「じゃ、じゃあ、どうしよう。あ、そうだ。僕が“あんていく”に行って事情を話して分けてもらってくるというのは……」
ガシッと腕を掴まれる。
ああ、そういうことなんだろうなと諦念した。あきらめグールの飢えは酷いって聞いていたし。むしろ、人を襲わなかった霧嶋さんを誉めてあげたい。
でも、凄く怖い。頬の肉がひきつる。冷や汗かいてきたし、逃げたい。補食される側ってこんなに怖いのか。そもそも、食べられたら再生するのだろうか。いや僕、確か鱗赫のグールのはずだからきっと大丈夫なはず。あれ、これって赫子の話だっけ。あっ、そもそも鱗赫出したことない……。
……そうだ、血で代わりにならないかな。
僕は爪で手首辺りを切り裂いて霧島さんの目の前に差し出した。途端に、彼女は目の色を変えて(物理的にはもう変わっていたが)食いついてきた。
……あれ、あまり痛くない。見ると、血を吸っているだけみたいだ。…よかったあ。ん?血?あれ……
「あの、霧嶋さん。そろそろ……」
「ん……おいし、もうちょっと……………………あっ‼」
やっと口を離してくれた。
「ごめんなさいっ!!何をして……」
理性が利いていなかったようだ。自分でも何をしているか、よく分かっていなかったのだろう。
「いや、大丈夫だよ。それよりも、身体はどう?」
「あ……もう、大丈夫です。むしろ、なんか身体が熱く、て……」
霧嶋さんが、急にお腹を抑える。そして、身体を丸めて床に倒れた。
「霧嶋さんっ!!」
声をかけ続けるが、返事がない。
……どれくらい続いたのだろう。 僕は声をかけ続けることしかできなかった。
そして暫くの間、霧嶋さんは小刻みに痙攣を繰り返していた。反応がかえってきたため、意識はあるようだったが。
「あぁ……はぁ、はぁ、金木さん……」
よかった。落ち着いたみたいだ。
なぜ、こうなったか。十中八九僕の血を飲んだためだろう。というか、今の状況で他にはない。
しかし、今の霧嶋さんは人には見せられないような状態だ。眼は涙で潤んでおり、口からは涎が垂れてきてしまっている。息が荒く、頬は赤く……いや、この辺でよそう。
「なんか、急に熱くなったと、思ったら、身体の中心からどんどん、広がって、こしょばくて……。上手く言えないけど、自分が変わっていくような……」
息も絶え絶えといった様子でそう言った。
…変わっていくような、か。
頭に浮かんだことがある。これまでのことを踏まえて、仮説だが、何とか。
結論を言えば、僕のRc細胞が霧嶋さんのRc細胞を侵食した。そんなところだろう。前世でも似たようなことがあったからだ。
前世で、僕は人間からバンパイアになるために、バンパイアの血を注がれ、半バンパイアになった。そして年月が経ち、完全なバンパイアになるための純化作用、人間の細胞への侵食が始まった。
そう、これだ。
今回前世と違い、食糧として取り入れたのに作用したのは、グールとしての消化吸収、そして元は同じグールであったことが原因かな。今までの吸血、唾液も今回の準備になっていたのかも。
前世のバンパイアと人間。今の僕とグール。それぞれの細胞の優劣関係としては、同じだと思う。
バンパイア細胞が侵食していったように、僕のRc細胞が侵食していったのだろう。
変異したRc細胞とでもいうべきか。。今の僕は変異型グールとでもいうべきなのかもしれない。やはりその辺の専門知識はないため、推測になるが。
だが現に、Rc因子を求め、食欲に似たものを感じている。血だ。
今考えると吸血行為はRc因子の摂取のためだったのだろう。僕は、霧嶋さんを食べていたことになる。なぜ、肉ではなく血か。これは、前世の影響からとしか言えない。
霧嶋さんは赫子は羽赫で、僕が血を吸ったその辺りに赫包があった。そのために、そこに惹かれていたのだろう。より、Rc因子がある場所に。
唾液と吸血で起こったことは、極少量の僕の細胞で一時的に変異したものだと考えることができる。吸血で、結果としてRc因子を減らす。
そして、唾液だ。唾液には剥がれ落ちた細胞が含まれている。追加で必要だった時は、唾液を出すために口内を歯で刺激するため、より多くの細胞が含まれていたのだろう。それが、侵食していく。より、馴染んでいく。
数日のリミットがあるのは、極少量の細胞では時間と共に逆に侵食され、元のグールに戻ったのではないだろうか。
これ、人間にも適用されるのならマズイな。人にもRc細胞自体はあると言うし。
まあ、可能な場合はおそらく、僕の大量の血液が必要になるため、今のところ心配する必要はないか。それこそ前世の血の交換のようなものになると思う。
あれ、入院中に採血されたものはどうなるのだろう。いや、あのときはまだ神代リゼさんの、普通のグールのものだったはず。今の変化が起きたのは、自宅に帰ってからだったと思うが、自信はない。
そして、今の僕と霧嶋さんについて。
前世のバンパイアのことは、正直よくわからない。あれはあの“運命”に文字通り、その力によってつくられた存在だからだ。
結局のところ、グールで在りながら、よく解らない前世のバンパイア(半バンパイア?)に近づいた存在。それが今の僕なのだろう。……鱗赫出るのだろうか。それが気になっている。
霧嶋さんは羽赫持ちだ。では、なんだろう。予想通りだとして、前世のようならば、半羽赫のグールもしくは、半変異型グールにでもなるのか。割合はわからないが。そのうち、純化作用のようなものも起こるのかもしれない。
そもそも、割合なんてないのかもしれない。全て変異しており、変異型羽赫のグールになっている可能性もある。……強そうだ。少しカッコいい。
「金木さん、……金木さん?」
「……」
「金木さんっ!!」
「ぁっ!!」
吃驚した。それより、近い。霧嶋さんの顔によって、視界が埋め尽くされている。睫毛長いな…肌白い……
「金木さん?」
「あの、近いです」
「?……あっ」
離れてくれた。よかった。
霧嶋さんの照れた表情に、自分も顔が赤くなるのがわかった。
「えっと、あ……そうだ。今の霧嶋さんのことなんだけど……」
考えていたことを話した。バンパイア云々は除いて。
そして、笛口さんとヒナミちゃんのことも。
「えっ!!リョーコさん!?今どこにいるんですか‼ヒナミは⁉」
「えっと、二人とも家にいるよ。昨日、捜査官から助けて…あ、まだ言ってなかった……。」
「あぁ……よかった無事で……」
しかし、話が見えてこない。
霧嶋さんは二人が行方不明だと思っていたのだろうか。
「その、昨日白鳩を襲撃したんです。あんていくの客が、リョーコさんとヒナミが白鳩と対峙していたのを見たって、それで……」
…これ僕のせいだ。
昨日のうちに早く霧嶋さんに連絡しておけばよかったんだ。
「それと、一人殺っちゃいました……。すみません、約束していたのに……」
後悔の波が押し寄せてくる。事実、霧嶋さんは怪我も負ってしまっている。
人を殺害したことに関しては、何とも言えない。白鳩らしいし、彼らはグールにとって敵対者だ。それに、グールの世界を知らない僕が、口に出せることではない。でも、彼女に人殺しをしてほしくないというのが正直な気持ちだ。
「ごめん、霧嶋さん。僕が早く連絡しておけばよかったんだ。怪我までさせてしまって。本当にごめん」
「いやっ怪我は大丈夫です!!金木さんの血、赫子が上手くでなくて、返り討ちにされたけど、金木さんの血…飲んでもう治ったから。それより、リョーコさんとヒナミに会いたいです」
「うん、それは勿論いいけど、赫子が出ないって?」
「えっと、何かが邪魔していたというか、でも、思い切りしたら出ました」
あれ、じゃあ、今はどうなんだろう。
「今は、どう?」
「今は…あまりそんな感じはしないです」
対応したということだろうか。
「そっか、それならよかった。…もう、行く?」
「あ、はい。着替えてからいくので、その」
「うん。外で待ってるよ」
■
「ヒナミっ!!!リョーコさんも無事でよかったっ」
「トーカお姉ちゃんっ!!」
「ええ、トーカちゃんもね」
霧嶋さんとヒナミちゃんが抱き合っている。笛口さんも嬉しそうだ。
「ヒナミぃ……」
「お姉ちゃん……ちょっと苦しいよ……」
「ふふっ」
感動的?な再会だった。
一息ついて、情報を交換した。コーヒーは霧嶋さんが淹れてくれた。僕の家なのにすみません。
三人が関わった捜査官は同じ人物のようだった。背の高い人と顔の怖い人。この二人がクインケ持ちだそうだ。
顔の怖い人のクインケは笛口さんの亡くなった夫の赫子が使われているため、なんとか取り返せないかという話が出た。
正直、あの顔の怖い捜査官には関わりたくないな……。
そうだ、と霧嶋さんが話を切り出した。
「リョーコさん、これからヒナミも一緒にうちで暮らしませんか?金木さんは男の人だし、同性の方がいいと思うんですけど……。」
僕もその方が助かる。
そう思って笛口さんを見ると、ひきつった表情をしていた。ヒナミちゃんにいたっては、怯えている。
ああ、そうか。あんなことがあったばかりだから……
「霧嶋さん、僕は全然大丈夫だよ。まだ昨日のことだし、二人が外に出ることはまだキツいと思うんだ。」
そう言うと、笛口さんとヒナミちゃんは、ホッとした表情になった。それを見た霧嶋さんも納得したようだった。
しかし今日、霧嶋さんが泊まることになった。……布団どうしよう。
それからは段々と日常的な会話になってきた。
霧嶋さんが、“あんていく”に連絡をして、今日行くことになった。霧嶋さんはバイトだったが、休みにしてもらえたようだ。
“あんていく”に行く約束の時間は夜のため、まだ結構時間がある。
それまで何をしようかな。
「二人とも、その……今着ている服はその」
「うん、お兄ちゃんの服を借りているの」
「ジャージは着たことなかったけど、動き易くて楽でいいわ」
「そうなんだ…。あっそうだ。…下着後で買ってきますね。あと生活用品も」
「お願いします」
■
「ヒナミも明日食べられるようになるんだよね」
「うんっ。すごく楽しみっ」
「よしっ、じゃあ明日は私が作ろうかな。食べてみたいものとかある?あっ、金木さん台所借りていいですか?」
「あ、うん。ぜんぜんいいよ」
「えーとっ。ヒナミ、ケーキを食べてみたい」
「ごめん、それは今度依子に頼んでおくから、別のを」
「うーん、あっ、“あんていく”にもあったサンドイッチがいいな」
「よし。まかせなヒナミ。明日を楽しみにしてなよ」
「うんっ」
「リョーコさんは何がいいですか?」
「私もヒナミと同じでいいわ。楽しみにしておくわね。でも……」
「でも?」
「その、テレビで見て、カツ丼食べてみたいな、なんて」
「よし。じゃあ、夜はカツ丼ですね。金木さんっ、それでいいですか?」
「楽しみだな」
■
「お姉ちゃんは、お兄ちゃんといつからこんな風していたの?」
「えっと、最初は確か金木さんがいきなり……」
「…………」
「トーカお姉ちゃん?」
「いやっ、何でもないよ。……でも、ほんとまだ最近のことなんだなぁ……」
「…何かありそうね」
■
「金木さん、私何かお金を稼げることをしようと思うんです。住まわせて頂いて、その上に食費も掛かるだろうし、せめて私とヒナミの分だけでもと思って。……できれば、ここでできればいいんですけど……」
「あっ、それは助かります。在宅内職って結構あるから大丈夫ですよ。何か、得意なことはありますか?」
「裁縫が少しできます。えっと、私やヒナミの服は私が作っていました。あと、アクセサリーも作れます。……それくらいしか、することなかったから…」
「いや、すごいです。…だったら、仕事はあると思います。登録は僕がすればいいですし。ハンドメイドのアクセサリーの出品もできるかな。あ、調べておきますね。」
「はい、お願いします」
■
「二人は顔見られてるから、外にも出られないよね。だから、まず髪型変えてみるのはどう?」
「お姉ちゃんが切るの?」
「うん。任せて、ヒナミ。リョーコさんも切りますか?」
「お願いしようかな」
……
「ああっ⁉」ジョキッ
「え⁉どうしたのお姉ちゃん⁉」
「……何でもないよ。ヒナミ。こんな髪型もあるんだよ。可愛い可愛い。ですよね、金木さん?」
「えっ僕⁉……うん。ヒナミちゃん可愛いよ」
「本当?よかったー。もう、気をつけてね、お姉ちゃん」
「……うん。」
「……じゃあ、私は金木さんに切ってもらおうかしら。トーカちゃんはまだヒナミの髪を切っていることだし。…金木さん、お願いしてもいいですか?」
「えっ⁉……あっはい」
……
何だか、西尾さんの彼女さんのような髪型になったな……
「わぁ‼お母さん可愛い」
「ありがとう、ヒナミ。ヒナミも可愛いわ」
「…ぐ。金木さん、上手ですね」
■
「そう言えば、お兄ちゃんってお姉ちゃんのこと“霧嶋さん”って呼んでるね。お母さんのことも“笛口さん”だし。」
「うん。でも、別に考えたことはなかったな。普通だよね?」
「うーん、そうだけど……」
「……あの、金木さん。にいさ、じゃない、研さんって呼んでもいいですか?私もトーカでいいんで」
「あ、うん。……じゃあ、トーカちゃんって呼ばせてもらうね」
「…できたら、私もリョーコって呼んで。研くんって呼んでもいい?」
「あ、はい。……リョーコさん」
この金木くん(ダレン)には原作のリトルピープルになった記憶はありません。