「はぁ。何とか間に合った」
寝坊した。まだ眠たい。遅刻ギリギリ。全部、昨日のあいつのせいだ。
昨日夜、変な男に襲われた。噛みつかれて血を吸われたみたいだけど、肉は喰われていない。瞳が赤かったからグールだったと思う。いやだって、普通人間は血なんて吸わないし…。
だけど、リゼに喰われていたんじゃなかったの?…そういえば、リゼを最近見ていない。
「まさか……あいつが?」
いや、それはない。前に見たとき、あいつは普通の人間だった。…どうなっているのか。
一時限目の開始を知らせるチャイムがなった。
まっいいか。あんていくで店長に聞いてみよう。昨日は家に着いたら速攻寝てしまったことだし。……少しお腹すいたな。昨日は結局食べられなかったからかな。
昼休みになった。いつも通り、依子と机を合わせて昼食の準備をする。
あっ、パン買ってなかった。けど、丁度よかったかも。今日は何も、無理してまで食べられそうもない。こんな、空腹の時に人間の食べ物はきつい。
「あれ、トーカちゃん。今日パンは?」
「今日はちょっと体調悪くて。だからなし」
うん。違和感ないはず。そう思っていたのに。
「だめだよトーカちゃん、ただでさえ少食なのに」
「私の分けてあげるね。今日の卵焼きは自信作なんだー」
無理だった。こんな嬉しそうに言われたら断れない。とりあえず、一口だけ食べてがんばって食べよう。
「じゃあ、はい。あーん」
「あーん」
あとは上手く味わっている振りをして、飲み込もうと……
「あれ…?何この味⎯⎯⎯?」
「えっ⁉おいしくなかった?」
依子が不安な顔で見てくる。
おいしくない?いや、いつものようなあのまず…言葉にできない味じゃない。甘くて、少ししょっぱくて。
おいしい?……うん、おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい?
えっ……なんで⎯⎯
「トーカちゃん……やっぱりおいしくなかった?ごめんね…えっ?トーカちゃん涙が……」
「依子。もう一つ…もう一つちょうだい」
「え?でも…」
もう待てなかった。依子のお弁当箱から卵焼きを一つ手にとって口に入れた。ゆっくりと噛みしめる。おいしい。やっぱりおいしい。
「ううぅ……おいしぃよぉ依子ぉ」
「本当に?無理してない?」
「うん、まだ食べたい…あ、でも依子のが…」
「好きなだけ食べていいよっ。デザートもあるからね!」
どうして、普通の物が食べられるかなんて疑問は、今はどうでもよかった。
ただ、初めて食べる味に、依子のお弁当を味わえることに感動していた。
次の日には、元に戻っていた。絶望が襲った。
■
あの夜の逃走から数日過ぎた。思い返しても、あれはまずかった。
まず、理性が本能に飲み込まれていたこと。
相手はグールだったんだ。血を吸っている最中、何もされなかったのが不思議なくらいだ。実際、殴り飛ばされたあとの殺気は凄かった。目には若干の困惑の色もあったが。
それに、始め彼女は親切に声をかけてきてなかったか。それに対しての返しがあれだ。
やるだけやって、何も言わずに逃げただけ。最低だ。たとえ、グールだったとしても、相手は年下の女の子だった。罪悪感が残った。
新たにわかったことがある。
逃走時、スピードが尋常ではなかった。途中まで気がつかなかったのだが。
フリットかもしれない。
バンパイアの超高速走行の技能だ。普通の人間の目に映らないくらい、速く移動できる。直ぐに家に着いたが、すごく疲れた。フリットの後はこんな感じだったなと思い出した。
口を濯ごうと洗面台に立ったら、鏡に眼が行った。
片方の眼が赤かった。
なんだこれ。
暫く呆然としたが、グールもこんな眼じゃなかったか。そういえば、あの女の子も眼がどうたらと言っていたような気がする。あの時からだったのか。
眼は直ぐには戻らなかった。今後のことを考えると、眼帯でもしたほうがいいだろう。
気づいたらなってました、ではまずい。
テレパシーが使えた。ここまでくると、もしかしたらと思い試すと、蜘蛛を操ることができた。
これは、ダレンがバンパイアになる前からできていたことだった。悲劇の始まりの一端であったため、記憶が戻るまでは試す気すらなかった。
操れるのは、蜘蛛だけではなかった。犬にもできた。いきなり跳び跳ねた犬に驚いていた飼い主には、申し訳ないことをした。
猫は駄目だった。どういう基準でできるかわからない。今度、動物園にでもいって確めてみよう。
あと、唾液の治癒能力だ。
小さな傷では何もせずに治ってしまったため、思い切って爪で深く切り裂いた。
やりすぎた。痛すぎて涙が出た。
今度はすぐにはふさがらなかったため、口に溜めておいた唾液を傷口につけた。
すると、瞬く間に唾液と一緒に傷が消えていた。凄まじいほどの治癒能力だった。
バンパイアにもあったが、ここまでではなかったはずだった。
■
夜、スーパーで買い物をした帰り道、ちょっと多く買いすぎたかなと思いつつ、ビニール袋を片手に夜道を歩いている。ひんやりとした風が気持ちいいな。
ふと、記憶にある匂いが鼻腔を通り抜けた。たぶん、血を吸ってしまった、あの女の子の匂いだ。謝罪しようと思っていたため、丁度よかった。念のため、危険を感じれば、直ぐに逃げられるようにしておこう。
路地裏にいた。死体が…二つある。他には彼女一人みたいだ。彼女が殺したのだろうか。早速、逃げたくなった。でも、できるならば、このグールの女の子と話をしたかった。
機嫌も悪そうな感じがする。謝罪して直ぐにここから去ろう。
彼女もこちらに気づいた。
「あの、この前はすみませんでしたっ。いきなり、あんなことをして…」
「あっ。あぁぁぁあやっと見つけたっ」
そんな声を聞いたため、いつでもこの場から逃げられる体勢をとる。
「アンタ……待って。逃げるなよ。アンタには聞きたいことがあんだよ」
口調は物騒だが、どこか懇願しているように聞こえる。怒ってはいないようだし、僕も聞きたいことがあった。
「僕もなんだ。とりあえず、ここから場所を変えてもいいかな」