この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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お久しぶりですすみません。近頃めっきり暑くなり何をするにもやる気の総動員を余儀なくされる季節ですねすみません。
己の鈍筆にただただ呆れるばかり申し訳もなく。それでも読んでくださる方がいらっしゃることに咽ぶばかりですすみません。
よろしければまたお付き合いいただければ幸いですごめんなさい。


18話 女の甲斐性ってもんだ

 

 藁敷きの寝床にも、いつの間にやらすっかりと慣れた。厚手の布を一枚ほっ被せてやるだけで寝心地も随分違う。

 馬の糞尿と気息の臭いは二日目あたりで気にならなくなった。人間の感覚器のいい加減さがこの時ばかりは有り難い。

 こうして馬屋で朝を迎えるのは、はて何度目であったか。そのような疑問を持つのも、この浮世に馴染んできた証やもしれん。

 切られんばかりに澄んだ井戸水で顔を洗い、ふと空を仰ぐ。抜けるように高く、雲も疎ら。快晴と言って良かろう。

 気分も良く小屋に取って返し、隣人に挨拶をした。

 

「よぅ、早起きだな」

 

 溜息のような嘶きでそれは応えた。鼻面を撫でてやるとそのつぶらな目を細める。

 まだまだ齢若い雌馬である。目の醒めるような赤毛、しなやかな体躯と毛並。なかなかの美馬(べっぴん)だ。

 馬を牧場(まきば)へ放すと、いつものように糞を始末し、新たな藁を敷き詰める。

 ここで寝泊りするに当たり小屋の掃除だの馬の世話だのを義務付けられている――などとという決め事がある訳ではない。謂わば、これは趣味のようなものだ。

 

「ん?」

 

 藁掻きを仕舞う為に馬屋に戻ると、一室から喧しい異音が鳴った。正しく高らかというか、威勢があるというか、なんとも派手な高(いびき)である。

 見ればやはり、そこには見知った者らの姿があった。片や寝相も行儀良く毛布に包まったカズマ、片やその少年に足を放り出し涎を垂らしながら腹を掻くアクア。

 

「うぐぅ」

「にへへへ……もう飲めにゃいぃ……」

 

 いかにも対照的な寝顔に苦笑する。仲良き事、などと言った日にはカズマが発憤すること請け合いであろう。

 そろりと昼前に足が掛かり始める時刻だが、起こすのも可哀想だ。いや起こさぬ方が酷なのか。何にせよ、あれもまた有意義な休日の使い途である。

 身支度を整え、馬主に馬の様子を言付け、宿の時計を見ればもう正午が近い。

 

「おぉっといけねぇ」

 

 僅かに歩みを速め、街へ繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地良い晴れの空、陽も一段と高くなった真昼の街路。老若男女それは数多く、白い石畳の上を賑々しく行き交っている。

 ギルドからも程近いアクセルが中央広場。円形の人工池の真っ只中に杯を三段積み重ねた噴水が設えてある。

 待ち合わせの相手は、果たして池の縁に腰掛けていた。特徴的な紅い装い。そうそう見間違えるものではない。

 近付いていけば、程なく娘もこちらに気が付いた。腰に両手を突き、踏ん反り返って懸命にその小さな小さな胸を張る。

 

「遅いですよジンクロウ!」

 

 ぷく、と膨れ面になっているのはどうやら無意識のようだ。年の頃を思えば幼稚とも思えるが、この娘がする分には何の違和も覚えん。

 そうしてそれを見て笑う己の様が、どうやらお気に召さぬらしい。

 めぐみんは膨れ面をさらに赤くした。

 

「遅刻しておいてなんですかその態度は!? これはもう今日一日の食という食全てジンクロウの奢りです。財布を空にしてやります」

「おいおい、そりゃあ随分な御沙汰じゃねぇか? 約束の刻限までまだちょいと間があったろう」

「エスコートする男性が女性を待たせるなど以ての外です! ……って母が言ってました」

「かっ、左様(さい)で」

 

 行き届いた教育だこと。

 

「うむ、然らば早速えすこぉとさせて頂きやしょう」

「ふふふ、わかれば良いのです」

 

 慇懃なこちらの物言いに、しかしめぐみんは満足げであった。

 

「手始めに腹拵えと行くかぃ」

「当然です! パスタが我々を待ってますからね!」

 

 外套を自ら靡かせ元気一杯に言い放つ。言い放つや、娘の小腹がくぅと鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 開店間もないとあって客の入りは上々。二十坪ほどの店はほぼ満席に近かったが、無事席にあり付けたのは運が良かった。

 挽肉と種々の刻み野菜を、おそらくは赤茄子(トマト)の汁で煮詰めた赤いタレ(・・)。それをたっぷりと平打ちの麺に絡めた一品。料理名は生憎と忘れた。聞くだに舌を噛みそうなややこしさだけが印象に残っている。

 ともあれ、めぐみんの満悦顔を見るに味は申し分ないようだ。

 己が注文した品は、大ぶりの貝や烏賊をふんだんに使ったより汁気の多いものだ。魚介特有の強い風味、良い出汁である。

 

「はひほほひひほうへふへ」

「あんだってぇ?」

「んんぐ……貝も美味しそうですね」

「あぁ、美味ぇぞ。新鮮なものを丁寧に下拵えしたんであろうよ。身の締まり具合といい、味の滲み具合といい、こいつぁなかなかの一品だぜ」

 

 そう言ってこれ見よがしに貝を一つ摘む。殻を取らずそのまま調理されていることも旨味の抽出に一役買っている。

 呷るように貝殻を傾け、その身をつるりと吸い込む。

 程よい弾力の歯応え、噛み締める度塩と香辛料、酒精に飾られた旨味が口内に満ち溢れる。

 

「うぅむ、美味ぇ」

「あぁっ一口! 私にも一口ください!」

「へいへい」

 

 気付いているのかいないのか、真っ赤なタレ塗れの口で貝を食む。途端に綻ぶ顔を見るに付け、この娘からは本に食道楽の才をひしひしと感じるものだ。

 布巾で娘の口周りを拭う。

 

「じ、自分でできますよぅ」

「んで、今日はどうする。合羽か肩掛けだかを探すんだったな」

「んんん~……ぷはっ、勿論です。それこそが主目的ですからね。中央広場から目抜き通りにかけて青空市が開いてるでしょう? あそこは街の外から来た行商なんかも露店を出しますから面白いものがいっぱいある筈です。なにより安いのです!」

「ほぅ、よっく知ってるなぁ」

 

 感嘆する己をめぐみんは呆れたように見返した。

 

「いや、逆になんで知らないんですか。この街で生活する上で常識ですよ。というかジンクロウはどこで買い物をしてるんです。服とか」

「それがな、馬屋の主や飼い主が掃除と馬の世話の礼だと言って、古着だの雑貨だのを折に触れ寄越してくれるのよ」

 

 買い物らしい買い物は、それこそあの刀くらいのものだ。

 今あれはギルドの貸金庫に預けてある。箱にきちんと安置してやればあのじゃじゃ馬が存外に大人しい。

 

「むぅ、その役得はちょっと羨ましいですが……」

「いやいや、人徳というやつかもしれんぞ? かかかっ。ま、貰いもんばかりで済ませるのもちょいと味気ねぇ。いい機会だ」

 

 そこでふと、思い立つものがあった。

 

「……ふむ、手土産があるに越したこともない、か……?」

「? なんですか?」

「うん? おぉ、いいや、こちらのことだ。さあさあ、冷めねぇ内に浚っちまおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 露店と屋台がずらりと並ぶ青空市。荷馬車が擦れ違える程度はあろう道幅も今や狭しと、夥しいまでの人々が往来していた。

 人波に負けじと泳ぐように店を回る。一瞬、連れの娘が逸れやしないかと気を張ったが、足取りもしっかりと人を掻き分ける勢いでめぐみんは進んでいく。なんとも、心強い限り。

 食い物、飲物がやはり多く目に付くが、珍妙な動物植物、跳ねる野菜、喚く野菜、宝飾品や木工、陶磁器、金物、彫刻、皮革、書物、絵画、訳の解らん雑貨、冒険者に向けた刀剣甲冑、魔術品、そして無論のこと酒に煙草。

 なるほど、ここならばどんなものでも揃うだろう。質を問わぬならば。

 

「ジンクロウジンクロウ、これなんてどうでしょうか」

 

 冬も近いとあって、防寒に重きを置いた服飾も数多く取り揃っていた。

 色とりどりの外套の中で、娘が最初に手に取ったのはやはりというか、黒地に幾何学の紅い紋様がびっしりと刺繍されたものだった。はっきり言って、なかなかに毒々しい。

 色柄の趣味など各人の自由である。気に入ったというならそれも良かろうが。

 差し出された外套の生地に触れる。

 

「薄いな。それにほれ、織り目が粗い。これで草叢なんぞ歩こうものならすぐ襤褸切れになっちまうぜ」

「うっ、そうですか……惜しいですね。こんなにカッコイイのに……ならば! これなんてどうです!」

「丈が合わんだろう。それにおめぇさんが着るにゃ重過ぎる……ほっ、見ろ。裏地に帷子を縫い付けてやがる」

「ぐぉう、重たい!」

 

 品数豊かなだけに変り種もまた多い。金属の棘が肩から背中から腰から其処彼処に生えた外套、刃物を仕舞う衣嚢と鞘がびっしり縫われ袖口には短刀を射出する発条(バネ)が仕込まれた上着、単なる襟巻きかと思えば裏地が鞣革で袋状に編まれ袋棍(ブラックジャック)に早変わるもの、腰に巻けるほどに恐ろしく薄い剃刀の鞘が偽装された革帯。

 ……探せば探すほど、より暗器に特化して行くのは何故なのか。売り手の趣味、作り手の気質、そのどちらともが素晴らしく歪んでいる。

 もしや、店を間違えたろうか。

 

「うん?」

 

 ふと、様々な衣服(?)が壁に陳列される中で目に付くものがあった。目に付くと言っても、他の珍品の禍々しさの為にそう見えたというだけで、外形は至極正常(まとも)である。

 手に取る。柔らかな生地。織り目細かく縫い目も丁寧。裏地には要所要所毛皮を張り、防寒性をより高めている。

 純白の外套だった。一体となった頭巾(フード)には何やら猫の耳のようなものが(あしら)われている。

 

「ははっ」

「どうしたんですか?」

 

 他所で衣類を漁っていためぐみんが、こちらの様子に気付いて近寄ってくる。傍に来た娘に背を向けさせ、丈を合わせた。少しばかり余裕があるといったところ、身動きを妨げる程ではなかろう。

 

「めぐ坊、ちょいと試しに着てみな」

「へ? はぁ、わかりました」

 

 尖帽を脱ぎ、すすと袖を通す。前を合わせ、頭巾を被せてやればそこには、まるで雪ん子のような童女がいた。

 

「かははは」

「ちょ、なんですかその笑いは!?」

「くく、いやぁすまんすまん。思った以上に愛らしいのでな。許せ」

「えっ、そ、そうですか……?」

「おうとも! そら、姿見がある。手前(てめぇ)でも見てみな」

 

 店に備え付けの大きな鏡の前で、めぐみんは矯めつ眇めつ自身の姿を眺めた。くるりと回って見栄など切る様を見るに付け満更でもないようだ。

 

「でもその、ちょっと子供っぽくないですか?」

「そうかぃ? よく似合っておるがなぁ」

「えへへへ」

「店主」

 

 決まりだ。

 店の奥へ呼び掛けると中年の女が出てきた。

 そうして未だ鏡の前で身構えたり体勢を変えたり余念のない娘を示す。

 

「あれをくれ。幾らだぃ?」

「はいはい。七万五千エリスだよ」

「ほぉ、なかなか良い値だな」

「そりゃそうさ。白狼の毛皮だからね。でも防寒着としちゃ本当に良い物だよ」

 

 めぐみんが半身立ちになり片手を突き出すように構える。どうやらあの(かぶ)いた名乗りの練習らしい。

 女は娘の奇態に微笑んだ。

 

「妹さんかい」

「まぁそんなようなもんだ……ところで、この店の品、こりゃあんたが揃えたのかぃ?」

「ああ違う違う。うちの旦那の趣味でさ。頭おかしいだろ? あははははは!」

「かっ、そうかぃ」

 

 それを笑って済ませるこの女も大概豪放である。

 

「そこの手袋、あと靴も付けてくれるか」

「はいよ、まいどあり。手袋はおまけね。九万でいいよ」

「お、こいつぁすまねぇな」

「いいよいいよ。お嬢ちゃんよかったねぇ新しいお着物(べべ)買ってもらえて」

「え? あぁっ、なに勝手にお金払ってるんですか!?」

 

 めぐみんは慌てて財布を取り出しながら食って掛かる。が時既に遅く、金は店主の女の手に渡っていた。

 なおも財布を持って娘はあたふたする。

 

「いいじゃねぇかこれくらい」

「結構なお値段だったでしょう! 私の目は誤魔化されませんよ!」

「いいから払わせてくれぃ。ほれ、男に奢らせてやるのもイイ女の甲斐性ってもんだぜ? な?」

「ぐ、むむむ、いいおんな……」

「かっはははは!」

 

 頭を撫でてやると不承不承めぐみんは財布を仕舞った。

 本に、いい娘っ子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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