この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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17話 野菜が城を落とす時代か

 曇天の空を抜け、それは来た。

 地平の彼方を越え、それは来た。

 

 

 それの正体を理解するには、少々の時間を要した。

 夥しい数の緑の玉。大きさは両手に余る。ずしりと重く、如何にも水気に富んだ物体。

 間近にすれば青みと甘みの混交した香りが鼻を抜ける。活き締め(・・・・)故の鮮度だろう。

 球菜(キャベツ)であった。

 油菜科の多年草。生育するに従い伸びた葉が結球、つまり球状に丸く重なり合っていくのが特徴の野菜である。

 食用草本植物である。

 その球菜が飛翔していた。

 飛翔していた。

 何故だ。

 

「そりゃあ野菜だって生きてるしね。食べられない為だったら空くらい飛ぶよ」

「なるほど」

「納得すんのか」

 

 クリスの言に頷くや、透かさずカズマが声を上げた。

 心外である。無論のこと、納得などしておる筈がなかろうに。これは諦めこそ肝要な事案だ。一々驚愕していては精神の疲労も馬鹿にならん。

 

「異世界来て、キャベツ狩り……異世界でキャベツ……」

 

 その意味でカズマは律儀と言える。其処彼処で繰り広げられる人と球菜との攻防に逐一文句を垂れ流し続けている。

 確かに、重装備に身を固めた冒険者達が野菜を相手に四苦八苦する様はひたすらに奇妙奇天烈。ただ見ている分には面白過ぎる光景だが、御伽噺の冒険を夢見る少年からすれば物申さずにはおられんのだろう。

 

「それはそれとしてだ。アクア嬢!」

「なーにージンクロー!? 今私は一攫千金真っ最中で忙しいんですけどー!?」

「すまねぇが鍋にちょいと水をくれぃ」

「はいはーい。花鳥風月ぅ!」

 

 三丈ばかり離れた場所でキャベツと格闘していたアクアが、片手に握った扇子をこちらへ差し向ける。そう見て取った次の瞬間、扇の面から水が溢れ、それは一本の放物線を描いて己が持つ小鍋へと寸分違わず流れ込んだ。

 見事な水芸である。めぐみんの言はまっこと正しかった。

 石組みの竃には既に火が入り炎を上げている。その上に鍋を置き、沸くまでの間に下拵えを行う。

 

「……ところでさ、ジンクロウ」

「おぅ、なんだぃ」

 

 球菜は捕まえた当初こそそれはもう暴れたが、裏側の茎の根元辺りに刃を刺し入れるや途端に大人しくなった。なんでもそれがこの野菜の締め方だそうだ……深くは考えまい。

 俎板(まないた)などありやせんので、外葉を一、二枚剥いでから、直接適当な大きさに千切り取っていく。

 それを放った木皿に同じく、塩、ごま油、刻んだ行者ニンニクを入れ、匙で和える。すると、胡麻の香ばしさと行者ニンニク独特の臭気が鼻を抜けた。唾液が口内に満ちるのが分かる。

 

「なにして……ってか無駄に美味そうだし! ホントに何してんだよ!?」

「こいつの酒肴(つまみ)にと思うてな。おめぇさんもやるか」

 

 傍らに置いた徳利を指で弾く。たっぷりと満ちた中身の所為で陶器の涼やかな音色は聞けず、風情もへったくれもない。

 昼酒かっ喰らうのにこんな所でせっせと肴を拵えている輩が今更風情だの風雅だの片腹痛いが。

 

「あのさぁ、キャベツにやる気出ないのは分かるよ? だからってこんなとこで本格的なクッキングしなくてもさ……ほらぁ! 駄女神がこっちを飢えた獣みたいな目で見てるから! キャベツ一玉一万エリスじゃなかったらあいつ全速力でこっち来るからな!?」

「あの娘は……も少し節制ってものを覚えさせんとな。頼むぜカズ。飼い主であろうに」

「誰が飼い主か」

「あのー、そろそろいい?」

「あ、すんません」

 

 おずおずとクリスが進言する。

 当初の目的を忘れるところであった。カズマに盗賊の技巧を伝授してくれるという申し出。有り難い話よな。

 

「丁度いい機会だし、ぶっつけ本番。実戦で覚えてもらうからね!」

「うっす! お願いしまっす!」

 

 カズマはクリスに連れられ、数多の冒険者と無数の球菜舞い踊る正門前、そこに広がる平原へと歩を進めた。

 

「ジンクロウは行かなくていいんですか?」

「うん? そうさな」

 

 先程までその辺りをうろうろしていためぐみんが戻って来ていた。大方球菜の群に爆裂魔法を放つ算段でも付けていたのだろうが、ああも人間野菜入り乱れては難しかろう。現に娘の顔にはしっかり『不服』と書いてある。

 

「ま、こいつが出来上がったら考える」

「……なんですか? これ」

「塩きゃべつとか言うそうだ。酒場の親仁に教わった」

 

 見れば鍋の水が沸々と湯気を立て始めていた。泡立つ鍋を一旦火から取り上げて置き、そこに予め用意していた削り節を一掴み放り込む。

 鰹そのものを凝縮したかのような強い芳香、それが湯に溶けていくのが分かる。暫くすれば、湯面に浮いていた薄い削り節は鍋の底に沈んだ。頃合である。

 布巾で濾す、などという律儀なことはせん。杓子でそのまま出汁を掬い、先程調味料と和えた千切り球菜へ掛ける。適当に混ぜること数回。

 カズマ曰く本格料理らしい――またえらく大雑把な本格料理もあったものだ――『球菜の塩と胡麻油和え鰹出汁がけ』が完成した。

 指で一欠片摘み、齧る。

 

「む」

 

 胡麻の香りが鼻を抜け、行者にんにくの辛みを乗せた塩味が舌にじわり滲みる。しかし噛むほどに主張を強めたのはむしろ、甘味である。球菜の、野菜ならではの素朴な甘露。出汁が後味を飾り、にんにくを加えたにしては驚くほど爽やかな味わいで口内は満たされた。

 旨い。

 

「ほぅ、こいつぁ悪くねぇ」

「……」

「へいへいわかったわかった、ほれ」

「べ、別に要求した訳では……まあくれるというならいただきますよ、ええ」

 

 めぐみんがこちらに屈んで皿からそれを摘み取る。口に入れもしゃもしゃと咀嚼する内、見る見る娘の顔は綻んでいった。

 ほとほと今更であるがあまり行儀の宜しい食事風景ではないな。ふと、苦笑が漏れる。

 

「『スティール』!!」

「きゃぁぁぁああああああああ!?!?」

 

 平原に甲高い悲鳴が響き渡る。聞き覚えのある声を見やればそこにはやはりクリスとカズマ。

 内股中腰と奇妙な格好でクリスが追う。その顔は火入れした鋼も斯くやという具合に真っ赤であった。

 なにやら薄い布切れを片手に振り回しつつカズマが逃げる。その顔は戦に勝利し鬨を上げる兵卒もかくやという具合に歓喜で満ち溢れていた。

 

「パ、パン……ッ! 私のぉ! 返してぇ! お願いだからぁぁあああ!!」

「ぬっはははは! だぁっははははは! なんだろうこの解放感! 久々に俺が俺らしく俺してる感じ!! ぎゃあはははははは!!」

「な、な、な、なんという……街中の冒険者達が一堂に会するこのような場で、少女の下着を剥ぎ取りあまつさえ公衆に晒し上げるなどっっっ……鬼畜だ! 下種! 外道の所業……! なんて……なんて……なんて羨ましいことを!?」

 

 意味の分からぬことを口走りながらダクネスは全身を震わせた。そうして少年を追う者がもう一人加わる。

 

「朝夕の風が随分と肌寒くなってきおったな」

「そうですね。ローブだけだと流石に冷えます」

「そのように薄っぺらな外套では然もあろうよ。もっと暖かくしねぇか」

「し、失礼なっ。これは紅魔族御用達の由緒あるローブですよ! ……とはいえ防寒対策は今の内から始めないとダメですし。買い物行きましょうジンクロウ」

「魂胆が見えとるぞ。荷物持ちが欲しけりゃカズに頼めばよかろう」

「えー、いいじゃないですかー行きましょうよー。あ! それにジンクロウだってコートの一着くらい買わないと」

「上手い口実だ。で? 何が食いたいか言ってみな」

「最近市場の近くにパスタ料理のお店が新しくオープンしたのです! これは是非一度賞味すべきではないでしょうかっ」

「はん、こやつめ」

「えへへ」

 

 次の休日の使い途は、どうやら決まっていたらしい。

 秋風に冬めいた匂いを覚えた。もうすぐ、凍える季節がやってくる。

 

「……あの、和やかにされているところ申し訳ないんですが、向こうで騒いでる三人はジンクロウさんのお仲間さんですよね? 緊急クエストということで他の冒険者の方もいらっしゃいます。できればもう少し大人しく、キャベツ討伐に集中していただけると、その……」

 

 傍らに立ったのは見知ったギルドの受付嬢であった。名は確かルナと言ったか。やんわりと選りすぐった苦言が耳に痛い。

 赤の他人を装ってみたが所詮は無駄な悪足掻き。己が彼奴の一党に組しておることは傍目から明らかなのだから。

 仕様も無くえいこら立ち上がり、尻の土を払う。

 

「カズの野郎、ありゃ何をしてやがんだぃ」

「多分クリスのパン……ツを、スキルで盗ったのでしょう。冒険者から変態にジョブチェンジしたんですかね」

「あぁ下穿きか……クリス嬢も災難だなぁおい」

 

 カズマの逃げ足にクリスとダクネス双方追い付けぬ様子。

 どころか、少年は逃げながら幾度も『スティール』と叫び道中のキャベツを無力化している。凄まじい、ともすると気味が悪いほどの手際の良さである。若い娘の下着によって一体どれほどの活力が少年の中で漲ったのか、想像する気はさらさら無い。

 情動に飽かせて暴れてはいるが、まあ一発殴りもすれば正気に戻ろう。

 

「お」

 

 そうして拳骨固めて駆けようかとした時、不意に見知った顔を見付けた。

 街の冒険者連中の群集の中、栗色の髪を一本に結った娘。リーンであった。傍にはいつもの面々、喧しいダストと同じく悪乗りするキース、諌め役のテイラーが雁首揃えている。

 ふと、リーンはこちらに気付いたようで、笑みを見せて手を振ろうとした――しかし、そう見えたのも一瞬のこと。

 はっとした様子で、リーンはぷいと顔を背け、そのまま木杖を手に歩き去ってしまった。

 

「ふむ」

「……知り合いですか?」

「この地で、あぁいや、この街で最初に出来た馴染みというやつだ。その筈なのだが、はて……俺ぁなんぞやらかしたか」

「いや、私に聞かれても」

 

 いやまったくその通り。

 キースはにやにやと、テイラーは苦笑を浮かべつつこちらへ向けて片手を上げた。そしてダストは中指を立てた。

 途端めぐみんが顔を顰める。

 

「柄悪いですね」

「いろいろと荒い奴らだが、性根が腐っておる訳ではない。ただまあ、頭は悪い。あの金髪は特にな。くくくっ」

 

 喉の奥で笑声を上げる。一見では、なるほど確かにあれはチンピラ以外の何者でもない。あれの面白みを知るには、関わらねば解らん。

 今度、カズマらも交えて酒でもやろうか。そう勝手な心算を練る。

 娘っ子の御機嫌の斜め具合、その辺りも窺わねばならんのだから。

 とりあえず、走り回るカズマへ追い縋る。横合いからの奇襲、今まさに絶好調のカズマといえど躱すことはできないようだ。

 その頭頂部へ拳を無造作に打ち下ろす。

 

「こら色ガキ」

「いでぇ!?」

 

 中身を満載した樽を殴ったような重く鈍い打撃音。顔面から地面に倒れこむカズマの首根っこを捕まえる。

 乱痴気騒ぎもそろそろ仕舞いか。

 そう思われた。

 

首領(ドン)が出たぞぉー!!」

 

 突如、曇天を貫き怒号のような声が響く。

 群集が動きを止めた。

 

「首領!? 馬鹿な! 早過ぎる!」

「奴が完全成長を遂げるにはまだ十年は掛かる筈だろ!?」

 

 口々に騒ぎ立て、驚愕が波のように伝播する。ギルド職員らも俄かに色めき立っていた。

 カズマ共々なんのことやら分かる訳もなく、下穿きと再会を果たしそれを胸に抱き締めるクリスにどういうことか問おうとした。

 しかし、その要はすぐに消える。

 実物が現れたのだ。

 

「首領キャベツ……!!」

 

 球菜である。幾枚もの葉が折り重なり結実した緑の野菜。周囲を舞い踊るものとそれに形状的な差異はほぼ皆無と言えた。

 違うとすればただ一点。その体積。

 灰色の雲にぽつりと写る黄緑の粒。それが見る見るうちに肥大していき、ついにその全容を現した。

 人を横並びに三人ばかり立たせたとして、真上から完全に押し潰してなお余る。一丈を優に超える巨大球菜。

 襲来する。

 

「でかぁぁあい!?」

「言うとる場合か」

 

 絶叫するカズマを押しやり、共に跳ぶ。

 先程まで突っ立っていた空間をそのでか過ぎる球体が通過した。地を薙ぎ払うかのような恐ろしい突風。あんなものとまともぶつかり合えば無事では済むまい。

 

「逃げろー!!」

 

 何者かの叫び。それがまた号令となったか。冒険者共は四分五裂、一斉に逃げ惑った。とすれば維持されていた戦線が崩れたことで球菜群の総進撃が始まるだろう。

 

「首領キャベツの体当たりは城壁程度なら貫通します! 冒険者の皆さん! 上手く回避しつつ応戦お願いします!」

「簡単に言うな!」

「それができれば苦労しないわ!」

「ちなみに首領キャベツの討伐報酬は三百万エリスです! 買取でさらに五十万エリス上乗せされます!」

「うおっしゃぁぁあああ! やってやらぁぁあああ!!」

「あっはははは! 三百五十万は私のものよ!! キャベツをおつまみに毎日シュワシュワ三昧よ!!」

 

 聞き覚えのあるがなり声がしたような気がしたが勘違いであろう。あのような守銭奴の知り合いはおらぬ。

 同じく尻を捲っていた冒険者の幾らかが報酬額を聞いて掌と踵を返す。

 そして尽く、撥ね飛ばされていった。

 

「ギャァアアア!?」

「いやぁぁあああ!! やっぱ無ぅ理ぃいー!?」

「何をやってんだあの駄女神は……」

 

 知らぬ存ぜぬに徹していたカズマが、我慢ならずといった風にぼやく。

 さても、なかなかに厄介である。

 

「めぐみんの爆裂魔法なら一撃だよな」

「動きがあまりに速い。その上、奴ぁ飛翔しやがるぜ」

「出が遅いのがやっぱりネックだなぁ……動きを止めようにもあれ相当パワーあるぞ。キャベツの癖に」

「城壁を破るほどらしいな。かっはは! 野菜が城を落とす時代か」

「笑い事じゃないし。あとそんなイカレタ時代認めねぇ。認めたくねぇ……」

 

 カズマと悠長に相談していると、クリスとダクネス、遅れてめぐみんがやってきた。

 クリスはカズマからやや距離を取りつつ己の背にさっと隠れた。

 

「で? どうしよっか。ちょっと拙い状況だよ」

「ああ、首領キャベツの出現でキャベツの動きが目に見えて変わっている」

 

 首領の名の通り、あの巨大な球菜は他の小粒共の親玉であるらしい。てんでんばらばらに降り注ぐばかりであった小球菜に統率が為され始めた。

 冒険者の徒党は基本五、六人から組まれる。稼ぎの分配、個々の利鞘、募集の効率、安全生存率の確保等、諸々加味した結果広まった人員の最適数らしいがそれはどうでもいい。

 問題なのは、球菜共がその一個班単位の集団を各個毎に潰していることだ。

 歴然の事実として、我方は彼方に数では劣る。

 

「頭を潰すしかなかろうな」

「我が爆裂魔法の出番ですね!」

「いいや、めぐ坊にゃ最後の仕上げを頼まぁ」

 

 統率者を失えば、半端に寄り集まった球菜共など良い的でしかない。それこそ爆裂一吹きでどうにでもなろう。

 しかし、高速で飛び回る巨球体に対して、爆裂魔法の射程外からその足を止める手段は今この場にない。ならば直に肉薄して仕留める必要がある。

 カズマを見やる。少年はこちらと目が合った瞬間に意図を察したようだ。

 逃げようとするカズマの肩に腕を回し、無理矢理引き寄せた。

 

「いやだー!! どうせあのデカ物に『スティール』して動き止めろとか言うんだろ!?」

「ちょいと違うな。あれの動きを止めた上で息の根も止めるのがおめぇさんの仕事だ」

「いぃやぁぁあああ!?」

「いいじゃねぇか付き合えよぅ。偶にゃ男同士で無茶の一つも踏もうや」

 

 ギルドで借りた木剣はまだ手元にある。野菜相手なら真剣よりも都合が良かろう。

 

「じゃあ私は統率からあぶれてるのをちまちま捕まえようかな」

「むぅ、大物を撃てないのは残念ですが。わかりました。私はいつも通り合図を待ってます」

「…………」

「? ほら、防衛はダクネスの十八番でしょ。行くよ!」

「ん……わかった」

 

 三人はめいめいに役割を見付けて散っていく。

 後には野郎二人が残された。少年も諦めたように悪足掻きを止める。

 

「はぁぁ……それで、どうやって近付くんだよ」

「敵陣中央を突破、喰い破る。ま、俺が道を作るからおめぇさんはぴったり付いて来りゃいい。いいか、ぴったりだぞ」

「逸れたら袋叩きなんですね解ります」

 

 嫌々言いつつ理屈はきちんと抑えている。だからこの少年は面白い。

 

「往くぞ」

「へーい」

 

 言葉少なに、即ち問答の要もない。

 疾走する。そして己の後背に少年はぴたりと随った。

 自然、親玉へ不届きにも近付こうとする我々に、球菜の群が襲い掛かってきた。

 視界を埋め尽くさんばかり、堪らず眼前の景色は緑に染まる。四方八方から降り来る球体、逃げ場などありはしない。

 我々は敢え無く全身を打ち据えられる――――無論、それは何もしなければの話である。

 振るう振るう。振り回す。

 今この時この場に必要であるものはただ一事、速度。

 身体稼動の効率最適化。木剣の重量、運剣へ乗せた体重、斬撃による運動力、疾走による推進力。全てを連動する。

 

「うひぃぃいい!? よく考えなくてもあの大きさの繊維と水分の塊にぶち当たったら大怪我で済まなくね!?」

「かははは! 今更何を言うとるか! 打ち所が悪ければ死ぬるぞ!」

 

 斬り払った剣閃は八の字を描き左右の敵を打ち飛ばす。

 打ち下ろした剣は切り返さず体軸をそのまま半回転させ再度斬り下ろしと為す。

 大道芸染みた体捌き、ただ単純な身体能力に立脚した連続斬撃。絶え間を生まず、どうにも免れぬ間隙は最小化し、剣閃による幕を張る。

 断じて剣理に非ず。

 然れど是正しく武力也。

 攻勢を子分に任せたか、親玉たる首領球菜は防衛網のその先で動きを止めている。好都合。まさか手勢も連れずたった二匹で軍勢に突っ込んでくる阿呆が居るなどと思いもせんのだろう。

 打ち落とした球菜が五十を超え始めた。

 あと、十歩。

 そして目の前を覆っている球体群にもまた綻びはある。

 その間隙を、見付けた。

 

「ギャァアベェエエエエ!!」

「!?」

 

 咆哮した。何が。無論のこと、球菜がである。

 首領球菜が突如こちらへ突っ込んできたのだ。

 自身に侍るもの、そして自身を守っていた小粒共々粉砕して、迫る。

 カズマもまた反応していた。目配せするまでもなく、己が左へ跳び退くやカズマは死に物狂いで右へ横っ跳ぶ。

 数多の球菜を轢き潰しながら巨体は我々の間を通過した。

 

「こえええ!! 仲間ごと殺しに来たぞあれ!」

「暴れるだろうとは思うたが、ああも見境がないとはなぁ」

「どうする!?」

「どうもこうも、正面からやり合うしかねぇやな」

「ですよねー」

 

 過ぎ去った巨大球が舞い戻ってくる。標的は、カズマであった。

 凄まじい速度。体積から見積もって重量とて相当な筈。加速されたかの超重量物による衝撃、間違いなく五体をばらされるだろう。

 左腰に差した鞘に手を掛ける。またぞろ『不満』を飛ばしてくるが致し方もなし。

 一太刀で斬り断つ――――しかしその思惑が成就することはなかった。

 迫り来る緑塊。

 足をもたつかせるカズマ。

 その合間に躍り出る。

 

「ダクネス!?」

「来い!!」

 

 突如立ち塞がったダクネス、もはや球菜とて軌道を変えることは不可能だった。

 衝突する。

 空間を震わせるほどの衝撃波が生まれた。地が抉れ、ダクネスの両脚が沈む。

 両脚が。

 なんとダクネスは未だ二本の脚で立っている。

 受け止めおったのだ。あの巨体の一撃を。

 

「かっ、御見事! カズ!!」

「『スティィール』!!」

 

 反駁など要らず、カズマは受け止められた球菜に手掌を向け叫ぶ。

 一瞬の発光。

 

「うおっと!?」

「……なぁるほど」

 

 思えば不思議であった。『窃盗(スティール)』とは字義通り対象の所持する物品を何かしら奪う技であるという。ならば、ただの野菜に対してそれを使い、一体何を奪い取っていたのか。なまじ『スティール』がしっかりと球菜共に作用していたので余計に解らなんだが、今その疑問が氷解した。

 カズマは両手に巨大な葉を抱えていた。球菜共が羽のように広げていた外葉(・・)を。カズマめは、飛翔能力を実現する為の機構、それを奪い取っていたのだ。

 ならばもはや、ダクネスが抱えるものはただの育ち過ぎた吼える野菜でしかない。

 

「どぉぉぉおおおりゃぁぁあああああ!!」

 

 今度はダクネスが吼える。

 その自慢の筋力を惜しげもなく発揮し、首領球菜を放り投げた。地響きを鳴り散らしながら球っころは跳ねる跳ねる。改めて娘の怪力が知れるというもの。

 

「悪ぃな、カズ」

 

 その球を追い掛ける。しぶといことに、球菜は再び外葉を捲り上げ変形し、新たな羽を造り出そうとしている。

 させぬ。

 止めは己が頂く故に。

 木剣を上段に取り、疾駆した。

 羽が、完成する。球菜が飛翔する。

 間合。

 捉えた。

 水気に富んだ手応え。断末魔も上げず、野菜はようやく野菜らしい静けさを取り戻す。

 振り返ると、カズマがこちらに親指を立てていた。

 嬉しそうな少年、その横合いをすり抜ける。

 

「え?」

「何をしとるか。早う逃げんと巻き添えを喰うぞ」

「げ」

「ダー公、おめぇさんもだ」

「首領キャベツの一撃があれほどとは……くぅ、惜しい。もっと何度も何度も押し潰して欲しかったが……ダ、ダー公?」

 

 カズマに対して言わんとすることは過不足無く伝わったようだ。

 何やら不穏当なことを口走るダクネスは、その腕を引っ張り上げ無理矢理に立たせる。

 そろそろ、あの娘っ子も我慢の限度であろう。

 走る。統率を失い浮遊するばかりの球菜の群を走り抜ける。

 

「いいですね!? いいんですよね!? 撃ちますよ!? 撃っちゃいますよ!? ああもう出ます!! 『エクスプロージョン』!!」

 

 背後で爆音が、遅れて爆風が我々の背中を後押し、もといふっ飛ばす。

 木の葉のように舞い上がる中、肴は焼き球菜も悪くない。そんな下らぬことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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