東方黒龍記 ~守りたい者達~   作:黄昏の月人

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少女は対峙する、守龍と。
今明かされる、守龍の力とは。


第10話 その者の名は、守龍なり

「せっ、はっ!」

日が昇ってまだわずかな早朝に、私は剣の素振りをしている。

おじい様から教えてもらった型通りに、ただひたすらに剣をふるう。

普段は無心でやってること。

けど今日は、抑えようとしても抑えきれない高揚感があった。

今日は静也さんがやってくる。

それを思うだけで胸が高鳴る。

何せ、おじい様以外で初めて手合わせができるのだから。

「お、やってるな」

その声に振り返ると、縁側に真さんが立っていました。

「おはようございます、真さん」

私は刀を鞘に納めてあいさつをする。

「おはよう妖夢。毎朝やってるのか?」

「いえ、普段は午後からですけど、今日は静也さんがいらっしゃいますから。

 少しでも練習しておきたかったんです」

「なるほどな。ま、がんばれよ。静也は強いぞ、俺なんかよりもずっとな」

「はい。でも、負けるつもりはありません」

「その意気だ。ただその前に、一つ問題ができた」

真さんは苦笑いを浮かべました。

どうしたんでしょう?

「よ~む~、ごはんまだ~?」

いけない!剣に夢中になるあまり、幽々子様の朝食を失念していました!

「申し訳ありません幽々子様、すぐにご用意します!」

刀を縁側に置き、急いで台所に駆け込む。

早く何かお出ししないと!

「従者ってのも大変だね。さて、配膳ぐらいは手伝うかね」

~少女調理中~

「本当に申し訳ありませんでした、幽々子様!!」

食事を終え、食器を片付けた私は膝をつけて頭を下げている。

いくら心が浮かれていたとはいえ、主の食事の用意を怠るなど、

従者としてあるまじき失態です!

「大丈夫よ妖夢、気にしてないから」

「しかし・・・」

「それよりも、来たみたいよ」

「お~い静也、こっちだ!」

幽々子様の言う通り、その直後に真さんの声が表から聞こえてきた。

「試合は私も見るから、がんばって。

 ほら、早く静也を迎えてあげましょ。

 私もどんな子なのか気になるし」

幽々子様は立ち上がると、庭の方へ行かれました。

一人残された私は、一度両手で強くほほをたたく。

痛いけど、おかげで目が覚めました。

「よし!」

気合を入れなおして急いで庭に出ると、

ちょうど幽々子様と静也さんの自己紹介が終わったところでした。

「おはようございます、静也さん」

「おはよう、妖夢」

静也さんは昨日の服ではなく、黒色の着物を着ていました。

腰に二本の刀を差していることもあって、その姿が一瞬おじい様と重なりました。

「僕はいつでも大丈夫だけど、どうする妖夢?」

「なら、すぐにお願いします」

「ん、了解」

「じゃあ私たちは縁側で見てるわね。頑張って二人とも」

幽々子様と真さんが下がったことを確認して、私は楼観剣を引き抜きます。

一方の静也さんは刀は抜かず、その柄に手を添えています。

「真、合図をお願い」

「了解。それではこれより、魂魄 妖夢と龍導院 静也の試合を始める」

「白玉楼の庭師兼剣術指南役、魂魄 妖夢。全力で行かせていただきます!」

「龍導流剣術皆伝、黒守龍、龍導院 静也。いざ、参る」

「よーい・・・始め!」

真さんの手が振り下ろされると同時に駆け出す。

一息に距離を詰め、楼観剣を振りぬく。

静也さんはまだ刀を抜いていない。取った!

ガキンッ。

「予想よりも速かったな」

「なっ!?」

いつの間に持ってきたのか、私の刀を鞘からわずかに刀身を出してそこで受け止められていました。

まずいと感じ、地面を蹴って一度距離を取ろうとする。

けれどそれは間違えだったようです。

静也さんは出した刀身をもう一度戻し、柄に手をかけて深く腰を落とす。

あの構えは抜刀術!?

「龍導一刀流剣術初伝、『閃龍』(せんりゅう)!」

それはまさに一閃。

黒い鞘から引き抜かれた刀は目で追うのが精一杯で、体が反応できない。

何とか刀を倒して受け止めたけど、力の入っていないそれはすぐに弾かれ奥まで押し返される。

足を踏ん張って倒れることだけは防ぐけど、離さないように強く刀を握っていた手は今でも痺れてる。

「ほう、静也の閃龍を受け止めたか」

重い!こんな重い一撃を、しかもあんな速さで出せるなんて!

でも、負けない。今度こそ打って出る!

しびれの残る腕に力を込め、大上段に刀を振り上げ距離を詰める。

静也さんも避けるのではなく迎え撃つようで、刀を下段に構えてる。

「やあっ!」

かけ声とともに刀を振り下ろすと、静也さんもまた刀を振り上げる。

楼観剣と黒龍が衝突し、一瞬火花が散る。

それと同時に左手を離し白楼剣に手をかける。

片腕がなくなったことで楼観剣が押し負けそうになる。

けれど私は半人半霊、空いた部分にすぐさま半霊が入り力を維持する。

その光景に、静也さんがわずかに目を見開く。

やはり私のようなものと戦うのは初めてですか。

勝機は今です!

白楼剣を抜き、鋭く静也さんの胴を狙う。

あと少しで届くというところで、突然の横からの衝撃に吹き飛ばされた。

あまりにも予想外の一撃に、受け身も取れずに地面を転がる。

いったい何が起きたんですか!?

視界に納めた静也さんは左足を振りぬいていた。

まさか!?

「龍導流格闘術『翔脚龍』(しょうきゃくりゅう)

龍導流はすべての武具を使いこなすとは言ってましたけど、格闘術まであったなんて!

すぐに体を起こすも、静也さんはすでに目の前。

その左手には白竜が握られていて、二刀流の構え。

上段からの攻撃を楼観剣で防ぎ、下段からの攻撃は白楼剣でいなす。

そこから始まる神速の連撃。

距離を空けようと体を後ろに動かすのに、

それが分かっていたかのように回り込まれて結局同じ体勢に持ち込まれる。

このままじゃ負ける。

どうすれば・・・

その時、優位に立っていたはずの静也さんが突然後ろに下がり白竜を鞘に納めた。

どういうことでしょうか?

理由は何であれ、助かった。

「驚いたよ妖夢。正直ここまで耐えられるとは思ってなかった」

「ありがとう、ございます」

「だからこそ、君には見せてあげるよ。龍導流の真髄を!」

真髄?静也さんの本当の戦い方は、二刀流ではないということですか?

静也さんは空いた手を懐に入れると、黒い筒状のものを取り出した。

あれには見覚えがある。

永遠亭の月の兎が同じものを持っていました。

確か゛銃゛、と言っていましたね。

けど、どうしてあれを?

あれは遠距離戦の武器のはず。

「不思議かな?剣士であるはずの僕が銃を使うのが」

「正直に言うとそうです。

 龍導流剣術には、一刀流と二刀流しかないと思ってたので」

「いや、それは合っているよ。確かに龍導流剣術には一刀流と二刀流しかない。

 けれど、どの龍導流にも必ず最後に同じことが教えられる。

 曰く、❝汝龍導流を極めし者なり。されど、龍導流の真髄はそこにあらず。

 龍導流を身に着け、己が物へと昇華せよ。それこそが龍導流の真髄也❞ってね」

えっと、どういうことでしょうか?

己が物へと昇華?

「分かりやすく言うと、龍導流の技を剣術であれ弓術であれ、

 それをすべて身に付けたからといってそれはまだ途中にすぎない。

 そこからさらに自分だけの龍導流を身に付けることこそが本当の龍導流。

 それができて初めて❝皆伝❞を名乗ることができるんだ」

「それのせいで、俺はいまだに目録なんだよな」

「あら、真も龍導流が使えるのね。でも妖夢と戦ってた時、篠宮流槍術って言ってた気がするんだけど」

「俺は家系が違うし、師範代に直接教わった訳ではなく、あくまで静也から個人的に教えてもらってたんだ。

 それじゃあ龍導流を名乗るわけにはいかない。だから、篠宮流なのさ」

「つまり、篠宮流槍術は実質、龍導流槍術なのね」

「そういうこと」

そうでしたか。

静也さんは戦う前、確かに皆伝(・・)と言っていました。

つまり、あれが静也さんの本当の龍導流だということですね。

「聞いてもいですか?その龍導流の名前を」

「もちろん。龍導複翼流剣術だよ」

「そうですか、ありがとうございます」

その言葉を最後に、もう一度楼観剣と白楼剣を構える。

たとえ流派が変わろうと、やることは変わりません。

全力で勝ちに行く!

静也さんもまた、銃口をこちらに向けて構える。

「二回戦といった所かな。

 歪ながらも完成された龍の力、とくとご覧あれ」

「私に斬れないものなんて、あんまりない!!」

「いやいや、そこは嘘でも無いって言う所だろ!」

姿勢を低くして駆ける。

牽制として放たれる弾丸を斬りながら、足は止めない。

速さは弾幕と大差ない。

いつものようにやれば、さばききれないことはない!

銃撃の間を潜り抜け、刀の間合いに入る。

けれどすぐには振らない。

右に大きく足を踏み出し、すぐさま体をひねり左側に抜ける。

そして今までで一番の力で楼観剣を振りぬく。

今度こそ取ったと思った。

けれど私の耳に聞こえてきたのは斬撃の音ではなく、刀を止める音だった。

「そんな・・・」

「妖夢、君は上手く僕の死角をついたつもりかもしれないけど、それは間違いだ。

 今の動きは、すべて僕の計算通りだ」

静也さんの刀が動く。

力の抜けきってていた私は簡単に刀を手放してしまった。

「龍導複翼流剣術初伝『嘲笑の魔龍』(ちょうしょうのまりゅう)。君が攻めに転じた時点で、この結末は決まっていた。

 本当に対人戦が少ないみたいだね。おかげで誘導しやすかったよ」

「そこまで!勝者、龍導院 静也!」

真さんの宣言で、静也さんは刀を鞘に納めた。

「僕は君に何かを言える立場じゃない。けれどこれだけは言わせてくれ。

 妖夢、君の剣には少し、無駄が多いな」

その言葉を最後に、静也さんは幽々子様と二言三言話した後、屋敷の中に入っていった。

必ず勝てるとは思ってなかった。

私はまだ半人前、そこまで驕ることはできません。

でも、善戦はできると思ってた。

私だって刀を取って日が浅いわけではないのだから。

けど実際は、私は最初から最後まで静也さんの掌の上。

唯一意表を突いたのは、私の半人半霊としての特性を使った時だけ。

結局それもすぐに対処されましたが。

気づくと手を強く握りしめていた。

悔しい。

霊夢さんや魔理沙さんのような弾幕ごっこではなく、刀を使った、

同じ剣士として静也さんに圧倒的に敗北した。

それがどこまでも悔しかった。

「静也は皆伝を名乗ってるけどよ」

私が涙をこらえていると、いつの間にか真さんがいた。

「俺は静也の事を師範代だと思っている。外の世界では、龍導流にも少ないながらも門下生はいる。

 そいつらに指導をしてるのはほとんどが静也だ。師範代、静也の親父さんも道場には来るのにな。

 というか、親父さんの方が教えを乞いたければ静也のもとに行けって言ってるからな。

 そしてあいつに教えられたやつはみんな人並み以上に強くなるんだ、俺も含めてな。

 今回の試合をどう受け止めるかは妖夢次第だ。がんばれよ」

そう言い残して真さんも屋敷の中に入っていく。

私は手放した楼観剣を拾い、鞘に納めて屋敷に戻る。

ありがとうございます真さん。

おかげで私のやるべきことが見つかりました。




静也と妖夢の戦いは、まさかの展開を見せた。
妖夢がこの戦いに見つけたものとは何なのだろうか?
次回を乞うご期待。

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