EXPRESS LOVE   作:五瀬尊

3 / 10
この話から毎朝6時頃投稿にしたいと思います。


#3 喫茶店と2人

 15時40分。この時間帯と言えば、1日の課程を終え、帰宅を急ぐ学生が増える頃でもある。また、この駅前で、デパート類の店が密集しているこの周辺には、ちょっと寄り道にと、店で買い物をして行こうという学生達の姿も増えている。斯く言う俺も、帰り道にある喫茶店の一角に座っている。普段ならば、喫茶店などには滅多な事では来ないのだが、今日は少し事情が違った。

 

「でね、此処の問題なんだけど・・・。」俺の向側の席には、想い人である小柏 彩葉が座っているからだ。と、言うのも、先日彼女から勉強を教えてくれという様な事を頼まれ、俺自身も家では暇を持て余していた事だし、俺の分からないところは彼女も教えてくれると言うので、承諾し、今日俺の方から此処に誘ったという事だ。

 

「ああ、そこは等式変形して・・・。」この店の自慢だというシナモンティーに薔薇の形の角砂糖を2つ投入し、それを啜りながら勉強を進めていく。

 

 

 

***

 

 

 

「ふー、じゃあ、今日の復習は終わりにしよ?」50分程経った頃、彼女がそう提案したので、暫く休憩してから店を出る事にした。と、言ってもお茶だけでという訳にも行かないので、追加で俺がショートケーキと彼女がフォンダンショコラを頼み、暫くお喋りに興じる事にした。

 

「そう言えば、北城君って、す、好きな人とかいたり・・・するの?」追加注文のケーキが運ばれて来てフォークを付けたところで、彼女が顔を俯かせた状態から、少し上目遣いでそう聞いてきた。俺は口に運んだケーキを咀嚼しつつ、フォークを皿に戻した。

 

「・・・うーん?何で?」こういう時は、早く結論を出そうとすれば、逆に好感度を損なう事になる。相手に気があるのなら、兎に角冷静に対応して行く事が大切だ。

 

「え、う・・・だって。その・・・ちょっと気になって・・・。」彼女は語気を窄め、最後には言い訳をするような語調になってしまった。

 

「・・・まあ、気になってる人ならいるけど・・・。」ボロを出さないよう、語尾をはぐらかすようにして質問に答えた後、再び手を動かしてケーキをつつく。あからさまに逃げの体勢だが、俺としてはこんな人目に付くような所で本音を吐露させられるなど堪ったものでは無い。恥を晒すくらいなら、俺は逃げを選ぶ。まあ、それはそれで恥だが。

 

「そうなんだ・・・。」彼女もまた、それだけ言うと、手元のケーキに手を付けた。上手くはぐらかせたかと思って彼女の方を見るが、彼女は何かを言おうとしているらしく、目が考え事をするように宙を泳いでいる。

 

「・・・ねえ、北城君の好きな人って・・・どんな人?」口に運んだフォンダンショコラを飲み込んだ彼女が口を開く。やはり物思う年頃だからなのか、彼女の言葉には好奇心が見え隠れしていた。

 

「どんな人・・・?うーん、1言で言えば、ふわふわしてる、かな。」一瞬「あなたです!」というような事を言いたくなる衝動に駆られたが、それを押さえ込み、ボンヤリとした返事を返す。

 

「ふわふわ・・・?」彼女はそう呟くと、再びフォンダンショコラをつつき始めた。彼女なりに何か思うところがあるのだろか、それ以上恋愛話は持ち出しては来なかった。

 

 

 

***

 

 

 

「結局、1時間ちょっとしかいなかったね。」あれから、取り留めもない会話―恋愛の話でないと言う意味で―を続けて、20分ほど。家で用事があると彼女が言ったので、喫茶店を出る事にした。

 

「1時間しか、か?俺としては女子と1時間っていうのは長い方なんだが。」そもそも女子と話す事自体少ないから当然と言えば当然だが。

 

「そうなんだ・・・。意外と女の子と居ないんだね。」どうにも俺は、女子の影が多いと思われがちなのは何故なのか・・・。

 

「まあね、思春期って色々あるから。」取り敢えず、流れるような誤魔化し口調ではぐらかしておく。

 

「ふうん・・・ねえ、手、繋いで良い?」急に話題を変えて来るのか・・・。手繋ぐとちょっと暑いような気がするけど、まあ、良いか。

 

「ん。」どうしたものか分からず、素っ気もなく手を差し出したが、彼女は嬉しそうにその手を握り返した。その手は、ひどく華奢で、それでも、確かな温もりを持っていて、握っているだけで少し幸せになった気がした。

 

 

 

***

 

 

 

「それじゃあ、また明日ね。」結局彼女の降りる駅で一緒に降りて、彼女の家の近くまで送っていって漸く別れた。

 

「ああ、じゃあね。」俺は、それだけ言って、踵を返し、歩き始めた。暫く歩いたところで一度立ち止まり、ふと手のひらを眺める。まだ、彼女の手の温もりが残っているような気がする。

 

「また明日、か。」大して面白くも無かった学校生活に1つ、楽しみが生まれた。ただの思い上がりかも知れない。でも、今日の事で自分の中で何かが変わった。今までとは違う、もっと近い距離で彼女と会う事が出来る。そう考えただけで、心が満たされたような気持ちになる。

 

「頑張ろう。」そう1言声に出して再び歩き出す。

 

Side out

 

 

 

***

 

 

 

「手、大きかったな・・・。」家の用事を済ませて、夕食までの暫くの間、今日の事を思い出す。

 

「北城君・・・。」少し熱の籠もった声でそう呟いてみる。それだけで、彼が傍にいるような気がする。年頃の女子には良くあると言われるが、そんな簡単に纏めて欲しくはない。だって、私にとって彼は、北城君は―

「・・・特別だから。」そう口に出した時、彼と手を繋いで歩いた時間を思い出し、急に恥ずかしくなる。耳まで紅くなっているのが分かる。逃げるように、ベッドに身を投げ出して暫く手足をばたばたと動かして恥ずかしさを紛らわせる。

 

「・・・なんであんな事出来たんだろう・・・。」それまでの会話の、彼の試すような声にムキになったのかも知れない。周りに誰もいなくて、2人きりだったからかも知れない。・・・明日、どんな顔して会えば良いんだろう。

 

・・・でも、会える。

 

「明日。また、明日・・・。」そう考えるだけで胸が温かくなって不思議な気持ちになった。ああ、「幸せ」ってこういう事だ。好きな人が居て、会えるだけで嬉しくて、不思議と胸が満たされてくる。

 

「・・・頑張ろう。」そう1言口に出してから、ベットから勢いよく上体を起こす。そろそろ、お母さんが夕食の配膳を手伝えと言ってくるはずだ。

 

山の向こうに沈もうとしている太陽の発した紅い光が、部屋の中を満たしていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。