「なにをー!?」

「かっははははは!」

 

 愉快愉快と一頻り笑って、ふとジンクロウは青年を見た。

 

「お前さんもどうだ」

「へ? ぼ、僕も、ですか?」

「はぁ!?」

「無論お前さんだよぅ。あぁ、連れ合いが居るんなら遠慮なく一緒においで。良い店を見付けてな。くくく」

「ちょっ、何言ってんだよジンクロウ!?」

「いいじゃねぇか、カズ」

 

 こちらの抗議なんかどこ吹く風。

 いつも通りの剽悍さで、男は唄うように言った。

 

「袖振り合うも他生の縁、ってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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