前世はバンパイア?   作:おんぐ

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 二話目です。


36 強制(された)イベント

 

 

 

 連なる建物を見渡せる、森の高台。夜闇に紛れるように佇む、外套を纏った二人組がいた。

 

 「金木君、このマスクは…」

 

 「これいいですよ。リョーコさんが作ってくれたんです。あ、口と鼻と…あと、耳もかな……その部分は通気性がいい素材になってます」

 

 「あ、本当だね」

 

 芳村は、手で触り確かめて、納得したように頷く。自分のマスクは持参していたが、せっかくだからと好意に甘え、金木から受け取ったマスクを装着した。

 これは、金木がリョーコに作ってもらったものだ。全体的に黒一色で、穴が空いているのは、目の部分のみ。見た目は目出し帽そのものだった。ちなみに、二代目。初代とは、見た目にそれほど代わり映えはないが、素材にこだわって、機能性を重視した、リョーコ作の一品である。

 

 「ウタさんのマスクはカッコいいんですが、あれだと、結構目立ってしまいますよね」

 

 どんなだったかなと、芳村は、ウタが“あんていく”に金木のマスクを届けに来た時のことを思い出す。確か、歯が剥き出しのデザインに、眼帯を取り付けたようなものだったはずだ。確かに、今回の主旨には合わないマスクだと、芳村は納得した。

 

 「じゃあ、打ち合わせ通りに、赫子は可能な限り使わない方向でいきましょう」

 

 「私は、特にだね。隻眼の梟だと勘づかれないように動くよ」

 

 二人は、事前の打ち合わせで、事に当たるに到って、ルールを決めていた。

 まず、痕跡を極力残さないようにする。そのため、芳村は赫子の形状を通常とは変えることにしていた。

 次に、敵対しないグールは見逃す、というかスルーすること。時間は有限だ。戦意のないものは、見逃すことにした。

 最後に、白鳩の相手はしない。今回、白鳩はどちらかというと、味方である。アオギリの本隊の行動予定を、CCGにリークしてあるため、十一区にどれほどの規模でくるかはわからない。結局、白鳩は上手く利用できれば、ということになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 シュッ

 

 表面が赤黒く変色した、金木の右腕の横払いによって、二つの首が飛ぶ。金木はそれを一瞥し、血を吹き出しながら崩れ落ちる胴体には、見向きもしなかった。

 

 「何人目だったかな…」

 

 もはや、幾度も繰り返したため、それは作業と化してしまっていた。その金木の様子に芳村は顔を険しくするも、言葉にはしなかった。仮にも今、命の価値を説くなど、できるはずもなかった。今現在、直接ではないとはいえ、自分もそれを実行しているのだから。

 

 

 「あ…射撃音」

 

 距離は大分あるが、金木の耳がその音を拾った。未だ、捜査官の気配は感じていない。

 

 「攻めあぐねているようだね。収容所のほうに人員を割いているのかもしれない。それに、銃があるのは白鳩だけではないようだ」

 

 「あ、なるほど」

 

 納得した金木が先に進もうとしたところ、不意に悪寒が走る。振り向いた先には、屋上から佇む、一つの影があった。

 

 「あれは…なんですか?グール?匂いが…」

 

 金木の鼻は、僅かだが、腐敗臭のような匂いを嗅ぎとっていた。

 

 「……すまない金木君。あれは、私に任せてくれないか」

 

 「えっでも」

 

 芳村は言っていたのだ。人間もグールも、自分は手に掛けるつもりはないと。金木は驚いて芳村を見る。少々訝しげに見た先にいた芳村は、目をスッと薄く開き、鋭い目を屋上のグールへと向けていた。

 

 「…殺すんですか?」

 

 しないのなら、自分がするつもりだ。雰囲気からして、おそらく相手は強者だ。加えて、金木はあのグールから、得体の知れない何かを感じていた。見逃すつもりは毛頭なかった。

 

 「…いや、ちゃんと終わらせるよ。心配しなくていい」

 

 芳村は安心させるように金木へと笑い掛ける。しかし、その笑顔は明らかに無理をして作られていたものだと金木は気付く。哀しみ、苦しみ、罪悪感、そして少しの喜び。そんなない交ぜになった笑顔を向けられた金木も、言い様のない虚しさを感じた。

 

 

 「…わかりました。……周りを見てきます」

 

 

 金木は、その場から離れることにした。芳村から、覚悟を決めたような空気を感じ取ったから。二人で戦うこともできただろう。その方が確実なのは、芳村も金木もわかっていた。しかし、金木は素直に従った。勿論、芳村が危なくなれば、即座に手を出すつもりである。

 

 

 

 

 

 

 「ノロイ…意識は……いや、答えなくていい。私は……お前を殺す。…さっきの彼にさせたくなかったんだ。いや、これは言い訳だな…」

 

 芳村とノロ。二人の距離はもう、十歩分もなかった。そして、どちらともなく、動く。初撃は、全くの同時であった。

 

 ノロは赫子、芳村は全身を使った攻防を、何合も繰り返す。一見互角に見える戦いは、叙々に芳村が押されていた。そして終には、その物量による赫子の攻撃を捌けなくなった芳村が、一撃を受けて弾き飛ばされた。

 ノロは更に追撃をかける。身体の至るところから発生した赫子は、逃げ場を埋めるように、芳村へと襲いかかった。

 しかし、その赫子による総攻撃が、通ることはなかった。無数に放たれた、細かい赫子の散弾によって、防がれたからだ。

 煙が晴れた先にいたのは、先ほどまでとは異なった、芳村の姿だった。全身を赫子で纏いながらも、骨格は人のもの。それは、肉体を守るための鎧のような形をしていた。そして、顔を隠すための仮面は⎯⎯蝙蝠を彷彿とさせる形状に。背からは、大きく広がった、硬質な二対の翼のような赫子が伸びていた。

 

 広がった翼から、先端の鋭くなった杭のような突起が無数に生み出される。そしてそれは、一斉にノロへと射出された。

 

 ノロは、もはや逃げ場のないほどの広角射撃を前に、避ける素振りを全く見せない。そのノロがとった手段は、一本の巨大な赫子を作り出すことだった。先ほど芳村に向けた数よりも更に増やし、それを一本に収束し、より強靭なものを作り上げ、それを盾とした。

 表面には、無数の口が存在していた。歯をガチガチと鳴らしたのを合図に、全てが横広く開いて、向かってきた赫子に喰いつく。バリボリという咀嚼音がするころには、芳村の赫子を全て無効化していた。そしてそのまま、芳村を喰らうべく口となっている部分を伸ばし、芳村へと向ける。

 

 芳村は今一度赫子による散弾で、それを防ぎ、かわしたが、一定の距離からノロへと近づくことができなかった。迎撃したと思った赫子の側面から、新たに伸びだした口が殺到してくるため、手数で負けてしまっていたのだ。

 仮に、この手数に頼ったノロの赫子を受けてしまっても、致命傷にはなりえない。事実、受けることを覚悟して前進すれば、接近可能だった状況はあったのだ。しかし、芳村はその選択肢を採らなかった。理由は、金木の存在だ。

 金木がこちらへと注意を向けているのを、芳村は気づいていた。おそらく言葉通りに、自分が危険な状況になれば、助けるためにその意識を向けているのだ。金木に信用されていないと謂うわけではないだろう。きっと、自分への心配からだ。

 なぜ、金木がこんなにも、自分を気にかけているのか、何をそこまで怖がっているのか、芳村にはわからない。

 あんなことになったトーカに対してだったら、わかる。これでも、グールの中では抜きん出た力を持っている。自分にまで心配を向けているのが分からないのだ。

 まだ数日、そして短時間だけ、行動を共にしただけだ。多少心を開いてくれた気はするが、一定の距離は保っていたと思う。事実、自分がこうやって離れるまで、金木は今のような素振りを、微塵にも見せていなかった。

 ただ一つわかることは、一撃でも赫子をこの身に受け、再生しようともそれなりの傷がつけば、金木が手を出してくること。あと少し長引いても、それは同じだろうと、芳村は確信することができた。まあ、こんなに心配そうな視線を受けて、気づかないという方がおかしいが。芳村は、仮面の下で苦笑を漏らした。

 

 

 しかし、やはり、これは自分の手だけで。

 

 「…おっと」

 

 

 ノロの赫子の数が更に増える。そろそろ厳しくなってきたと、芳村は眉間にシワを刻む。

 

 「…よし」

 

 芳村は覚悟を決める。ノロの赫子をこの身に受けることは、できない。それならば、到達するその前に、全て排除すればいいのだ。

 赫子の散弾を射出していた巨大な翼が、両腕を包み込むように動いた。そしてそれは、見るものに威圧感を与える、二対のブレードへと変化した。

 金木のいる方に、一度強い視線を向けて、芳村は地を蹴りだした。

 

 

 両腕のブレードを器用に扱いながら、迫るくるノロの鞭のようにしなる赫子を払い、その歩みを止めることなく確実に前へと進む。

 しかし、全てを捌くには、流石に無理があった。そのため、避けるのは最小限。小さな赫子による攻撃は、何撃もその身に受けていた。

 背後に回り込んできたノロの赫子も、当たる寸前に、背から杭状の赫子を生やして迎撃する。芳村とノロの距離は、確実に狭まっていった。

 

 芳村は、妙に身体が軽いことに気づく。流石に、全盛期とはまではいかない。しかしそこに、老い始めて鈍く感じていた感覚は、どこにもなかった。

 

 「ああ、私は全力を出していたのか」

 

 芳村は、一種の爽快感を感じた。そして、そう思った時には、もうノロは、目の前にいた。

 その時、爽快感から転じて、芳村の身体の奥で、ズキンと鈍い痛みが走る。その痛みは、身体でない、心の痛みだった。

 

 「あ……寂しいのか、私は…全く自分勝手だな。…すまなかった、ノロイ」

 

 交差させた、二対のブレードを振り抜く。

 それがノロに触れる寸前、芳村の耳が、ある音を拾った。

 

 

 「⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯」

 

 「……ああ、ありがとう」

 

 ブレードが、ノロの身体を分ける。

 

 地面へと倒れ付したそれが、起き上がることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「無事で、何よりです。……燃やしますね」

 

 今は何も残っていない、地面を見つめたまま動かない芳村に、金木は後ろから声をかけた。

 

 

 「…ああ、そのままにしても、クインケにされてしまうしね……何より、私自身がこうしたかったから。……金木君、わがままをきいてくれて、ありがとう」

 

 芳村は、深々と頭を下げた。

 

 「……そんな、頭を上げて下さい。僕は、何もしてませんし…むしろその…大丈夫ですか」

 

 その言葉を聞き、金木に心配させるつもりはなかったと、芳村は、頭を上げる。

 

 「ああ、大丈夫だよ。それと、おそらく純粋な強さでは、今のがここのトップだろう。…これからどうする?白鳩も、もう突入したようだ」

 

 当初の目的は、もう達成したはずだと、芳村は金木に目を向けた。

 

 「そうですね、そろそろ。多分、半数は殺したし…捜査官が突入した今、ここはもう終わりでしょう。……収容所はどうなっているのかな…」

 

 「そこには、私達が行くことはできなかったからね…では、帰ろうか…」

 

 頷いた金木は、足を進める。その金木の後を追う芳村が、後ろを振り向くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




芳村店長は、蝙蝠男に。でもちゃんと猛禽類に戻ります。

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