と思った瞬間気付いたら書いてた。何を言ってるのかわからねぇと(ry
これは夢か。
朧げな意識と視界の中、そんなことを思う。
「いいえ」
柔らかな声が己の考えを否定した。鈴を転がすかのような美しい
そしてそれを発した者もまた、大層美しい
「はじめまして、そしてお悔やみを。貴方の生涯は先程終わりを迎えました」
穏やかに、その美しい娘は言った。白銀糸の髪、黒い頭巾に白い袴(?) ともかくも見慣れぬ洋装の少女。ふと、南蛮の宣教師が似たような格好をしていたことを思い出した。
そこまで考え、堪らず苦笑が漏れる。“南蛮”という言葉の響き。その時代錯誤な感に。
こちらの奇態を見て取って、対面する娘が戸惑うのが分かった。
「いや、こりゃあすまん。くっく、思い出し笑いというやつだ」
「は、はぁ」
「それでぇ、あぁ、続きをよろしいか。己の生涯が終わったと?」
「あ、はい!」
水を向けるや、娘は慌てて手元の紙束を捲り始めた。
ふと見れば奇妙な空間である。
石か鉄かも知れん材質の床は見渡す限り市松模様。白と黒の色を目で追っていくと、程なく霞の中へ消えている。周囲を覆う霞み。天上までも隠す黒い靄。だというのに己と少女の佇む空間だけがぽっかりと明るい。光源らしきものも見当たらぬというに。不可思議である。
「あれ? あ、ごめんなさい。ちょっとお待ちください」
「おぅ、いいとも」
小首を傾げる様がなんとも愛らしい。じろじろと眺めるのも不躾であろうが、それほどに娘の美貌は常軌を逸している。
まるでそう、人ではないかのように。
「な、無い!? この辺? あぁ戻り過ぎちゃった……ってやっぱり無い!? でもそんな……誕生と死は例外なくコードに書き記される筈なのになんで……!?」
「ん?」
娘は慌てふためいた様子から一変なにやら思い悩んでおる。言葉の意味は理解できないが不都合が生じたのだろうことは察しが付いた。
「己の処遇に、なんぞ宜しからぬことでもありましたかな?」
「…………はい、すみません。どうやらそのようでして。本来であれば、死した人の生涯の軌跡が記録として発行される筈なのですが……」
「なるほど、どうしてか手前のそれが今は見付からぬと」
「うぅ、そうなんです……」
心底肩身を縮めて少女は肯いた。
「ははは! そうお気を落とされるな。ま、そんなことも時折はありましょうや」
「い、いいえ! あってはならないことです! 死者の魂を導くという使命を帯びた私達は」
「ほう、魂を。とするとお前さん、神様かい」
「あ、はい。その通りです。そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名はエリス。この世界の神の座を戴く者です……その、自分で言っておいてなんですが、驚かれないんですか?」
不思議そうにその大きな目を丸めて、エリスという娘はこちらを見た。
「なぁに。無駄に長く生きておると、気勢の移り変わりが鈍ぅなってくるもんさ。それよりも今は、あんたのような別嬪と差し向かいでいることに舞い上がっててなぁ。驚いてる余裕がないだけよ。はははは!」
「まあ」
口元を手で隠し、エリスは実に上品に笑う。
己の方も一頻り笑った後、どっかりとその場に腰を下ろした。
「さても、己はこれからどう処されるのかな」
「そう、ですね……」
頬に指を触れながら少女が思索する。
「死後の処遇。特にこれは常道、正規のルートの話になりますが。一つは『天国へ送る』こと」
「ほほう、天国。実在するのかぃ」
「といっても、おそらく人間の方々が想像しているような楽園ではないかもしれません。穏やかで静かな時を永遠に近しく送ることができる。そこには争いも、苦しみもありません……退屈だと仰る方も少なくありませんが」
「かはは、そうさな。楽隠居には違ぇねぇが」
死んでもなお娯楽を欲するは人の業であろう。
「もう一つは『赤子から人生をやりなおす』こと。その世界で今一度別人として生まれ変わるのです」
「輪廻の道を踏むか」
「そういった概念も存じています。けれどもう少し、即物的かもしれません」
「それはまた可笑しな」
死んで生まれ変わることが即物的か。
「しかし、どうにも己はそのどちらにも適さんようだ」
「ええ……死者の魂は神の許へ誘われ、その人物に見合った逝く末を与えられる。それは真理であり、機構なのです。ですから神がその出自を知らぬ霊魂などある筈が……あぁ! すみません! 貴方の存在を否定している訳では」
「かまやしねぇよ。なるほどなぁ。そりゃ扱いに困る訳だ」
「……貴方は一体どこからいらしたのですか?」
会話は多少の回り道を経て要に着地した。問題はその一点に尽きよう。
神妙な顔つきで返答を待つ娘に、心中申し訳なく思う。
「俺にもわからねぇ」
「えぇ!?」
「ははは」
あまりに素直なその反応に思わず笑声が出る。
「すまねぇなぁ。どうにも薄ぼんやりしててよ。ここへ来る前の出来事がとんと思い出せねぇ」
「どこに住まわれていたとか、ご家族は」
「さてねぇ。いたような、いなかったような」
「どうして、死んでしまわれたかを、覚えておられませんか……?」
殊更遠慮がちにエリスは問いを重ねた。それが途方も無く残酷な問いであるかのように。
心根の優しい娘だ。
「そりゃあ、分かりきった話だぁな」
「え」
「刃金を振り回すしか能がねぇ、そんな男の末路は、たったの一つよ」
不遜な笑みを口の端に浮かべ、煌く女神を仰ぎ見る。
「それは、どうして」
「いや分からん。だが妙に信じられる。己はおそらくそんな切った張ったの末、どこぞで野垂れ死んだのだろう」
誰かの恨みを買ったやもしれん。あるいは利を得んが為、始末されただけか。
天寿を全うしたなどと欠片も思えはしない。そういうどうしようもない畜生輩であったのだろう。
――――ただ一つ、刃金を握る感触だけは確りとこの手に残っていた。
「……私には、そうは思えません」
「おいおい、女神様ともあろう方が所感でものを言っちゃあいけねぇ。俺の言えた義理じゃねぇが」
「ですが私には、貴方はとても優しい方のように感じます。多くの人間と見え、言葉を交えてきた女神たる私の所感です。そう的外れではないと思いますよ?」
「……確かに、この上なく霊験あらたかだな」
他ならぬ神が言うのだから。
ぱん、とエリスは両手を打った。
「決めました。貴方を私の管轄世界にお送りします」
「あん? いいのかい」
「本当はあまり……しかし故郷に帰れない彷徨える魂に道を示すもまた神の使命。天界規定特例第七項を適用し、貴方を我が世界へ転生させます。転移、といった方が近いですが」
微笑を湛えて女神は頷く。それは慈悲か愛か。なんにせよお節介なこと。
「優しい娘だなぁ、あんた」
「ふふふ、こんな外見でも貴方より長く生きていますよ」
「さて、どうかな」
肩を竦めれば曖昧な笑みが浮かぶ。
エリスはそれを軽口の続きとでも受け取ったようだ。微笑を返すと、娘はすぐに表情を引き締める。
「その世界は、正直に申しまして平穏無事という訳ではありません。人々は今、魔王と呼ばれる脅威と戦いながら生きています」
「ほっ、魔王たぁ大仰だな」
「大袈裟ではなく事実なんです……それに日々の糧を得る為には人里の外に生息するモンスター、危険な生物を相手取らなければいけません」
「つまり否が応にも頼むは」
「はい。剣を、魔法を、武力を以て」
「己にはまさにお誂えだ」
愉快な心地だった。
しかし対する少女の目はひどく悲しげだった。
「……ごめんなさい」
「へへ、なんだい薮から棒に」
「他の、もっと安全な世界に送って差し上げられれば」
「言ったろう。一刀を頼みにしか生きて行けぬ、己はそういう阿呆よ。おめぇさんの申し出を聞いてむしろ喜んじまってるくらいだ。何も気にするこたぁねぇよぉ」
複雑なものがその
「どうか、貴方のこれよりの生に幸多からん事を願っております」
「ありがとうよ」
礼を聞き終えるや、エリスは指を鳴らす。
途端、己の足下には幾何学の模様が蠢く円陣が現れた。発散される光が柱となり己を取り囲む。
「おお、そうだそうだ。忘れるところであった」
「はい?」
光が肉体に触れる度、己というものの実在が怪しくなっていく。この場より消え去る前に返礼をせねばなるまい。
「ご都合だがなぁ。どうも俺ぁ自分の名だけは憶えていたらしい」
「! では」
「ああ……シノギ・ジンクロウ。それが俺の名だ。多分な!」
これほど薄ぼんやりとした自己紹介も嘗てなかろう。意味があったかも怪しげであったが。
少女の華やぐような笑顔。それを拝めただけでも価値はあったのやもしれない。
「ジンクロウさん、またいつか――――」