この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

21 / 67
お久しぶりでございます。
長らく音沙汰も更新もなくあれよあれよ時間が過ぎて、それでもなお御感想等いただけ本当に有り難く。そして申し訳もありません。
よろしければ御暇潰しの種にお使いいただければ幸いです。


21話 その知恵に期待している

 緑の臭いが噎せ返る。

 秋も深まり、冬を目前に控えてなお木々は鬱蒼と繁り、未だ色濃く香った。

 所々に苔生した根が顔を出している。舗装などされている筈も無い山道は、人間共の容易なる歩みを阻んだ。

 現に、隣を歩くリーンが根に足を捕られ、いや踏み外した。

 

「あっ」

「おぉっと」

 

 反射的に伸ばされた手を掴む。見た目通りに軽い娘の身体は、支えるに何程の労苦も感じない。

 リーンは気恥ずかしげな笑みを浮かべた。

 

「ご、ごめんジンクロウ」

「なんのなんの。だがまあ、気ぃつけな」

「うん……」

 

 吐息を零すような声で応え、娘は何やらぼう(・・)と己の顔を見上げた。

 

「…………」

 

 ちくりと背中を刺す気配。首を回らせてやるとほんの一瞬、紅い娘と視線が相対する。すぐに顔を背けられてしまったが。

 

「ラブコメか。ラブコメなのか。これがかの名高きラブコメの波動なのか」

「カズマがまた意味の分からないことを言い始めたぞ」

「そっとしといたげて。自分と余りにも縁遠いものを見せ付けられてカズマさんは今凄く傷付いてるの。そう。それはもうあと二回新生しないことには希望も持てないくらい遠い……」

「微妙にリアル(?)な数字で喩えんな。え? マジなの? 俺とラブコメってそんなに遠いの? 因果律レベルなの? ねえ!?」

「はっ、すっ惚けてねぇで歩きやがれぃ」

 

 賑やかな少年らを伴ってなおも山道を往く。街を出てもう幾らにもなる。目的地は近い筈だ。

 小鬼――ゴブリンの巣と化した廃村は。

 

 かの村の異変をギルドが察知したのは七日前。

 始まりは樵達の噂話だった。曰く、山の中にゴブリンの村がある、と。

 

 打ち捨てられた人間の居住地が野生動物の棲処になることなどそう珍しくもない。(いわん)や、モンスター共ともなれば小規模な集落はもとより、兵員を常設しない城砦、人の手が入らぬ洞穴、未調査の遺跡等を(ねぐら)とするも殊に顕著であろう。

 それに伴い、討伐依頼の斡旋をするにも最低限ギルドが把握し、かつ冒険者に対して提示せねばならない情報をそこから仕入れる必要がある。

 ギルドの初動調査にて判明した事実は噂話を再確認する結果となった。小さな集落は、今や立派なゴブリン共の巣窟だったそうだ。

 そこからの対応は多少拙速な感はあれど、世間的常識の範疇と言えよう。村の位置、規模、ゴブリンの大まかな数、それに見合った報酬の設定。ギルドはギルドとして最低限の仕事を済ませ、それをまとめた依頼書を揚々掲示板へ張り出した。

 

『調査後、一週間の内に三組のパーティがこの依頼を受託しました。ここのところどうしてか依頼の件数が減っていて、残っているのも高難易度のものばかりでしたから、それが災いしました……その三組とも、リタイアされています』

 

 ゴブリン討伐は手軽な小遣い稼ぎ。新米冒険者の腕試し、中堅冒険者の暇潰し――などと揶揄する者もいる。しかし、それも一面的な事実ではあるそうだ。

 その、曰く「暇潰し」を断念せざるを得ない事態とは如何なるものか。

 

『一組目のパーティは村への途上で突然“何か”に襲われ、命辛々逃げてきたそうです。二組目のパーティも同じように、抵抗する間もなく……最後のパーティは前二組の情報を基に、山道を使わず村の側面から回り込むように近付いていったそうなんですが』

 

 依頼の受託に当たって、前任者達からの報告を我々に伝える受付嬢も困惑を隠せない様子だった。

 

『ゴブリンではないゴブリンに襲われた、と』

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、にしても」

「? なんだよ」

「いや」

 

 近くに寄った少年の姿を見て頷く。

 自然、カズマは怪訝な顔で己を見返した。

 

「馬子にも衣裳たぁこのことだと思ってな。かかっ」

「うるっせ」

 

 少年は不機嫌に鼻を鳴らした。

 褒めたという心積もりに偽りはない。が、おちょくる気がないかと言えば嘘となろう。

 出会って間もない頃、討伐へ行くと息巻いて(不安(アクア)に頭を抱えて)おきながら、身に帯びたるはお腰にほんの一振り。仕立ては良いが、どう見繕っても寝間着にしか用立たぬ衣服。険を冒すの言葉の意味を壮大に勘違いした姿形(なり)であったところの小僧っ子が、だ。

 今こそは見違えた。

 同意を示してダクネスが頷く。

 

「あのふざけてるとしか思えん格好は見ていてハラハラしたからな」

「ファンタジー世界に来といていつまでジャージなのかしら、この人バカなのかしら、うわ恥ずかしい……ってずぅっと思ってたけど、ようやくカズマもそれっぽい感じになったわね」

「えぇ……あの格好で討伐とか行ってたの? ……ちょっとありえない」

「皆さんの暖かい言葉に泣きそうです」

 

 丹念に鞣した皮革製の鎧を少年は身に纏っている。それも胸、両前腕と両脚、各関節部といった身体稼動を損なわぬ最小限度に留めて。

 腰元には以前振り回されて(・・・)いた剣は無く、代わりに一尺ほどの小刀を佩いていた。こちらはそれだけに留まらず、後腰に一本、皮鎧の胸元に増設したらしい鞘へさらに二本、短刀を差してある。

 筋力に劣る自身の分を弁えた拵えと言えよう。少々刃金気(かなけ)は欲張ったが。

 

「クリス嬢の入れ知恵かぃ」

「まあそんなとこだよ。どうせ俺貧弱ですからねぇ~」

「拗ねんな拗ねんな。立派なもんだ。頼りにしておるぞ?」

「へーい」

 

 山道はいよいよ獣道の様相を呈している。

 道ならぬ道、草叢を小刀で掻き切りながら進んだ。そうして程なく小山の中腹辺りに差しかかったであろうか。手荷物を下ろし一先ずリーン達を休ませ、一方で己とカズマは手頃な木を探す。

 

「ジンクロウ、これならいいんじゃね」

「おう」

 

 カズマが示した大木を見上げる。どっしりとした幹、枝ぶりも太く、周囲のものより頭一つ抜きん出た高さ。文字通り天を覆い隠さんばかり。直に触れればいよいよその頑強さを窺える。お誂えだ。

 早速と雑嚢を漁り、取り出したるは鉤縄である。三叉の尖端を三方へ歪曲させた鉄器に縄を結わえた、拵えとしては至極標準的なもの。手掛りの薄い高所、乃至(ないし)山谷を渡る為の投擲具だ。

 

「あ、それ俺がやってみていい?」

「んん? 構わんぜ。やってみな」

 

 カズマは鉤爪よりやや遊びを残して縄を握り、勢い回す。裂かれた空気が甲高い音色を立てた。

 そうして十分な勢力に育ったそれを、一気に放り上げる。

 鉤爪は、しかし目当ての枝を少しばかり逸れていく。

 

「『バインド』!」

 

 それを見越してのことだろう。少年は擲った鉤縄へ声を放った。

 途端、鉤爪が軌道を変える。這い登る蛇のように、鉤自身が縄の尾を引いて飛翔していた。

 そのまま枝の一本にぐるりと巻き付き、最後にがちり、と爪が樹皮に食い込む。

 

「ぃよし!」

「ほぉう、見事なもんだ。そいつも例のスキルとやらかぃ」

「そういうこと」

 

 少年は得意気に笑って見せた。

 縄を軽く引き、徐々に体重を加えて引き下ろす。大きく撓む様子も無い。

 樹幹を踏み付けながら縄を頼りに木を登る。

 十丈に届く高さ、近くの枝を頼りにさらに登る。

 周囲に生え並ぶ木々を追い抜き、突如視界が拓けた。久しく見ない空の下、緑の海が眼下を彩る。

 そうして、その先に。

 

「あったぜ」

「たっけ! こっわ! え? なんか言った?」

「見ろ」

 

 続いて四苦八苦しながら木を這い登ってきたカズマに、それを指し示す。

 件の村の小さな全容をそこに望むことができた。

 

「……流石に遠過ぎて中の様子までは見えないな」

「それを見越してな、このようなものを用意してみた」

 

 腰に括った小袋からその筒を取り出す。

 掌に収まる円筒、両端の底面に丸鏡(レンズ)が嵌め込まれている。単眼鏡というやつだ。

 端を引っ張ると収納されていた本体が伸び出てくる。海賊仕様とでも呼ぼうかい。

 

「あ! ずりぃ!」

「備えあれば憂い無しと言うやつよ」

「いや用意しようとは思ってたんだけどさ、冒険者は望遠鏡なんて買わないからどこの店にも置いてなかったんだよ。なんでも千里眼とかいうスキルがあるらしいけど……ちなみにどこで売ってた? それ」

「知り合いの店だ。魔道具……まあ珍品を扱っとるところでな」

 

 一癖二癖、下手を打つと癖しかない奇妙な品揃えである。

 この望遠鏡にしてもそうだ。

 

『ジンクロウさんジンクロウさん! これ! これすごいんですよ! この魔石を加工して作った特殊なレンズを嵌め込むことでなんと望遠鏡越しに“覗き見るだけで”対象に魔法を掛けられるんです! 売れます! これは売れますよぉジンクロウさん! ただ覗き見た本人にも魔法が還ってくる上に、付与できる術式が<(デコイ)>だけなんですが。ふふふ、思わず奮発して魔石全部買い占めちゃいました』

『ほうかぃ。そいつぁ大層だな。どれ、その単眼鏡一つ貰えるか』

『ジンクロウさん!』

『ああそれと、くれぐれもその妙な石っころは付けてくれるな』

『ジンクロウさん!?』

 

 悲しげな顔で魔石とやらを外す店主に少々罪悪感を覚えたものだが。

 

「すげぇな。その魔石の利用価値がいっぺんに消し飛んでる。もっとこう催眠とか麻痺とか弱体化(デバフ)系統の魔法なら役に立つのに……」

「ほー、いろいろとよく知ってるじゃねぇか」

「初級魔法覚えるときに軽く勉強したんだよ」

 

 勤勉なこと。学ぼうともせぬ己が不真面目なだけ、とも言えるが。

 

「魔石ってのも一応貰ったが、おめぇさん要るかぃ?」

「要らない」

 

 ともあれ、望遠鏡本来の用途で役立てる機会が廻ってきた。

 覗き込むや、視界が狭まり遠近感覚が変化する。

 最初に目に飛び込んできたのは、大口で欠伸をする小鬼の顔だった。突き出た鼻、尖った耳、疣と面皰(にきび)にまみれた顔。有体に言って醜悪な容貌である。見張り役のようだ。

 村の周囲にはそも、石造りの垣がぐるりと築かれている。経年劣化により幾らか崩れたそれを補強する形で、木片の粗末な防柵が随所に組まれていた。

 そして何より目を引くのは、村落周囲三ヶ所に築かれた物見櫓であろう。これらもまた、木材を雑多に組み合わせ塔の体裁を繕っている。人間の体重であれに登ればすぐにも崩れ去りそうなものだが、小鬼の矮躯なればこそその心配もないらしい。

 

「見な」

「サンキュ……うっわ、マジですか。ちょっとした要塞じゃないか、これ……」

 

 少年が腹腔から低い呻きを漏らす。気持ちは分からんではない。

 四方一町にも満たぬ集村を満たす小鬼、小鬼の群。

 打ち捨てられてからどれほど経過しているのか。壁は崩れ屋根は落ち、住居としての原型を留める建屋はごく少ない。

 小鬼共は其処彼処に縄を巡らせ、そこへ布を張り合わせ簡易のテントを拵えている。

 焚火を囲み、酒宴に興じているらしい。そこらに転がっている無数の酒瓶と酒樽は一体何処からくすねた物やら。

 

「四十ってとこか。荒ら屋の中にも居るだろうが」

「ちょっと待て。『敵感知』、と」

 

 一言、カズマが呟く。先日来クリスより教わったスキルというやつであろう。

 字義を追うなら、おそらくは敵の居所を探る術。どうやら望遠鏡越しであっても効果はあるようだ。

 

「……壁に隠れて見えないのが二、三匹いるから~、合わせて五十、くらい……? たぶん」

「ほー」

 

 そんなことを少年は何の気なしに言ってのけた。この距離から遮蔽物の向こう側に居る存在を捕捉できるなど、十分過ぎるほど有用だろうに。

 

「うん? いやちょっと待った」

「どうした」

「…………村の中心にある建物の中。なんか、でかいのが居る」

 

 村の中央――なるほど確かに、赤い瓦葺の建屋が一軒あった筈だ。やや細まった煉瓦造り、おそらくは尖塔の名残だろう。趣としては吉利支丹(きりしたん)の教会といったところ。

 単眼鏡を覗き込むカズマの様子が変わる。好い結果は、得られなかったらしい。

 

「いやいやおかしいって……ゴブリンの巣だろここ……」

「どんな奴だぃ。そのデカ物ってのぁ」

「……周りのゴブリンと比べても倍はあるぞ。縦にも横にも」

「そりゃまた」

 

 小鬼共の体格は精々人間の子供ほど。単純計算するなら、そのデカ物の体長はカズマや己すら凌ぐ。

 そんなものもはや小鬼とは呼べぬ。別種の何かであろう。

 そこまで考え、ふと思い出すものがあった。ここへ出向く前、ギルドで受付の娘が零していた。

 

「『小鬼ではない小鬼』、だったか」

「え?」

 

 ともあれだ。偵察と呼ぶには粗いが、状況を判断するに十分な材料が揃った。

 

「さて、戻るかぃ」

「うん……でもどうするジンクロウ。戦力差、予想以上に厳しいぞ」

「それを今より皆で話し合う」

 

 

 

 カズマ共々樹上から帰還し、早々に村の状況を娘らへと報告したのだが。

 

「ありえませんよ」

 

 開口一番めぐみんは断じた。

 

「あんた達、ゴブリンよ? ゴ・ブ・リ・ン。最弱モンスター筆頭中の筆頭よ? それがなに? 自分たちで柵と見張り台とキャンプ作って村の中央の教会にはでっかいボス? ゲームのやり過ぎで頭ちゃらんぽらんのカズマだけならともかくジンクロウまでおバカになっちゃったわけ? プークスクス!」

「うーん、流石にちょっと信じらんないかも」

「確かに……そんなゴブリンは聞いたこともないな」

 

 アクアの調子はいつも通りとして、めぐみん初めリーン、ダクネスの反応も概ね同様。半信半疑。いや見るかに疑心の方が勝っている。

 ゴブリンという生物に対する認識の差か。彼ら――この世界の人々にとって、ゴブリンとは知能の低い害獣のようなものなのだろう。

 野生の獣が建築土木に勤しんでいた……などと、眉唾もいいところだ。況や大真面目にそんなことをのたまう者の正気をこそ疑おうというもの。

 しかし、揺るがし得ない事実である。

 

「こんなことで嘘吐いたって仕方ないだろ」

「いくら戦いたくないとはいえゴブリンで話を盛るのは無理がありますよカズマ」

「そんなに恐がらなくても大丈夫だって。ゴブリンだよ? 新米でも油断しなきゃ余裕で勝てる相手だよ。私も援護するからさ、ね? 頑張ろう!」

「まったく、冒険者がこの程度の相手に臆してどうするのだ。仕様のない奴だ。仕様がないからカズマは私を盾として使うといい。使うとイイ(・・・・・)。心配ない。私がカズマに代わりゴブリンに群がられ、蹂躙され、ぐっちょんぐっちょんにされるから……いやさせてください!」

「別に逃げる口実作ってる訳じゃねぇよ! なんだよその無駄な一体感! そして涎を拭け変態」

 

 怒涛のような三者三様の言い草にカズマは憤慨した。然もあらん。気遣わしげな言葉選びがむしろより惨めさを誘っていた。

 

「百聞は一見に如かずってなもんだ。なんなら登って見てみるかぃ? ちょいと高ぇが」

「あ! あ! じゃあ次、私登りたい!」

「ずるいですよアクア! 私も登りたいのです! 遥か高みから下界を睥睨してやります! あ、別にジンクロウを疑っている訳ではないですが」

「そうそう。あんまり突拍子もないことだからびっくりしてさ。ジンクロウが私達を騙すなんてこれっぽっちも思ってないよ」

「ジンクロウの観察眼は信頼している。余程の異常事態ということなのだろう」

「お前ら手首に潤滑油でも注してんの?」

 

 掌返しのこの滑らかさよ。

 こうして軽口に花を咲かせるのも良いが、それは機会を改めるとしよう。

 カズマは居住まいを正し、その場の全員を見渡して言った。

 

「えー、村の様子と敵の数、装備なんかを考慮に入れた上でジンクロウと協議致しました結果」

「荷物まとめな。引き揚げだ」

 

 落ちを引き継ぎ、努めてあっけらかんと締め括る。

 暫時、沈黙が宙を漂った。

 浮遊するそれを最初に叩き落としたのはやはりというか、めぐみんだった。

 

「な、なにを弱気な! びびりのカズマならいざ知らずジンクロウまで!」

「ついでのように人をディスんのやめてもらえます爆裂ロリっ狂」

 

 売り言葉に軽妙な買い言葉も相まって、カズマとめぐみんは珍妙な構えを取りながらその場で睨み合った。

 片や静かに、腕組みしながらダクネスが言った。

 

「……めぐみんの言い分ではないが、ジンクロウにしてはいつになく弱気だな。カズマもだ。お前の知力なら何かしら戦力差を覆す妙案を思い付いてくれそうなものだが」

「期待してくれんのは嬉しいけど、今回ばかりはなー。明らかにイレギュラーな事態だし不確定な要素多過ぎるし……何より、このパーティが統率の取れた集団を相手にするのは自殺行為以外の何ものでもない」

「? どうしてだ?」

 

 ダクネスが首を傾げる。

 それを受け、カズマは居並ぶ面々――めぐみん、ダクネス、そして一人樹を登り始めたアクア、最後に己を見てから、それはそれは深い溜息を吐き出した。

 

「うち、統率力ゼロじゃん……」

「「あー」」

「かかかっ、違ぇねぇ」

「そこは納得するんだ」

 

 リーンが驚いたような呆れたようななんとも言えぬ調子で呟いた。

 

「そういう訳なので、はい全員撤収! 持ち帰った調査結果の報酬は山分けでよろしくどうぞ」

「むぅ」

「むくれてもダメなものはダメでーす」

 

 不満満面のめぐみんにもカズマは取り合わず、そそくさと荷造りを進めた。他の者らも、大なり小なりの口惜しさを呑み込んで帰り支度を始める。

 しかしなおも杖を両手で握り締め、めぐみんはその場で立ち尽くしたままだった。何やらいつにない我儘な様が新鮮なような、愛いような。

 

「どうしたどうしためぐ坊。利口なおめぇさんらしくもねぇ」

「だってそれは…………多勢を相手にしてこその爆裂魔法ですから」

「今回ばかりは仕様もあるまい。なぁに、この先機会は幾らでもあらぁな」

「でも」

「ジンクロウ、支度できたよ」

 

 ひょこりと横合いからリーンが顔を出した。一房の栗色髪が娘の肩口から垂れ下がる。

 思えば今回、こちらの都合で付き合わせておきながらこの娘にはとんだ徒労を掛けた。

 

「おめぇさんもすまねぇな。無駄足を踏ませちまった」

「え、ううん、全然! ハイキングみたいでむしろ楽しかったよ。でもその、ジンクロウさえ良ければなんだけど……また、誘って欲しいな」

「おう、無論だとも」

「えへへ」

「……」

 

 そうして視線を戻すと、めぐみんは一人身支度に入っていた。蹲って丸まった小さな背中が、ふと妙に気を引いた。

 今一度声を掛けよう。そう思った時、樹の上からばたばたと騒がしい娘が帰って来た。

 

「ねぇねぇカズマ、今村の方見てたんだけどね。おっかしいの! プークスクス!」

「なんだよ。お前も遊んでないで帰る準備しろよな。忘れ物ないか? ハンカチと水筒と弁当箱と財布と。あ、そういえばいくら中身が無くても財布は愛用のやつを一つ使い続けた方が縁起が良い、ってうちのじっちゃが言ってたぞ」

「えっ、そうなの? 私お金使い切った財布いっつも捨てちゃうんだけど。今度から取っとこ……ってそうじゃなくて。ゴブリン、ゴブリンがね」

 

 小賑やかなアクアをカズマがあしらう。見慣れた様を横目にやりとりを聞き流していたが――

 

「あーはいはい。ゴブリンがどうしたんだよ」

「そのゴブリンがね、ゴブリンの癖に行儀よく整列してなんか集会みたいなの開いてるの。おっかしいでしょ? ゴブリンの癖にっプークスクス!」

「は……?」

 

 聞き捨てならぬことを娘は笑い混じりに言った。

 図らずもカズマと目を見合わせる。言葉を交わすこともなく、我々は再び樹に足を掛けた。

 

 

 

 

 樹上からの森の眺望に変化はない。廃村は変わることなくそこにある。当然だが。

 しかし、村の内にあってはその限りではない。単眼鏡の中に覗く光景は、先程の娘の言そのままのものであった。

 

「……武装し、隊列を組んでおる」

「はぁ!?」

 

 カズマの勘定は正確であった。五十から為る小鬼共が五列縦隊を組み、二隊に別れたそれらが村の拓地に整列している。

 単眼鏡を寄越されたカズマもまた、すぐにそれを認めて口を開けた。

 

「ジンクロウ、これって」

「うむ。何処ぞへ攻め込む心算らしい」

 

 完全武装の兵員を召集した上で行うことなど、調練か進軍のどちらかであろう。そしてどうやらこの儀において、前者はあり得ぬ。

 大気の震えを肌に感じた。遅れて響き渡ったものは、ケダモノの雄叫びであった。

 

「でっ、出た! 大ゴブリン!」

「見せてくれ」

 

 目当てを探すまでもない。丸鏡越しに巨躯が我が目へと飛び込んできた。

 確かに大きい。カズマの見当では小鬼二匹分とのことだが、どうやらそれどころの騒ぎではない。自身の頭二つは上と見てよかろう。

 そして目を引くのは何も体格ばかりではない。身に纏う甲冑は金属装甲。携えた長柄、その矛に当たる部分には肉厚の片刃が装着してある。所謂、斧槍というやつだろう。全身装甲に加え、通常の槍や斧よりも重みに勝る斧槍を苦も無く持ち上げる膂力は瞠目に値する。何より、武器としての機能の多様性からあれを扱うには相当の技量を要する。

 つまりあの大鬼は、それだけの武芸達者。

 大鬼が隊列の先頭に陣取り、何やら小鬼共に声を上げる。それを受けた隊伍は皆手に手に武器を掲げ咆哮を上げる。

 

「何やってんだ、あれ」

「戦の前の兵士の鼓舞、にしか見えねぇな」

「い、戦!?」

「だが、こんな山奥から何処へ?」

 

 直近で最も大きな街はアクセルであろうが、それにしては手勢が少な過ぎる。さりとて他に適する場所も――

 

「山の麓に村があるのです」

「めぐ坊」

 

 いつの間にやら、めぐみんがそこにいた。己とカズマの居座るそれの一段下の枝に乗り、村の辺りへと目を眇める。

 

「ゴブリンは狩猟採集も農耕もやりませんから、必要なものは略奪で揃えようとするでしょう」

「村を襲う気かよ」

 

 カズマが呻くように吐き捨てた。

 異常に装備の整った小鬼の大軍。村の一つや二つ、あれでは一溜まりもなかろう。ギルドへ取って返し事の次第を報せ、対抗し得るだけの冒険者を揃える。

 当然ながら、そんな時間は無い。

 視線を感じ眼下を見やると、娘の紅い瞳がこちらを射していた。

 

「ジンクロウ」

 

 めぐみんの言わんとすることは明白である。しかしだからとて容易に頷けるものでもない。

 

「カズよ。皆とここで」

「却下」

「おいおい、せめて最後まで言わせてくれぃ」

 

 隣の少年に苦笑を向ける。カズマの方はこちらに見向きもせず、単眼鏡から廃村を覗き込んでいた。めぐみんはきょとんと小首を傾げている。

 

「なれど、どうする。数の差は歴然、それも平素相手取っているような烏合の衆ではない」

「ふふふ、我が爆裂魔法の出番です!」

「……」

「……」

「? なんですか。今放たずいつ放つというんですか!」

 

 奮起するめぐみんには残念なことだが、此度の戦闘で爆裂魔法は用立てられぬであろう。威力云々ではなく問題なのは出の遅さと、何より隠密性とも呼ぶべきものが皆無であることだ。

 爆裂魔法を使う様はこれまで幾度も目にしてきたが、あれは放つ直前に殊更過剰に光る。唸る。轟く。お前達を狙いこれより火を放つと声高に吹聴するかのように。

 獣の群が相手ならばそれでもどうにか機を合わせられた。しかし、此度対手らには統率者が在る。

 

「先ず以て隊を逃げ散らせ、そのまま魔法の発射位置を取り囲むだろう」

「いやーまず弓でそこを盲射(めくらう)ちにして、相手をその場に釘付けにするとかありそうじゃね? あ、でも木が邪魔か」

「いやいや、腰を砕くってぇなら十分に意味があるだろうさ。うむ、先に敵の身動きを封ずる。おめぇさんもなかなか、顔に似合わねぇ悪辣さじゃねぇか」

「へへっ、そう褒められると照れるって」

「何故でしょう、私の爆裂魔法が愚弄されている気がする」

 

 愚弄とはまた聞こえが悪い。爆裂魔法の強力さは間違いなく人後に落ちぬ。相手と状況が活用を許してくれないのだ。

 

「カズ、ここはおめぇが知恵を絞ってくれ」

「え」

「力任せで事に当たれば、我ら何れかが確実に命を落とす。力と、それを補う工夫をせねばならぬ」

「っ」

 

 息を呑む気配は足の下から。

 カズマは言葉なくこちらを見据えた。

 

「策が要る」

「……」

 

 他力本願なこちらの物言いにも、カズマは不平を言わなかった。口元を手で覆い、眉間に皺を寄せる。まるで脳髄を絞るように思索を回らせているのだ。

 

「……考えが無いことも、ないけど」

「おぉ」

 

 思いも掛けぬほど早く応えがあり、自ら頼んでおきながら驚嘆に声が漏れる。

 さりとて自信満々とは流石に行かぬ様子。カズマはぶつぶつと何事か呟いている。断片的な思考を、糸を縒り合せ紐に、紐を縒り合せ縄とするような。

 

「要は正面からぶつかりたくないんだよな……まとめて削りたい……こっちにはジンクロウが居るから……戦力を分断させて……」

「カズ」

「…………大、丈夫。時間もないし、全員に話しながらまとめる」

「ああ、頼む」

 

 常に無い少年の苦悩する様。事実とはいえ徒党の皆を引き合いに脅すような真似をした。己の言葉はさぞ、少年の両肩を圧していることだろう。

 それを理解し、重荷を負わせている自覚もまたある。しかしながら、己の胸中に浮かんだのは――――酷い話もあったものだ。

 

「期待してるぜ、カズよ」

 

 高所特有の疾風(はやて)は、その無責任な言葉を吹き払ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




延々書いて戦闘始まらねぇというこの体たらく。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。