この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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なんかホントにすんません。




23話 そして彼の“いくさ”

 作戦は以下の通りだった。

 ①ジンクロウと盾持ちダクネス二人の囮

 ②集団背面からの奇襲(エクスプロージョン)

 ③ダクネスによる敵集団の誘導

 ④カズマ、リーン、ついでにアクアがそれらを一掃

 

「いやいやいや無茶でしょ!? 無理でしょ!? 特に④番!!」

 

 茂みの中で四人、小さく屈み込んで村の様子を窺う。必要に応じて潜伏や忍び脚なんかを使いながら慎重に近寄ってきたので、そうそう見付かることはないだろう。

 ノータイムでツッコミをくれるリーンの有り難みを噛み締めつつ、頷く。

 

「うん、ぶっちゃけ俺とアクアだけだったら無謀通り越して絶望だったわ」

「うんうん」

「なにその謎な自信満々具合……」

 

 数の不利は勿論、貧弱ステータス冒険者カズマくんと無駄ハイステータス駄女神アクアちゃんに完全武装したモンスターを倒せる訳がない。まともな戦闘技術がない。そもそもゴブリンの群に正面から向かってく度胸もない。ジンクロウじゃあるまいし。ないない尽くしで涙が出る。

 それが正常(まとも)だ、なんてジンクロウは言った。それはつまり自分は異常(いかれ)だ、と言っているも同じなのだが。

 あの男にその自覚は残念ながら……ある。あるのに無謀な戦い方は止めない。

 それが最善だから。そう言って聞かないのがジンクロウだった。

 

「まあ普通にやったら万に一つ……億に一つも勝機は無いな」

「そこまで!?」

「えーなので、ジンクロウの無茶振りに俺なりの一捻りを加えます。さあ出番だめぐみん!」

「ツーン」

 

 満を持して呼び付けた爆裂少女は、しかし何時もの意気揚々さも元気一杯加減も鳴りを潜めて。なにやら膨れっ面で杖を弄り、地面に“の”の字を書いている。

 

「なんだよめぐみん。いつもの痛い勢いはどこいったんだ?」

「誰が痛い子だコラ」

「中二病重罹患者という痛すぎる欠点はあっても、殺る気だけはこのパーティ一番のめぐみんらしくないぞ」

「おうマジの喧嘩が御所望なら買い占めてやりますよパンツ泥棒コノヤロウ」

 

 煽り文句に対する忌憚の無いレスポンス。けれど沸騰し掛けたボルテージもすぐに冷めてしまう。

 なんとなくだが、その理由は察しが付いた。

 

「あのなぁ……最初の打ち合わせで説明したろ! お前が爆裂魔法撃ってくれなきゃ作戦が成り立たないんだって」

「理解はしてます。してますが、こう、張り合いがないというか……あぁー!! やっぱり納得いかないのです! 我が最強の爆裂魔法が何故“穴掘り”要員なんですかー!!」

「しょうがないだろ! 『今から超でかい殲滅魔法で吹き飛ばします』って喧伝しまくりの爆裂魔法あんな統率取れた集団に撃ったところでどうやっても全滅とか無理――――どころか上手いこと(かわ)されて! 目立ち過ぎるから当然こっちの位置もばれて! 無力なお荷物二人抱えてるから逃げることもできずにそのまま集団リンチでグロ同人みたいな展開しか待ち受けてないんだよ!!」

「ぐ、ぬぬぬ」

「……あれ? ねぇ、今無力なお荷物に私もカウントしてなかった?」

 

 議論の余地もない当然の事実なのでアクアを無視しつつ、それでも不満爆発、いや燃焼くらいでどうにか抑えるめぐみんと睨み合う。

 

「……」

 

 ふと、こちらに向いている視線が一瞬動く。チラチラと盗み見るように、めぐみんはリーンを見た。

 

「? なんだよ」

「……別に」

「いやさっきからリーンの方見てたろ」

「え? 私?」

「見てません」

「いや見て――――」

「見てません」

 

 本当にどうしたのだろうか。偏った趣味嗜好はあれどこの変態パーティで正常な部類のめぐみんが今日に限って異様に頑なだった。

 リーンか? 反りが合わないのか、それとも他に何か気に喰わない要素があるのか。

 

「……」

「……」

 

 ……リーンもリーンで最初の人当りの良さから一転、今は何故かだんまりだし。

 黙って見詰め合う少女ら二人。無性に気不味い。居心地が悪い。

 え、何この空気。

 どうすんだよ。何一つ進展しないし。これから細々と段取りも控えてるし。

 

「ね、ねぇ」

「あぁもぉ! なんなんだよお前ら!」

「ねぇねぇったらカズマ」

「うるっせぇえええ!! こっちは今なんかよく解らん板挟みでなぁ!!」

「ゴブリン達が一斉に弓持って走って行ったんだけどこの後なんかするんだっけ? ジンクロウとダクネスってば大丈夫なのよねこれ?」

「――――」

 

 そう、ここは戦場。事態は刻一刻と移り変わっていく。そして茂みの向こうの廃村では、ジンクロウとダクネスが絶賛戦いの真っ最中にある。

 ①番、第一段階の締め、多勢で押し切ろうとするゴブリン達にジンクロウ達が粘り強く抵抗すれば、敵は高確率で飛び道具を使用すると踏んでいた。その予想は別に有り難くもないが見事に当たった。

 だから爆裂魔法は、必ずこのタイミングで発動させなければならない。絶対に。

 でなければ、いくらジンクロウでも……。

 

「めぇええぐぅううみぃいいんんんん!! その顔に似合わん黒レースパンちぃ剥ぎ取(スティ)られたくなかったら爆・裂・魔・法を撃てぇええ!! HURRY! HURRY! HURRY!!」

「なん!? なんで知って!?」

「いいからばや゛ぐじろ゛ぉ!!」

「わ、解りました! 解りましたから! ごめんなさいすぐやりますからぁー!」

 

 なにやらものっそい苦労して、やっとのこと、めぐみんの爆裂魔法が廃村の中央――つまりは、ゴブリン集団の背後へ炸裂。

 村の中は一気に瓦礫と砂塵の煙幕で満ちた。

 

「ぶっは!? ごっふ!? げっほげほっ!?」

「こふっ! こ、これじゃ何も見えないよカズマ!?」

「ごっほごっほ! だ、大丈夫、えっふえふ! 敵感知スキルで位置関係はバッチりっぶはっ! そ、それより急いでめぐみんを隠すぞ!」

「……」

 

 涙と鼻水と涎を撒き散らしながら盛大に汚らしくむせるアクアを後目に、あらかじめ集めておいた落ち葉だの枝葉だのを倒れ伏しためぐみんに被せていく。

 

「……ホントに一発撃ったら魔力切れなんだ」

「……悪いですか?」

「んー、まあ良くはないけど……親近感は湧くかも」

「……そうですか」

(ホントなんなのこの空気。ジンクロさーん、タスケテー)

 

 めぐみんを埋め(隠し)終えたら、いよいよ時間との勝負。

 茂みを飛び出して村に走り込む。近寄って行けばこの土煙の中でも()()は見えた。

 ぽっかりと空けられた半球状の丸い“穴”。爆裂魔法によって穿たれた巨大クレーターが。

 

「リーンは櫓の支柱を斬ってくれ! どれでもいい、とにかく太い柱全部だ!」

「了解!」

「アクアはこの場で待機! アークプリーストのカンストステータス期待してるぞ!」

「むふふーん! カズマもようやく私の魅せ方ってものが解ってきたみたいね! まっかせなさい!」

 

 事前に打ち合わせた通り、指示を聞くやリーンは駆け去っていく。

 自分も自分の仕事をしなくては。

 

「『バインド』!」

 

 声と共に、宙へ放り投げたロープが独りでに動き出す。狙いは、こちらから見て穴の対岸に建つ物見櫓の頂点。見通しが最悪のこの状況でも問題はない。何せ櫓の上には、打って付けの目印がある。

 見張り役のゴブリンが、敵感知スキルで一目瞭然だった。

 そのすぐ傍の、物見台の縁にロープが結び付いて鉤が食い込む手応え。

 

「ぃよし!」

 

 櫓のゴブリンが縄を切ってしまえば全て御破算だ。しかし、そんな暇は与えない。

 リーンは既に櫓の根本に到達していた。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』!」

 

 煙る景色の向こう。薄く見えた碧いマント、そして魔法の詠唱。

 準備は整った。

 さあ来い。

 

「変態聖騎士ー!!」

「んほぉおおお! なんという罵倒!!」

 

 残念な雄叫びが煙幕の向こうから聞こえてくる。ぶっちゃけ聞きたくもないし知人だと思われたくもない気持ち満々だが、今この時に限ってはまさしく千載一遇。待ち侘びた到来というやつだった。

 

「グァッ!」

「グルルルル!」

「ギャッギャギギギギ!!」

 

 白銀の甲冑姿の癖に猛烈な速度で駆け抜けるダクネス。その女騎士の背後には夥しい数のゴブリンが地鳴りを響かせながら追い縋ってくる。

 ダクネスが所持しているだろう魔石のレンズには『(デコイ)』の魔法が宿っている。ダクネス本人がスキルを使えれば面倒はないのだが、筋力と耐久力を鍛えることにのみ心血を注ぐダクネス(マゾヒスト)にその辺期待などしてない。

 重要なのは、ゴブリンの魔法抵抗力の低さだ。モンスターの中でもより獣に近い奴らは、ものの見事に囮スキルの誘引に引っかかってくれた。

 

「真っ直ぐ突っ込めぇ! ダクネス!」

「ぬぅうおおおおお!!」

 

 ダクネスは穴へと飛び込んだ。自然、それはゴブリン集団も同じ。

 晴れ始めたとはいえ未だ視界は悪く、何より全力疾走で勢い付いた集団が急に停まれる筈もない。

 先頭の数匹が穴の存在に気付いたようだがもう遅い。一塊の団子、あるいは雪崩のようにゴブリン達は擂鉢状の穴へ次々に滑り落ちていく。

 しかし、それくらいではゴブリンを無力化したことにはならない。穴はある程度深さがあるものの断崖のように切り立っている訳でも、穴底に棘や水を満たしてある訳でもない。

 

「出番ですアクア先生ーー!!」

「シャオラァ!!」

 

 (いつも通り)女神らしからぬ気合いを発して、アクアがロープを引っ掴む。

 

「リーン! アシスト頼む!!」

「任せて! 『ウィンド・ブレスト』!」

 

 腐っても女神であるアクアのカンスト筋力、そしてリーンによる中級風魔法の後押し。

 支柱を切断された櫓が、鉤縄に引っ張られ、さらには突風に煽られたことで、木片を飛び散らせ盛大に軋みを上げながら見る間に傾き――――遂に倒壊する。

 ゴブリンが大挙するめぐみん手製の大釜の底へ。

 

「ガゥ!?」

「ギャァアアアアア!?!?」

 

 倒壊した櫓はもはや櫓ではなく、材木の瓦礫である。

 それが全部余さずゴブリン集団へと降り注いだ。

 

 

 木材の廃棄場のような有様になった穴の縁から目当てのものを見付けた。

 

「ダクネス! 大丈夫か!?」

 

 敵を罠に嵌める為には、タイミング的にどうしてもダクネスごと瓦礫の下敷きにするしかなかった。ダクネスの耐久性……強度を考えれば無事の筈だが。

 木片の中から手甲を嵌めた腕が出てくる。それは拳を作り、次いで親指を立てて見せた。

 

「し、心配するな。なんとか生きてはいるさ……」

「! 待ってろ、今引っ張り出してやるからな……!」

「あ、お構いなく。瓦礫の下敷きにされるなどという絶体絶命の危機がこれほど気持ちいいとは思わなくてな。カズマ、是非にもう一回頼めるか」

「うるせぇ変態!! まだ段取り残ってんだから早く出てこい!! 『バインド』!!」

 

 腕にロープを絡み付かせ、力任せに引っ張った。

 とはいえ、甲冑を着込んだ人間一人を大量の木材の下から引き摺り出すには、最弱職業冒険者カズマくんの筋力ステータスでは到底無理である。

 アクアを動員して、心底名残惜しそうなダクネスをやっとの思いで釣り上げた。

 

「だぁ! ぶっっはぁはぁはぁ! あぁああきっつい! クソ重いんだよ変態ドM騎士の癖によぉ!! っっはぁぜぇ! はぁっ、はぁ!」

「ど、ドMと体重は関係ないだろ! まったく、お前はどうしてこう、私の悦ばせ方を心得てるんだカズマ……!」

(息切れし過ぎてツッコム気も起きねぇ……)

 

 くねくねと身悶えする聖騎士(笑)を早々に見限り、急いでその“準備”に走った。

 といっても、別段大した手間ではない。近場に転がっている酒瓶を、手当たり次第に穴の中に放るだけだ。

 安物の瓶は材木、あるいは材木の合間から這い出そうとしているゴブリンに命中するや、粉々に砕け散ってくれた。盛大に中身の酒をぶち撒けながら。

 

「ひひひ、さぁて細工は流々ってやつだな……」

 

 ここまでの大立ち回りを演じても、全てのゴブリンを仕留め切ることなどできない。現に今まさに、生き残ったゴブリン達が次々瓦礫の下から姿を見せている。

 だからこれが大詰め……いや、これこそが()()、だった

 

「それではリーン先生おねげぇしやす」

「ほ、ホントにやるの……?」

「当たり前じゃござんせんか。やらないとこっちがやられちまいますからねぇ。ほら急いで急いで、ひぃーひひひ」

「う、うん、やるよ。やるけどさ、お願いだからその顔と喋り方やめて」

 

 まるで良心を五寸釘でめった刺しにされたような顔でリーンは涙目になった。

 

「ふ、『ファイア・ボール』!!」

 

 そしてまるで何か人として大切なものを振り捨てる覚悟を終えたかのような虚ろな目で魔法を唱える。

 リーンの掌中に現れた拳大の火球。それが弾かれたように、穴の中へと射出された。

 今日は快晴。日差しは強く気温は高め。秋季に入り湿度は低く、空っ風が程よく吹いている。

 絶好の焚火日和。

 多量の酒を存分に吸った木材、そしてゴブリン。揮発したアルコールが満ちた大穴の空間内に、魔力で燃焼()()()()火の玉を一つ。

 うん、きっとよく燃えてくれることでしょう。

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアア!?!?!?」

 

「ぬっははははははは! でぇははははははは! これぞカズマさんの火計・ジツじゃい! だぁははははははははははは!」

「……うわぁ。引くわぁ」

「なんて邪悪な笑いだ……カズマめ、やはり私の見込んだ通りの鬼畜だな! さあ次は私を火炙りにするがいい!! 蝋燭だの焼き鏝だのチマチマやらず火の中に蹴り落とすくらいでいいぞ!!」

 

「……うん、ごめん。ジンクロウ。私、今よーく解った。このパーティ……やっぱりオカシイよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やや距離を隔てたここからでも、燃え上がる火炎と黒い噴煙を望め、そして何より秋空を貫かんばかりの邪悪な高笑いが聞こえてくる。

 

「はっ、カズの野郎。ありゃまるっきり悪党の首魁じゃねぇか。くくくっ、ふふ、お前さんもそう思わんか?」

「…………」

 

 眼前、二間ほどの間合の先へと笑みを向ける。

 それは応えず、代わりに肩で息を荒げ続けた。

 刃傷に塗れた巨躯、随所が切断された板金鎧。血みどろの鬼が、刃毀れも酷い槍斧を杖として辛うじて立っている。

 小鬼共の頭目、かの大鬼は強かった。その膂力は一撃熊を凌ぎ、槍捌きは白狼の敏速さに優る。間違いなく一軍団の長に相応しい武力、武人だった。

 

「どら、次で()()にしようや」

「……」

 

 応えに言葉は要らず。

 斧の穂先を脇構えに引く様が、何より衰え知らずの戦意を物語っていた。最期の、その瞬の切先まで戦い抜くと、魔物の戦士は言ってくれた。

 こちらは上段。重心位置は体の真中。行きも退きもせぬ、つまり待ちの姿勢。

 意図は過不足なく対手へ伝わったろう。

 

 ――来い

 

「グゥルルゥオオオオオオオ!!」

 

 大気を蹴散らさんばかりの咆哮。気の塊が真実我が身を打つ。

 生半な気組みで挑めば忽ち肝を潰し竦み上がり、為す術も無く、その肉厚の戦斧で頭から股座までを両断されただろう。

 どうしてそのような無様が晒せよう。

 命を削って今まさに、正面から真っ直ぐ、(もののふ)が地を踏み鳴らして向かってくる。討たれた同胞の為、仕えた主への忠節の為、そして己が戦人(いくさびと)としての矜持を果たす為。

 信念の下に何者かを殺す。そして同じく、何者かによって殺される。その覚悟。

 それを前に、どうして不覚を晒せよう。

 応える術はこの手に一つ。

 

「――」

「オオオオオオオアアアアアアアアアッッ!!」

 

 間合が接する。体格、長柄という距離の優越を持った対手の間合へ。

 敵の武器は、こちらの武器よりも確実に早く到達する。考慮の余地もない事実、眼前の現実として。

 そう、一目瞭然なのだ。敵の間合、敵の武器の間合、敵が武器を振るうその始点が。

 そこへ合わせる。

 ほんの半歩、膝を()()独特の脚捌き、“縮地”と呼ばれる最速の前進瞬発運動。

 対手の武器、槍斧の刃圏は広大だ。己が手にしたこの刀の刃及ばぬ遥か遠間から一方的に斬り付けることができる。その優位性は語るに及ぶまい。

 であるが故に。

 (ここ)だけは、どうすることもできない。この機、武器を振るうという意を定めてしまったこの瞬機、この至近距離に入られたなら。

 長物の利は死ぬ。

 我が剣が利を得る。

 

 斬

 

 肩口から鎖骨、肋骨を断ち、心から肺、種々の臓腑を裂いて脇腹より出でる。

 その一刀は生命を活かすあらゆるものを断ち切った。

 斧槍を取り落とし、巨躯が膝を付く。ぐらりと巨樹の倒木めいて崩れようとしたその直前、

 

「血ノ、におい……オマエ、か……ラ……」

 

 大鬼は、自らが作り出した血溜まりに沈んだ。

 意味も薄い血振るいを済ませ、刃を鞘に仕舞う。

 

「……で、あろうな」

 

 今更言われるまでもない。

 文字通り身に沁みて……この身には()うの昔から血臭が沁み付いて離れぬことなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草叢に隠して埋めためぐみんを掘り起こし、リーン、めぐみんonダクネス、アクアと自分が改めて集合した頃。

 

「おぅい」

「! ジンクロウ!」

 

 鞘に納めた刀を担ぎ、呑気に片手を上げてゆるゆると、青年が一人歩み寄ってくる。

 衣服の随所に着いた汚れ。それが乾き始めた血なのだと見て取った時には、リーンは駆け出してジンクロウに跳び付いていた。

 

「ジンクロウ!? 怪我したの!?」

「ん? ああ、心配すんな。こいつぁみな返り血だ」

「そ、そか……よかったぁ」

「くかか、御苦労だったなリン」

「うん……ほんっといろんな意味で疲れたよー。まあジンクロウほどじゃないけどね……えへへ」

 

 ジンクロウは微笑み、リーンの肩をぽんと一つ叩いた。

 そうして次に、その笑みはこっちを向く。

 

「首尾はどうだい、御頭(おかしら)

「うっせうっせ。煽てたって効かないっての。人が苦労してどうにかこうにか凌いだってこと分かってんのかコノヤロー」

「おいおいそう邪険にすんなぃ。遠目にゃ見えちゃいたが、やはりお前さんの見立てで結果が聞きてぇのよ。な?」

「はぁ、どっかの誰かの無茶振りの通りにしましたけど何か?」

 

 溜息混じりの皮肉がこの飄々とした男にどれほど通じるんだか。そんな呆れと諦めを内心で思った。

 

「見事だ」

「え」

 

 返ってきたのは達者な軽口ではなく、一言。神妙というか、真剣というか。

 

「流石は佐藤和真よ!」

「うわっぷ、ちょ、だからっ、頭こねんな! 脳味噌がジェラートになる!」

「かっはははははは!」

 

 抗議の声など聞いてはくれない。ジンクロウは俺の頭をごしゃごしゃと撫で回し続けた。

 

「ふふ、ジンクロウ相手ではカズマも歳相応か」

「だよねー、さっきまでゴブリンに嬉々としてお酒ぶっ掛けてた人とは思えない」

「まあ腐っても我々のリィーダァ。このくらいの褒賞はあっても良いでしょう」

「あぁもぉ! 誰か止めろよ! 誰か、だから、あの、そんな微笑ましいもの見るような目で見んな!!」

 

 頭を撫でられて喜ぶような年齢ではないし、そんなキャラでも断じてない。ないのだが妙に気恥ずかしい。

 そしていつかと同じだった。可笑しな話だ。何故か撫でられてる自分より、撫でてる本人が……ジンクロウが一番嬉しそうなんだから。

 一頻り頭をぐしゃぐしゃにされた頃にようやく解放される。今日一日の労働の疲れに、もう一つおまけがプラスされた気分だった。

 

「はい撤収。もう帰る。さっさと帰る。一刻も早く帰る」

「ああ、日も随分落ちてきた。急ぎ仕度をするぞ。ゴブリン共の首級はどうする」

「基本、討伐したモンスターは冒険者カードに記載されるが……」

「……今回のこれ、どうなんだろ」

 

 リーンが呻くように言って、未だに炎が燻る穴を見た。

 いろいろと細工を働いたのはカズマだが、実際に穴に火を入れてゴブリンを燃やしたのはリーンである。となれば経験点は丸っとリーンに加算される筈だが。

 

「皮算用は後でもよかろう。なに、なんとなれば我らの報告をギルドが調べれば済むことよ」

「それもそうか。んじゃあ、とりあえず燻ってる火を消さないとな」

 

 半球状の穴に綺麗に収まっているとはいえ、うっかり森に燃え移って山火事にでもなれば大惨事だ。

 

「井戸はあったが枯れておった。沢までは(かち)で半日ほども掛かろう」

「えぇ、マジっすか……つっても俺の『クリエイト・ウォーター』じゃ全然足りないぞこれ」

「私も手伝うけど、うーん残りの魔力でこの広さを消火できるだけの水かー……ちょっと怪しいかも」

「……」

 

 まともに魔法を使える人間との生産的な会話に地味に感動を覚えてしまった。

 なんて馬鹿なこと考えてる場合じゃない。こんな山奥で夜になってしまえばそれこそ身動きすら取れなくなる。

 

「あぁ! はいはい! わたしわたし! 私がやる!」

「んだよアクア。まさか例の宴会芸で消そうってんじゃないだろうな」

「違うわよ。あれはあくまで観衆に向けた芸術であってこんな無粋な用途じゃ使わないに決まってるでしょ」

「知らねぇよお前の芸人魂とか」

「そうじゃなくて、カズマってば私が何の女神なのか忘れてるんじゃないの~?」

「宴会芸の」

「ちっがうわよ!! 水ぅ! 水の女神!」

 

 そういえば、初対面の時そんなようなことを言ってたような言ってなかったような。

 まあ名前からして水に関わりがあるのは明白だ。こいつが本当に女神なのかどうかは日々怪しくなっていくが……。

 

「ホントにできるのかよ。結構な勢いで燃えてるぞ、ゴブリンとか木材とかゴブリンとか」

「この程度の炎私にかかれば種火よ種火。ふふんっ、いやだわ今日の私ってばヒキニートなんかと比べ物にならないくらい何から何まで大活躍じゃない!」

「ふーん」

 

 一抹の不安がないではない。なにせアクアだ。この駄女神だ。

 しかし、他に方法もないのは事実。俺とリーンで手分けしても、完全に消火するには丸一晩くらい掛かるだろう。何より本音を言えば、とっとと帰って寝たかった。今となっては馬糞臭いあの馬小屋が恋しくさえあった。

 だから。

 

「わかった。任せたぞアクア」

「任されたわ! 見てなさい! 水の女神アクア様の本気……!」

 

 後悔って、後にしかできないから後悔なんだなっておもいましたまる

 

「セイクリッドォォオオオオオオオオオ!!!」

「あ?」

「へ?」

「え?」

「ん?」

「は?」

 

 晴天の空が暗く淀む。灰色の雲が頭上を覆う。

 光と共に周囲に漂う水、水、水。それらは余さず残さず天上の雲へと寄り集まって。

 

「クゥリエイトォォオオオオオ!!!!」

「あ、アクア? アクアさん? ちょ、ま」

 

 巨大な、それはそれは巨大な、村一個よりもさらに巨大な水の塊となって。

 そして。

 

「ウゥゥォオオオオオタァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「「「「あぁぁああああああああ!?!?!?」」」」

「あーあ、こりゃひでぇ」

 

 ()()()()()

 降るでもなく、注ぐでもなく、空から水が落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、大金星。そう言って差し支えあるまい。

 小鬼の軍勢を残らず平らげ、軍団長たる大鬼もまた打ち取った。

 冒険者稼業に就いてほんの数か月。新米に毛が生えただけの徒党にしては出来過ぎた成果であろうさ。

 

「そう思わんか、なあリン」

「思わない」

「ははは、こいつぁ手厳しいな」

「そりゃね。山の上から麓まで洪水で流し落とされちゃったりすると誰でもこうなると思うよジンクロウ」

 

 気付けば麓にいた。急流の川下りよりさらに激しい濁流で押し流され、往路半日の道程が復路は一瞬であった。

 リーンと、そして咄嗟に引き寄せためぐみんを腹に乗せ、仲良く三人大きな水溜まりに横たわっている。

 甲冑を着込むダクネスは下手を打てば溺れ死ぬ危険すらあったが。

 

「水責めっ……ふ、ふひひ、これもなかなか……」

 

 何の心配も要らぬようだ。

 

「こんの駄女神がぁぁあああああああ!! おのれは毎度毎度話にオチ付けないと気が済まんのかクソビッチがコルァアアアアアアア!!」

「良かれと思ってやったんだもん! 良かれと思ってやったんだもん!」

「限度があるわぁああああああああああ!!!」

 

 そして我が徒党の頭と酒豪の女神は元気に仲良く大喧嘩の最中。

 

「まあ、うん。誤解というか偏見というか、そういうのは解けたかも」

「うん? おお、そうであったそうであった。で、どうだ。この徒党は」

「うん! 二度と組みたくない!」

「私が言うのもなんですが、賢明な判断です」

 

 神妙な顔で頷くめぐみんを、しかして笑うに笑えぬこの有様。

 それこそ笑うしかあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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