憧れの人にハグしてもらって、ハイになった気分のまま書きました。
何時もより色々酷いです。
「強くなってんな…」
ザーザーと降り注ぐ雨の音。昼寝から目を覚ました錦は、ため息をついた。
「あ、起きたんだ。今晩何にする?」
「んーいいよ、何でも」
「もう」
愛しい彼女の少し不機嫌な声が、錦の耳を打つ。妙に、機嫌が悪い。雨でデートが中止になったことに対してか、それとも、自分が昼寝をしていたことに対してかと、錦は未だボンヤリとした頭で考えた。
「あ……」
今日は日にち的に…あの日になったのかと錦は判断して、納得顔になる。今日は散々だなぁと、他人事のように思いながら、キーボードに打ち込む貴未を眺めた。
そこで、錦は違和感を感じた。貴未にではない。自分の身体に違和感がある。自覚したところで、それは段々と顕著になっていった。
それは、吸血欲だった。微かに漂う血臭に、脳がピリピリと痺れるような感覚を覚える。鼻を押さえてみると、幾分か楽になった。しかし、一度脳が認識してしまったためか、匂いの記憶は消えなかった。
錦は、金木に連絡するべく、携帯電話を手に取る。だが、そこで気づいた。
貴未の生理の日が金木にバレる。いや、それどころか、俺がそれに反応したって言うのか。錦はそう考えて、携帯電話を一旦置いた。
「あれ、なんでティッシュ詰め込んでるの」
「あれだよ、鼻水がちょっとな」
冷静になった頭で錦は考える。まず、このままというわけにはいかない。鼻にティッシュを詰め込んでも、若干匂いはするし、時間と共に収まればいいのだが。
「マスクまで?…風邪ひいた?」
「いや、ほらあれじゃ間抜けだっただろ」
少し、楽になる。だが、鼻水が出ていないため、鼻に安いティッシュのパサパサとした不快感を感じてしまうのが難点である。
「そっか、よかった。…あのね、まだ時間あるから、映画見に行かない…?」
錦は窓の外を眺める。先ほどより雨は弱くなっていたが、そこそこ降っている。
「この雨の中で?」
「うん…だめ、かな」
申し訳なさそうに表情を変えながら、貴未が言う。
「いや、でも体調は?」
「あ、気づいてたんだ……気晴らしに行きたいな、と」
「そっか」
我ながらデリカシーが欠けていると、錦は思った。まあ、しかし、今さらのような気もする。
「じゃ、行くか」
「うん…!」
錦は、マスクを着けたまま、映画館へと向かった。
「映画、結構面白かったな」
「…うん」
錦と貴未は、映画を見終え、すでに錦の家に帰宅していた。入浴して冷えた身体を温め、今は食卓についていた。
「あんなデケェのが、東京に来たらやばいよな」
「うん…」
そっちか、と貴未は内心で思ったが、口には出さなかった。貴未は、野菜炒めを箸でつついている錦に尋ねる。
「錦くん」
「⎯だからさ…ん?何?」
「…何で、食事中にマスクまで、しかも鼻だけに被せるなんて……私、別に気にしないよ。鼻栓姿でも」
「いや、ほら」
冷や汗を額に溜めながら、錦は誤魔化そうとする。
外出の際に懸念していたことは、思い過ごしだったからよかった。雨のせいもあったのか、外で血の匂いに反応することはなかったのだ。
しかし、貴未だけには反応した。もう大丈夫だろうと、たかをくくってティッシュを外したら、一瞬意識が飛んだ。鼻栓でガードしていた時の分の匂いまで、押し寄せてきたのかと思うほどだった。
「錦くん」
貴未が神妙な顔を見せる。その様子から、錦は嫌な予感がした。いや、まさか……
「私、気づいてるよ?つらいんだよね」
カラカラと、喉が渇く。錦は、身体が重たくなっていくのを感じた。
「なん、で…」
「えっとね、その…視線が」
錦から目を逸らしながら、貴未は気まずそうに答える。逸らした視線の先は、明確だった。
「……はあぁ…じゃあ俺は、童貞みてーにチラチラチラチラ貴未のことを見てたってことか…」
「…その、大丈夫だよ。錦くんなら、嫌じゃないよ」
そういうことではない。少々こそばいが、嬉しい反応をしてくれる彼女に、錦は内心でツッコミを入れる。
「だから…私の血、あげるよ」
「だめだ」
錦の頭がすっと冷める。空腹で貴未に襲い掛かってしまったことを、思い出したからだ。
あの時は違う。今回は血だけ。しかし、それでも錦は許容することができなかった。醜い自分を、思い出したから。
「金木に頼むよ。だからいい」
「……」
「電話する」
コップの水を飲み干して、錦は立ち上がった。ベッドに投げ捨てられている携帯電話を拾おうとして……背中を押され、ベッドに顔から突っ込んだ。
「はぶっ……おいっ貴未⁉」
「ごめん、錦くん」
「⎯⁉」
柔らかい、慣れた感触。ただ、いつもと違うのは、脳がとろけてしまいそうな、甘美な味がしたことだった。舌が意思とは関係なく、別の生き物のように動く。
「…はぁ…どう?」
「……なんで、こんな」
正気に戻った錦は、呆然として貴未に尋ねる。
「錦くんに、あげたかったから」
「え」
「私の血を飲んでほしかったの。…だって、初めてだよね?変異してから、血を飲むの」
「…ああ」
「貰ってばかりの私は、錦くんに返したかった。それと、錦くんの初めてを貰いたかった。それじゃ駄目かな?」
貴未の気づかいに、錦は喉がつまって、何も言えなかった。
「食器、片付けてくるね」
そう言った貴未は、ベッドから降りて、パタパタと向こうに行ってしまった。
引き摺っている自分のために、強引に彼女がしてくれた。錦の胸の内に、吸血欲が満たされたのとは違う、温かな何かが、広がっていった。
「ほんと、いい女だよ」
ベッドに身体を預けながら、錦はポツリと呟いた。
若干ほほを赤くしながら。
以下、ネタ
「ごめん、何て言ったの?」
「だから、血を貰えないかって」
「……はぁー」
深くため息を貴未は、スッと立ち上がった。
そのまま、座っている錦を見下ろす。その眼差しは、氷のように冷えきっていた。
「き、貴未?」
明らかに何時もとは違う貴未の様子に、錦は戸惑いの声を上げる。
「聞こえなかったから、もう一度言って。ね?錦くん?」
貴未の様子が気になる錦だが、律儀に答える。
「いや、だから血を貰えないかって」
「…ください、でしょ?」
「へ」
「頼む時は、ちゃんとして。ね?錦くん?」
「…え、あっはい。ください。ください。この哀れな錦めに⎯」
ぱしんっと、軽い音が響いた。
「……へ?なんでビンタ……」
「ふざけないでね」
「あっ…はい」
錦は思いがけない出来事に、混乱した。何故こんなことになったのか、意味がわからなかった。さっきまで、普通だったに。しかし、凍りつくような貴未の視線に、逆らうことができなかった。
「ほら、何て言うのかな?」
それに、別に嫌な気分にはならなかった。むしろ、自分は頼む立場だったのだ。貴未に甘えていたのだと、錦は思い直して、自分を叱咤した。(混乱中)
「…血をください。お願いします」
錦は正座をして、頭を下げた。
「……ふふ。いいよ、頭を上げて。錦くん」
「……ああ」
「はい、どうぞ」
「……」
錦の頭上に出されたのは、貴未の指先だった。指の腹は、赤い。錦には、それはまるで、砂漠で見つけたオアシスのように思えた。
「ほら…なめて?」
その冷たくも、とろけるような甘い声に、錦はもう考えることを止めた。そして、すがるように、口を貴未の指先へと近づけた。