前世はバンパイア?   作:おんぐ

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9巻のアイコン一言コメントのリョーコさんの欄を見てこの話はこのようになりました。

 リョーコさん……


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 やってしまった。

 今さらながら、そんなことを思った。

 

 

 今現在、僕の家に二人の客がいる。

 一人は年上の女性(三十歳くらい)で、ベッドで眠っている。

 もう一人は中学生くらいの女の子で、母親であるベッドにいる女性に寄り添い、俯いている。

 

 二人はグールだ。

 

 とっさに、自宅に連れてきてしまった。

 今考えても、他に適した場所が思い浮かばないため、結局ここしかないのだが。

 自宅に着いた時、母親は酷い状態だった。

 少し迷ってから、下着を残して、あとは全て脱がした。

 大きな傷から、唾液を塗りつけたが、量が量のため、治療し終える頃には口の中がカラカラになった。

 改めて考えると、凄い絵だったな。

 

 

 下着姿の女性の身体に、一心不乱に唾液を塗りつける僕。

 

 

 その最中、それを見ていた女の子はどう思っていたのだろう。

 知りたくないな。

 

 そして現実逃避するように、別のことを考える。なぜ、こうなったのかを思い出した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ほぼ全ての課題、レポートを終わらせた僕は、気分転換に書店を訪れていた。

 新刊を買い、ホクホクとした気分で店を出る。少し歩くと、突然、雨が降ってきた。確か、驟雨だったか。

 常備している折り畳み傘を差して、歩くスピードを速めた。

 

 

 “しかし……すごかったな…”

 

 そんな声を耳が拾った。

 そして、言った。グールを見たと。

 

 グールと分かる事態に合って、普通に歩いている人達がいる。もしかすると……

 興味が勝って、彼らが歩いて来た方向に行くことにした。

 

 

 「なんだか、最近活発になってきたような……」

 

 前世を思い出した影響からか、その前よりも自発的に行動するようになっている気がする。

 

 気持ち早足で進んでいると、前から女の子が走ってくる。雨が降っているというのに、傘を差していない。持ち歩いていなかったのだろう。なんとなく、可哀想だなと思う。

 女の子は涙を流しながら、こちらに向かって走ってくる。

 あの子、僕に向かってきてないか。

 

 

 「あのっ、あなたはグールですかっ!⁉」

 

 

 何言っているだこの子っ

 

 咄嗟に口を塞ぐ。周りを見渡すが、人一人いなかった。口を塞いだ手を離して、非難の目を向ける。

  

 

 「匂いが人じゃないけど、グールとも少し違ったから……」

 

 

 そういう意味じゃないんだけど……。

 

 

 「あのっ!!お母さんをっ、お母さんを助けてくださいっ!!一人で、うぅ」

 

 

 それでなんとなく理解する。この子を逃がすために母親が囮になったのだと。

 

 この子はグールだ。

 

 しかし、だからといって、放っておけるはずもなかった。僕の正体も知られている。すぐに、助けに向かうことにして、女の子の案内で道を進む。

 

 遠目だが、見えてきた。

 白コートを着た男が二人、その前にこの子の母親だろう満身創痍の女性が一人、離れて、スーツ姿の男が二人。

 女の子の手を引いて道の脇に身を隠す。

 白コートの片方は異様な、武器の様なものを持っている。あれで、追い詰めたのだろう。もう片方は、片手にアタッシュケースを持っている。

 なんだろう、と思ったとき、アタッシュケースから明らかにケースよりも大きなものが出てきた。

 どうなっているんだ、あれ。

 

 

 「あれが、喰種捜査官か……」

 

 

 「お母さん……お母さん……」

 

 

 この子の母親はまだ生きていた。

 

 一瞬、迷った。

 ここまできて何を、とは自分でも思った。

 しかし、今まで生きてきたということは、人を殺し、食してきたということ。ここでグールを助けていいのか。

 捜査官の方が正しいよな。人間にとっては、人を殺し、食すグールは人類の敵だ。

 加えて、この子は、今会ったばかりだ。霧島さんとは別だ。危険を冒してまで、僕がするべきことなのか。

 

 そんなことを、考えてしまった。

 正直、怖かった。

 前世を思い出したといっても、あくまでも記憶だ。戦い方は勿論、経験したものは頭にある。それに比べたら、あの母親を助けることは容易なのだろう。でも、思い出しても、夢を見ても、今の僕は“金木研”なんだ。

 

 

 「お兄さん!!お母さんが……お母さんが……」

 

 

 助けて、と言いたいのだろう。

 …ああ、そうだ。この子を、この子の母親を救えるのは、僕しかいない。

 

 女の子を改めて見た。

 涙とはな水で顔を濡らし、青ざめ、絶望した表情が痛々しい。胸にズキンと痛みが走った。

 何もしないまま、終わるのか。いや、違う。見捨てれば、きっと後悔することになる。

 そう、確信できた。

 ああ、僕は何を血迷っていたんだ。 

 

 そうだ。力があるのに、今使わなければ、いつ使うんだ。

 

 

 

 「背中に乗って!!お母さんを助けるよっ!!」

 

 

 正直、言葉が足りないと思ったが、指示に従ってくれる。

 

 

 「行くよ、口を閉じて。しっかり掴まって!!」

 

 

 

 僕はフリットした。

 

 

 

 “エースのシャンさまっ只今参上っ!!” 

 

 

 

 そんなこともあったなあと、流れる景色の中、ふと思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 金木研が笛口リョーコを回収し、そのまま逃げ去った後の現場。残された捜査官達は、何が起きたか理解できないでいた。

 そんな中、最初に声を発したしのは、一等捜査官、亜門鋼太郎だった。

 

 「真戸さんっっ!!やつはどこに!!」

 

 

 真戸呉緒上等捜査官は我に返り、それに答えた。

 

 

 「ああ、……そうだな亜門君。恐らくクズの仲間がいたのだろう。だが、あの傷だ。それに、奴は甲赫だった。すぐには再生しまい。まだ、近くにいるかもしれない。捜索をしよう」

 

 この時、真戸呉緒も彼には珍しく戸惑っていた。部下にはそう答えたが、もう、この近辺にはいないだろうと考えていた。自分の勘がそう告げていたからだ。

 

 723番、笛口リョーコが突然消えた。

 そして、次の瞬間、突風に襲われた。

 

 実際の所、二人の捜査官は、頭のどこかで理解していた。

 ただ、考えてたくはなかったのだ。

 長年、己を鍛え、経験も積んでいる。

 そんな自分たちが認識すらできないほどのグールが現れたことを。

 

 結局、捜査官達は、何の証拠も掴めずに捜査を終えていた。

 だか、彼らにとっての幸運がやってきた。その日の夜に“ラビット”が現れたのだ。

 支部の捜査官が一人殺られ、逃げられもした。

 しかし、“ラビット”と笛口親子は親密な関係であることがわかったのだ。

 加えて、“ラビット”は笛口親子が捜査官によって殺されたと勘違いし、復讐を考えて行動しているようであった。

 真戸呉緒は、口の端を歪ませた。

 

 上手くいけば、クズを一掃できる、と。

 

 

 後日、723番を回収したと思われるグールには、おおよそSレートであると判定が下った。戦闘行為をしていないとはいえ、上等捜査官が対処できなかったためである。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 そろそろ話しかけてもいいかな?

 …なぜ、あんな目に合ってあったのかは、まだ聞かないほうがいいかも。この話は、この子の母親が起きてからにしよう。

 

 

 「お母さんは大丈夫だよ。傷は塞いだし、眠っているだけだから。これ、どうぞ。喉渇いてると思って。…あ、それと僕の名前は金木研です。まだ、言ってなかったよね」

 

 

 安心させるために、柔らかい調子を意識して、水を置いた。女の子はそれに反応し、こちらに顔を向けた。

 

 

 「……ありがとう…ございます。お母さんを助けてくれて…。笛口雛実です。お母さんは…笛口リョーコです…」

 

 

 おどおどと、頭を下げてそう言った。

 

 

 「そっか、じゃあヒナミちゃんって呼んでもいいかな。あ、何か趣味とかあるかな。僕は本を読むのが好きなんだ。」

 

 

 「え……と、ヒナミも本が好きです。」

 

 

 初めは、僕からの一方的なものだったが、そこからは話が弾んだと思う。

 ヒナミちゃんが途中まで読んでいた本は、うちにもあった。そう、好きな作家が同じだったのだ。その作家の本は全て本棚に揃えてある。

 学校に通っていないヒナミちゃんには、読めない漢字が多かった。簡単な読みはできていても、難しい読みの漢字の場合は、自分の読み方に違和感を感じていたのだと言う。だからその分、知識欲が強かった。一度読み方を教えると、次々に聞いてきたので、答えた。ところどころに、自分の意見も入れたりして。

 短い時間で仲良くなれたのではないかと思う。ほとんど、一緒に読んだ。途中から呼び方が“お兄さん”から“お兄ちゃん”になって、妹ができたように感じて、可愛かった。

 

 結局、その日の内に笛口リョーコさんが、目を覚ますことはなかった。だが、明日は幸い休みの日だ。

 ヒナミちゃんはベッドに入り、母親と一緒に寝ている。狭いだろうが、我慢してもらうしかない。

 僕はと言うと、予備の布団を出し、横になっていた。

 問題は山積みである。

 二人は、もう捜査官に身元が割れているだろう。そして、捕まっていない今、元々住んでいた所には手が及んでいると考えていい。

 顔も見られている。二人ともマスクをしていなかった。うかつに外を出歩くのもまずいし、僕も危険に晒される。

 ということは、だ。

 笛口さんが起きて(早目に起きることを願う)話を聞いてからになるが、二人は暫くこの家にいることになるだろう。僕としても、この方が安心できる。…その後のことは、今考えても仕方ない。

 衣食住はどうするか。“住”はいい。“衣”もまだ、大丈夫だ。ネットを利用するか、霧嶋さんに事情を話して買ってきて貰うこともできる。ああ、そうなると“食”もなんとかなりそうだ。霧嶋さん様様だ。

 それに、あんていくは狩りのできないグールを援助しているという話もあったはず。…今さらだが、早目に顔を出していなかったことを悔やむ。

 今日はもう遅いし、明日霧嶋さんに頼もう。

 うん。特に問題はなかったじゃないか。よかった。

 

 どうなるかと思ったけど、今日は良く眠れそうだ。

 うん。

 

 ■ 

 

 僕が一番に起きたようだ。二人はまだ寝ている。寝顔は見ていない。寝息で判断した。笛口さんの方は今日、目覚めるかはわからないが。

 用足しを終えて、部屋に戻るとヒナミちゃんが起きていた。笛口さんに目を向け、安堵しつつもどこか不安そうだ。

 

 

 「ヒナミちゃん、おはよう。良く眠れた?」

 

 

 「うん……おはよう、お兄ちゃん。お母さんまだ起きないね……」

 

 

 やはり、不安だったみたいだ。

 

 

 「昨日は、酷い傷だったからね。でも、きっと大丈夫だよ。それに、お母さんが起きた時にヒナミちゃんが元気だったら安心すると思うんだ。どうかな?」

 

 

 実を言うと、気を失った原因は僕にある。掴む時、衝撃を殺したつもりだったが、完全ではなかったようだった。

 

 

 「うん……そうだね。ありがとう、お兄ちゃん」

 

 

 そう言って、はにかんだ。

 ああ、ヒナミちゃんの笑顔が眩しいな。少し、罪悪感が沸く。

 それにしても、素直でいい子だ。聞けば、十四歳。思えば、前世の妹のこの年の頃は、僕は見ることができなかった。

 ……あれ、十六歳でシングルマザーになったということは、身ごもったのは、それよりも前になるよな。下手すれば、ヒナミちゃんの一つ上。

 …過去のこと。終わったことだが、改めて怒りが沸いた。

 

 

 

 

 

 おなか減ったな。

 昨日は、夕食を取らなかった。ヒナミちゃんの前では、食べ辛かった。

 少し考え、白状することにする。いずれ、分かることだ。

 

 

 「ヒナミちゃん。僕、朝ごはんを食べようと思うんだけど……」

 

 

 「じゃあ、……また本読んでてもいい?」

 

 

 普通に返事が返ってくる。ああ、この子は僕がグールの食事をすると思っているのか。

 

 

 「うん、ここにある本は好きに読んでいいよ」

 

  

 実は、と付け加える。

 

 

 「僕が今から食べるのは、人間が食べるものなんだ」

 

 

 ヒナミちゃんの顔が驚愕に染まった。

 

 

 

 一応、一通りの事を説明し終えた。

 僕が少し前まで人間だったことから始まり、簡単な今の僕の身体の状態まで。

 それを聞いたヒナミちゃんは少し考え込み、納得したような表情になった。

 だから、今まで嗅いだことのない臭いだったんだね、と。

 

 犬みたいだ、とちょっと思ったのは秘密だ。

 

じぃーー

 食べづらい。視線で穴が空きそうだ。  

 

 

 「本当に、おいしいの……?どんな味がするのかな……」

 

 

 「いいなぁ……。ヒナミもそんな風に食べてみたいな……」

 

 

 小声だか、全て聞こえている。

 霧嶋さんのことは話していない。話して、ヒナミちゃんが望んでも霧嶋さんのようになるかわからない。

 期待させて駄目だったことを考えると、言わない方がいいだろう。

 また、罪悪感を感じる。……こんなことばっかりだな。

 

 

 「う「お母さんっ!!」」

 

 「っっ!!ぅぁっ」

 

 

 吃驚した。心臓がバクバク鳴っている。

 …笛口さんの目が覚めたようだ。

 それにしても、今のヒナミちゃん凄く速かったな…。

 大丈夫かな、その勢いのまま突っ込んだけど。

 

 

 「ひっ……ヒナミ?…っよかった、無事だったのね…ここは?」

 

 

 あなたも無事でよかったです。

 

 

 「おかあさんっ……おかあさんっ……」

 

 

 不安でいっぱいだったのに、今まで我慢していたのだろう。ヒナミちゃんは今までの分を晴らすように泣いた。ヒナミちゃんが無事で安心したのか、笛口さんも涙ぐんでいるようだった。

 暫く二人は、その存在を確かめるように抱き合っていた。

 

 

 

 一息ついたようなので、声をかける。

 

 

 「笛口さん、身体は大丈夫ですか?何か違和感とか…」

 

 

 「…?……え?」

 

 

 笛口さんはこちらに気づいてなかったようだ。状態を起こし、あ……。

 そういえば、そのまま布団をかけたんだったと思い出した。当然、布団の下は……

 まずい。なにがとは、言わないけど。

 笛口さんは気づいておらず、僕の様子にキョトンとしている。そして、ヒナミちゃんが気づき、慌てて布団で隠した。

 その間に僕は、衣装ケースからジャージの上下を取りだして、流れるようにヒナミちゃんに渡した。

 セーフ。

 二人と目が合う。

 

 

 「えっと……あ、あはは」

 

 

 「……お兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 僕の思い違いだった。

 ヒナミちゃんが天使に見えた。

 笛口さんも何もなかったことにしたようだ。

 

 




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