自宅までの帰り道。これから必要になるものを買い漁った。書店では、ヒナミちゃん用に漢字と計算のドリル。まずは、これだけ買った。他には、スーパーで一週間分の食料。これだけで結構な大荷物になった。
だが、全ては無理だった。チラリと覗いたが、職業用ミシンってあんなにするのか。リョーコさんには悪いが、もう少し待ってもらう必要がある。一応、裁縫セットと何種類かの布地と糸、飾りを買った。今の所は、他に何かできることをやってもらうしかない。
それにしても、先程はかなり踏み込んだ話をしてしまった。しかし、あんなに真面目に話を聞いてくれる人は、そうはいないだろう。
行ってよかった。これから先、あの人と敵対しないことを願う。お礼を行って直ぐに出た後も考えている様子だったし。また機会があれば、話をしてみたい。
ゲートについて教えてもらった時は、冷や汗ダラダラだった。なぜ、反応しなかったのだろうか。故障かな。何にせよ助かった。
だか、今思えば真戸さんの態度が引っ掛かる。
まさか、気づいていたのだろうか。……いや、それは考え過ぎか。捜査官だし、疑わしきは…というやつだろう。
…疑われていたのか。
あと、然り気無く僕のことも聞いた。笛口母娘繋がりで。亜門さんは苦虫を噛み潰したような顔で語ってくれた。
現れたことは確かだが、対処できなかった。悔しいが今の自分には手に負えないグールかもしれない、と。
■
マスクを受け取りに行く時間を考えて、早めに夕食を取った。今回は僕のリクエストでハンバーグ。皆で一緒に作ったハンバーグは店のものに負けないくらい美味しかった。また食べたい。
そろそろかな、と思い準備をし始めた頃。
「また、来てもいいですか」
座っていたトーカちゃんが尋ねてきた。上目遣いだ。その姿は哀切を感じさせるほどだ。
明日からはトーカちゃんは学校、僕も講義がある。そのため、トーカちゃんはもう自宅に帰る。
「うん、いいよ。僕はいつでも大丈夫だよ。二人もトーカちゃんが来てくれると嬉しいと思うし」
嬉しそうな表情になる。だが、まだ寂しさは抜けていないようだった。その姿を見て、僕も同じように寂しくなる。
この二日間だけでも、もう彼女は家族のようなものだった。まあ、流石に一緒に住もうとは言わないが。
おおよそ昨日と同じ時間、金木とトーカは“あんていく”を訪れていた。
途中、マスク屋に寄ったが留守だったため、明日再度行くことに。
「昨日は本当にありがとう」
…昨日の様子から、ただ嬉しかった訳ではないことは何となくわかる。この“ありがとう”には色々な意味が込められているのだろう。
「いえ。…今はどうですか?」
気になっていたことだ。芳村さんの場合はこれまでになかった事例だ。と言ってもまだ三人目だが。
そうだ。今夜辺り、リョーコさんの血を吸ったほうがいいかな。おそらく、彼女はこの先も今の状態を望んでいるだろう。
「今日の朝には戻っていたよ。やはり、コーヒーは人間もグールも同じ味に感じるんだね。だから、最初は気づかなかったよ」
そうなのか。本当なぜだろう。コーヒーだけ。
「もう一度しますか?」
「いや、私は昨日のことだけで十分だよ。その分、ほかのグールに回してくれたら嬉しいよ。…厚かましいお願いだとは分かっているんだ。しかし、私よりも望んでいるグールは大勢いる」
昨日話をした通り、難しい。相手が信用できる人物かどうか。これは重要だ。うっかり広まるとこちらが被害を受けるだろう。それに、まだ問題点はある。主に食費だ。
グールは人間のように多くの“お金”を必要としないのだろう。まぁ、多少は必要なのだろうが。
実際のところ、コストを考えると人肉と水で生きていけるグールは生物的には優れていると思う。
それが、人間の食事を必要とするようになる。より、人間に近づく。その力を持ったままに。最悪、今の社会よりも治安が悪化することも考えられる。
「トーカちゃんはどう思う?」
芳村さんがトーカちゃんにも聞く。
「えっと、そうですね。……あ、あのキザヤロー…月山が知ったら面倒事になる気がする…」
「…彼は美食家として名が通っている。確かに、金木君のことを知れば執着することも考えられる。いや、それで済めばいい方か……」
「一度シメとくか」
物騒な話になってきた。特にトーカちゃん。
それに月山って、あの月山グループ?いや、名前しか知らないが、それがグール。本当、どこにいるかわからない。いや、今まで僕が気づいていなかっただけか。
……彼らはすぐ近くにいる。
なんだかホラー映画みたいだ。でも今は僕もか。
…話題を変えよう。
「……あ、そうだ。リョーコさんとヒナミちゃんなんですが、今後は僕の家で暮らすことになりました。暫くの間、外出は控えてもらおうと思っています」
本人逹からも承諾済みだ。
「…ありがとう。つい最近まで人間だった君が、そこまでしてくれることが嬉しいよ。……二人にはそのうち二十四区に、と思っていたんだ」
二十四区?そんな所あっただろうか。二十三区までだったはず。
「店長⁉なんであんなクソ溜めに⁉」
……クソ溜め。どこだろう。トーカちゃんは行ったことあるのか。
「…みんなの安全の為には仕方ないんだよ。二人の為に二十区のグールを犠牲にはできない。事実、白鳩が二人を探している。それに、顔も見られているという話だ。」
……芳村さんは“思っていた”と言った。では、これは本気で言っている訳ではないと思う。だか、芳村さんは二十区を纏めている立場の人だ。その立場として話しているのだろう。
トーカちゃんは今、頭に血が上っている。その内気づくだろう。
「じゃあ、白鳩を殺せば!!……あ」
トーカちゃんと目が合う。それにより、一気に彼女の熱が引いていった。青ざめる程に。僕と話したことを思い出したのだろうか。
「…でも、二人は夫を、お父さんを殺されたのよ。仇くらいは……」
「それで、二人を更に危険に身を晒すことになってもかい?」
ギリッと音が聞こえてきた。トーカちゃんからだ。葛藤しているのだろう。僕も二人が時折、悲しい表情をしているのを知っている。
沈黙が続く。
「あの、すみません。話が変わるんですが……」
リョーコとヒナミを助けた時のことを申し訳なさげに、詳しく話した。亜門から聞いたことも合わせて。
「だから、その、もしかすると僕のせいで……」
「…もう、終わったことだ。それに、ここで働いている子達も昔は騒ぎを起こしていた。それに比べたら、ね」
ホッとした。勿論、リョーコさんとヒナミちゃんを助けたことに後悔などしない。だが、今後は気をつけたほうがいいだろう。
「それにしても、そんなに速く動けるんだね。捜査官にそこまで言わせるなんて凄いことだよ」
「あ、あはは…」
フリットのことは何て言えばいいんだろう。
「戦う方はどうかな?」
「えっと、あまり経験ないですね。」
今世では、だが。
バンパイアマウンテンでは日常的に鍛えていた。それに、試練前は特にだ。
「じゃあ、調度いい。もうじきに四方君がここに来る。教えてもらうといいよ。どうかな?」
此方からお願いしたいくらいだ。その申し出は有難い。
「はい、お願いします。」
■
「あまり、時間を掛ける必要もないだろう。…まずはお前から来い。好きに打ち込んでみろ。」
金木、トーカ、四方の三人は“あんていく”の地下の更に下。道と言うには開けた場所。かつてグールが作った通路にいた。電気も通っていたようで、灯りもポツポツと疎らに点いている。薄暗いが、三人ともグールだ。それを気にするものはいない。
「はい。よろしくお願いします」
そう言うことなら、と金木は気合いを入れ、頭のスイッチを入れ換える。
瞬間、金木は一息で四方に迫った。
簡単にはいかないだろうと、フェイントを混ぜ、脇腹に向けて右足を蹴りあげる。
バキイィッ!!!!
骨が砕ける音が辺りに響き渡る。
咄嗟に反応した四方は、左腕を間に挟み、胴体への直撃を避けていた。それでも衝撃は突き抜け、内臓に損傷を受けた。
一方で金木は、足から伝わる感触に動揺した。が、直ぐに思い直す。
そうだ。相手はグールだ。このくらい。
金木は逆の足に重心を乗せる。足払いをする形で追撃をかけた。
だが、次は四方も簡単には食らわなかった。
激痛により瞬時に活性化した神経が反応する。後方に飛び上がり、難なく避けた。
「……お前、戦い慣れしているだろう。……初撃はフェイントが無ければ俺もやばかった。」
初撃。金木は無意識にフリットをしていた。それも、助走なしの瞬間的なものだ。
フェイントを入れたとはいえ、対応した四方の能力の高さが窺える。
「えっと、腕大丈夫ですか?」
金木は困惑していた。
なぜ、フリットできたんだ。以前よりも若干遅い気もしたけど……。
「ああ、もう治った。次は俺からいく」
四方はお返しとばかりに、渾身の蹴りを放った。
■
「…なによ、これ。」
トーカは眼前で起きている攻防に唖然としていた。
目で全て追いきれない。そもそも、これ始まってから何分たってんの?きっと、二人共私のことなんか忘れている。
視界に映る二人の顔は笑顔だ。ニコニコとしたものではない。歯が剥き出しだ。
四方さんもあんな顔するんだ。初めて見た。研さんも普段からは想像できないくらい、こう、野性的な顔だ。
互いに吹き飛ばし、吹き飛ばされる。身体を破壊され、再生の繰り返し。いや、これは四方だけだ。
金木に外傷が見当たらなかった。その“硬さ”故に弾いていた。
だか、身体の内側は別だ。四方も気づいてからは、内部へのダメージを優先している。
更に時間が経過し、飽きたトーカが一人で身体を動かし始めた頃。どちらからともなく、二人は手を止めた。
「はぁ、はぁ……。そろそろ……」
「ぜぇ…はぁ……。ああ、そう、だな。次は赫子使うか」
「……あ、僕赫子出せなくて。良ければ見せてほしいんですけど……。それに、コツとか」
「ああ、いいぞ」
高揚していたためか、四方は失念していた。ここで赫子を曝すことの意味を。
気づくことの無いまま、四方は赫子を展開した。肩から羽のように広がり、一部はバチッバチッと帯電している。
「うわぁ。かっこいいな……。電気帯びているけど、どうなっているんだろう」
「ああ、まぁこんなものだ。…そうだなコツは……」
金木は気づいた。四方の赫子から漂ってくる匂いに覚えがあることに。
「あ、トーカちゃんとは血縁関係だったんですね。そう思えば、ちょっと似てますね」
でも、なぜ名字で呼んでいるんだろう、と金木は疑問に思った。
「「……は?」」
「えっと?」
タイミングばっちりだったけど、と付け足して言う。
■
「……え?」
トーカは困惑していた。でも、確かに自分の赫子と似ているような気がする。アヤトにも。
「えっと、四方さん?」
四方は今更ながら、自分の失態に気づき、後悔していた。
何と言えばいいんだ。冷や汗が流れる。二人の強い目線が向けられている。
四方は顔を反らした。
「「…え?」」
投稿したと思ったら一度消えました。
なぜだ