この素晴らしい浮世で刃金を振るう   作:足洗

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ノメル


11話 宜しくしてやってくれ

 翌朝。ギルド内酒場。

 先日と同様に、本日もまたカズマ、アクア両名とこうして落ち合った。

 しかし、些細だが違いもある。

 

「そういう訳でな。この娘を徒党に入れてやっちゃくれねぇか」

 

 傍らに立つ娘、めぐみんの細い背をそっと押し出す。

 ギルドへ着いてからこっち、己のやや後ろで身を隠すようにしていた娘は、少しばかりよた付きながらようやく前に出た。

 暫時もじもじと逡巡を繰り返し、あからさまな咳払いを一つ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の職人の娘にして爆裂魔法を操りし者! 我が力を欲せし汝らの召喚に応え、今! ここに現出せん!」

「……」

「……」

「めぐ坊だ。宜しくしてやってくれ」

「めぐみんです!」

 

 しかし、どうしたことか。二人からは一向に反応がない。

 

「ジンクロウ、ちょっと」

「おう」

 

 ようやく動きを見せたカズマが手招きする。それに従い、めぐみんとアクアを一先ず置いて、窓際へと移動した。

 窓からは快晴の空が見えた。幸いに、今日も天候には恵まれている。

 そうして、やや声を潜めてカズマは言った。

 

「で、あのぶっ飛んだ子は誰すか?」

「今しがた名乗ったろう。めぐ坊だ」

「名前はいいよ。いや名前も気になるけど。めぐ、みん、さん? 昨日の今日で何があったんだよ」

 

 経緯についてか。尤もである。その説明無くして納得しろと言う方が道理に合わぬ。

 

「先日、河原で魚を焼いておったんだが」

「うん」

「気付くとあの娘がふらふらと近寄ってきていた」

「うん」

「これがまた、えらく腹を空かせた様子だった。でまぁ腹の虫があんまり五月蝿ぇってんで、適当に飯を食わせてやった」

「……」

「聞けば一人な上に仲間もおらぬという。見るからに食うや食わずだ。そのまま捨て置くにも、飯を食わせた手前忍びなくてなぁ。詮方無しと、こうして連れて来た次第だ」

「何してんだあんた」

 

 呆れを堪え切れず、といった面持ちでカズマはがっくりと肩を落とした。

 少年の戸惑いは全く然り。

 

「無論、必要とあらば面倒は全て俺が負う。勝手は承知だがなんとか頼めねぇか、カズ。この通り」

 

 言うや、その場で腰を折る。相談も無く、独断でのこと。素気無(すげな)く拒まれたところで文句も言えぬが。

 

「ちょ、頭なんて下げんなよ! あー、ジンクロウが居なかったら、遅かれ早かれパーティメンバーの募集はしてたって。だからまあ、丁度いいんじゃないか? 戦力増強できるのは歓迎だし」

「そう言ってくれるか」

 

 ゆっくりと居直れば、少年はそっぽを向いている。合理的な言い分に比した、気恥ずかしげな態度。

 この少年の憎めぬところだ。

 

「……」

 

 視線が頬に当たる。やや離れた席からめぐみんはじっと己を見ていた。

 木杖を抱くようにすると、かの娘の矮躯がさらに縮まったかと錯覚する。不安げな様。

 カズマの方もそれに気が付いたようだ。

 

「……じゃ! ジンクロウ。拾った責任取って、ちゃんとめぐみんの世話するんだぞ」

「うむ、心得た。餌やりも散歩も決して欠かさぬ。大事に育てよう」

「ちょっと待て」

 

 椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がるや、娘は素早く我らに接近した。

 

「私の話ですよね? 私の処遇についての」

「ああそうだとも」

「そうですか。いえ、てっきり捨て犬を飼う飼わないの相談でもしているのかと」

 

 カズマはめぐみんを見てから、顎に手を添え一瞬考え。

 

「犬っていうか、猫?」

「おぉそうさな。犬ではない。猫だ」

「誰が捨て猫ですか!?」

 

 振る舞いや挙措など鑑みるに、この娘の印象は間違いなく仔猫だろう。

 当然だが娘は納得行かぬ様子だ。

 

「かっはは、すまんすまん。そう怒ってくれるな。今日から徒党を組む仲だ」

「え、じゃあ」

「おうよ、我が徒党の頭からお許しが下った」

 

 ふくれ面が一転、驚いたように目を見開く。

 

「いや待て。なんで俺が頭なんだ」

「そうよ! なんでこんなヒキニートがパーティリーダーになるわけ!? カズマが私より上位とかラグナロクが起きても在り得ないんだから!」

 

 それまで席に着いて脚をぶらぶらさせていたアクアが、聞き捨てならぬとばかり食って掛かる。

 徹底的な否定とは正にそれであろう。カズマがアクアを睨む。アクアはつんとそっぽを向く。

 

「この中で正常(まとも)なのはカズだけなんでな。お任せ致すぜ、御頭」

「はぁ!? ジンクロウがやってくれればいいだろ!?」

「美しく気高い私こそ相応しいわ! ステータスだって私が一番でしょ! 私がリーダーやる! やぁりぃたぁいぃ!」

「というか、ナチュラルに私を異常の側にカウントしてますね!?」

 

 ぎゃあぎゃあと喧しいことこの上ない。

 ギルドの職員が我々を窘めに来るまで、そう時は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 討伐対象は昨日と変わらず、巨大蛙である。繁殖時期に入り、餌を求めて人里の周辺に大量出没している。

 アクセル近隣の牧場からも程近い平原。山林を下りてきた蛙共がまず通るそこで主に討伐は行われる。

 その途上。街道沿いの休憩所で、我々一行は遅まきの朝食を摂っていた。

 寄棟の屋根、四方に柱を立てただけの建屋であるが、快晴の今日に限れば、この開放された景色の中で食う飯のなんとも美味いこと。

 

「あむん、ほれにしても、んぐ、紅魔族ならアークウィザードっていうのも、はぐっ、はっほくへ」

「食べるか喋るかどっちかにしろ」

 

 握り飯を口一杯に頬張るアクアに、カズマが苦言を呈す。

 紅魔族がどうのこうの。確かに、もごもごと何を言っているやら。

 アクアは握り飯を食い切り、水筒の水を一気に呷った。

 

「ぷっはぁ! ……だから、彼女、紅魔族って名乗ったじゃない。彼らは魔法のエキスパートなの。生まれながらに高い魔力と魔法適正を持っていて、一族郎党ほぼ例外なく優れた魔法使いよ」

「へぇ」

「ほぉ」

 

 カズマ共々間抜けな感嘆を上げる。

 そして当の本人であるところのめぐみんを見やれば、握り飯を栗鼠のように貪っている。

 

「出汁巻食うか」

「んぐんぐっ、いただきます!」

「ほれ、カズもまだ食えるだろう。そうだ漬物うめぇぞ」

「あ、うん…………お、よく漬かってる」

「アクア嬢、野菜を残すんじゃねぇ。肉団子やるから一緒に食っちまえ」

「わーい!」

 

 出汁巻卵を齧ってご満悦な顔をするめぐみんに笑みが浮かぶ。小動物に餌付けしている心地だ。口には決して出さぬが。

 カズマの呆れにも、これでは反駁できぬわ。

 だがどうにも、この娘の物の食い方は、何か……気を急かすかのようなものを感じるのだ。まるで悠長にしておったら飯が逃げるとでも言いたげな。

 出会い頭の欠食具合さえ、あるいはこの娘にとっては日常的(・・・)なのやもしれん。

 

「慌てんでもいい。ゆっくり食え」

「?」

 

 もの問いたげな娘の目には応えぬまま、革水筒を腕に掛け呷った。

 

「ところで、あーくうぃざーどっつうのはなんだぃ」

「「「えっ」」」

 

 食卓の上を忙しなく動いていた突き匙(フォーク)が止まる。

 代わりに、三人分の視線が己に突き刺さるのが分かった。三対の目が物語る言を訳すに何程の苦労もない。『何言ってんだこいつ』である。

 

「いや、まあ、詳しく説明しろとか言われたら困るけどさ……魔法使いの最上級職業のことだろ? ジンクロウも流石にその程度は、知ってる、よな……?」

「?」

「魔法系ステータスが一定以上無いとなれないハイクラス! なんで連れてきた本人が知らないわけ!?」

「し、知らずに私のことパーティに入れようとしてたんですか!? あんなに……!」

 

 喧々囂々。非難轟々。余程に的外れな質問をしたのだろう。

 めぐみんの驚き様など一入であった。

 こちらへ来てから十日にもなるか。当然ながらまだまだ知らぬことは多い。己の場合はそれ以前の問題である気がしなくもないが。

 観念したように両手を上げる。

 

「ははは、わかった! 俺が悪かった。だからそう怒らんでくれ」

 

 一先ず呆れの乗った視線だけは頂戴する。

 

「つまりだ。めぐ坊は大層腕の立つ魔法使いということか」

「そうですとも」

 

 ふんす、と鼻を鳴らしめぐみんは精一杯胸を張った。

 

「紅魔族随一と謳われた我が魔道の天賦。とくとその目に焼き付けてくれよう……!」

「そうかいそうかい。なら、いろんな魔法見せてくれや。楽しみにしてるぜ」

 

 途端、娘の様子が変わった。

 直前まで自信を漲らせ、紅い瞳を真実輝かせておったというに。

 俯きながら、娘はぼそりと呟いた。

 

「…………いろんなは、無理です」

「? なんと言った」

「いろんな魔法は見せられないです」

 

 カズマやアクアの頭上にも疑問符が浮かんでいる。

 

「私は爆裂魔法以外、他の魔法は一切使えません」

「……」

「……」

「ほぉ、そうなのか」

 

 リーンなどは種々の魔法を機に応じて使い分けていると言っていたが。

 魔法使いもそれぞれやり方が違うということか。

 

「え、一つも? 爆裂魔法が使えるくらいのステータスなら他の魔法だっていくらでも覚えられるでしょ?」

 

 アクアが不思議そうに尋ねると、娘は突然椅子から立ち上がった。

 

「勿論、覚えられます。そして他の魔法を使えるようになれば便利でしょう。楽もできましょう。けれど駄目です。駄目なのです!」

 

 めぐみんは突き匙を机に叩き付ける。そのまま手で己の外套を払い靡かせた。

 

「私がアークウィザードとなった理由。それはただ一つ、爆裂魔法を使う為。爆裂魔法をこよなく愛するが故。ただ一筋の爆裂の道を駆け抜けんが為に!」

 

 何を言っているのかは皆目解らんがその情熱の強さだけは伝わった。

 つまりこの娘は、爆裂魔法とやらを使う為だけに魔法使いをやっているという。

 

「絶大な魔力消費の為に一日一発が限度、撃てば立つ力さえ残りません。だとしても、それでも、だからこそ私は爆裂魔法に魅せられたのです!」

「おい今聞き捨てならないこと言ったぞ。ねぇ」

 

 カズマが問いかけてくる。必死の形相である。大変な事実に気が付いてしまったかのような焦燥に駆られた貌である。

 

「ジンクロウ、ちょっと」

「おう」

 

 カズマと共に休憩所を出る。建屋からやや距離を置き、声を潜めつつカズマは言った。

 

「あかん」

「駄目か」

 

 その一言に全てが集約されていた。

 

「完全に駄目な系だよ……! ピーキー過ぎて使い物にならないパターンのやつだよ……!」

「然もあろうな」

「まさか……分かってて連れてきたのかよ」

「事情は知らなんだが、何かしら訳ありだろうとは踏んでいた」

 

 仲間の有無を訊ねた折、妙に言葉を濁す様を見るに予想はあった。

 ここまで極端だとは思いもせなんだが。

 

「どうすんだよジンクロウ。一日一発限りで撃ったが最後お荷物必至って」

「うぅむ、確かに一筋縄とは行かぬだろうよ……が」

 

 休憩所を片目に盗み見る。

 

「素晴らしいわ! 浪漫を追い求めて、便利さや効率なんて投げ捨てたその姿勢!」

「ふっ」

 

 アクアが感極まった様子でめぐみんを称えている。気を良くしたらしいめぐみんもふんぞり返り具合に拍車が掛かる。

 二人は互いに親指を立てた。

 意気投合、友情を深めた少女二人、美しい光景。

 

「不安しかねぇ……」

 

 カズマはいつかと同じようにひしと頭を抱えた。

 察するに余りある。

 励ましを込めて、少年の落ちた肩を叩いた。

 

「要は使い様だ、カズ。道具であろうが術技であろうが、魔法であろうがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ」

「あん?」

 

 朝食を終えていざ再出発という段になり、不意にカズマが言った。

 

「あの弁当、どこで買ったんだ? 俺も今度から朝はあれがいいなぁなんて」

「お弁当屋さんなんて商店街じゃ見たことないわね」

「新しく出来た屋台ですか?」

「酒場の厨房をちょいと借りてな、己で拵えたのよ」

 

 小鳥が空で囀り、遠くの林を風が吹き抜けた。

 

「「「えっ」」」

「くくっ、なんだ。そんなに意外かぃ?」

 

 

 

 

 


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