前話に一文足しました
「あ、そうだ。…えーと、あった。これこれ」
人波を抜け、路地に入ったところで堀さんが振り向いて言った。手はカフェを出てすぐに離している。その身体を活かして身軽に動く彼女に着いていくのは少々苦労した。
彼女はリュックからスプレーを取り出し、それを僕の全身に吹きつけていく。抵抗はしない。一応、何のスプレーかは確認したし。普通の、消臭タイプのものだ。
「えっと…匂いましたか?」
「いやねー。月山君、鼻が良くきくから。追ってくるよ」
月山さんをグールだと知らなかったら、まさに変態としか思えない言い様だ。
どうしよう、聞いてみるべきか。いや、掘さんが知らなかったら、月山さんをただの変態だと認識していたら、僕の立場が悪くなる。……ただの変態ってなんだろう。
「月山君、グールなんだ」
「あーやっぱり………ぁ」
「何、知ってたの?」
今、普通に暴露したような。というか、やはり堀さんは月山がグールだと知っていたのか。彼女は人間、だよね?何だかそこから疑わしくなってきた。
「何のこと、ですか?」
「今、やっぱりって言ったじゃん」
どうやら、掘さん相手に誤魔化すのは無理なようだ。うん、流石に無理があったかな。
「……あ、あはは」
「なんで知ってたの?知り合いじゃないよね。初対面ぽかったし。それに誤魔化すの下手だよ」
「……」
「金木君もグールだったり。なんてね」
「そうですよ、まさか」
「あ、グールなんだ」
何故バレた。…変異型だけど。
どうしよう。いっそのこと…
堀さんは、わかってくれるかもしれない。彼女に僕を救おうという意志がある今、月山さん側とも考えづらい。そもそも、月山さんは気づいているのか。掘さんにグールだと認識されていることに。
「…僕も、グールの知り合いがいるんです。それで月山さんのことも知っていて…」
「ふーん。ま、どっちでもいいけどね」
反応が薄い。本当に気にしてなさそうだ。でも、何だろう。ちょっと寂しい。そのせいか、余計なことを言ってしまった。
「仮に、僕がグールだとして。…貴女を狙っても?」
言って後悔した。
「私を食べるの?」
また、何てことはないように彼女は言う。だから、意志に反して、口から言葉が流れ出てしまう。
「そんな、こと…そもそも肉なんて食べたこと…」
「そうなんだ」
「……」
ああ、なんだろうか、ホントに。自分でもよく理解できない。何故こんなに話してしまうのだろう。彼女をもう、信用している?さっき出会ったばかりの人間だ。そんなはずは…
…いや、本当はわかっていた。人間とは言えなくなった僕に、人間の掘さんが正体を知っても、変わらない態度でいてくれたこと。それが嬉しかったんだ。…安心した。
「…そういえば、月山さんがグールだと知っているんですよね。その、堀さんは大丈夫なんですか」
「うん。今の所は、たぶんね。月山君とは、高校生の時から知り合いなんだ。一度危なかったけど、色々あって今も生きてるし」
逞しすぎる。それに、どうやって切り抜けたのか。実際に命の危機に陥ったりもしたとして、その時も彼女は今のように平然としていたのだろうか。…何だかそんな気がする。
「それよりさ。君、自衛できる?」
「…まあ、できないことも…でも、流石に大勢で来られると」
月山さんの強さはわからないが、僕は頑丈だ。逃げ足もある。しかし、月山グループの御曹司。どんな手段で来るかわからない。
「それは心配しなくていいと思う。月山君、家の力は使わないから」
それならば…だが月山さんに対処した後、その報復がないとも限らない。
「じゃ、心配しなくて大丈夫だね。またね、金木君」
「あ、はい」
ん?
掘さんは役目は終わったとばかりに、僕に背を向ける。つられて返事をしてしまったが、ちょっと待って。
「掘さん」
「ん?何?」
若干面倒そうな反応。
「すみませんが、月山さんに連絡とれますか」
「え?うーん。とれるけど、どうするの」
前の話とまとめたほうがよかったような