白銀と黄金   作:彩夜華三鳥

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2-1の続きのため若干短いです。
5000字を越えてしまったため、一端投稿。2-3まで行くかなぁこれは。

どうして獣殿(ガワのみ)がそのような行動に出るのか、を理由付けしたいがために独自設定っぽくなってしまいました。これが私の実力の限界。



2-2:努力(物理)

 ラインハルト・ハイドリヒは自身が馬鹿であることを理解していた。

 前世は子供の頃から腕白であり、ガキ大将扱いされる程には子供らしい我儘さを持っていた。

 成長してからは我儘さは鳴りを潜めたが、その分なのだろうか。肉体は思いの外立派に成長した。

 格闘技だろうが、喧嘩だろうが無理の効く肉体。風邪をひいた記憶すら数える程度という頑丈な体は正しく男らしいものだ。勉学に励むより、自身の体を思うままに動かす方が楽しい。

 

 家庭は貧乏であり、塾に行けというような勉学の事についても細かく言われなかった。結果は誰もが予測できるように、単純な人間が出来上がった。

 あるいは、だからこそだろうか。彼にとって陰口の類は忌むべきものだ。そんなものは卑怯者の手段に他ならない。男ならば、堂々とするべきだ。

 加えて、男とは子供や女性を守るものである。古い価値観かもしれないが、通すべき筋として彼の中には存在していた。

 

 最初は神の命令故にだった。

 

 見た目はインテリヤクザか何かかお前という30前後の男性。彼がどう考えても超常の存在と言うべき白い少女を煽るような言動をしていた時、ラインハルトは本当に焦ったものだ。それ以上に、こんな向こう見ずな男を守らなければならないのかと考えると辟易するが。

 

 夢枕に立つ白い少女がしっかりと女性に転生させたので守ってねと言ってきた時は安堵半分、諦め半分といったところだった。ご丁寧に同じ孤児院に捨てられたあたり、子供の頃から守れということなのだろうとラインハルトは理解する。

 それ程貧弱そうには見えなかったが、いかにも頭の良いエリート然とした風体であったのだ。暴力には慣れていないだろう。力のない女性で、この貧しい中を生きていくのは大変だろうと思えば否応はない。

 

 ラインハルトのそうした、自分より弱い存在を守るという考え方はすぐに粉砕された。カツアゲや盗みを働いている子供を対象とした食料の強奪という彼からすればよくある手段をターニャはあっさりとより有効で、かつ有意義なものへと変えてみせたのだ。

 しょぼいと言えるレベルの、大した事はない盗みやゴミ漁りをしている子供は脅すか多少の食料を施す事で味方につける。それができずとも最低限、中立にする。加えて自身を中心とした情報網に組み込んだのだ。

 ラインハルトを後ろに従えた実質武力外交だったとはいえ、子供達の情報網の中核に居られっるようになったのだから大したものだろう。

 

 言うまでもなく、そこで止まるようなターニャではない。得た情報を活かし、今度はたちの悪い子供達をラインハルトの力で物理的に鎮圧し始めた。時にはトラップや地理を活かし、徹底的に追い詰めて縛り上げれば食料を巻き上げてから警察に突き出すあたりなんというか、徹底している。

 ターニャに言わせれば限られたリソースの最大活用なのだが、ラインハルトは内心ドン引きだった。

 中々に質、量ともに良い食料が手に入る事と警察官に素直に感謝されるので止めはしないが。

 

 加えて周囲の人間も止めない。悪ガキという言葉すら生ぬるいようなとんでもない子供がどんどん警察に突き出されていくのだ。治安の向上という利益がある。幼い子どもが道義的、正義的に正しい行いをしているのだから尚更に。

 

 社会的に評価を良くし、自らの利益にもなる。成る程、馬鹿な自分では考えつかなかっただろうとラインハルトは認めざるをえなかった。

 指示にしても明瞭にして的確。友人として信じるに足りる事はすぐに解った。

 ひねくれているし他人を信じるということをしないが、少なくともターニャ・デグレチャフという少女はただ守られているだけの存在でなかったのだ。

 

 ちなみに、彼らが知る由もないことだが。これでターニャだけならば善良なるご婦人方は心底心配し、あるいはあなたがそんなことをやる必要はないと説いただろう。

 が、隣にいるのは幼くして立派な肉体を持つラインハルトである。多弁というよりは寡黙で、無表情がちながらもターニャと食料を分け合ったりする様を見ていれば主婦の皆様もにっこりだ。

 

 女で、子供で、友人。加えて実力を競い合うという意味においてライバルでもある。前世においてラインハルトには縁のない濃い存在だったが、不快感はない。

 

 「おら、来いよ。こちとら8歳のガキなんだ。まだまだやれるだろう?」

 

 故に、大切な友人を馬鹿にする連中が我慢ならない。

 

 どこでもそうだが、そういう連中は口で言っても聞きはしないのだ。ならば盾でもある自分は、連中がターニャに悪意を向ける暇もないようにするだけだった。

 迷いなくそう考えたラインハルトは特にターニャを見下していた連中を格闘訓練に誘う事にした。

 生真面目過ぎる帝国国民である彼らならば同期からの誘いは断らないだろうと。ターニャ仕込みの煽り文句を使うまでもなく、所詮は年下と侮った彼らは容易くそれに乗るのだから楽なものだ。

 

 とはいえ実際問題として、予想以上に年齢差は深刻な問題だと思いながらも繰り出されたパンチをどうにか受ける。

 口はまだ動くしターニャのためにもまだまだ挑発はできるが、ラインハルト自身をして中々に辛い状況だった。見積もりが甘すぎたあたり、自分もまだまだ甘いと反省。

 ジャブで牽制しながら、稼いだ時間でどうにか呼吸を整える。

 許されるならば、士官学校の備品とは思えない程お粗末なボクシング用のグローブや格闘訓練用のプロテクターに文句をつけたかった。お陰である程度以上重い打撃を受ける度、ラインハルトの肉体にはアザやコブが増えている。

 

 技量で勝っているのはラインハルトだ。単なる打撃一つを取ってみても動きのキレが違う。

 純粋な背と体重の違いから未だダウンを取れるような一撃は入れられていないが、ジャブ一つを取っても観戦している二号生を唸らせる程だ。

 

 だが、純粋な技量だけで決まる世界でもない。何故ボクシングに限らず格闘技ではあれほど細かく階級分けされているか、ということだ。

 背や体重という単純なパラメータは、しかし覆しようがない数値なだけに絶対的。如何に発育が良いといっても限度というものがある。その差が如実にあらわれていた。

 

 「いい腕をしているな、ハイドリヒ二号生」

 

 相手の二号生はターニャを馬鹿にしていた連中の中でも実力のあるタイプ。戦ってみてわかるが、堅実に攻めてくるあたりそれなりに慎重な性格であることがわかる。

 

 「はっ、だったらダウンぐらいさせてみな」

 

 パンチドランカーになりたくないから顔は守るがな、と防御とカウンターに比重を変えながらラインハルトは戦い続けた。

 

 

 

 「最近はようやっと、マシになってきたか。しかし、あのレーションはもう少しマシにならんのか」

 

 訓練用のライフルを隣に横たえ、革長靴の泥をこそぎ落とす様は少女のものとは思えない程堂に入ったものだった。野外演習を終えたターニャは一人、宿舎への道で装具から汚れを落としていた。

 

 泥と汗にまみれて不快感は限界値を突破しているが、汚れたままで宿舎に入る訳にもいかない。疲れきった体でどうにか風体を整え、更にこの後にライフルの自主訓練が待っている。

 

 「宝珠があれば少しはマシになるらしいが」

 

 演算宝珠抜きの魔導師はさして人と変わらない。魔導理論と、何より過去の実績から導き出された純粋な常識として知れ渡っていることだ。

 魔力量、魔力放出量で見ればそれなりに上位にいるターニャにしても、演算宝珠抜きでは人体発火現象かスプーン曲げが精々だろう。唯一使いどころがあるとすれば肉体への干渉だが、それとて無いよりはマシという程度。

 ゲームであればバフはそれなりに便利なものなのだが、と人知れずターニャは落胆していた。

 

 肉体的には成る程、士官学校だけあってかなり追い詰められていると言っていい。

 それでもターニャがついていけているのは気力と、恐らくは回復力にも優れた肉体面での性能あってのことだ。

 ある種の極限状態に陥って初めてわかったことだが、肉体のスペックの高さにターニャ自身ある種の驚きを感じていた。

 肉体的に成長しきっていないために体力や力は不足しているが、回復力の高さや俊敏さに関しては本当に優れているのだ。前世の肉体とて、決して肉体的に劣っていた訳ではない。

 これがいわゆる天才が見ている世界かと考えれば、成る程違う訳だとターニャとて理解せざるを得なかった。女性であることは未だ不満だが。

 とはいえ、慢心する気は欠片もない。所詮、前世の肉体よりは優れている程度なのだから。それにしても辛い環境に身をおいて初めて実感するのだから、努力が無ければ才能とて花開かないということだ。

 

 「それにしても、最近はやけに周りが静かだが……餓鬼をからかうのも流石に飽いたか?」

 

 当初は自主練習を冷やかしに来ていた連中すらいたのだ。無視していたが、動物園の檻の中にいる珍獣でも眺めているような目線を向けられて愉快な訳もない。

 自身は、一人の人間として基本的人権ととれに伴う義務を忠実に果たしているのだ。であれば、個とは尊重されるものである。精神に至っては自由を許される。

 

 口にはしないが、とターニャは内心でマヌケ顔を晒していた同期を罵倒する。士官"学校"という名前で誤解しがちだが、既に軍衣を纏った公務員。

 野外演習や座学は決してぬるいものではなくしっかりと扱かれているのだが、同期を見ればどこか学生特有の緩さが未だあるように見える。

 行っている事は教育というよりは研修と表現すべきだろう。業務の一環である。

 

 親愛なる同期諸君が社会人としての自覚に目覚め、非効率的な行為を控えるようになったのであれば良し。不満はあるが、そこはこちらも社会人として腹の憶測に押し込んで表面上の仲直りすらしてもよいとターニャは考える。

 尤も、仮に連中が部下になった時には前線送りという報復を行うことはやぶさかではない。

 

 「よぅ、漸くマシになったか。魔導適正なかったら確実に門前払いだったな」

 「ハイドリヒか。そもそも、魔導適正がなかったらこの幼い身で軍に入る羽目になってなどいないがな。

  全く、忌々しい存在Xめ。」

 

 我が身を嘲笑した馬鹿共が前線で豚のごとき悲鳴をあげるのであれば、さぞ痛快に違いない。にやにや笑うターニャに声をかけてきたのは見慣れた金髪碧眼の男、ラインハルトだった。

 愉快な妄想から一転、悲しい現実を突きつけられてターニャの顔が不愉快そうに歪む。

 

 「しかし、最近顔を見ていなかったがどうした?

  あんなことを言っておいて約束を破り、愛想を尽かして手を切ったと思っていたが」

 

 意図的に表情を消し、装備に目を向けながらターニャは問いかけた。事実としてラインハルトとの会話は久しぶりだったのだ。

 無理もないことだと思う一方、約定破りは許容できないもの。事前説明があれば別だが、一方的な契約破棄がどれ程相手の信頼を損なうかと思えばそっけない態度を取らざるをえない。

 

 「体力が有り余って仕方ないからな。

  あんたの自主練習を見習って、こっちも自主的に余裕あるやつ誘って格闘訓練に励んでいただけだ」

 「……はっ、随分とまぁ、派手にやったようだな?

  魔導師としての評価において近接格闘の技術は大きくないというのに、御苦労なことだ。

  いや、余裕のあるお方はやはり違うな?」

 

 契約の不履行ではなく、自主的な研修のための有給取得とは実に勤勉と言える。事前に言ってくれればこちらも斟酌するのだが、しかし有給に関する規定を定めていない以上言いがかりに近いかとターニャは思い直す。

 とりあえず報連相の観点からは問題があるので苦言は呈する。

 それはそれ、これはこれというやつだ。

 

 「お前最初はもっと礼儀正しかったのによう……」

 

 ラインハルトからすれば、見た目は文句なしにかわいらしい少女が口から信じられない毒を吐き出しているのだ。中身がおっさんであったことは知っているし、性格も中々愉快にねじ曲がっているのも知っているが思う所は出てしまう。

 男とは本来、かくも単純な生き物なのだ。孤児院の時は内容は別として丁寧語を心がけてくれていたというのもあるが。

 

 「我々は未だ未熟ではあるがね、軍人だよ?

  時と場所と場合によって言動と態度は適切なものを選ぶさ。士官ともなれば体面もある。」

 

 ラインハルトのある意味健全な悩みなど心底どうでも良いと言わんばかりに、ターニャは言葉を続ける。

 

 「しかし私の生前と現在の目的を知っている同期の貴方に。

  そう、よりによって貴方に一体何を遠慮する必要が?」

 

 笑いと、普段の鉄面皮からは考えられない笑顔と共に放たれた言葉にラインハルトは頭を抱える。

 ぱっちりおめめを開いたにこやか笑顔と言えば、字面だけならばまぁかわいらしく思えない事もない。

 実際は喜びというよりは嘲りで極限まで見開かれた目は恐ろしく、三日月を連想させる口は覗いた八重歯が牙を連想させる。端的に言って、物騒すぎる表情だった。

 

 「ああ、そう……自主練も程ほどにな、飯遅れたらそのまま抜きだぞ」

 「おっと、もうそんな時間だったか。さっさと行くぞ。くそまずい帝国料理が待っている。」

 

 だが、憎まれ口を叩く程度には肉体的にも精神的にも余裕があるというのはよいことだった。自身の努力が多少なりとも報われていると知り、ラインハルトはターニャに見えない位置で僅かに顔をほころばせる。

 

装具の汚れ落としも終わったのだろう。ラインハルトの後ろを続くターニャの姿は料理への酷評からは考えらない程軽やかなものだった。




 1900年ぐらいにはボクシングや柔道は軍隊格闘技として西欧にも伝わっていたような記憶があります。
 当時、それ程近接格闘の技能は重要視されていないとは思いますが。

 私はボクシングの経験がないため、ほぼ妄想です。

 2-1に組み込んでしまうことも考えましたが、誤字脱字を修正した上で後日まとめる方向で検討しています。どちらにしろ2話相当部分を書き上げないとなぁ、と。

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