この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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16話 めぐ坊は見んでいい

 

 

 明くる朝。

 入り組んだ路地を奥へ奥へと行った先に、その広場はぽっかりと空いていた。

 宅地の普請に当たって、何かしらの不手際か計算違いでも起こったか、家と家との間にできた活用当ての無い四方五間分ほどの空間。普段は近所の子供らの遊び場らしく、ゴム鞠やら木の棒やら持ち寄った玩具やらがそこらに散乱している。

 カズマ、めぐみん、そして己の三人は、呼び出されるままこうして出向いた訳だが。

 

「カズ、アクア嬢はどうした?」

「酒場で宴会芸披露している」

「はぁ?」

「いやうん、マジなんです……」

「ジンクロウはまだ見たことないんですか? アクアの花鳥風月は一見の価値ありですよ!」

 

 本日我らが集まったのは他でもない。戦闘手法の是正について議論が停滞していた折、クリスがその解決案として人を紹介したいと言ってきたのだ。これよりその初顔合わせをする。

 まあ、徒党の全員が出向く必要もなかろう。

 カズマを見れば、柄にもなく緊張した様子である。クリスはどんな人間を連れてくるのか(おそらくは故意に)我らに教えはしなかった。そわそわと落ち着かんのも無理はない。少年の齢相応な姿にどこか安堵する心地だ。

 めぐみんの方は、むしろ楽しげである。未知との遭遇は娘の好奇心を大いに擽るらしい。

 そうして程なく待ち人は来た。

 

「お待たせ」

「……」

 

 片手を振って歩み寄ってくるクリス、その背後に付き随う影一人。

 クリスは半歩身を引いてその娘を己らの前に導いた。

 純白の甲冑が目にも眩い。クリスと比べやや上背があり、手脚もすらりと長い。面差しはきりりと引き締まり、ともすれば冷徹な印象を見る者に抱かせる。しかし齢は精々カズマより一つ二つ上といったところだろう。

 

「その娘さんかい」

「そ! ほら、自己紹介」

「……ああ」

 

 促され、甲冑の娘は軽く会釈した。

 

「私の名はダクネス。クルセイダーだ」

「ク、クルセイダーですか?」

 

 めぐみんが驚いた様子で声を上げた。

 そう、確か冒険者における上級職の一つであった筈だ。聖騎士、だったか。神に仕え、魔を、不浄を斬り払う(もののふ)

 不意に、す、とカズマが前に出た。ダクネスに向けて手を差し出し、見るからに格好付けた作り顔に笑みを浮かべる。

 

「俺の名はサトウカズマ。冒険者を生業とし、このパーティのリィダァーを務めています」

 

 すると、めぐみんがこそっと耳打ちをしてくる。

 

「あんなに嫌がっていた癖に決め顔で自分のことリーダーとか言ってますよ」

「まぁまぁ許してやんな。カズも男だ。美人の前で見栄を張りてぇのさ」

「聞こえてるからな」

 

 瓜実顔に切れ長の瞳、小作りな鼻、微かに桃色の薄い唇。ひどく整った容貌である。腰元まである金糸の髪を後頭に結っているが、それがまた白い肌に映えた。

 間違いなく、美しい娘だ。

 

「ジンクロウ、鼻の下を伸ばす役回りはカズマだけで十分ですからね」

「おや、そうか? そいつぁ残念」

 

 じととしたその目に笑みを返す。

 思考はまったく別の方へ向いていたが。

 徒党員の募集の条件に容姿だけを引き合いに出すなど愚かな話である。が、それでも上級職であり飛び切りの別嬪。引く手は数多ありそうなものだが……さて。

 

「ジ、ン、ク、ロ、ウ?」

「ささ、それよりめぐ坊。我らも自己紹介と行こうや。な?」

「……コホン。いいでしょう。では私から――我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操りし者!」

「ジンクロウってもんだ。ま、(しが)ない剣士だ」

「ああ、よろしく頼む」

 

 口数少なく、ダクネスはそれきり沈黙した。

 クリスが苦笑する。

 

「もう、ダクネス。緊張してるのは分かるけどそんなぶっきらぼうじゃダメだよー」

「ん……すまない」

「いいけどね。ごめんね。この子、この通り人見知りでさ」

「なんの問題もないですよお嬢さん。むしろシャイなところがそそ……とても素敵じゃないですか。なぁジンクロウ!」

「分かったからその妙ちきな顔やめねぇか」

「締まりの無い顔を無理に締めてる所為ですごく気持ちが悪いです」

「ロリっ子後で泣かす」

 

 間の抜けたやりとりもそこそこに、クリスは本題に入る。

 その声音はどこか悪びれた風であった。

 

「昨日言ったと思うけど、私がカズマにスキルを教える。代わりにダクネスをキミ達のパーティに入れて欲しいんだ」

代わりに(・・・・)

 

 そう鸚鵡返しに口にすれば、クリスの苦笑はいよいよ深まっていく。娘は頬の傷痕を掻いた。

 

「あはは……うん。実はね」

「いや、ありがとうクリス。そこからは私が説明しよう」

 

 クリスの言を遮り、ダクネスは自身の胸に手を当てた。半拍ほどの躊躇い、しかし意を決したように。

 

聖騎士(クルセイダー)などと大袈裟な肩書きを掲げているが、私は、その……凄まじく不器用で、剣による攻撃がほとんど敵に当たらない」

「へ?」

「ほとんど、ですか……」

 

 カズマが頓狂な声を上げ、めぐみんも言葉尻を反芻する。

 己はといえば、ようやく得心行った。旨過ぎる話の運びに妥当な落とし所と言えよう。

 

「で、でもまあ、その辺は追々ね! 頑張ってレベルを上げて行けば問題ありませんよ! な? ジンクロウ」

「うぅん? あぁ、ま、そうなんじゃねぇか」

「だるぉ! ほらうちのもこう言ってることですし」

「必死ですね」

 

 尻込みしたかに見えたのも束の間のこと、カズマは気を取り直し勧誘を続行した。

 その解り易過ぎる下心には呆れよりも感心が湧こうというもの。どうやら、冒険者としてではなく、一匹の男として相当に鬱憤が溜まっていると見える。

 がっつくようにダクネスに迫るカズマをどうどうと宥めた。当のダクネスは、少年の気勢に戸惑い顔を赤らめている。怯えからか、息もやや荒い。

 カズマの熱情はさて置き、当てられぬ剣に果たして意味があるのか。

 そこではたと思い出す。クリスはどういった名目でこの娘を連れて来たのだったか。

 

「んっ……その、代わりと言ってはなんだが、私は筋力や耐久力、持久力には多少自信がある」

「ほう」

 

 そもそもが、クリスは我らの守りを度外視した戦法を見かねた為に、スキルの教導と人手の斡旋を請け負ってくれたのだ。

 つまりダクネスに期待すべきは敵を打ち負かす攻撃力ではない。

 とすれば……確かめたくもある。

 

「めぐ坊、すまねぇがひとっ走りギルドに行ってな、木剣を借りて来てくれんか。二振りだ」

「え? は、はい、わかりましたっ」

「ジンクロウ?」

 

 めぐみんは疑問符を頭に載せながらも、特に聞き返すこともなくギルドへ走って行った。

 カズマのもの問いたげな声に今は応えず、黙してめぐみんを待つ。

 

 

 

 手にしたそれの意匠は諸刃の直剣。柄元の両方向から鍔が伸びている。諸刃は趣味ではないが致し方あるまい。

 片手で振るう。軽い。赤樫であろうか。

 

「ジンクロウ殿。これは」

「おぉ、すまんな」

 

 対面には、同じく木剣を握ったダクネスが佇んでいる。

 突然そんなものを手渡され、こうして差し向かいに立たされればなるほど、その戸惑い様も無理からぬこと。傍で見ているカズマらとてそれは同じだった。クリスなど先程からずっとそわそわと落ち着けずにいる。

 だがこの構図、こちらの思惑は過不足無く伝わっておろう。

 

「なぁに、手荒な真似がしてぇんじゃない。ただ、おめぇさんの腕前を見てみたくてな。二、三本打ち込んでくれぬか?」

「ちょっ、ジンクロウ!」

 

 クリスが堪らず身を乗り出すが、それを制したのは当のダクネスだった。

 

「いい、クリス。ジンクロウ殿は私にチャンスをくれると言ってるんだ」

 

 浅い半身立ちで剣の切先を差し向ければ、ダクネスもまた応えるように木剣を両の手で構える。

 握りは深く、強い。ともすれば柄を握り潰さんほどに。

 肩がやや上がっている。まるで全身が猛り立つようだ。

 

「来な」

「……っ!」

 

 一呼吸分の沈黙を踏み越え、ダクネスが突進する。

 真っ直ぐな軌道、戦形は素直な上段。

 握りのさらなる強まりを感じた。柄の軋みが聞こえてきそうだ。

 間境。

 刃圏。

 対手の木剣が届く最適距離。

 振り下ろされる。

 

「……」

「はぁあ!!」

 

 乾坤一擲の斬撃は、己の足元より半尺右の地面を穿った。

 こちらは、何もしていない。

 木剣が引き抜かれる。その勢いに乗る形で横薙ぎに斬線が走る。しかし、勢い余って娘の体は後方へ退がってしまった。

 己の胸の前三寸ばかり、剣先が空を薙ぐ。

 

「でやぁああ!!」

 

 後退から一転、ダクネスは一歩踏み込む。地面を抉る左足、剣は片手に引き刺突の構え。

 打ち出された剣尖は、胸から大きく逸れている。逸れてはいるが、この軌道ならば肩口をやや削るだろう。

 下方から掬うように剣の切先を合わせた。

 

「!」

 

 木片が飛び散り、拍子木を打ち鳴らしたかのような甲高い音色が響く。

 ダクネスの剛剣は己を逸れ、空を行過ぎた。

 娘が跳び退く。構えは初め同様、腰を落とし、両の手で剣を正眼に置いた型。

 呼吸を整え、肩から力を抜く。娘は残心を忘れなかった。

 

「なるほど」

「か、掠りもしない、だと……!?」

「いえ、最後に一度だけ掠ったでしょう。一度だけ……」

 

 木剣を、それを握る己の手を眺める。めぐみんの言う通り、ほんの一度剣を掠め合わせた。ただそれだけのこと。ただそれだけで。

 

「大したもんだ」

「えぇ!?」

 

 カズマとめぐみん、そして何故かダクネスを連れて来た当のクリスまでもが素っ頓狂な声を上げた。

 剣身から柄、握る指と手から腕へと伝播した衝撃。僅かに刃先を掠めた程度で骨身を震撼された心地だ。

 凄まじい。女子(おなご)膂力(ちから)ではない。

 

「腕っ節の強さは確かに折り紙つきだな。ま、ちょいと力みが過ぎて鯱張(しゃっちょこば)りが酷ぇが、腰の据わった良ぃい構えと気組みだ。どうだぃ、カズ。この娘さんをいっちょ徒党に入れてみねぇか」

「え……? お、おう! そうかジンクロウがそこまで言うんならしょうがない! いやしょうがないっていうのは別に嫌々とかそんなんじゃなくてですね、もう大歓迎ですはい! な? めぐみんもいいよな!?」

「顔がイヤらしいです。何を想像してるんですかまったく……まあ、実際に矢面に立つジンクロウが良いと言うなら、私は特に問題ありませんよ」

 

 めぐみんの承諾も下り、いよいよカズマの調子の良さも極まっていく。

 新たな仲間を加え、未知なる先行きにも一筋光明が差したかに思える。きっと、かの娘が子供らの不安を除く一助となってくれよう。

 などと勝手な想像に耽ろうとした時だ。

 

「……まだ、だ」

 

 ぼそりと何事か呟きが零れる。

 その主は言わずもがな、渦中のその娘であった。

 娘は今なお剣を構えていた。両の手の内にある剣の切先を己へと差し向けたまま、半歩たりとその場を動いていない。

 

「まだだ。ジンクロウ殿」

「? まだ、とは」

「私の真価を判断するなら、こんなものでは足りない。そう言ったのだ」

 

 決然とダクネスは言い放った。なるほど、たかだか三合、そしてほんの一度刃を合わせた程度で何をか見て取れるとほざくか。己のそれが浅慮であると、娘は不服を呈したのやもしれぬ。

 しかし、違和感を覚える。

 娘の頬がやや紅潮していた。発汗、動悸の増加。息遣いも荒い。何よりその目、娘の怜悧だった筈の両瞳が今は、爛々と鈍い光を放つのだ。

 

「あれ……」

「カズ?」

「いや……うん」

 

 疑問を含めて声を投げたが、カズマは曖昧にそう返すだけだった。いや、半信半疑、といった風でもある。

 何がだ。

 

「ジンクロウ殿、もう一度だ。今度はそちらから打ち込んで欲しい」

「うん? お、おぉ」

「先に言っておくが手加減など無用だ。全力死力を込め、叩き潰すくらいの勢いで頼む。いやお願いします」

 

 お願い、と言いはすれども声音はひどく威圧的であり有無を許さぬ気迫に満ちていた。

 先程までの寡黙な印象はどこかへ消え失せた。どうしたことかと疑問は尽きぬ。そしておや? 娘の様子が……。

 

「何をしている! さあ、来るがいい。きついのを一発、二発……五、六発食らわせてみてくれ!! 焦らさずさあ!!」

「あるぇぇぇ……」

「……」

 

 カズマが何事か背後で呻きを上げる。

 めぐみんは特に何も発することはなかった。この違和に気付かぬほど鈍い娘でもあるまい。察した上で沈黙を選んだのだろう。

 クリスは、何故かこちらと目を合わせようとしない。

 

「……では」

「どんと来い!」

 

 半身から踏み込み、袈裟掛けに斬り下ろす。斜めに走った剣の切先がダクネスの左肩口へ向かい――そのまま肩部鎧の上から打った。娘は受太刀すら取らなかったのだ。

 めぐみんか、カズマか、二人はまるで自身がそれを喰らったかのように痛ましさに呻く。

 

「あぁんっ!」

「……」

 

 打たれた娘は、嬌声(・・)を上げた。打たれた肩を押さえ、自身を抱くように蹲る。否、身悶えしながら全身を震わせている。

 剣を引き、一歩後退する。理解不能の四文字を胃の腑に落とし込む為に少々時間を要した。

 ちらと視線を投げる。クリスは明後日の方向を、めぐみんはぽかんと口を開け、唯一合わさったカズマの目は据わり光がない。

 

「んんっ、すごい……こんな……」

「……」

「まるで身体の芯に響き渡るようだ……あんなにも軽やかな身の熟しだというのになんて鋭く烈しい剣撃……た、たまらん!! もっとだ! もっともっと打ち込んでくれ! 全身隈なくぼっこぼこに!! さあ!!」

 

 打ち込んで来いという言葉とは裏腹に娘は剣を手に襲い掛かってきた。

 躱すだけならば何程の難もあらぬ。が、鼻息荒く涎を垂らして躍り掛かってくる女子に、我が身は知らず応戦していた。

 相変わらず自身を素通りする剣を横目に、娘の小手に一撃、さらに右肩にもう一撃打ち下ろす。体勢は崩れ、娘がその場に膝を付いたところで剣先を首筋へ当てる。

 試しであればこれで仕舞い、と言って差し支えなかろう。本来ならば。

 

「く、屈服っ……! これ以上無い屈服っ……! あぁちょっと叩かれた程度なのにすごくじんじんすりゅう……!」

「クリスさん、喜んでね? あれ喜んでるよね? 木剣で殴られて悦んでますよねあの人?」

「…………」

「なんか言えよ」

「人見知リダケド根ハイイ子ダヨ」

 

 カズマは無言でクリスを見限った。

 

「ジンクロウ、ちょっと」

「おう」

「も、もう終わりか!? このまま剣を突き付けられつつ靴を舐めろとか犬の真似をしろとかもっといろいろ……!」

 

 そうして路地の隅に移動したカズマはひどく平淡な声音で。

 

「変態だ」

「気の病である可能性は?」

「病気だよ? 恢復の見込みが無いただのドMです本当にありがとうございましたぁ!!」

 

 カズマは両手両足を地に付け、路面へ咆哮した。

 とりあえず、めぐみんを手招きする。

 とてとてと寄って来た娘をくるりと回し、ダクネスから視線を逸らさせた。特に深い意味はない。

 

「うむ、ではあの娘の処遇はりーだー(・・・・)に一任致すということで宜しいな」

「そうですね。なにせカズマは私達のリィダァーですからね」

「待ってちょっと待って」

 

 めぐみんと供に踵を返す。しかしカズマは素早く己の裾に縋り付いてきた。

 

「ほら、見てみろダクネスさんったらジンクロウの剣技にすっかり好がっ……悦んでるよ。同じ剣を扱う者同士惹かれ合うんだろうなーいやー素晴らしいなーだから彼女のことは是非剣士のジンクロウさんにお任せしようと思いますリーダーとして」

「ははは、平の徒党員にそのような気遣いなど勿体無い。あのような別嬪は我らが頭にこそ相応しい。ささ、御存分に口説かれよ」

「あぁっ、そんなばっちいものを押し付けあうようなぞんざいな扱い方……イイ!!」

「やべぇよ見境がねぇよ」

 

 悶える娘の喘ぎと、カズマとの押し問答が路地に響く。なんだこの空間は。

 これは長引くな、などと逃避に耽ったその時だった。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各位は正門前に集まってください! 繰り返します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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