賢者が負うべき責任とは。
P.S
今回は三人称視点です
日が沈んでしばらくたった夜。
とある道場の中に一人の男がいた。
その男は一見すると細身のように見える。
しかし、見るものが見ればその肉体は極限まで速さを求め鍛え上げられたものだと分かるだろう。
男が腰に差した刀に手をかけ、抜くと同時にまっすぐ振り下ろした。
その後も型通りに刀を振るい続ける。
その様は一つの舞踏のように、ある種の美しさを感じるほどのものであった。
男はしばらく刀を振るった後、閉じていた目を開いた。
「そのように隠れていなくとも、視たいのであれば見せてあげますよ」
男が誰もいないはずの道場でつぶやくと、目の前に裂け目が出現し中から一人の女が出てきた。
「私に気付くなんて、流石ね」
「最初から見つけてくれと言わんばかりに妖力を漂わせていたじゃないですか」
男の言葉に女は開いていた扇子を閉じ、軽く頭を下げた。
「数日ぶりですね。龍導院
「そうですな。八雲 紫さん」
紫の挨拶に男、龍導院家当主、満茂は僅かに笑みを浮かべてそう答えた。
「それで、あいつらは上手くやっているんですか?」
「はい。幻想郷での生活にもすっかり慣れたようです」
静也達が幻想郷に残る決断をして以来、紫はこうして定期的に静也達の動向を満茂に報告していた。
それが不慮の事故とはいえ、関係のない少年たちを巻き込んだせめてもの償いだと思っている。
「せめて愛花を連れて行くのはもう少し待ってほしかったですな。おかげで誤解されたままではありませんか」
「その点については謝罪を。私の能力の不調の原因が分からない限り、速いに越したことはなかったのです。ご息女には、私の方からきちんと説明をしておきます」
「そうしてくれると助かります」
紫はここ数日の静也達の動向を満茂に伝えた。
いつものように時に笑顔を浮かべ、時に苦笑いを浮かべてた満茂だったが、宴会の話を聞いたあたりから表情が消えた。
「以上が、ここ数日の静也達の動向です」
いつもならすぐさま帰ってくる言葉が、今日はなかなか返ってこない。
「一つだけ確認させてください。静也は確かに龍導院家
その瞳はとても同一人物とは思えぬほど鋭く、紫が一瞬怯んだほどだった。
「自分からそう言ったわけではありませんが、愛花がそう言った時に否定はしませんでした」
紫の言葉を聞いた満茂は腰に差した刀を一撫でした後、再び笑みを浮かべた。
「ようやく継ぐ気になったのか、向こうの世界に私が居ないからなのかは分からないが、喜ばしいものだな」
そうこぼした満茂の表情は、子の成長を喜ぶ親の表情であり、同時に弟子の巣立ちを寂しがる師のようなそんな表情を浮かべていた。
紫は満茂のそんな表情を見て、どこか寂しさのようなものを感じるのだった。
「感謝します紫さん。あなたの世界で静也は大きく成長できているみたいだ。もちろん静也だけでなく、愛花や真君も」
「私が言うのもあれですが、心配ではないのですか?」
「心配などしていませんよ。
満茂は紫に深くお辞儀をした。
「あいつらの事、これからも宜しくお願いします」
「もちろんです。お世話になっているのはむしろこちらの方。八雲 紫の名に懸けて、彼らの命は保証します」
「それは嬉しいわね。でも、あまり過保護にならないでくださいね。ある程度の窮地はむしろあの子たちを育てるのですから」
道場に響く第三者の声。
紫はその声の方を向く。
そこには一人の女性がいた。
背中にまで伸びた長い黒髪を持つ長身の女性。
その背には一本の弓を背負い、肩には一羽の鳥が止まっている。
紫はその鳥を見て僅かに目を見開いた。
「初めまして八雲 紫さん。私は龍導院
「もちろん理解しています。私が手を出すのは真に命の危機にある時だけです」
「それを聞いて安心しました。どうぞあの子たちのことを宜しくお願いします」
「はい。それよりもその鳥、式神ですか?」
「流石ですね。その通りですよ」
「失礼なようですが、陰陽術は失われたはずでは?」
「あの子たちが使えるようになったんですもの。母が使えなくてはかっこ悪いじゃないですか」
「それは答えになっていないのですが、分かりました。今日はここで帰ります。また後日」
「ありがとうございました」
「次はお茶を用意しておきますね」
紫は自身の前にスキマを開くと、その中に消えて行った。
「お帰りなさいませ、紫様」
「藍、私が居ない間何か異常は?」
「特には何も」
「そう。いつ彼らが次の行動を起こすかわからないから、常に細心の注意を払うようにね」
「心得ています」
紫はマヨヒガに帰還すると、藍が持ってきたお茶に口をつけた。
「紫様、一つよろしいですか?」
「なにかしら?」
「なぜあの少年たちにそこまで肩入れされるのですか?無礼を承知で申し上げれば、何の変哲もないただの外来人ではないですか。にも拘らず、常に彼らの身辺を気にかけ、剰え外の世界にまで出かけられるなど。確かに
紫は藍の言葉に手にしていた湯呑を置いた。
確かに藍の言う通り、ここまで紫が静也達に入れ込む理由は本来無い。
しかし・・・
「貴方も会えばわかるわ。きっとね」
「・・・分かりました」
藍は紫の言葉にまだ不安そうな様子だったが、それ以上は追求せず、自身の仕事に戻っていった。
(本当に藍の言う通りだわ。あそこまで本気でこの世界が受け入れられたことが思いのほか嬉しかったようね。私の能力が私でさえも信用できなくなっている。こんなことは初めてで、私も動揺していたのかしら?私もまだまだね)
紫は苦笑いを浮かべた。
しかし、この状況を楽しんでいる自分がいることも確かだった。
「紫様、お茶のお替りはいかがですか!?」
藍が立ち去った後、しばらくして橙が急須を持って現れた。
「そうね、頂くわ」
「はい!」
お茶の入れ方は藍に比べればまだまだだが、紫のために働くその様子に紫は柔らかな笑みを浮かべた。
(そういえば、静也は寺子屋で働き始めたのだったわね)
橙を見てそんなことを思い出す紫。
次の瞬間、ニヤリと口元が歪む。
この場に霊夢がいたのなら、また何か悪だくみをしていると断言しただろう。
(ふふ、これから楽しくなりそうね)
紫は静也達のことを気にかけているようだ。
紫が思いついた悪だくみとは。
次回を乞うご期待