前世はバンパイア?   作:おんぐ

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4話目です


31 同化

 

 

 

 

 

 

 フリットの速度に、全身の力を乗せた金木の突進。常人ならば、自身が弾けてしまうような速度。しかし、頑強な肉体が、それを可能にした。

 いかに、金木の倍以上はある巨体と言えども、その弾丸のような突進に、容易く吹き飛ばされる。赤い破片を撒き散らし、木々を巻き込みながら、林の奥へと消えていった。

 

 

 「トーカちゃん…!!」

 

 

 金木はトーカの姿を目に入れる。その、あまりの光景に、真っ青になった。

 

 

 「……あれ…まっく、ら……」

 

 

 トーカが声に反応した。今は、それだけで十分だった。

 

 

 金木は自身の手首を切り裂く。それは、頭で考えるよりも先に、身体が動いての行動だった。片方の手首も同様に切り裂き、溢れる血をトーカに落とす。しかし、傷の治る速度は遅かった。唾液を足しても、それは変わらなかった。

 

 

 「なんで……どうすれば…」

 

 

 金木に出来ることは、血を流すだけだった。顎が震え、ゼンマイ仕掛けの人形のように、カタカタカタカタと、歯が小刻みに鳴る。ブツブツと言葉にならない声が、口から漏れている。そんな、見るからに平静を失い、取り乱している金木に、声をかけた人物がいた。

 

 

 「何をしているのかは、わからないけど…もう、無理よ。その子、羽赫でしょ?赫包なんて、ぐちゃぐちゃよ。」

 

 

 「…そんな、嘘だっ…!‼トーカちゃんは、まだ生きている‼」

 

 

 突如聞こえた声に、金木は反射的に言い返した。そして、顔を向けた先にいたのは、地面から生えている、男の頭部。その光景に、一瞬金木は言葉を失った。男の頭部の後方には、男の下半身らしきものが転がっている。

 

 

 「あら、やっと気づいたのね。できれば助けてほしいけど…まあ、いいわ。それより…そこまで、されたらね……私でも治せない」

 

 

 事実、まだ生きているのが不思議なほどの重傷を、トーカは負っていた。

 右足は、いびつに折れ曲がり、右腕は、無理矢理千切られたような跡で、腕の付け根から喪失している。

 左側は更に酷い有り様だった。肩周りの肉は、ごっそりと無くなり、残っている部分も、ぐちゃぐちゃに荒らされている。再生は、進んでいなかった。

 

 

 「……うそだ、うそだ…そんな」

 

 

 「ほら、くるわよ」

 

 

 「……え?何がぎゃっ…‼」

 

 

 赫子によって、全身を包み込まれた塊。それを認識した時には既に、金木は伸ばされた赫子によって、弾き飛ばされていた。

 

 

 「う"ぅ……がぁ…」

 

 

 くぐもった呻き声を上げたのは、異形と化したヤモリであった。

 

 

 「ごろす、コロスゥぅうッあががががあああああ………!!」

 

 

 赫子の異常増大により、ヤモリの意識は呑まれていた。

 もはや生身の部分は見当たらず、全身に、絶え間なく蠢く赫子を纏っている。通常時の巨体から、更に体積を増やした身体。その高さは、優に、三メートルを越えるほどに巨大。両腕へと、特に集中している赫子は、巨大な爪を形どり、地に降りている。顔部分には、目も、鼻も耳も見当たらない。あるのは、獲物を貪るための、爬虫類のように大きく裂けた口だけだった。

 

 

 「おまえが、トーカちゃんを」

 

 

 何の感情も宿していない、ポツリと呟くような小さな声。体勢を整えた金木は、正面から、異形と対峙する。その瞳には、何の色も写されていなかった。

 両者は、互いに相手を葬るべく、地を踏む足に力を込めた。

 

 

 

 

 

 両者がその刃を交わしてから、まだ、一分も経っていない。その短時間に、何度の攻防が行われただろうか。ただ、優勢と言えるのは、金木だった。

 力が劣っているとはいえ、スピードは僅かにまさっている。加えて、相手は見るからに暴走状態だ。技術も何もない大振りの攻撃を避けるのに、そう苦労はしなかった。

 しかし、金木は焦り始めていた。表情にも余裕はなく、額には、汗が滲んでいる。

 

 全然、効いてない。

 

 正確には、ヤモリもそれなりのダメージを受けていた。ただ、ダメージが蓄積していくよりも、再生する速度が速すぎたのだ。繰り返しダメージを与えても、有効なものには、なりえなかった。

 

 早く、早くしないとトーカちゃんが

 

 金木の焦りは増すばかりだ。もともと、時間の猶予はないに等しい。金木は、焦りから、完全に目の前の敵に集中してしまった。早く倒す、そのために守りを捨て、捨て身の行動を取った。しかし、それは間違った選択だった。

 

 金木の猛攻に、ヤモリの右足の赫子が剥がれ、生身の部分が露出する。待ち望んだ好機に、金木は追撃を掛ける体勢に入った。しかし、その追撃が実行されることはなかった。

 

 

 「⎯ぁっ」

 

 

 金木の視界からの映像が、スローモーションとなって脳に流れる。ヤモリの巨塊な赫子がトーカに牙を向いていく様を、脳が認識した。

 

 今から動いても、自分の力では、あれを弾くことはできない。トーカを拾って、避けることも無理だと金木は判断した。

 どうすれば。そう考えた時には、身体は動いていた。

 

 

 

 「⎯⎯あぁああああああぁぎぃ…ああああああッッッッ……!‼」

 

 

 ⎯⎯ああ、飛んだ腕。いくら何でも、無理があったかなぁ。

 

 弾けるように飛んでいった腕を見て、金木はそんなことを思った。背中に息が詰まるほどの衝撃。頭も強打した。当然、痛みは洪水のように、押し寄せてくる。口からは、喉が裂けるのではないかというほどの悲鳴が鳴り響いている。

 だが、どこか他人事のように、その精神だけが剥離されてしまったかのように、どこか遠くから自分を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …守らないと。トーカちゃんを守らなければ。

 彼女が危ない。

 立て、動け、動け僕の身体。

 

 

 なんで動かないんだ。

 そうだ、赫子。あれが出せたら、赫子が使えれば。というか、赫包が移植されたんだから、出ないとおかしいだろいい加減。

 出ろ、出ろ出ろ赫子…

 

 

 

 

 …本当は、わかっていた。化け物になりたくなかった。まだ、人間のつもりでいた。人間のままでいたかった。

 もう、化け物だと、人に拒絶されたくなかった。あんな思いはしたくなかった。だから、赫子を拒絶していた。

 でも、もういい。化け物になっても、なんでもいい。だから、守る力を。出ろ赫子

 

 

 

 

 なんで

 

 

 

 

 

 

⎯⎯滑稽だ。

 甘すぎる。甘い甘い甘い、ねだるな。ふざけているのか。まるで、どろどろに煮詰めたの蜂蜜のように甘ったるい考えだ。

 

 朦朧とする意識の中、金木の頭に、どこか懐かしさを感じる声が響いた。

 

⎯お前、その甘い考えのせいで、どうなったのか忘れたのか

 

 

 

 

 

⎯⎯仲間が死んだんだ。…忘れたのか。自分のせいで、杭に全身を串刺しにされた、クレプスリーの最期の…断末魔の叫びを思い出せ。

 ほら、スティーブの死を嘲笑う顔。その時抱いた感情は?

 

 

 

 ……でも、あれはもう、乗り越えたんだ。

 決めたんだ。憎しみに、支配されないって

 

 

 

⎯⎯本当に?

 本当にそうだった?憎まなかったのか?慰められただけで、簡単に納得したのか?

 嘘だ。

 そんなのは、嘘だ。クレプスリーと同じ目に…いや、それ以上に残酷な死を望んだんだ。本当は…心の奥底では、狂いそうになるくらいに、憎しみが満ち足りていた。苦しかった。身体が、心が、ズタズタに裂けてしまいそうだった。あいつを、ボロボロになるまで、苦しませてやりたかった

 

 

 

 

 ……憎しみに、人生を委ねるなって。それが、最期の言葉だったんだ

 復讐に取り付かれた、歪んだ生き方をするなって、言ってたんだ

 

 

 

⎯⎯でも、赦せなかった。それも、無駄死にだったんだ。クレプスリーは、何も知らないまま、馬鹿みたいに騙されて死んだ

 

 

 

 ……そんな、そんな風に思ったことなんて

 

 

 

⎯⎯あの時だって、少し考えたら答えに辿り着いていたはずなんだ。クレプスリーは死なずにすんだ。スティーブだって■せていた。トミーも巻き込まれずに、生きていた。シャンカスだって、家族で幸せに暮らせていた。デビーだって……あんな目に合うことはなかった。

 

 また、繰り返し始めているんだ

 

 

 

 

 ……じゃあ、どうすれば。どうすればいいか、わからないんだ

 

 

 

⎯⎯弱気になるなよ、簡単なことだ。お前は、怖がっているだけ。無意識で、心が一歩引いているんだ。怯えているだけなんだ。

 彼女を、見ろ。よく見ろ。目を逸らすな。

 

 

 

 ほら、真っ赤。

 

 

 彼女を傷つけたのは誰だ?死にそうになっているのは、誰のせい?こんなことになった原因は?

 

 憎め 憎め 憎め そいつを赦すな。憎悪しろ。

 

 心の底から求めろ

 

 

 彼女が死ぬぞ

 

 

 

 

 

 ……そんな、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ……!‼

 そんなのは、駄目だ!‼

 

 

⎯⎯だったら、失いたくないのなら、失う前に、■すしかないんだ

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 ……あぁ、綺麗事でも、それでもよかったんだ。綺麗に生きたかった。思われたかった。それが、ぬるま湯の中だったとしても、心地よかった。

 

 僕は、偽善者だ

 

 

 

 初めて■したのは、バンパイアマウンテンでの、戦の時だった。僕がやったという実感は薄かった。

 だって…それよりも、怖かったんだ。苦しかった。気持ち悪かった。吐き気がした。狂っていた。嬉々として、バンパニーズを■す仲間達が、醜悪なものに見えたんだ。

 誰かが言っていた。長い間、戦いに身を置くと、真面目でいることに疲れて、そうなってしまうんだって。それを聞いて、僕はそうはならないと、心に決めていた。

 

 

 僕が終わる前。最期の戦いの前だった。蛇人間である親友の息子を、かつての親友が、笑いながら■した。

 だから僕は、かつての親友の息子で、僕の甥でもあった、ただ、巻き込まれただけの子どもを、報復として…憎む相手の身代わりとして憎んで、■そうとした。

 

 

 全てを、運命を言い訳にするのは簡単なこと。

 でも、人は変わる。前世の…姉だった人に言われたんだ。 “一度植え付けられた、悪の種が消えることはない”と。

 

 

 

 

 間違っている

 でも、それでもやっぱり、やっぱり

 

 今だけはいいよね

 

 だって、正しい道ってなんだ

 

 それを選んで失うのなら、僕は正しくなんて生きたくない

 

 

 だから、いいよね

 

 

 

⎯⎯ああ……正しい道など無かった

 

 気づいたときには、もう、終わっていたんだ

 

 正義、悪、そんなものは有りはしない

 

 あるのは、自分だけだ

 

 決めろ

 

 求めろ

 

 何がしたい?

 

 …誰が憎い?

 

 

 

 

 

……誰が憎い?…誰が憎い、誰が憎い、誰が憎い、誰が憎い?

 

 そんなもの、決まっている

 

 あぁ憎い、憎い、憎いんだ、憎い、憎い、憎い、憎い

 こいつをゆるせない、生かしておけない

 

 殺したい

 

 

 

 

 あぁ……トーカちゃん、トーカちゃん、トーカちゃん

 

 死なないで

 

 

 

 

 

 

 どうか、僕に下さい 

 

 化け物の力を

 

 

 どうか僕に、殺すための力を⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯『もう、もっている』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒り、恐怖、憎しみ、依存、そして服従

 

 ⎯⎯すばらしい

 

 全て私が望むものだ

 

 たかが、一人の小娘のためというのが滑稽だがね

 

 

 

 しかし⎯⎯だからこそ、おもしろい!スリル満点だ!

 

 

 さて、残念ながら保存はできない

 

 その勇姿を目に焼きつけるとしようか

 

 

 

 ⎯ああ、今も変わらず、運命の針は、心臓の形をした時計の中で

 

 時を刻み続けている

 

 

 

 




ルーム1:闇帝さんがINされました。

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