この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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20話 理に合わぬ

 

 酒場の朝は一日の内で唯一静かな時間だ。給仕は仕事を終え、料理人達は今晩の下拵えを始め、厨房の下働きが眠気眼で清掃をしている。

 適当な長椅子に腰掛け、ふと時計を見上げる。約束の刻限まではまだ今少し暇があった。

 

「……」

 

 隣に座った娘は、今朝ギルド前で落ち合ったきり口を開こうとしない。また御機嫌を損ねた、などということはなかろう。

 どうやら緊張しているらしい。

 

「くく」

「……なにさ」

「いんや」

「ふーん」

 

 じとりとした視線が右頬に刺さる。人の気も知らないで、といったところか。

 リーンはいつもの見慣れた(あお)の装いに、つい先日送った襟巻を巻いている。齢若い娘への品としては少々地味かとも思ったが、なかなかどうして可憐な仕上がりだ。()が良いのも幸いした。

 

「心配要らん。きちんと話は通しておいた」

「でも、いきなり知らない奴がパーティに入り込むのって嫌でしょ。空気感とかあるだろうし」

「かかっ、あいつらにそんなもんを気にするような繊細さは、無ぇ!」

「わりときっぱりはっきり酷いこと言ってるよね」

 

 事実なのだから仕方がない。

 

「それに……魔法使いならもういるでしょ。それも、紅魔族の子」

「ん? めぐ坊のことか?」

「……私なんかが入っても意味ないじゃん。中級どころか上級魔法だって簡単に使えちゃう天才がいるのに」

「ほぉ」

 

 以前にも聞いた覚えがある。なるほど、紅魔族とは通常、己が知るそれより遥かに多芸であるらしい。

 まあ、あの娘も見方と立場と角度を幾らか変えれば天才と呼べぬことはないだろう。事実、人の身で天象が如き力を放つことができるのだ。

 些細な欠点も、ほんの一人背負い(おんぶ)してやる誰かが必要というだけのこと。

 しかしそれはそれとして、リーンが言うところの凄腕魔法使いと己の知るところのあの娘にはひどい食い違いがあった。それがまた可笑しいやら面白いやら。

 

「くくく、こりゃ会うのが俄然楽しみになってきたなぁ」

「?」

 

 不思議そうな娘の顔を見返す。含み笑いをする己は、さぞ意地悪く見えたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は冒険者のカズマ。よろしく。んでこっちの青いのが一応そこはかとなくアークプリーストのアクア」

「一応とかそこはかとなくってなによ!?」

「私はダクネス。クラスはクルセイダーだ」

 

 程なく、カズマら四人とギルドで落ち合った。

 各自リーンへ挨拶と自己紹介を済ませる中、ふと首を捻る。常ならば我先にと名乗りを上げている筈の者がなにやらえらく静かなのだ。

 めぐみんはリーンを前に黙りこくっていた。杖を手で弄くり、伏し目がちに見たり見なんだり。妙な逡巡が窺える。

 

「どうした、めぐ坊」

「い、いえ…………ゴッホン!」

 

 露骨な咳払いで意を決したか、娘は自らの外套を跳ね上げ、片足を踏み出し半身に立つ。

 

「我が名はめぎゅみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操りしもにょ!!」

「噛んだ」

「噛んだわね」

「噛んだな」

「噛みおったなぁ」

 

 しみじみとカズマ、アクア、ダクネス共々四者四様に呟いた。

 表情(いろ)の無い面でめぐみんは言う。

 

「噛んえまひぇん」

「いや噛んだって」

「勢い良く噛んでたわよね」

「完全に噛んでいたな」

「舌ぁ大丈夫か? ちょいと見せてみな」

 

 めぐみんはぷいとそっぽを向いてしまった。そうして耳だけが赤々と染まっていく。

 名乗りの不発もそうだが、どうも本調子ではないようだ。

 ともあれリーンへ向き直り、めぐみんを示す。

 

「めぐ坊だ」

「め・ぐ・み・んですっ!」

「う、うん。私はリーン。よろしく」

 

 気圧されるようにリーンも名乗り、これにて顔合わせとなった。

 

「それで、今日はどうするん?」

 

 カズマの問いに頷く。

 特段、詳らかに予定を組んでいた訳ではない。討伐にせよ探索にせよ、何かしらの依頼を受託し遂行する。つまりは行き当たりばったりだ。

 というのも、直近に解決しなければならん問題が浮上した。

 そしてそれは、己一身の都合――リーンに対する釈明行為――とは関わり無い。こちらは謂わば(つい)でのこと。

 

「まったく、ジンクロウの我侭にも困ったものね。まあ知らない仲じゃないし、冒険の一つ二つ付き合ってあげなくもないけど。この海よりも深い女神の慈悲に感謝し咽びなさい」

「酒場のツケがとうとう払い切れなくなって出禁食らいそうって泣いて縋り付いて来たアクア様は流石言うことが違うなーマジぱねぇっすわー」

「うえぇぇええぇん言うぅわぁなぁいぃでぇよぉ! ごめんなさいぃ討伐一緒に付き合ってくださいぃ!」

 

 酒屋のツケと侮って、積んで重なり溜まりに溜まり。塵も積もればの故事に一切の偽り無く、泣きを見たのがつい昨日。アクアは酒場の用心棒と思しき物騒で屈強な出で立ちの男共にやんわりと最後通牒を下されていた。

 今もまた酒場の奥間から鋭い視線がアクアに注がれている。ギルドへの出入りだけが許されているのは温情か、無いなら稼げとの圧力か。まあ後者であろう。

 腰元に縋る娘の頭をぐいぐいと下に押しやりながら、カズマはリーンに向き合い。

 

「すんません。うちのアル中がすんません」

「あ、うん」

 

 引き攣った頬でリーンはどうにかこうにか愛想笑いを作った。

 借金返済の資金繰りに付き合わせるのだ。カズマの卑屈な様も察するに余る。

 アクアに金をくれてやる、ということもカズマにはできた筈だ。何せ、巨大な野菜の討伐と納品による報酬が懐に入っているのだから。

 首領と渾名された球菜の討伐に三百、納品でさらに五十。直接首領を討ち取った我々に報酬は支払われ、当然、順当に山分けとなった。

 加えて、カズマは新たに習得した技能を使い、相当数の良質な小球菜をも捕獲していた。総額で一体どれほど儲けたやら。

 それでもなお安易に財布の紐を解かぬのは、少年なりの思慮であろうよ。

 

「くく、すっかり良い兄貴分じゃねぇか。えぇ?」

「まるで他人事みたいな言い草だよね。仲間の一大事だものね。助け合いは大事だよね。ジンクロウね」

「ははははは」

「露骨に笑って誤魔化すな」

 

 日頃、飲兵衛の相手をごくさり気なく少年に丸投げしていたことが気に食わぬらしい。

 少年の据わった視線に刺されつ、とまれ我々は依頼が張り出された掲示板へ移動した。

 今日も今日とてギルド発行の依頼書が壁に所狭しと貼り付けられて……。

 

「おらんな」

「なんでこんなスカスカ……」

 

 溝さらいに土木作業、家事手伝いから様々な小間使い、山林洞窟の探索・調査等々。モンスター討伐は(けだ)し冒険者の花形に違いあるまいが、冒険者ギルドにはそれ以外にも多くの仕事が官民問わず舞い込んで来る。

 質の良し悪しはあれど職に溢れることはない――などと、知らず高を括っていたようだ。

 掲示板には数えるほどの依頼書があるのみ。

 無いものは強請れぬと、少年らは僅かに残ったものから選別を始めた。

 

「カズマ、一撃熊などどうだろう。絶対に気持ちいいぞ」

「オイオイこの変態騎士、欲望を隠そうともしねぇ」

「もっとわらわらと押し寄せてくる雑魚を消し飛ばせるやつにしましょう。荒野で突撃蟻が巣を掘り始めたらしいです。これにしましょう。絶対に気持ちいいです」

「知らなかったのか? 爆裂狂に選択権などぬぁい」

「もっと楽なやつにしましょうよぉ。うん、っていうか今日のところはもうやめとかない? 明日、明日から頑張りましょ」

「…………」

「いだだだだだ!? ごえんあはい! うそだから! きょうがんあるから!! むごんえほっへつねんないへぇ!?」

 

 黄赤青それぞれの世迷言をカズマは丁寧に切って捨てる。あしらい方一つ取っても随分手馴れたものだ。

 そうしてその様を呆然と見ていたリーンが口を開く。

 

「……毎回こんな風なの?」

「常にこうだ。賑やかであろ?」

「えぇ……」

 

 脱力感を声に固めたかのような呻き。この様を目の当たりにするだけでも、娘の抱く誤解の大部分は解けたような気がせんでもない。

 

「見ての通り、この徒党で頭張ってんのぁカズだ」

「三人はクルセイダーとアークウィザードとアークプリーストで、あの子は冒険者なんだよね? 最弱職の」

「そうらしいな。しかし蓋を開けりゃ、その最弱何某が居らねば何一つ成り立たん。奇妙な話よなぁ」

「でも……やっぱり、クラス毎のレベルとスキルの差は大きいと思う。どうしようもなくさ」

 

 娘の言葉は、どこか諦めを孕んでいた。

 肩書きが無用とは思わぬ。況や冒険者のクラスとは厳然と数値化された能力により獲得するもの。それに重きが置かれるのは当然の成り行きと言えよう。

 剣士と呼ばわることに否やはない。剣を振るしか能がない己には分相応。上級職の娘らに擦り寄ってお零れを貪る下賤輩、そう揶揄されたところでどうということもない。言いたい者には言わせてやればいい。

 しかし、だからとて、この苦労性の少年が同様に世間から後ろ指を差されるのは少々面白くない。

 それもあって、リーンの反応は小気味が良かった。

 

「その辺りも含めてだ。今日は面白ぇもんが見られるかもしれねぇぜ?」

 

 戸惑う娘に片目を瞑って見せる。良い経験となれば幸いだ。

 

「……おっ。ジンクロウ、これなんてどうかな」

「ん? どれだぃ」

「ゴブリンの……あれ? 討伐じゃない。調査? だってさ」

 

 少年はなにやら首を傾げながら依頼書をこちらへ寄越した。なるほど確かに、題字には間違いなく“調査”と銘打たれている。

 覗き込んできたリーンもまた眉を寄せた。

 

「『廃村に住み着いたゴブリンの調査』? なにこれ」

「ゴブリンって、あのゴブリンだよな」

「最弱モンスター筆頭その二よ」

 

 カズマの言に、アクアが言い足す。どうしてか胸を張り偉そうに。

 すると得心行かぬと、ダクネスもまた腕を組み思案顔を作る。

 

「数は多いが、新米の冒険者でも簡単に倒せる。謂わば初心者向けの練習台のような奴だが……」

「村や牧場、商人や旅人見境無く襲ってきますから、普通は巣や群を見付け次第討伐となる筈ですよ」

 

 仕舞いにめぐみんの解り易い説明が入り、ゴブリンなるモンスターの像も大凡掴んだ。

 思えば、先頃片手間に読んだギルド発行のモンスター百科にも記載はあった。十、ないし数十の群からなる小鬼。知能は低く力も弱いが、他の種族、特に人・亜人種に対して強い攻撃性を示す。狩猟生産の文化は持たず、他文化への略奪によってのみ糧を得る奴輩。

 迅速な討伐を望まれるのは自明の理と言えた。しかし、依頼文には『調査を優先、可能であれば(・・・・・・)討伐』とある。理に合わぬ。

 紙を手に踵を返す。

 

「ちょいといいかぃ」

「ジンクロウさん。おはようございます」

 

 すっかり顔馴染みとなった受付の女に今しがた剥いだ依頼書を見せる。

 

「こいつの詳細を知りてぇんだが」

「あぁ、これですか……」

 

 それを目にした途端、女はなんとも難しい顔を作った。

 

「……どうも更新がまだだったみたいですね」

「? どういうことだ。調査とあるが」

「あ、調査依頼には違いありません。報酬額が上がります。えぇと確か、今の五倍ほどに……」

「受けましょう!!」

 

 溌剌とした声でアクアが吼えた。なまじ肺活量は人並外れているだけに、きんきんと頭蓋にまで響く。

 早々にカズマが首根っこを捕まえ、引き下がらせてくれた。

 そして、ますます以て不可解は募る。

 受付嬢は居住まいを正した。

 

「……実はこの依頼、リタイアが続出してるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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