東方黒龍記 ~守りたい者達~   作:黄昏の月人

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少年は、自らの実力を試す。
その前に立つのは、絶対的強者。


第38話 竹林の賢者

「お二人とも、準備はよろしいですか?」

鈴仙の言葉に僕が頷くと、永琳さんも同じく頷いた。

場所は永遠亭の中にある中庭。

永琳さんはその手に弓を持っているけれど、矢筒は持っていない。

たぶん愛花と同じように霊力で矢を作るんだろう。

今この場にいるのは僕と永琳さん、鈴仙とてゐ。

あと一人、姿は見えないけどふすまの中からこちらを窺う視線を一つ感じる。

入院患者だろうか?

気にはなるけれど、今はそんな些細なことは意識の外に追いやる。

集中しなければ、恐らくは数分と持たないだろうという予感がある。

一つ深呼吸をして、夜桜の柄に手をかける。

「龍導流剣術皆伝、龍導院 静也。全力で参る」

「よーい、はじめ!!」

鈴仙の声が響くと同時に、体を横に投げ出す。

一瞬前まで僕の頭があった場所を一本の矢が通過していった。

体勢を立て直しつつも僕の胸中には驚愕が広まっている。

弓というのは弦を引いて矢を放つ武器だ。

少なくとも僕の中での常識ではそうであり、愛花も妖夢との試合ではそうしていた。

にも拘らず、永琳さんの矢はほとんどノータイムで飛んできた。

どうやら今回の戦いでは僕の中での常識は通用しないようだ。

永琳さんの矢が、やはりほとんど間隔をあけることなく再び飛んできた。

僕はまだ体勢を立て直すことができていない体を無理矢理ひねって体を傾けることで、ぎりぎり回避することができた。

相手が弓兵であるにも関わらず、僕は未だに一歩も踏み出すことができていない。

このままでは徐々に体力を削られていく。

それならば、ここは一気攻め込む!

永琳さんから3本目の矢が放たれる。

それを今度は避けようとせず、手にした夜桜に霊力を込めて矢の側面に打ち込む。

ありえないはずの衝撃が腕を通して伝わり、矢と夜桜が一瞬拮抗する。

「はぁぁぁ!!」

そこからさらに霊力を夜桜に流し込む事で、何とか矢を切り払うことができた。

その結果に安堵する暇もなく、僕は夜桜を鞘に納めながら走り出す。

少しでも距離を詰めておきたいし、複翼流はなるべく切り札にしたい。

おそらくほとんど時間はないだろう。

さっきのが速射だったから何とかなったものの、おそらく強射だったら逆にこっちが押し切られていただろう。

当然永琳さんもそのことは理解しただろう。

手元に矢を作った後、一瞬弦につがえてから矢を放ってきた。

こうなるとこちらは避けるしか選択肢がなくなってしまう。

距離を離したくはないから横に体をずらすことで回避する。

それからも永琳さんは射撃方法を強射に切り替えて矢を放ってくる。

射撃速度は下がっているから、最初ほどぎりぎりで回避することはなくなったけれど、それでも近づけないという現状に変わりはない。

この状況、相手の霊力が切れるまで耐えるという戦法も手の一つではあるけど、とてもそんなことができるようには思えない。

どうする、どうすればいいんだ!?

焦りが思考を鈍らせる。

迷いが行動を遅らせる。

不安が剣筋を歪ませる。

あらゆる感情が僕をどんどん追い込んでいく。

今この瞬間だけは霊夢がうらやましくなる。

この感情に縛られることがなければ、この状況を打開する手を思いつけるんじゃないか。

そんな詮無きことを考えてしまう。

そのせいか、不意に放たれた速射に僕は気づくことができなかった。

それを認識した時にはすでに目の前まで来ていて、とてもかわすことなどできない距離だ。

とっさに懐から一枚の札を取り出して眼前に結界を張る。

そんな急作りの結界の耐久力などたかが知れる。

何とか矢を防ぐことはできたものの、衝撃までは防げずに後ろに吹き飛ばされる。

「今のは!?」

僕の行動に鈴仙が驚きの声を上げる。

隠しておきたかった手札を一つ使ってしまった。

これでさらに勝つのは難しくなっただろう。

勝てない。

まさかここまで強いなんて思わなかった。

思わず刀を手放しかけたその時、不意に真の言葉が脳裏をよぎった。

『お前の強みは頭なんだからよ、変な感情に騙されんじゃねぇぞ。やべぇ時ほど笑っていようぜ!』

その言葉に僕は思わず笑みを浮かべた。

ありがとう、真。

この場にはいない親友に心の中で感謝して、僕は札を取り出す。

それを地面に置き霊力を流し、自分を覆うように結界を作る。

永琳さんが弓に矢をつがえる。

さっきからずっと続けられているその動作が、ひどくゆっくりに見える。

本来なら見えないはずの霊力の流れまでもが見える。

そうだ、余計なことは考えるな。

ただ目の前の相手に集中しろ。

汲み取れ、霊力の流れを。

読み取れ、相手の思考を。

予測しろ、相手の次の行動を!!

永琳さんから矢が放たれ、結界が音を立てて壊れた。

その瞬間、刀の柄に手をかけ走り出す。

過程は違えども、さっきと同じ展開。

当然、永琳さんは同じように対処する。

けれど、今の僕には見える。

すべての流れが!

矢が眼前に飛来してくる。

さっきまでは回避していたそれに今度は刀を合わせる。

当然、切り払うのは無理だ。

だからこそ、矢の霊力の流れている方向に刀を傾ける。

矢は刀を滑り後方へと流れていった。

今まで一度も動くことのなかった永琳さんの表情が微かに動いた。

永琳さんが矢を放つ。

その数は同時に2本。

左右から同時に飛来するそれらに魂絶を抜き放ち同じように滑らせる。

それを見て、今度は一本の太矢が迫る。

それが眼前に来る頃には、僕はすでに魂絶を鞘に納め、両手で夜桜を握りしめていた。

この矢を滑らせるのは不可能。

そのため、矢に刀を当てた時点で手を離し下をくぐり抜ける。

夜桜は失ったが、速度を落とすことなく潜り抜ける。

全ての行動が見える。

相手が次に何をし、どう霊力を流すのかが見える。

これは幻想郷(ここ)に来て初めての感覚。

今の状態は、龍導流の極致と言っても良いだろう。

「龍導流剣術奧伝『冷心竜眼』(れいしんりゅうがん)

絶対なる龍は、決して心を乱すことなくその眼で敵のすべてを見抜く。

魂絶を抜き、懐から空虚を取り出す。

ここで決められなければどのみち勝てない。

だからこそ、今まで隠していたもの、手札をすべて使い切る!

矢に銃弾を当て動きを一瞬止め、その隙に最小限の動きで回避する。

そしてついに、永琳さんの元にたどり着いた。

「これで、もらった!!」

右足に力を込めた後、瞬時に左に体を動かし魂絶を振り抜く。

永琳さんは反応できていない。

取った!!

「素晴らしい実力ね。でもまだまだよ」

「・・!?」

確かに前を向いていたはずの永琳さんから腕が伸びて来て、右腕をつかまれる。

まずいと思う暇もなく投げ飛ばされ、背中から岩に激突した。

「ガハッ!」

体中に激痛が走り、刀を握る手の感覚が無い。

「届かない・・か・・」

そして、僕は意識を失った




永琳に勝つことはできなかった静也。
果たしてこの後どうなるのか?
次回を乞うご期待。

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