前世はバンパイア?   作:おんぐ

50 / 55
本日二話目です。


亜門。


47

  

 

 

 「よかったので?亜門上等」

 「…ああ」

 

 ‎ハイルは負傷を理由に、佐々木はその治療及び精神状態を考慮して、亜門は二人に待機命令を下していた。

 今は暁と二人、篠原の班との合流を目標に通路を進んでいる。

 ‎向こうの班の現状が気がかりだ。この地下にいるグールがあれだけとは限らない。加えて、逃がした三枚刃の集団が篠原達と衝突する可能性は十分にある。

 亜門達が相対した三枚刃の集団は、赫子を形成して戦闘の意思を見せるも、それは決して積極的なものではなかった。ならば此方からとも考えたが、やはり相手の数が多すぎた。亜門は守りに徹し、暁は羽赫クインケによる牽制のみに集中した。

 ‎同じ組織だと考えていたが、“白スーツ”の集団とは、まるで連携が取れていなかった。意思すらなかったと言ってもいい。隣でハイル達の手によって“白スーツ”が数を減らしていくなか、三枚刃の集団の行動には明らかに迷いがあった。

 意志が見えたのは‎、ハイルが負傷し、佐々木が数体のグールを駆逐してからだ。佐々木が“白スーツ”を殲滅する前に、三枚刃の集団は後退を始め、やがて奥へと消えた。

 

 残した手前何だが、ハイルと佐々木のことも気になる。可能性は低いが、そこに新手のグールが現れないとは限らない。‎だが同時に亜門は、あの佐々木の動きを目にした今、彼が倒れる姿を想像することができなかった。

 ‎無駄のない、ただ命を奪うためだけの動作。一瞬だが、目を奪われた。あれは、入局して間もない青年ができることではない。

 しかし‎聞いてみれば、あれが初の駆逐だったと言う。別の意味で驚いた。しかしそうなると、精神状態が気がかりだった。

 初の駆逐。自分の時はどうだっただろうか──

 

 ‎

 ‎

 ‎Rc細胞壁に電波が阻害されているのか、無線機は使えなかった。緊急時ほど、情報の重要さが身に染みる。もし、アレ以上の戦力が篠原達の班に行ってしまっていたら…そんな考えも頭に浮かび、亜門の進む足は自然と速くなった。

 ‎そして、予想外の──いや、あの写真を見てから妙な勘が働いていた。

 ‎亜門は、記憶にある姉妹と遭遇する。

 

 「安久か…?なぜ…ここに」

 「…金木研はどこ」

 ‎「なんだと…?」

 

 その名を聞いて、亜門は困惑した。奇妙な違和感がぐるぐるとかけ昇る。少し前から抱いていた違和感が核心に近づく感覚だ。

 

 「お姉ちゃん、別の道を行ったんじゃないの?」

 ‎「ああ、そっか」

 ‎「…待て、どういうことだ。金木研はここにいるのか」

 

 もう用はないとばかりに立ち去ろうとする姉妹を、亜門は引き留めた。

 

 「…なんだ、そんなことも知らないんだ」

 ‎「やっぱり、CCGは信用できない」

 ‎「まてッ!」

 「──貴様ら、グールか?」

 

 姉妹の動きがピタリと止まる。問いかけたのは、暁だった。しかし疑問でありながら、その声には確信があった。

 

 「そのようだな。嘉納によってグールに変えられたか?」

 ‎

 暁の言葉に、‎ごくり、と誰かが喉を鳴らした。

 

 「安久…黒奈、奈白。お前達は…」

 ‎「亜門…一等?それとも、もう上等?」

 ‎「私達のこと、覚えてたんだ」

 

 亜門が安久姉妹に初めて会ったときは、CCG のアカデミー候補生だった。

 ‎人間を喰種に。

 ‎その可能性は、件の青年を調査した時から懸念していたことだ。しかし、いざ目の前にすると信じがたいものがある。

 ‎

 ‎暁が続ける。

 

 「実際目にしても、荒唐無稽な話には変わりな──いや、そうとも言えないか。水中から現れたアレは最期、自らの赫子に喰われていた。まるで、グールが人間を捕食するようにだ。アレは失敗した姿、そしてお前達は成功体。そんなところか。そして…佐々木琲世の正体が金木研。行方不明になった時期は合わないが、直ぐに捜査官になったわけでもあるまい。奴は女装、それに加えて声まで変えて過ごすなど、徹底しすぎている」

 

 亜門の頭に、自分達の捜査官補佐として働く永近英良の姿が浮ぶ。彼は、金木研を親友と言っていた。すぐ近くにいたぞ、永近。

 ‎だがこれから先、彼が知る可能性はあまりに低い。名前まで変えているのだ。真実ならば、間違いなくこの情報の秘匿性は高い。

 

 「お姉さん、凄いね」

 「本当に。もし、私達も何も知らなかったら、この人みたいになれたのかな」

 

 亜門は、ピースがカチリと嵌まる感覚を覚えた。

 ‎半年ほど前、ある高校生の少年と二十区支部で話をした時のことだ。

 ‎“あなたが、その“悪”になったとしたら?”

 ‎そして、意思に反して人肉を求めるようになったとしたら。そう聞かれて、即座に返答できなかった。

 ‎そして少年にとって、肝心なことは触れていなかったのだろう。あの時の少年──いや、金木研は本当はこうも聞きたかったはずなのだ。

 ‎“人の心を持ったグールが貴方の前に現れたら”

 ‎あの時それを聞かれたら、答えることはできなかっただろう。からかわれていると感じたかもしれない。現に、彼はRcゲートに引っ掛かりもしていなかった。

 ‎──それでもグールであるならば、駆逐すべきだ、とそんな風に答えていたかもしれない。

 ‎

 ‎グールとは悪そのものだ。罪のない人々を殺め、己の欲望のままに喰らう。残虐で簡単に命を奪う存在である。──ずっと、そう考えていた。

 ‎そして今も、それが間違っているとも思わない。

 ‎しかし、目の前の姉妹はそうか?

 ‎悪か?化け物か?……“あの男”と同類か?

 ‎そうは思えなかった。思えるはずもない。 この姉妹は、被害者だ。

 ‎

 

 「安久黒奈、奈白。話してくれないか。いったいお前達に何があったのか。何故、そうならなければいけなかったのか。…私は、お前達の力になりたい」

 ‎「は…?無理です、CCGは信用できない」

 ‎「亜門さんは知らないからそう言えるだけ」

 ‎「シロ、それは」

 ‎「もう言ってもいいんじゃない。きっとそれで気が変わるよ」

 ‎「…そうだね」

 

 亜門は黙っていた。何を言うのかはわかった。‎

 ‎心の底にはあった考えだ。無意識に、その可能性を切り捨てていた。

 

 「ここはね、元はCCGが所有していたんだよ」

 

 “正義”が揺れる感覚。しかし、驚きはなかった。ただ、姉妹を前にして、余計にわからなくなった。

 

 何が正しいのか。何が間違っているのか。

 

 ‎自分が“悪”になったら。

 ‎あの日、金木研に問われた言葉は、亜門の意思とは裏腹に、心に染み込んでいる。あり得ないと断言しても、心のどこかでは考えていた。

 ‎そしてそれが今、目の前に在るのだ。“悪”となった自分の姿が、頭に去来する。

 

 逆に、正義とは何だ。

 しかし‎自分は今、その答えを断言することができない。

 ‎無論、今までの行いが間違っていたとは思わない。あの時、あれらは確かに“悪”だった。自分は“正しい”を貫いていた。

 ‎──だからこそか。今も、自分が正しいと思える選択をしているのだ。

 

 「借金を抱えたお父さんが、CCGに協力していた。お父さんは耐えきれなくなって、CCGに殺された」

 ‎「お母さんも、すぐ目の前で殺された」

 

 不思議と、姉妹の言葉を疑う気持ちは微塵にも起きない。

 

 「“人間の喰種化”は、CCGがしていたこと。パパ──嘉納先生はそれを完成させたんだよ」

 「ほら…見て。亜門さん」

 

 姉妹の瞳が紅く染まる。鏡で写したかのように、それぞれの片方の目だけが変化した。

 ‎ずるり、と赫子が這い出す。二本ずつ、同じ形の赫子がゆらゆらと宙を泳ぐ。

 

 「私達は、もう戻れない。その気はないからいいけど」

 「…人は、その手に掛けたのか」

 ‎「……ううん。でも、もう食事はグールのものだよ。でも、もうそれでも構わない。私達は命を懸けて選んだんだ」

 ‎

 ‎その言葉には、簡単には表せない重みがあった。強い決意がのし掛かっているのがわかった。

 だが、‎まだ戻れる。そう亜門は信じた。

 ‎命を懸けて──その言葉にどれだけの思いが込められているのか、全ては理解できない。だが、そこには一つの意思がある。それはハッキリと言える。姉妹の奥底にあるのは、家族を失った悲しみだ。

 ‎しかし、“その先”を許容することは断じてできない。

 ‎それに、自分で選んだ道?──違う。

 ‎この姉妹には、それしか道がなかっただけだ。

 ‎だから、亜門の目の前にある選択肢は最初から一つだけだった。

 ‎亜門は、まっすぐと彼女達を見た。

 

 「そうか……黒奈、奈白。話してくれたことが真実か、それとも嘉納の虚言でしかないのかは、今はいい。…私は、お前達を保護したい。勿論、簡単に言っているわけではない。私も…この命を掛けてでも、お前達を守ってみせる」

 ‎

 ‎時間が止まったように、誰もが固まる。姉妹が信じられないものを見るように、亜門を驚愕の目で見つめる。

 暁は、無表情だった。

 

 「…亜門上等。何を言っているのかわかっているので…?」

 ‎

 ‎耳を刺すような冷たさで、暁は言った。

 

 「ああ、自分でも少し驚いている。だが、この気持ちに嘘はない。……黒奈、奈白。これ以上道を外れるな。CCGを信用しなくてもいい。どうか、私を信用してくれ」

 

 僅かの偽りも存在しない、ただ真っ直ぐな言葉。だからこそ、姉妹は困惑の最中にあった。

 ‎そして次には沸き上がる苛立ち、怒り。姉妹には、亜門の言葉が眩しすぎた。

 ‎

 ‎「は、どうやって信用しろって言うの?」

 ‎「それは──」

 ‎「CCGは、グールでクインケを作っているんだよ。何が違うの…?それを使っている亜門さん?…見た目はもう…ううん、完全に、もうグールにしか見えない私達だ。どうなるのか、そんなの誰だってわかることでしょっ!!」

 ‎「そんなことは…!」

 ‎「亜門さん、馬鹿だよ。他の人のことは考えたの?…それにどうしたって、お父さんとお母さんを殺したCCGになんて──」

 ‎「──馬鹿は、貴様らもだよ」

 

 カチリ、と硬質な音。

 

 「は…?」

 「アキラ!?」

 

 羽赫のクインケは、姉妹へと向いていた

 

 「ッ!ふん、こんなもの…」

 

 羽赫のクインケから射出されたそれらは全て、奈白の赫子によって防がれる──ガスが噴出した。瞬時に拡散し、姉妹を覆った。

 

 「ぅあ、げほっ」

 「がぁ…ほっ…か、赫子が」

 

 ぼろぼろと、四本の赫子は土くれのように崩れていく。姉妹は身体を襲う急激な倦怠感に、膝をついた。

 

 「CRcガスだ。これで貴様らはもう動けまい。これは特別製でな。一発分しか無かったが…上手くいったようだ。地行博士に報告しておくとしよう」

 「こんなもので…」

 ‎「私達は、CCGなんかにっ──きっ、ぁ!!」

 「クロっ!!」

 

 発射された羽赫の弾丸が、黒奈を直撃する。

 今、彼女達の身体は‎ガスの効果により体機能は低下しているのだ。損傷部分に再生の兆しはなかった。

 ‎同様に、暁は奈白にも数発撃ち込む。

 ‎奈白に避ける術はなかった。呻きながら、黒奈の隣に倒れ込む。

 ‎

 ‎「──馬鹿な小娘どもが。亜門上等の温情を理解しろ。赫子を形成し、人肉を喰い漁る。我々喰種捜査官にとって、貴様らは既に駆逐対象なのだよ」

 ‎

 ‎カツカツと音を鳴らしながら、暁は姉妹に近づいていく。

 

 「ひ、ぃ」‎

 ‎「かほっ…ぁ」

 

 姉妹は恐怖呑まれた。

 ‎赫子が使えない、身体が思うように動かない。感情が薄れていた彼女達にとって、久しく忘れていたものだ。がちがちと、歯が打ち鳴らされる。

 ‎暁のクインケの銃口は、彼女らへと向けられたままだった。

 

 「貴様らは私が躾てやろう。なに、猫を飼っているから安心したまえ。得意分野だ。…おっと、これはマリステラに失礼だったな」

 

 至近距離から射撃。弾丸は、姉妹の頬を掠め地面を抉った。

 ‎バチン、とクインケ鋼で作られた手錠で拘束。そこから更に、Rc抑制剤が投与される。奈白だけにだ。

 ‎数秒もしないうちに、奈白は気絶した。

  

 「シロッ!」

 「妙なことを考えるな。片割れの命が惜しければ、私に従え」

 「…アキラ」

 ‎「アカデミーで、“捜査官は上官のために命を尽くせ”と教わりました。貴方がそうするのなら、私も同じです。理解はし難いですが…私達は、二人で一人なのでしょう?それに早く先を急ぎましょう。向こうの班が気がかりです」

 ‎「あ、ああ…しかし」

 ‎「急ぎましょう。ほら、早く立て。無駄な時間を使わせるな」

 

 先程とは打って変わり、黒奈がすがるような目を向けてくる。亜門は何とも言えない、複雑な気持ちになった。

 ‎暁をちらりと見る。温かみは少しだけ感じられるが、それでも以前の上司を彷彿とさせる容赦のなさだ。

 ‎飴と鞭。そんな言葉がふと、亜門の頭に浮かんだ。まさか自分が飴になるなんて、考えたこともなかったが。

 

 

 

 

 

 

 




 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。