EXPRESS LOVE   作:五瀬尊

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初夏編
#1 高校生の放課後


 高校生の放課後、と言えば大方さっさと帰ってしまう奴と、友達と他愛もない会話を交わしたり、部活に行く奴に分かれるだろう。俺も普段ならばいの1番に帰ってしまうのだが、今日はそうも行かないようだ。それは、今朝方まで遡る。

 

***

 

「はー、蒸し暑・・・まだ5月だぞ何でこんなに気温が高いんだ・・・。」実際は気温が高いんじゃなくて、体感温度が高いんだから、これは間違ってるんだけど・・・口を着いて出てしまうんだよな・・・。駅から大した距離歩いて無いのに、リュックサックが当たってる部分が汗ばんで肌に密着してくるし。ま、着替えあるから良いけどね。と、どうでも良いことを考えながら、自分の靴箱から上靴を取り出すと、何やら紙切れが落ちて来た。

 

「何だこれ?」紙切れを裏返してみると、そこには『放課後1教で待ってる』とだけ書かれていた。

 

***

 

「はぁ・・・。」紙切れを見直しながら、溜息を零す。文字を見る限り、これを書いたのは恐らく女子だろう。  俺には想い人が居る。年頃の男子としては淡い期待を抱かずにはいられない。そんな期待を抱きながら、俺は第1予備教室こと1教に向かった。因みにこの教室は普段から放課後に自学自習をしたい生徒の為に開放されてはいるが、みんな勉強するなら基本的にHR教室か図書室へ行ってしまうため、こんな薄汚れたような教室を使おうという生徒は居らず、下手をすれば此処が解放されていると言うことを知らない生徒まで居るのではないかとも言われる不遇の教室である。まあ、告白には持ってこいならしく、時折この教室でカップルが誕生しているらしい。・・・不遇でも無いか?学校の意図からは大きく外れているが。さて、()くして1教に辿り着いたが果たして、そこで待っていたのは、セミロングの微かにカールの着いた焦げ茶色の髪を肩口まで垂らし、少し顔を俯かせた女子生徒―俺の想い人でもある―小柏(こがしわ) (あや)()だった。西へと大分傾いている日は、深い角度で成層圏を通り、青い光の弾かれた「夕焼け」と呼ばれる赤みを帯びた光となって彼女の横顔を儚げに照らしている。

 

「・・・えーと・・・。」その姿に目を奪われ、何と声を掛けたものか考えられなかった。ただ、その声に彼女が気付き、ふっと顔を上げる。

 

「あっ、北城(きたしろ)君、来てくれたんだ・・・。」顔を上げた彼女は一瞬だけ目を驚いたように見開き、その後、何処か嬉しそうな、でも、恥ずかしげに頬を赤らめた。彼女の目は一般に言う大きくてぱっちりした目とは違うが、ふんわりした弱い巻き毛の髪に良く合う綺麗な形をしている。

 

「ああ、まあ、女子からの手紙じゃ無視って言う訳にも行かないからね。待ってるのが小柏さんだとは思わなかったけど。」男子は好意を抱いている女子の前では饒舌になる。俺もその例に漏れず、何か面白い話題は無いかと考えていた。

 

「そう、かぁ・・・。」しかし、彼女のふんわりとした雰囲気とほんの少し首を傾げたような様子を見ると、そうして考えているのが馬鹿らしく感じられ、考えるのを止めた。彼女のこの雰囲気に魅了される男子は少なくは無い。と、言うより、クラスの大多数の男子が彼女を好ましく思っている節もある。

 

「それで、今日はどうかしたの?」考えることを止めて、最早会話はじめの決まり文句とすら扱われる言葉を投げかける。

 

「え、ええっと・・・その・・・あのー・・・べ・・・。」言葉が定まらないのか彼女は段々と顔を俯かせて行く。が、意を決したのかガバッと顔を上げ、

 

「勉強教えて貰えませんか!?」俺は危うく、膝から崩れそうになった。自分の期待し過ぎはかなり恥ずかしいものだ。自分が馬鹿みたいにも見えるからね。

 

「そ、それは良いけど・・・。小柏さん、結構勉強出来る方じゃ無かったっけ?」確か、課題テストでは俺よりも上の教科もあった筈だが・・・。

 

「そ、それは、そうかも知れないけど、ほら、自分と同じレベルの人と勉強した方が捗る気がするじゃん?」何故最後が疑問系なのか分からないが、一理ある。

 

「まあ、それもそうか・・・。じゃあ、どちらかと言えば教え合いかな?」

 

「う、うん。そうだね。」何でさっきから挙動不審になってるのか疑問が残るけど、まあ、良いか。小柏さんに近付く口実が出来た訳だし。・・・ちょっと黒いかな。

 

「さて、それで今日はこの後何かあるの?」確か、小柏さんは部活動には所属していなかった筈だが・・・。

 

「ううん。何も無いよ?」どうかしたの?とでも言いそうな表情で、と言うより、早速その表情で聞き返しているとしか思えない顔をされてしまい一瞬思考通りの返答をして良いか迷ってしまう。が、取り敢えずこの場は羞恥心を押し殺すことにした。

 

「じゃあさ、一緒に帰らない?」自分の顔が紅くなっていくのが分かる、恥ずかしさを多分に含んだ言葉だったが、彼女は俺よりも頬を上気させ、恥ずかしさを露わにした顔をしていた。

 

「う、うん。良い・・・よ・・・・?」

 

「何故に疑問系?」

 

「ま、まあ気にしないで、帰ろ?」そう言って、彼女は俺の腕を引っ張り、教室の出口に向かう。コレじゃまるで恋人だな。と、考えたところで恥ずかしくなって考えるのを止めた。まあ、ぶっちゃけ想い人とこういう状況になって恥ずかしがらない奴は居ないとは思うけどな・・・。

 

***

 

放課後、夕暮れ、校門を通過していく2人の男女の後を付ける怪しい影が2つ。

 

「アレは、上手くくっついたって事で良いのかな?」

 

「うーん。どうだろう・・・。彩葉は奥手だからねえ。帰り誘うのが限界だったんじゃない?」

 

「まあ、そこら辺は明日問い詰めましょうか。・・・上手く行くと思う?」

 

「さあ?でも、お膳立てはしてるんだから信じるしか無いじゃん?」

 

「お膳立てって言うか煽ってるだけじゃない。彩葉がいつまで乗ってくれるかしらね?」

 

「うーん。北城君から誘ってくれれば早いのになあ。」

 

「あっち懐柔するのは無理でしょ。見るからに堅そうだし。」彼女たちは知らない。今回彩葉を誘ったのもその堅そうな北城だと言うことを・・・。

 

「ま、当人達に任せましょうか。今日は帰ろう。」

 

「そうねー。明日が楽しみだわ。」高校生の間は人の恋を笑って居られるモノだ。まあ、そうして笑っていられるのも束の間ではあるが。いつか、砂糖を吐かされる事になるのだから。

 

 


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