前世はバンパイア?   作:おんぐ

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三話目です。

グロ注意です。


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 ‎あひゃ、と調子の外れた笑い声。

 やめろ、と‎聞き慣れた声の激情する様。

 ‎そして、ぶつ、ぷつ、とすぐ耳元で壊れていく音。

 ‎青年は他人事のようにそれを“み”ていた。視点こそ違うが、彼にとっては聞き慣れ、親しみさえ感じる音だった。

 ‎する方からされる側へ。加害者から被害者へ、とは思わない。

 ‎たとえ立場が逆転しても、青年の鈍くなった痛覚、そして心は大して反応しなかった。特にこれといった感慨はない。ただ、仕事をこなしていた日常を、少し懐かしく思っただけだ。

 ‎

 泣き声‎、叫び声、真っ赤に濡れた手、感触の残り香。

 ‎

 ‎青年にとっても、始まりこそは苦痛だった。三日三晩、嘔吐は止まらず、悪夢にうなされた。それらは今、彼自身の記憶には殆ど残っていないとしても、そんな頃があった。

 ‎幼い少年を、身体の機能が守った。脳が負担に耐えきれず、認知負荷──都合のいい解釈で自分を守った。──だから。

 できるだけ、いたぶって‎。ママに褒めてもらうために。“ご褒美”を貰うために。

 

 鳴き声、‎わめき声、くるくるとナイフを回す手。もっと、もっと。

 

 ‎残虐な行為すらも、自らの存在意義となった。地獄から日常へ。いつからか当たり前になっていた行為だ。

 ‎だからもう、感情は揺れ動かない。

 ‎

 ‎「ぷちぷちぷち」

 

 眼前に、醜悪な顔。チラリと見えた口内から、図鑑で見たウナギが頭に浮かんだ。図書館で新聞にかじりつく篠原の目を盗んで、こっそり読んだ本に載っていた。

 ‎しかし、こんな大きなもの。中身はいったいどうなっているのだろう。でも多分赫子だから、クインケにできるのかな。青年は抜け出そうともがきながら、そんな疑問を抱いた。

 ぐるん、と身体が回転する。それに合わせて蹴りを放つ。解放された右手で、クインケナイフを投擲する。目玉を狙った。しかし、効果はなかった。道化のように笑われるだけだった。

 ‎引っ張られる感覚。

 ‎また、笑い声。芸を披露していた時の歓声と同じ声。

 ‎篠原の怒声が鼓膜を叩く。篠原自身への悪態、そして捕まっている自分の助命を叫んでいる。

 ‎その意味が、青年にはよく理解できなかった。大丈夫なのに。別に、全然痛くない。もう少しで千切れるかもしれないけど。

 ‎でも、それだけ。大したことではない。

 ‎死ぬ?……でも、もうちょっと、ハイセと遊びたかったかもしれない。

 

 「それ以上やるならッ!私にやれぇッッ!!」

 「らじゃ!‼チェーンジ」

 

 …? ?

 ‎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バギ、バキッ、と砕ける音を聞いた。

 ‎骨の音だと遅れて気づく。こんな音初めて聞いた、とそんな感想。

 ‎次に、悲鳴。誰の声かと思えば、篠原のものだった。すぐには誰か判らなかった。あまりにかん高い声だったから。

 ‎最後に、怒りを孕んだ叫び声。

 ‎鈴屋のものだった。血に濡れた両腕が、力なく垂れている。あんなに自慢していたクインケが、おもちゃのように転がっていた。

 

 「ひゃふぅ」

 

 そこでやっと、目の前に在るものを脳が認識する。

 ‎大きい。

 ‎ふざけているとしか思えないカタチだ。しかし、おぞましく肌が粟立つほどの醜悪を詰め込んだ容貌。厚い口の端を吊り上げ、にんまりと気味の悪い笑みを浮かべている。

 ‎いたるところに細かな──いや、人間大の手足が生え、蠢いていた。

 六ある大きな手の一つに、篠原の胴体が逆さに握られている。投げ出された篠原の四肢が、異形の動きに合わせて、歪な方向にプラプラと揺れた。まるで、やんちゃな子どもに遊ばれる人形みたいに。

 

 「やあ、金木君。待っていたよ」

 

 明らかに場違いな柔和な声。

 ‎異形の背後、佐々木が立っている地面よりも高く造られたそこから、嘉納が見下ろしていた。

 

 「嘉納…先生」

 ‎「ところで、君は女装趣味があったのかな。捜査官になっていることよりも、そちらの方が驚きだよ」

 ‎「…」

 「まあ、それは君の自由だ。…それより、見せたいものがあるんだ。すみません、少し横にずれて」

 ‎「はいさぁ」

 

 異形の額部分が裂けて、穴が開く。そこから少女の上半身が飛び出して返事をした。そして、ごろりと横に転がる。

 佐々木は篠原を解放するよう口を開いたところで──目を奪われれた。

 

 ‎「ほら、君が気にしていたものだ」

 

 硝子越しに、髪が下に垂れている女性らしき人影。四方からそれぞれ‎四肢を拘束され、機械に繋がれている。顔は伏せて確認できないが、それが誰なのかは分かった。

 

 「死んで…え?」

 

 ぽつりと漏らした疑問に囚われている女性──リゼが顔を上げる。が、それも一瞬のことだった。だが、確かにこちらを見た。気のせいではない。

 

 「ははは。金木君、少し話をしようか」

 

 距離間を感じさせない、気軽な調子で嘉納は笑う。

 

 「…その前に、篠原特等を解放してください」

 

 篠原は酷い有り様だった。この距離から確認するだけでも、四肢全てを損傷している。

 ‎鈴屋の血に染まった上半身は、返り血によるものだろうか。しかし、その両腕に力はなく、だらりと垂れている。

 ‎協力隊員は一人を除き、息絶えていた。あちらこちらに、白衣の切れ端を纏った身体の一部が転がっている。扉の前で気絶している生存者一人には、目立つ外傷はない。

 ‎

 ‎「少し惜しいが、かまわないよ」

 「しょんなー」

 

 ぽいっ、と投げられた篠原の身体が宙に舞う。

 ‎佐々木は篠原を受け止め、その足で鈴屋を回収し後ろへ下がる。

 

 「ハイセ…!僕はまだ──」

 「ごめん、什造くん。…ハイル!あれは僕に用があるみたいだ。三人を連れて下がって、ここから離れるんだ」

 ‎「でも、」

 ‎「亜門さん達はここにはいない。探して合流するんだ。それで、できれば応援を呼んでほしい」

 「それは…」

 

 それまで、一人で?無謀だ。そもそも応援なんて。

 ‎ハイルはそう思ったが、その先の言葉を続けなかった。今の自分が可能な行動の、最善を考えた。

 ‎あんな化け物だ。記憶にないが、最高レートのSSSは確実だろう。

 ‎ここで戦うか退くか。自分とハイセで対処できるかもしれない。

 ‎しかし、敵はそれだけではない。この場には他のグールもいる。

 ‎先ほど逃げた三枚刃の集団に、白スーツの三人。さっきからブツブツ一人で何か呟いている白髪。それと、さっき出てきた全裸ハゲの死体が転がっているのが目につく。ぐるりと囲む部屋の壁にあるシャッターが幾つか開いている。あそこから出てきたのだとすれば、あと何十体かいるのかもしれない。

 ‎やはり、負傷者を抱えたままでは満足に戦うこともできない。かといって、この場からリスクなしに逃げることもできないだろう。

 ‎それに───。

 

 ‎ハイルは嘉納をチラリと見る。

 

 「いや、やっぱり無理。私も残る」

 

 ハイルの決断は速かった。

 ‎冷静な判断?最善?どうでもよかった。そもそも自分は指揮官ではない、どうでもいい。…いや、あまりよくはないけど。

 ‎それに少し考えたけど、佐々木をこの場に残していく選択は、やはりあり得ない。

 ‎ハイルは前に進んだ。

 ‎

 

 

 

 

 

 

 

 「終わったかな」

 ‎

 ‎嘉納の言葉に、佐々木は苦々しい表情を浮かべた。結局ハイルは退かず、すぐ後ろには尾赫クインケを両腕に縛って固定した鈴屋がいる。気絶した篠原を守るように構えていた。

 

 「いや……どうして、僕だと気づいたんですか」

 

 佐々木は単純な疑問。二十区支部では女装ではなく、難なく女性で通っていたほど。二十区でも佐々木が男だと知っているのは、最初に顔合わせした四人だけだ。

 ‎完璧なはずだった。ハイルと帰宅する際、声をかけられたのも一度や二度ではない。

 ‎

 「わかるよ。私は君の隅々まで知っている。…いや、違うな。正しくは隅々まで知っていた、だね」

 

 淡々と話す嘉納の言葉に、佐々木の身体はブルッと震えた。あまり詳しく聞きたくない。

 ‎すぐに思考を切り替えた。

 

 「…話とは何ですか」

 「君、赫子は?」

 「…は?」

 

 唐突な質問に、佐々木の身体が揺れた。視線がハイル、次に鈴屋へと動く。

 ‎異形から生える女の笑い声が、やけに響く。

 

 「食事はどうしているのかな」

 ‎

 ‎まるで、病院で診察を受けているような感覚を覚えた。不快だった。

 

 「別に、普通の物を……味覚は元に戻っています」

 ‎「そうか。君が入院していた時から、何故ヒトの食事ができるのか疑問だったな…失敗したとも考えた」

 ‎「…味覚が完全に戻ったのは、多分春頃です。それまでは食事の度に苦痛が続きました」

 ‎「人の肉は食べなかったのかな?」

 ‎「……ええ、でも…今年に入ってからでしょうか。考えたくないのに、そんなこと有るわけないのに……。鼻が舌が胃が脳が、身体中が言うことを聞いてくれなかった!食べたくて喰べたくて仕方がなかった!!…だから、大学にも行けなくなって、休学して。外にも出られなくて。…あの時は、あなたを恨みました。連絡先に何度も電話しても繋がらなくて…あぁ、騙されてたんだなって」

 ‎

 ‎恨みが込められた、地の底から這うような声。嘉納はただ、興味深そうに聞いていた。

 

 「ああ、それはタイミングが悪かったんだ。引っ越しをしていてね、すまなかったよ」

 ‎「…別に構いません。…今は、幸せだから。だから──」

 ‎

 ‎「それが、仮初めの物だとしてもかい?」

 ‎「は……?」

 ‎

 ‎何を、と佐々木の表情が困惑に染まる。嘉納は顔から笑いを消し、佐々木の隣に佇むハイルを見下ろした。

 ‎釣られて、佐々木はハイルを見る。ハイルは能面のような、感情の読めない表情をしていた。今まで見たことのなかったハイルの様子に、佐々木は小さく息を飲む。そして、目を逸らした。

 

 「私と共に来るんだ、金木君。真実を知りたければね」

 「…」

 ‎「世界は絡め捕られているんだよ、“歪んだ鳥籠”に」

 ‎「鳥籠…?そんなもの…」

 ‎「私はそれを壊したいんだ。そのために、“喰種”それも雑種強勢を強制的に引き起こし生み出した“隻眼の喰種”を目指した。すでに多くのものを犠牲にしたし色々と試した。しかし、どうだ。それらは全て失敗作にもなれないただの肉塊だ。まあ、成功、といえなくもない結果もあるにはあるが。…しかし、それよりも君だ。君こそが私の希望だと確信している」

 ‎「…そんな目的で、僕にリゼさんのものを…?」

 

 佐々木は目をリゼへと向けながら、ポツリと呟く。

 

 「恨んでいるのか?…私は医者として君の命を救ったんだ。その事実に変わりはないと‎思うが」

 ‎「…そうですね」

 

 佐々木の返答に、嘉納は意外そうな表情をする。佐々木はそれを見て、初めて笑みを作った。少し困ったような笑顔だ。

 

 「…さっきは取り乱したけど、貴方を恨んだのは、もう過去のことなんです。たとえどんな身体になっても──いや、流石に人の形は保っていたいですが…僕は今、生きていてよかったと心から思える。友達がいて、家族のような生活ができて……幸せな人生を送れているんです。

 だから、貴方がどんな人間だとしても感謝していることには変わりありません。本当に…本当にありがとうございました」

 

 佐々木は頭を下げながらほっと息を吐いた。荷が降りた想いだった。しかし隣のハイルからの視線が痛い。

 

 ‎「そうか、そう言って貰えると嬉しいよ。では──」

 ‎「行けません。大切な人達がいる、今ある幸せを手放そうとは思わないんです。…それに今、僕は喰種捜査官だ。人を弄ぶ貴方を、このままにはしておけません」

 

 晴れやかな笑顔だった。

 ‎対称的に嘉納は無表情。瞳だけに、哀れみの色が浮かんでいた。

 

 「物事には、犠牲が付き物だ。今だって、適当な名目のもとに、様々な形で人体実験は行われている。全く意味のないものまでね。しかし、私は違う。私は世界を変えることができる」

 

 「それでもです」

 

 取りつく島のない佐々木の様子に、嘉納は態とらしく溜め息をついた。

 

 「…少し、遅かったかな。でも、いいよ。私は待とう。“そこ”で知ることもあるだろう。…いや、君は必ず気づく。いつでも君を受け入れる準備はしておくよ」

 

 佐々木は、然り気無く目線を移す。異形は退屈そうに、ごろごろと転がったままだ。

 

 「うろんなボディーの出番ですな~」

 ‎「くれぐれも殺してしまわないように」

 ‎「えー、じゃあリオくんも……ジェイるん、白鳩発見ッッよッ!」

 

 異形の呼び声に、部屋の隅にいた一人の男がびくり、と反応する。‎震えはどんどん大きくなっていく。

 

 「ぁ、ぁ、ぁ…ぁあるルルぁぁああああ、かいせぇぇに、にいさ、あにさぁぁぁぁあッッッッツ!!」

 ‎「あふ、いい悲鳴。準備はオッケー!あれちか」

 ‎

 ‎

 ‎ば、つんっ。

 

 ‎異形の巨大な身体は、力を失いふらふらと揺れ、地を転がった。

 

 

 

 

 

 




:re五巻のみ行方不明中。まさか掃除のときに!

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