この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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22話 我が“いくさ”

 

 

 村へと続く道は、今や雑草と雑多な小石で荒れ放題となっている。しかし近頃はここを踏んで出入りするものがあるようだ。踏み均された足跡の上を歩めば多少は脚への負担も軽い。それも一つ二つではなく、少なくとも五十に及ぶ轍。

 人ならぬ、異形のモノ共のそれ。

 伴い歩く銀甲冑の娘を見やる。足取りは確かで、表情はきりりと締まっている。これより戦場(いくさば)へ赴く(もののふ)としてこれ以上ない程に相応しい姿……に見える。外面だけは。内実さえ知らねば。

 

「フフフ、楽しみだなジンクロウ。この先で何十ものゴブリンが我々を待ち受けていると思うと……」

「思うとどうなるんだぃ」

 

 別段聞きたい訳でもないが。

 美麗な女騎士は、途端その怜悧な顔をへにゃりと緩ませ、赤らんだ頬にだらしのない笑みを湛えた。

 

「堪らんっ、ハァハァハァハァ、興奮してぇ、ぜぜ全身が震えている!」

「武者震いだ、うん」

「ククッ、フフ、フフフフ、フゥ、フゥ、フゥ……!」

 

 呼吸荒く、それを鎮めようとして今度は鼻息荒く吐息する様は有体に言って、下卑ている。品がない。平素の取り澄ました顔が様になる分、余計に酷い。

 

「意気軒昂は結構だがな。せめて面だけでもも少し引き締めてくれぃ」

「ヌフゥッ……ん゛ん゛! 分かっている。騎士として! 無辜の民を襲わんとする魔物を退治しに行くのだ。騎士として! それが嬉しいという気持ちもあってな、余計に昂ぶるんだ……!!」

左様(さい)で」

「……一つだけ不満があるとすれば、騎士としては、出来れば剣を振るいたかったよ」

 

 そう苦笑することで、ダクネスはようやく正常(まとも)な顔に戻った。そのまま娘は首を回らせ自身の背に負うているものを一瞥する。

 長方形の木製盾。

 幅は一尺半ば、全長は三尺をやや凌ぐ。木製とはいえ、随所を金属板で補強され重量もそれ相応だ。そも、本来これは騎兵が馬上から構える為の物であるとか。徒歩(かち)で、尚且つ甲冑を着込んだ者が単独で用いるなど通常は論外。

 その筈だが。

 

「かっはは、いやいや、剣より余程しっくり嵌っておるわ」

「なんだか褒められている気がしないぞ……」

「褒めておるとも。おめぇさんの怪力を拝むのが今から楽しみだぜ」

「むむむ」

 

 何やら心外な様子で娘は唸る。いかにも納得行かぬ様子からも分かる通り、この盾は娘の持ち物ではない。誰あろう我が徒党の御(かしら)様自ら用意なされた物である。何時だったか酒の席で盾がどうのと零していたが、まさか手ずから調達し、さらには事態を見越してここまで持ち込んで来るとは。御都合的と笑うより、むしろその周到さに感服する。

 

「こりゃ、益々以てしくじれんな」

「?」

 

 道行きは(すこぶ)る順調。拍子抜けするほどだ。

 視界の両端に延々と続く林が、不意に風鳴る。音と言えばその程度、静かなもの。鳥や獣はおろか虫の声すら聞かぬ。

 

「……」

 

 僅かな眼球運動で、雑木林の暗がり、その先へと視線を這わす。今はそれだけでいい。

 程なく、村の入り口が見える。村の外周を囲む垣に、これまた木材で組まれた両開きの門扉。それが口を開けて我々を待っている。

 待っている(・・・・・)のだ。

 

「……」

「……」

 

 開け放たれた門を潜る。防柵は間近で見れば高さ一丈弱。手掛かりも多く攀じ登れぬほどではない。ただし、登っている最中に無防備な背中を斬られるか突かれるかする覚悟は要るが。

 つまり、この柵は何も、外敵の侵入を防ぐばかりが目的ではないということ。

 門を潜り、潜り切った瞬間、両扉が軋みを上げて翻る。木屑を散らしながら、勢い門扉は閉ざされた。

 

「っ、ジンクロウ!」

「おうよ。ダー公、あまり離れるな」

 

 断たれた退路を惜しまず、尚も歩を進める。踏み入ってすぐはだだっ広い拓地があり、隅には切り出された材木が積まれ、村の半ばに疎らな家屋の残骸が点在している。中央には遠目からも見えた、あの教会跡らしきもの。

 小鬼共の姿は無い――と見えたのも一瞬のこと。家屋の影、材木の後ろ、其処と言わず彼処と言わず、わらわら、わらわらと湧いて出てくる。

 矮躯。小鬼の呼び名に相応しい小さな影。一匹一匹が大した脅威でないことは確かであろう。しかし、こうも数が揃えばそのような前提は容易に覆る。

 見る間に居並ぶ魔物の群。そしてそれは群体にして軍隊。彼奴らは皆一様に軽装甲を纏い、腰には刃渡りの同じ小刀を佩いている。武装の統一、延いては各兵士の能力の平均化は即ち軍隊行動を想定しているからに他ならない。

 当然とばかり、小鬼めらは我ら二人の背後にも回っている。既に包囲は完了した。

 だが、そうしておきながら尚も一気呵成に襲い掛かっては来ない。

 今はまだ待て(・・)をされているのだろう。行儀の良い飼い犬よろしく。

 程なく、その飼い主が現れた。

 

「お出でなすったぜ」

「なっ、なんだ、あれは……」

 

 娘が声を漏らす。無理もない。小鬼なるものに対して一定の常識観を持つダクネスからすれば、あれは異常以外の何ものでもあるまい。

 直に見れば、いよいよ以てその巨躯は際立つ。頭は地面から七尺余りの位置にあり、幅と厚みに至っては先達て立ち会った羆にも劣らぬ。全身を黒く焼けた金属装甲で(よろ)い、手に長大な斧槍を携えた其は、もはや。

 

「オーガ……ではないのか。あんなゴブリン見たことも聞いたこともないぞ!」

 

 鬼。そう呼ぶが相応しかろう。

 隣に立つ娘の肩が震える。額から頬へと汗が流れ落ちた。血走った目を見開き、呼吸も荒く不規則。

 化物の体現が今、軍勢を率いてここに立った。そんなものと相対して平静で居られる方がどうかしている。娘の有様は人として正しいものだ。

 正しい人情だ。そうとも……外面だけは。内実さえ、それさえ知らなければ。

 

「あんな大きな体で……あんな太く屈強な腕で……組み敷かれ、言うことを聞かねば命はないとか脅されつつ、鎧と衣服を乱暴に剥ぎ取られ思うが侭の辱めと嗜虐を受け、最後には騎士としての尊厳すら踏み砕かれたりなんかしちゃったりしたらどうしようジンクロウ!?」

「知らん」

 

 ともあれかくもあれ、序盤が整った。それもこちらの思惑通りに(・・・・・・・・・)

 数匹の小鬼を従えた大鬼がのっしのっしと進み出た。そうして兜の下から黒々とした目がこちらを睨め付ける。

 

「人間、冒険者だナ?」

「喋った!?」

 

 低く、地響きめいた声。僅かに音程を外しながらもその化物は確かな人語を発した。

 

「たったの二人。オマエら、なにしに来タ」

「おのれらを討伐しに来たに決まっておろうが」

 

 鼻を鳴らし、乱暴に吐き捨てる。

 

「かっ、ごぶりん(・・・・)相手に五人も十人も引き連れてどうなる? 大した稼ぎにもなりゃしねぇってのによ。二人で十二分。いんや、それでも足が出ちまうか……? かっははははは!」

 

 表情筋を歪めに歪めて口の端を曲げに曲げて嘲笑という貌を捏ね上げた。さらにこれ以上無いほど解り易く、そして丁寧に相手方を虚仮下ろせば、場の空気に鉛の風合が加わって如何にも重く苦い。

 其処彼処で鳴り響く獣特有の唸り声。憤怒、憎悪。おそらくは小鬼共の一朝一夕でない人間種に対するそれに今、火が入ったのだ。

 しかし、今にも噛み付かんばかりの気勢を見せる手下に比して、その長たる鬼は不動。変わらずこちらをじっと睨む。

 睨み――にたりと嗤った。

 

「オマエらはいつもそうダ。オレたちを雑魚だと言ウ。簡単に殺せると思っていル」

「違うってのかぃ?」

「ガァアアア!!」

 

 返答に代え、大鬼が咆哮した。すると周囲に居並んだ小鬼が一斉に腰の剣を抜き放つ。号令であろう。その意味は、特に思案に値しない。

 殺せ。

 その意でこの場は満ちている。

 

「オレたちを見下すオマエらは、簡単に殺せル。だから閉じ込めたタ。オマエら、逃がさないタメ」

 

 嘲笑は何程の間を置かずこちらに返された。敵を侮る愚物など敵ではない(・・・・・)。兵法の条理である。

 

「フッ」

 

 ダクネスが一歩踏み出し、正対から真半身になる。そうして身体が半回転する勢いを使い、背にした盾を前に回し、その手に掴み取った。

 戦闘態勢。敵方味方、双方共に。

 戦気は疑いようもない。今にも襲い掛かってくる。それを前にしながら、しかして自身は直立不動。

 待つ。敵の攻勢を待つ。

 抜剣したということは、敵の企図する戦法は白兵。数で勝り、且つ獲物は自陣に閉じ込めたのだから押し囲んで斬り伏せようとするは道理。(いわん)や、慢心で武の理を弁えぬ者など斬って捨てられぬ訳もない。

 ――だが、それこそが本望。

 

「ダー公、前だけだ。前から近付く者だけ手当たり次第に打ち飛ばせ」

「わかった。背中はお前に任せたぞ…………ちょっと勿体無いが」

「聞かなかったことにしてやらぁ」

 

 腰に差した鞘に手を掛け、鯉口を切った。

 天頂よりやや傾き始めた陽を照り返し、刃金が光る。

 大鬼が握った長柄を掲げ、その先端の斧刃を我らへ差し向けた。会戦の合図。

 獣の雄叫びが木霊する。

 

「……」

「ッッ!?」

 

 転身し、右後背へ一歩大きく踏み出す。そこには既に小鬼が剣を振り上げ迫っていた。

 五十を超える獣共の声量は大気を震わせ、他の音を蹴散らす。それに乗じてのことだろう。殊更静かに近寄っていたらしいその小鬼は、翻って向き合ったこちらに泡を食っていた。

 順手で抜打、するには近過ぎる。故に柄頭を小鬼の小さな顔面、眉間に打ち当てた。

 

「ゲッ」

 

 確かな手応えと共に、それは仰け反りもんどり打って倒れ込んだ。

 鞘から刀を抜き放つ。同時に、革帯から抜いた鞘を放った。

 軽く振るうと刀身が空を裂く。

 

「ギギギ!」

「グルァアア!!」

 

 左右から同時に来る。

 右に引き込んだ刀を、即座左へ突き出す。切先が喉笛を貫く、それもほんの一寸程度。命を奪うだけならこれで十分。

 右脚を引き下げ、返す刀で右方に斬り下ろす。逆袈裟。

 これで三匹。

 

「おぉ! 流石だなジンクロ――」

「前を見んか前を」

「おぉっと!」

 

 二匹、正面から躍り掛かってくる。

 一拍遅れて後背の左右からも。

 

「どっせぇい!!」

 

 ダクネスは横に構えた盾を前へと突き出す。腕力に頼まぬ、前進する体重移動力を加えた盾越しの強烈な体当て。

 悲鳴すら上げる間もなく、矮躯が二つ宙を舞った。

 

「かっは」

 

 笑っている場合でもない。

 右方の斬撃を躱し様、胴に横一閃を入れる。左方は刺突の構えで突進してきたが、これは避けることなく小手に打ち落とす。

 握られていた小剣と手首が二本転がった。そして袈裟に斬り上げ、止め。

 ふと見れば、ダクネスが盾を持った自身の手元を見詰めている。

 

「重い……子分達も普通のゴブリンとは違うのか」

「普通がどんなもんかは知らねぇが、何れにせよ舐めて掛かれば命取りよ」

 

 笑みを向ける。ダクネスにではなく、未だ四十七の兵卒の向こう側に立つ巨躯へ。

 無表情。その貌に色は無い。忘我しているのではなく、表出しようとするものを殺した貌。冷徹な戦闘者のそれ。

 当然の成り行きではあるが騙せるのはこちらが動き出すまで。反撃した途端、馬脚を晒した。

 敵を侮る愚物から、猫の皮を被った虎であると……これはまあ、ちょいと見栄の張り過ぎか。

 

「ふっ」

 

 足元を狙った剣を跳び避け、上げた脚で顔を蹴り飛ばした。

 逆手に回した刀で脇から背後を突く。切先が、近付いていた小鬼の鳩尾を射抜いた。

 盾を避け、ダクネス自身を狙う小鬼。その間に割って入り込み、逆手持ちのまま胴体を浴びせ斬りにした。

 水気を伴って辺りに骸が崩れ落ちる。

 

「……」

 

 軽い気息で一気に踏み込む。駆け出し損ねていた小鬼、その首を斬り落とす。

 首を失った身体から黒々とした血が噴出す。落ちた首が小鬼輩の前に転がった。

 群体の勢いが止まる。獣の獰猛さは何処へやら。

 一つの理解が彼奴らに行き渡っている。

 

「グォ! ガガ! グルロロロ!」

 

 唸りか咆哮か。人語ではない、しかし確実に何らかの言語を鬼の長は発した。

 その瞬間、群が動く。迅速な変化だった。剣を手にした小鬼らが引き潮のように退がり始め、代わりに出てきたのは。

 

「弓兵だ!」

「構えぃダー公!」

 

 地に衝き立てた盾をダクネスが構える。己もまた急ぎその背後で身を屈めた。

 二人がそうしたと同時に、無数の衝撃が盾を叩いた。そして同じく無数の風切り音が傍らを過ぎ去っていく。

 地面に刺さり、刺さり損ねた矢が転がる。

 

「くぅっ、すぐに次が来るぞ……!」

「ああ、頃合だ」

 

 釣瓶射ち。近接戦闘では分が悪いとなれば、遠間から射掛けてしまえばいい。当然であり、これ以上無く有効な手段だ。

 これをやられては身動きのしようもない。

 ここまでだ(・・・・・)

 

「ガァ!」

 

 今一度の号令。人語ならずともその意味は理解できる。

 構え。

 

「グルァ!」

 

 狙え。

 次の瞬間には、再び矢の雨が降り注ぐ。そしておそらくは盾の死角を突いて。少なくとも次の掃射を完全に防ぐことはできまい。

 弓が引き絞られていく音を聞く。死の足音と同義のそれが。

 

「グ――――!?」

 

 放て、そのような意味合いを持っていただろう言葉はしかし、完成を待たず途切れた。

 辺りに渦巻く、“魔力”によって。

 

「来たか!」

「ダー公、おめぇさんも備えな」

 

 逆巻く風に光が迸った。溢れ流れる群青の内で、星のように瞬き消えるを繰り返す。

 幾何学の円陣が空に現出する。赤光(しゃっこう)、燃え盛るような眩さ。

 

「ガッ! グガ! グガァ!!」

 

 化物の叫びすら呑み込む勢いで、臨界に達したそれが天より降り来たらんとする。

 

 

 ――――エクスプロージョン!!

 

 

 その刹那。遠く、微かに、娘の声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粉塵が村全体を包み込んでいる。視界は悪い。三歩先を見失うほどに。しかしそれも長くは続くまい。

 

「今だ。ダー公、こいつを持って往け」

「おお! それが例の。待ち侘びたぞ!」

 

 言うや、ダクネスは矢の(むしろ)と化した盾を捨て、こちらが差し出した“それ”を受け取った。白布で包まれた、掌に収まる円形。

 その如何にも嬉々とした様に苦笑する。

 

「これがあれば思う存分モンスター達に蹂躙してもらえるんだなジンクロウ!?」

「あぁそうだそうだ。だからとっとと行け、行っちまえ」

「うん! 行ってくりゅっ!!」

「頼むから走り続けてくれぃ。わかったな?」

「フフフフフフ」

 

 解っているのかいないのか最早判別もできぬまま、ダクネスは塵埃の中を疾走していった。

 

「ガァァアアアアアアア!!」

 

 娘がこの場を離れたと同時。煙の中から巨大な影が這い出てくる。

 吼え散らしながら斧槍を振り回す。粉煙を吹き飛ばす勢いだ。

 

「おぅい、こっちだこっち」

「グルァ!!」

 

 呼び掛けるとすぐに大鬼は自身を捕捉した。足取りも確かに、ゆっくりと近付いてくる。

 やや晴れ始めた視界を埋め尽くすように肥大する姿。間近にすれば尚一層その(おお)きさを実感できる。

 僅かな距離を隔てて相対する。そうして見ゆるは、苛立ちに歪んだ正しく鬼の形相。

 

「キサマ……」

「あれを喰らわせられりゃ話は早ぇんだが、そうも行かぬか」

 

 爆裂魔法の殺傷効果範囲内に、この大鬼も確かに捉えていた筈だ。しかして未だ健在。手傷一つ負ってはいない。

 まあ、魔法発動の兆候があれほど解り易ければ、回避されたところで不思議はないが。

 囮が敵の注意を引き付け、本命が敵の不意を打つ。つまるところ、常日頃我が徒党が使っている戦法であるが。

 

「……確かに強力な魔法だっタ。まともに喰らっていたら、ナ」

「……」

「オレの兵、大して死んでなイ。すぐに逃げ散らせタ。不意打ち、失敗。オレの兵すぐに戻ってくル。魔法使い、オマエの仲間の場所もすぐ分かル。オマエの負け」

 

 勝ち誇るでもなく、冷ややかに鬼は言った。

 今回、この戦法は明らかな悪手。敵の知能、練度が高ければ囮は囮足り得ない。注意を引くも足を止めさせるも不十分。不意打ちは失敗した。

 不意打ちが、本来の目的であったなら。

 

「…………」

 

 周囲には未だ、空に舞い上がった小石や土砂がぽつぽつと降り続けている。傘に当たる雨粒を聞く心地。

 

「?」

「どうした。兵が戻って来んのが不思議かぃ?」

「! ナニィ……!?」

 

 獣の呻きも足音もせず、静かな。

 兵卒共は未だ帰らず。

 

「オマエ、なにをしタ……!?」

「小細工よ。手前(てめぇ)の兵共は今頃、娘の尻を追い掛けておるだろうぜ」

「! スキル……『デコイ』!」

「よく知ってるじゃねぇか。ま、似たようなもんでな」

 

 愕然とする鬼に笑みを向ける。嘲りなど微塵も含めず、ふと湧いて出た妙な親しみを込めて。

 笑って、切先を差し向けた。

 

「……」

 

 憤怒で鬼の腸が煮えている。思惑にまんまと乗せられたのだから。

 兵士達を追い呼び集める、などという真似は今更できない。させはしない。光栄なことに、己はこの大鬼にとって“背中を見せて良い相手”ではなくなった。

 方途は一つ。敵を殺すか、己が殺されるか。

 

「隠れ潜ませておる小鬼を使うか?」

「……」

「生憎だが、其奴らに娘を追い掛けられては困るのでな。動いた者から斬るぞ」

 

 最早驚きはしないと、鬼は無言で斧槍の柄頭を地面に打ち付けた。

 物陰から影そのものが分離し、形を取るかのように“それ”らは現れる。暗々とした黒衣に身を包んだ小鬼が五匹。村までの道中、林からこちらを窺っていた気配の正体。

 再三、この村に近付いた徒党三組を襲ったのも此奴らに相違あるまい。

 

「……オマエ、強いナ。強い人間の癖に、オレたちを見下さなイ。危険な、人間」

「ならばどうする」

「殺ス」

 

 黒衣が一斉に剣を構えた。纏った装束の下から剣身だけがこちらを向いている。

 そして、斧槍の刃が己を差す。

 

「血の臭い……剣かラ……?」

「……」

「危険なオマエは殺ス。我が主の障害になるオマエは絶対に――殺ス!!」

 

 殺意が我が身を叩く。叩き付けられる。

 久しく感じなかったそれが、どこか懐かしい。

 刀身を立て、胸の前へ。抱くような心地。そうすると、冷えている筈の刃金を熱く感じる。そうか。

 

「……俺もお前も、昂ぶっているのか」

 

 娘を呆れられた筋ではない。

 己もまた、どうしようもない愚か者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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