この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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一週間って早いですね……。

更新速度が落ちます。申し訳もありません。







15話 いつもの管巻き

 

 

 

 

 酒場には今日も酒精の香りが満ちていた。だけに留まらず、色とりどりの料理肴が長机を覆い尽くしている。

 こちらでは特に肉料理が好まれるらしい。例の巨大な蛙も、今や料理人の手により牛蛙ほどの大きさに成形細工をされ、香辛料香草調味汁諸々を施され油でからりと揚がっている。

 野菜とて捨てたものではない。どころか、この地で採れる野菜山菜の旨さは言葉にならぬ。どのように調理しても良いが、ここのところは葉物の煮浸しが特に気に入っている。所詮菜っ葉と侮る無かれ。新鮮なものともなれば噛むほどに旨味が滲み、その後味を酒で流し込むのがまた堪らない。

 ギルドの酒場でも他の例に漏れず、先付けとして小料理が出てくる。己のそれは、料理長殿の計らいで毎度煮浸しだ。

 

「ジンクロウも飽きないよな。そんなに美味い? それ」

「うむ、どうにも飽きん。茹で加減と出汁の塩梅が見事でな」

 

 正面に座り、小鉢の炒り豆を摘みながらカズマが言った。

 ここのところ毎日のように食っている。そう呆れられようが仕方あるまい。

 

「……」

「めぐ坊、食うのは構わんから酒が来るまでちょいと待ちな」

「別に欲しいなんて言ってません……言ってませんが、くれると言うなら貰いましょう」

「そうかぃ」

 

 傍らからその小鉢へと視線が飛ぶ。興味を引かれた様子でめぐみんが煮浸しを見ていた。

 この娘は人が食っているものを度々欲しがる。面白いのは、爺むさい食い物も割合喜ぶところだ。

 斜向かいを見る。アクアが机を指でこつこつと叩いていた。

 

「シュワシュワー、私のシュワシュワはまだぁ? 料理が先に届いてシュワシュワがまだとかありえないんですけどー」

「混んでるんだからしょうがないだろ」

「近々大規模な討伐クエストがあるとか言う噂ですし、酒場を利用する冒険者も増えてるんでしょう」

「繁盛で賑わうならばそれに越した事もあるまい。そら、お待ちかねのもんが来たぜアクア嬢」

 

 やいのやいのと言う間に、女給がたっぷりの白い泡を立てる杯を両手に抱えやってきた。

 自分の前にそれが置かれるやアクアは満面笑顔になる。解り易い娘っ子だ。

 

「んふふー。では! 今日も一日お疲れっしたー!」

「したー!」

「お疲れです!」

 

 思い思いに掛け声上げて、かちんと杯をぶつけ合った。

 討伐を終え、慰労に酒場で飲み明かす。いつの間にかすっかりと見慣れた光景となっている。

 アクアはぐびりぐびりと喉を鳴らし、見る間に硝子杯の中身を流し込んでいく。いつ見ても凄まじい呑みっぷりだった。

 

「だっはぁ!! すみませーん! お代わりくださーい!」

「おっさんかお前は」

「アクアは本当に美味しそうに飲みますよね……ここは試しに一杯、私も挑戦してみるべきではないだろうか――あたっ!」

「その内な」

 

 どさくさに紛れ、己の杯を奪おうとした小さな手を叩き落とす。

 恨みがましい視線を無視して冷えたそれを呷る。当初はこの不思議な喉越しと味わいに面食らったものだが、これもなかなか悪くはない。

 

「むー」

「こんなものは時が経てば嫌でも飲める。飲まねばならんようになる」

「一口だけ! ほんのちょっとでいいですからぁ」

 

 纏わり付くめぐみんを往なし躱し、早々に杯を空けた。

 

「じゃあじゃあ残った泡だけ! 舐めるだけでも!」

「いたなー。何故かビールの泡だけ欲しがる子供」

「ほらほら、カズマもジンクロウもジョッキ空じゃない! すみませーん! もう二杯追加でー!」

「めぐ坊、こんなもんよりほれ、折角の料理が冷めっちまうぞ。唐揚げ、好きであろう?」

「ふんっ、今夜は誤魔化されません! そうです。出会った当初から思ってましたが、ジンクロウはナチュラルに私を子供扱いしますよね!?」

 

 がたん、長机を叩きめぐみんは立ち上がる。今こそ我慢ならぬとばかりに。

 

「私だってもうすぐ十四。この程度のお酒くらい幾らでも」

「おぉ! こいつぁ前に獲った牛の串焼きじゃねぇか? ぱすたとやらも山盛りだ。めぐ坊、ほれ皿出しな。野菜も食え。見てみろ煮込み汁のこのごろごろした具材の量。鍋の底が見えんほどだ。どんどん食わねばおっ付かんぞ。さぁさぁ」

「ちょっ、まだ話は」

「カズ、刺身くれ」

「刺身っていうかカルパッチョね。めぐみんも要るか? 小皿小皿」

「めぐみんめぐみん、チーズ美味しいよ。ほら、トマトとカマンベールチーズの相性すごいからほら」

「あぁ煮浸し食うか? 好きなもん取んな、さぁ」

「なんですかこの包囲網!? いただきますけどねっ!?」

 

 次々と取り皿に盛られる料理を処理する為に、めぐみんは席に座り突き匙を握った。

 

「お待ちどうさま!」

「シュワシュワきたー!」

「待ってました!」

「おいおい、空きっ腹にそう流し込むもんじゃねぇよ。おめぇらもめぐ坊を見習いな」

「んぐんぐんぐ……人を食いしん坊みたいに、あむん、ふわないえほひい」

 

 己が言うまでもなく子供らはがつがつと食うに食った。程よく疲労した肉体は、口に運んだ諸々を貪欲に吸収していく。

 長机を占領していた料理も、気付けば半分近く四人の腹に収まった。

 カズマは四杯目を、アクアは八杯目を飲み干した。上機嫌な赤ら顔である。

 

「いやぁ討伐もけっこう慣れてきたなー。今日なんて俺コボルド三匹も仕留めちゃったからね」

「いくら新米冒険者といってもそれぐらい普通では?」

「んんっ、ぷっはぁ!! あぁ美味しぃ……っていうかー、コボルドなんて最弱モンスターの筆頭だから。そんなの倒して喜んじゃってるカズマさんカぁワイイー! プークスクス!」

「うるっせぇ! そんなもん百も承知だっつうの!」

 

 言うや、腹立ち紛れにカズマは蛙肉を食い千切る。

 

「むぐっ、こちとら剣だってまともに握ったことないんだぞ!? それがここ最近は扱い方もちょっっっとずつ分かってきて、ようやくモンスター相手に正面切って戦えるようになった。そこを褒めようよ。労おうよ! ねぇ!?」

「人生で一度も剣を握ったことがないって……一体どんな生活をしていればそうなるんですか」

「それはまあ、いろいろあるんだよ……」

 

 カズマが元居た郷里(くに)は、この地に比べれば遥かに平和であったそうだ。少なくとも、刃金など用を成さず、武力はただの抑止力でしかない。そう在らねばならぬ(・・・・・・・・・)とする法すらあるとか。

 同じく異界から来訪した身の上なれど、そのような世界が存在するなどまるで夢物語のように感じる。御郷が知れるとは、このことだろうか。

 

「というか、問題はカズマだけではないです」

「? まだなんぞあったかぃ」

「あなたのことですよ、ジンクロウ」

 

 心底呆れ返っている、そう言いたげな顔でめぐみんは溜息を吐いた。

 それはそれとして娘の口元を汚す食べ残しを布巾で拭う。

 

「んんん~っ……モンスターの集団に一人で突っ込んで行くのが問題でないとでも?」

「うむ、何を隠そう俺の郷里では常日頃からもんすたーの群を見たならば単身突っ込めと口を酸っぱくして教えられてなぁ」

「どこの蛮族ですか!?」

 

 無論、そのような軽口でめぐみんは引き下がらなんだ。

 

「危ないって言ってるんです! それにジンクロウ鎧すら身に付けないじゃないですか!」

「介者は不得手でな。そして今の戦術ではどうしても脚を使う故、むしろ身軽であることこそ一番の安全策よ」

「戦術……」

「己が敵の隊伍を乱し、誘う。めぐ坊は待ち伏せ一掃殲滅。カズはその討ち漏らしからめぐ坊、アクア嬢を守る。単純だが、現状叶う最も確実な方策だ。以前にも説明したであろう」

 

 めぐみんの爆裂魔法の威力は強烈無比。誇張も大言も含めず、効果範囲に捉えたあらゆるものを例外なく消し飛ばす。しかし、魔法発動には相応の時間を要し、発動後は否応なく無力と化した。戦闘能力を持たぬこの娘が、少なくとも二度、確実な無防備を晒してしまうのだ。

 そして敵がその隙を見逃す保証などどこにもありはしない。

 為に、魔法発動まで敵方の注意を引き付ける囮役と、魔法発動後の護衛役が要る。カズが娘ら二人の護衛に徹する、乃至己がめぐ坊を回収しつつ残存敵をカズと共に掃討するという場合も無論あり得る。

 だがいずれにせよ、敵方に先手を許すことはできない。手勢の数か、あるいは肉体性能の面で我方は劣るからだ。直接戦闘能力のないめぐみん、多数を相手取れるほどに未だ育ってはおらぬカズマ、身体能力は並外れているものの満足に扱えた(ためし)のないアクア。

 そして、斬り進むしか能のないこの阿呆。

 我が徒党は、防御力とも呼ぶべきものがまるで皆無だった。

 なればこそ己のすべき事は解り易い。良い的(・・・)に徹しておれば、この娘が派手な一撃で全て収めてくれる。

 

「なぁに、各々ができることをやる、ただそれだけの話だ。おめぇさんは気兼ねせず爆裂をぶっ放しゃいい。ははは」

「で、でも……」

 

 その小さな頭を撫でた。柔い髪を梳くように。

 幼いながら、他人を慮ることのできる娘が、その心根の健やかさが快かった。

 一抹、不安げな翳りが娘の面差しに宿る。

 どうやら対面に座する少年もそれを見逃さなかったらしい。徐にカズマが口を開いた。

 

「……壁役が要るな」

「あん?」

「俺が防御系のスキルを取るか、肉か……もといアクアをもう少し有効活用するか」

「ん? ねぇ、今私のことなんて」

「ステータス的には問題ないと思うんだけどなぁ、肉壁」

「はっきり言ったよね。けっこう早い段階でぶっちゃけたわよね」

「おいおい、カズ」

「ジンクロウだって戦術が一つだけなんてこの状況、あんまり良くないのは分かってるだろ?」

「……まぁな」

 

 手管が一本限り、その危うさは語るに及ばぬ。

 カズマめ。痛いところを衝いて来やがる。

 

「ただアクアウォールは耐久力と持久力に難がある」

「技名みたいに言っても誤魔化されないから。カズマさん? ねぇさっきからなんで無視するの? ねぇったら」

「俺が馬に乗り機動力を上げるのぁどうだ。一撃離脱で釣りも捗る。あぁ槍でも買うか?」

「根本的な解決にならないから却下」

「かっははは、こりゃ手厳しい」

「ジンクロウ。俺真面目な話をしてるんだ! アクアミートウォールだけじゃ敵の足止めの役に立たない。だから何か他に解決策がないかって」

「真面目に私を肉壁にしようって話なのね。そうなのね!?」

 

 カズマの言は間違っていない。

 守りが手薄である以上、攻め手たる己の失態は即ち後方のカズマらの窮地へと繋がる。

 

「やっぱり、俺のスキル取得が無難かなー」

 

 努めて気軽にそう言って、カズマは自身の冒険者カードを眺めている。

 つくづくこの少年は。

 

「手数を掛ける」

「べ、別に。俺が俺の為に覚えるだけだし」

「素直じゃないですね」

「うっせぇし」

「あ、じゃあ、私を壁代わりにするって話はこれでなかったことになるのよね? ね?」

「……」

「なんか言ってよぉ!?」

 

 結局のところ、人一人に能う物事など高が知れているというそれだけの話だった。

 胸中で自嘲が湧く。己はこの子らの何だ。保護者を気取って手前勝手な腹積もりを立て、要らぬ心労と思慮を抱かせている。

 愚かしい、それは驕りであった。

 

「あの、ジンクロウ。私はいつまで撫でられていれば……?」

「ん? おぉ、すまんな」

「いえ、別にいいですけど……謝りはしても手は止めないんですね」

「くふふふ」

 

 めぐみんの頭は触るだに心地よく、知らず長いこと撫で回していた。娘は気恥ずかしそうに顔を紅くする。

 (ねぐら)の馬小屋にも野良猫が居着いているが、もし家を持つようなことがあれば猫の一匹も飼ってみようかい。羞恥する娘の、その愛い様を見ながら思う。

 

「今、猫でも飼いたいなぁとか思いましたか」

「……」

「無言で穏やかな微笑を湛えても誤魔化されませんよ!」

 

 すっかりと勘が鋭くなっちまった。娘の成長に、喉の奥で笑声する。

 

「遊んでないでジンクロウも考えてくれよぉ」

「すまんすまん」

「結局、何のスキルを取るつもりですか?」

「そこなんだよ。防御系のスキル取るより、いっそ盾でも持った方が早い気がしてきた。もしくは攻撃系のスキルを増やしてジンクロウと攻めに回る、とか。ほら攻撃は最大の防御って言うし」

「そのすきるってのぁどうやって覚えるんだぃ?」

「スキルを持っている人に使い方を教えてもらうと冒険者カードのスキル欄に項目が増えます。必要なポイントを消費すればそのまま覚えられますよ。カズマは職業『冒険者』なので覚えられるスキルに制限はありませんが、クラス補正も付かないので、ポイントは割高ですね」

 

 カズマのカードを見る。めぐみんの言う通り、スキル欄とやらには既にいくつか項目が並んでいた。

 必要なポイントさえ支払えば、後は触れるだけでいいという。

 

「こう言ってはなんだが、なんとも付け焼刃よな」

「まあ気持ちは分かるけど……これくらいゲームチックじゃないと俺みたいな素人がファンタジー世界で生き残れる訳ないし……」

 

 最後の言を、長机に身を乗り出し殊更潜めた声でカズマは呟いた。

 

「さても、どうするか」

 

 妙案は浮かばぬ。

 頭の固さばかり齢が顕れてくる。

 

「や! 難しい顔でどうしたの?」

 

 その時、明るい声が頭上から降ってきた。

 見上げて最初に目に付いたのは、その白銀糸の髪色。硝子杯片手に、クリスが己らを見下ろしていた。

 特に了承を得ることもなく、クリスは己の隣にすとんと腰を落ち着ける。

 酒場でこうしてこの娘に会うことも三度目になろうか。もはや顔馴染みと言って差し支えあるまい。

 

「なんだか皆でうんうん唸ってるけど」

「我が徒党の趨勢を如何にすべきか考えあぐねておってな」

「クリスは冒険者になって結構長いんだよな? ちょっと相談に乗って欲しいんだけど」

 

 カズマは事のあらましをクリスに告げた。

 娘も時折相槌を交えつつ、黙ってそれを聞いていた。

 

「うーん、なるほど。確かにその戦い方は無茶だね」

「だろぉ」

「です」

「ぶっはぁ!」

 

 クリスが言うや子供らはめいめいに頷きを返す。アクアは杯を空にする。十二杯目だった。

 じと、とした視線の増加を感じ、苦笑で口の端が歪む。

 

「キミとしては、何か有用なスキルを覚えてジンクロウの支援をしたいんだよね」

「……まあいきなり戦力アップなんて虫のいいこと言わないけど、何かこう、お得な感じのやつを覚えたい。低コストで超強力な」

「十分虫がいいと思いますが」

「ふふん、なら打って付けのがあるよ」

「え、マジ?」

「それにもう一つ、防御面の問題解決にも心当たりがあるんだ」

「えぇ! そこんとこ詳しく」

 

 カズマは再び身を乗り出した。

 なんと解決策が向こうからやってきてくれたのだ。渡りに船とは正にこのこと。興奮する心持ちもまあ分かる。

 が、どうにも解せぬ。

 カズマとめぐみんの言だ。虫が良すぎる。

 そんな意を込めてクリスを流し見ると、娘は片目を閉じ、悪戯っこい微笑を浮かべた。

 これは。

 

「実はね、紹介したい子が一人いるんだ」

 

 また、賑やかになりそうだ。

 厄介事の臭い。うっかり嗅ぎ取ったそれを洗うように、一気に酒を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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