ヒナミちゃんも交えて話し合うことにした。まずは、こんなことになってしまった経緯を聞いた。
…捜査官に目を付けられている時の行動ではないだろう。そう思った。それに、目を付けられていることは、笛口さん自身、前からわかっていたそうだ。
そしてその上で、自分がグールであると証明するような物を残した。その結果、ヒナミちゃんも危険に晒すことになった。夫をグール捜査官に殺されて気の毒だとは思うが、その行動に疑問を覚える。
しかし、グール捜査官って中々残酷だ。妻に向かって夫の赫子で造った武器(クインケというらしい)を向けるなんて。ゾッとした。戦わなくてよかったと思う。
彼女らは、霧嶋さんや、“あんていく”のことを知っていた。つい最近まで、お世話になっていたそうだ。それに、ヒナミちゃんは、霧嶋さんのことを慕っているみたいだ。霧嶋さんに、後で連絡しておこう。
「あの、助けて頂いた身で、図々しとはわかっているのですが……空腹感が、酷くて……」
笛口さんが、申し訳なさそうに言った。
あれ、似たようなことがあったような……
「すみません、家にはその、食糧はないんです」
「えっ、…でも匂いが、その……」
ああ…ん?しかし、今回は血を吸っていない。
……どういうことだろう。
考えてながら、台所に向かう。
「これ、食べて貰ってもいいですか。あれでしたら戻して貰っても大丈夫なので。」
僕は炊飯器から白ご飯を器に盛って、スプーンと一緒に笛口さんに差し出した。
「えっ……でもこれ…あら、匂いはこれから?」
笛口さんは、恐る恐る口をつける。一口、また一口と食べる。そして、驚愕したように目を見開いた。
やはり、問題なく食べることができるようだ。霧嶋さんと同じか。
唾液に何かあるのだろうか。いや、事例はまだ二つしかない。決めつけるのは、まだ早い。
…でも、血の方がいいな。しかし、血を吸ったから相手もなんて、それこそ物語の吸血鬼みたいだ。
「金木さん、どうしてこんな……」
笛口さんは驚きながらも、白ご飯を食べる口と手は動き続けている。ちょっと可愛いかった。口元に一粒ついてる。
何と答えるべきか。…切実な問題だ。
“貴女の身体中に僕の体液(間違えた唾液、いや体液でいいのか)を塗りつけたからなんです。これは、治療のためで仕方なかったことなんです。”
とでも言えばいいのか。
しかし、事実だ。うん。流石にこんな言い方はしないが。
落ち着いて聞いて下さい、と前置きをする。
「実は、笛口さんをここに運んだ時、酷い状態だったんです。それで、何と言うか……治癒効果のある僕の、唾液を塗りました。すみません……」
えっ、と反応があった。
「それと、霧嶋さんも今の笛口さんのような状態です。たぶん、同じだと……」
そこで、ヒナミちゃんがぐっと近くに寄ってきた。笛口さんのことに、気をやっていたから不意を突かれた。
「ヒナミも、食べてみたい。お願いします。お兄ちゃん」
僕の手を両手で握りしめ、そう言った。少し気弱な子だと思っていたが、積極的な行動だ。握力が強くて、手が痛い。
でも、そうなるよな。まあ、ここで断ることなんかできない。でも…
「ヒナミちゃん、僕もなんでこうなるのかよく解っていないんだ。ヒナミちゃんも同じようになるとは限らない。それでいいなら僕は構わないけど、その……」
「?」
「その、ヒナミちゃんの血を吸わないといけない。その上で、傷口に僕の唾液を塗らないといけない。…霧嶋さんにはそうしているんだ。あと、これは期限付きなんだ。それでもいいの……?」
「……うん。それでも、少しでもいいの…食べてみたい。今まで、本当に羨ましかったんだ。どうしてヒナミは食べられないんだろうって、思っていたの。だから、お願いします」
深々と頭を下げた、彼女の顔色は伺い知れない。聞いている僕も悲しくなってきた。僕は本当に恵まれていたのだと、そう感じた。
「…そっか、わかったよ。僕で良ければ力になるよ」
でも、今はできない。意識を失ってしまうだろうから。だから、夜にしよう。そう言った。
「…うん、待てるよ。うわぁ…ふふ、楽しみだなぁ……」
ヒナミちゃんが本当に嬉しそうに笑っている。
これ、駄目だったらどうなるのだろう。
ヒナミちゃんも人間の食事がとれるようになった時のことを考える。食費が単純計算で今までの三倍だ。そう考えると、グールって凄く低燃費だよな。一回の食事で長くて一ヶ月ももつなんて。
笛口さんは、顔がバレているため働けそうにない。…いや、自宅でできる仕事もある。それをしてもらえたら助かるな。僕の家に住むことになるならばだが。…僕もバイトするか。
一応、幾つか条件を満たさないといけないが当てはある。恐らく、僕にしかできない。練習もしている。ズルすることになるが、こんなことになってしまった僕にバチは当たるまい。
霧嶋さんに連絡するか。もう電話しても、迷惑にはならないだろう時間だ。
…出ないな。何コールか経って、漸くつながった。
「おはよう、霧嶋さん。ちょっと伝えたいことがあるんだけど、今いいかな」
「……あ…金木さん…?」
様子が変だ。苦しそうな声が聞こえる。
「霧嶋さん、声きつそうだけど、大丈夫?」
「昨日、ちょっと白鳩相手にヘマしちゃって……」
「少し待ってて、今すぐ行くから!!」
「あ……」
二人に簡単に伝え、家を出た。フリットほどではないが、結構なスピードが出ている気がする。
すぐに霧嶋さんの家に着いた。血の匂いがする……。
合鍵を使うが、開かない。元々開いていたのか。
「霧嶋さんっ、大丈夫⁉」
霧嶋さんは壁に背を預けて座りこんでいた。
「うう……金木さん」
「怪我もあるけど、おなか、空いて……たぶん、グールの方の……」
そう言って霧嶋さんは、まるで、獲物を見るような目で僕を見た。
……嫌な予感がする。
眼も赫眼になっている。